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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

蒼い夜 S-Ver. ⑤

    Ⅴ

 柔らかくまとわりつくシーツの中でまどろむ一眞の寝顔をカーテン越しの朝の光がからかうように照らした。

 香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、うっすらと目を開けた彼は向こうのテーブルの上に朝食の準備がされているのに気づいて上半身を起こした。

 それから、辺りを見回して自分の置かれている状況を把握しようとしたが、頭の中がぼんやりとして、はっきりしない。

 首を左右に振っていると、バスローブを身にまとった愁が髪を拭きながら現れて「おはよう」と声をかけた。

「よく眠っていたから起こさなかったよ」

「ああ……」

(そうだ、オレは偶然こいつに会って、夕べはここに泊まったんだ)

 昨夜の記憶が鮮やかに甦り、一眞は思わず顔を赤らめた。

「お腹が空いたでしょう。ルームサービスを頼んでおいたけど、先にシャワーを浴びたらどう?」

 一眞がシャワーを済ませるのを待って、二人はテーブルを囲み、トーストとスクランブルエッグ、サラダにオレンジジュースといった、ホテルらしい朝食を摂った。

 食後のコーヒーカップを手に取りながら、愁は目の前の一眞を見つめたが、それは新妻を見守る新婚の夫のごとく幸せそうな表情で、その視線を感じた一眞は照れくささのあまり、つい、顔を逸らしてしまった。

「砂糖とミルクは?」

「ブラックでいいよ」

 気分転換のためにホテルに泊まる、それはこれまでにも何度か行ったという話だったが、いつもこんなふうに過ごしているのかと一眞が訊くと、愁は「まあ、だいたいは」と曖昧な答えを返した。

 あちらの隅に追いやられている参考書や問題集からして、当然ながら受験勉強がここでの目的であり、ただぼんやりとしていたわけではないようだ。

「留学してからボクの様子がおかしくなったんで、父も母も腫れ物に触るような態度なんだ。たまの一晩ぐらい、家にいない方がせいせいしていると思うよ」

「それでホテル泊まりをさせるのも変な感じだな。ほら、売れっ子の作家が原稿書くためにホテルにカンヅメになるって聞くけど、勉強もはかどると思って、そう勧めてくれたんじゃないのか」

「さあ、どうなのかな。でも、いいんだ、お蔭で一眞に会えて、こうしていられるんだもの。これは神様のお導き、ボクの願いを聞き入れてくれたんだって信じてるよ」

 それから愁は甘えるような口調で「今度はいつ会えるの?」と尋ねた。どうやら今夜一晩だけ、と言ったことはとっくに忘れているらしく、一眞とはすっかり恋人気分、らしい。

 勢いと雰囲気に呑まれて関係を結んだものの、そこまで考えていなかった一眞は何と答えればいいのだろうと、困惑を隠そうと努めながら、言葉を捜した。

「……そうだなあ。でも、また来週、っていうのは無理だよ。バイトもあるし、第一、金が続かないし」

「交通費ならボクがもつよ」

「そういうわけにはいかないって」

 さすがの一眞もムッとした表情をしてみせ、その様子に愁はたじろいだ。

「ここの宿泊代はおまえが、っていうか、おまえのお父さんが払うわけだろ。何もかもお任せなんて、オレにだってプライドがある。これでも大学生なんだぜ。自分の電車賃ぐらい出せないんじゃあ、情けないよ」

 昨夜は愁のテクニックに翻弄されて、年上としての威厳を損ねたとでも思ったのか、一眞はそんな意地を張った。

「それにおまえは受験生だろう。金を使うことや、遊ぶことばかり考えていちゃダメだ」

 今度は年上らしく説教をする一眞を見て、愁は肩をすくめた。

「わかったよ。じゃあ、四週目の二十四日の土曜日ならいいでしょ?」

「い、いいけど、二十四日って……」

「クリスマス・イブだよ」

 愁はこともなげに言ってのけた。

 クリスマスの夜は恋人と過ごす、という世間のパターンを踏襲したいようだが、それは男女のカップルにのみ、適用されるのではないだろうか。

 男と男でそんな真似をしていたら、彼女のいないあぶれ者同士が慰め合っているとしか見られないだろう。

「クリスマスか。ちょっと抵抗あるなあ」

 あまり乗り気ではない一眞に、愁は不満げな顔を向けた。

「どうして? じゃあ、今まではそういうことしていなかったの?」

「特に何も……そういや、誕生日も祝ってもらったことないし」

「それってひどい。あなたに寂しい思いをさせるなんて、ボクには考えられないよ」

 愁は怒りを込めてそう言い、それから次の約束を半ば強引に取り付けた。

 チェックアウトの時間までゆっくりと過ごした二人はホテルを出たあと、住み慣れた土地で今さら観光もないだろうと辺りを散策しながら、とりとめのない会話を交わした。

 もっとも、愁は一眞との絆を深めるための会話、平たく言えば「愛を語りたかった」のだろうが、一眞はそういう話題を避け、無難な内容を口にすることに徹していたのである。

 そして、横浜駅まで見送ると言い張る愁を何とかなだめた一眞は彼と別れて東海道線に乗り込み、車中の人となったのだった。

                                 ……⑥に続く