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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

蒼い夜 S-Ver. ①

    Ⅰ

「これで終わりにしよう」

 さっきのセリフが胸に突き刺さったまま、心の奥を容赦なくえぐる。えぐられた傷口から溢れる血は涙に姿を変え、頬を伝ってとめどなく流れた。

 賑わう横浜・港町、イルミネーションが華やかに彩る夜の街並みで、今宵も酒を酌み交わした人々が陽気な声を響かせている。

 バカ騒ぎを避けるように足早に歩く青年に目を留める者など誰もいない。が、無視される存在であることが今の彼にとって、救いでもあった。

「ちく……しょう……ちくしょうっ!」

 足をとられ、目の前に迫るアスファルトに拳を打ちつけて、一眞は何度も何度も叫んだ。はずみで飛んだ帽子の上にもどんよりとした空からやがて冷たい滴が降り注ぎ、アスファルトはさらに沈んだグレーに染まった。

「オレの何が悪いっていうんだ、理由も言わないなんて……」

 付き合ってもうすぐ三年になる恋人、渡健児(わたり けんじ)にこの先のカフェで別れを告げられた一眞は自分の耳を疑う間もなく店を飛び出し、みなとみらいの方角へふらふらと向かった。行く宛てなどあるはずはないが、このままおめおめと健児の元に戻れるわけがない。

 二人で重ねた日々など、なんて儚いものなのだろうか。

 遠距離と呼ぶほどでもない隣の県、たかだか二百キロの道程がお互いの間に深い溝を作り、壁を築いていたとでも……

 いや、少なくとも一眞はそんなつもりはなかった。電話では迷惑だと思って、メールはまめに送った。コンビニのバイトで貯めた金で、こうして会いにも来た。健児のことを考えない日など一日もなかった。なのに、彼は取り澄ました表情を崩しもせずに最後通告したのである。

「別れよう、オレたちは終わりだ」

 その一点張り、同じセリフの繰り返し。所詮、横浜のセレブと田舎者では釣り合いが取れない、それが現実というわけか。

 高校三年の秋に父を亡くした一眞は翌年の三月までは何とか横浜の地に住んでいたが、卒業を機に、母と共に静岡にある母方の実家に身を寄せた。

 大学進学の希望は何とか通ったが、父の亡きあと、その費用を考えると、祖父母の家から通学出来る地元の大学が許容範囲である。

 健児が選んだ大学へ一緒に進学する、せめて関東の大学に、などというのは到底叶わぬ夢だった。

「そうだよな……みんなオレのせい……オレがここを離れなければ……」

 雨に打たれながら、薄笑いを浮かべて自嘲気味につぶやき続ける一眞は頭のおかしい男だと思われたらしい。

 行き交う人々は彼を避けて歩き、通り過ぎては不思議そうに振り返る。バカにしたように笑う者もあった。

 その時、そんな一眞の傍らに立ち止まる人の気配がして、その人物は帽子を拾い上げると、彼の頭上に傘を差し掛けた。

「すっかり濡れてしまいましたね。ほら、髪から滴が……」

 聞き覚えのある声に、気を取り戻した一眞は傘の持ち主を恐る恐る見上げた。そこには紺色のジャケットを上品に着こなした、長い髪の美しい若者が一眞を見つめて微笑んでいた。

「おまえは……」

「お久しぶりです、高宮一眞(たかみや かずま)さん。こんなところでどうしたんですか?」

「な、なに改まってるんだよ。それにそっちこそ、なんで日本にいるのさ」

 相手は小首をかしげる仕草をした。

「詳しい話はあとで。とにかく、屋根のあるところに行きましょう」

 その若者、片瀬愁(かたせ しゅう)に思いもよらずに再会した一眞は心の深い闇からようやく一歩抜け出すことが出来た。

 愁が差し出した手はひんやりと冷たかった。

                                 ……②に続く