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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ラジカル・ミラクル・サバイバル ⑦

 

    第七章  揺れる心

 けっきょく何の成果もないまま二日目が過ぎた。

 下山途中に出会った人の話によれば、この毛無山はトレッキングスポットとしては上級者向き、つまり、コースがキツイ方だったらしい。それを若さに任せて登ったものだから当然、身体はくたくた、足は棒になっていた。

 門限ギリギリにたどり着いた俺たちのあとに続く者はなく、他のチームの連中は誰一人として保養所には戻ってこなかった。

 小耳に挟んだところによると、彼らは今回の宝探しに関して、相当の下準備をしてきたらしい。ダウジングとか何とか、そういう道具を用意した者もあれば、金属探知機の類を持ち出した者もいたようで、遊び半分のお気楽なヤツは何も太助だけではない、湯治気分だった俺も彼と同類、というわけだ。

 この調子では、宝はとっくに他チームの誰かの手に渡っているかもしれない。無駄足を踏んでいるのではという危惧と焦りが襲ってきたが、そんな不安を何とか振り払うと、六畳間の古ぼけた蛍光灯の下にて、俺たちは次のコースの検討を開始した。

「明日はちょっと足を伸ばして蛾ヶ岳に行ってみようか? 熊野神社か金比羅神社のどちらかは現地で地元の人に訊いて、目星をつけたらどうかしら。あ、子安神社もあるよ」

「俺は三石山を押すな。三石神社が山の名前の由来ってところがいかにも伝説の山っぽくて怪しい感じがするし」

 額を寄せ合ってそんな話をしているうちに、ふと、間近に太助の存在を感じてしまった俺はドキッとして、思わず後ろに身を引いた。

 これはいったいナニゴトか? いくら美形とはいえ、相手は男じゃないか。それなのに何を意識しているんだ……

 こちらの慌てた様子には気づかずに、太助は地図をひっくり返してはあれこれ意見を述べている。

 だが、イケナイ気分に囚われた俺はすっかりうわの空。うんうんとうなずくだけで、頭の中では別の事を考えてしまっていた。

 思い起こせば、俺は女を好きになったことがない。だからといって最初から男色の趣味があったわけではなく、男女を問わず誰かを好きになったためしがないのだ。

 高校生ともなれば、まわりはそういうネタでもちきりだし、一番興味のある年頃だろうけれど、まったくその気になれなかった。

 先にも述べたが、とっつきにくいヤツという印象のせいで寄ってくる女は少ないけど、それでもこのルックスのお蔭か、手紙などを貰うことはあった。

 しかし、それに対して反応するでもなくそのまま。ゆえに恋人どころか親しい友人もなく、今日まで過ごしてきた。青春という言葉の響き、イメージとは程遠い日々を送っていたのだ。

 そんな俺が男を、同い年とは思えないガキを、若年ホームレスなんぞをやっているヤツを好きになってしまったなんて、これは絶対におかしい。どうかしている、としか言いようがない。

「……ねえ、どう思う?」

「えっ、なっ、何を?」

 うろたえる俺を見て、太助は首をかしげた。

「どうしたの? 謙信みたいにしっかりした人でも、ぼんやりすることがあるんだね」

「よく歩いたし、さすがに疲れた、かな」

「明日もあるから、お風呂に入って早く寝た方がいいね」

 風呂? 寝る? 昨日は何でもなかったことが今夜になってとんでもなく重大な事項になってしまった。

 人の気も知らずに、さっさと洗面道具の用意をした太助は「それじゃあ、お風呂に行こうよ」と無邪気に誘ってきたが、太助を特別な存在としてはっきり意識するようになった今、彼の裸を、あの白い素肌を見たりしたら絶対にヤバイ、俺が俺でなくなってしまう。

「……も、もう少し経ったら入るから、先に行ってくれよ」

「うん、わかった」

 不思議そうな顔をした太助の姿がドアの向こうに消えると、俺はホッと息をついた。

 彼が戻ってくるまで手持ち無沙汰ではあるけど、一緒に風呂に入るなんて、もう絶対に出来っこない。

 俺はその足音を聞きつけると、今までうたた寝していました、というフリをして、彼と入れ替わりに風呂へ向かい、さんざん長湯をした。そして部屋に戻ると即、シュラフに潜り込んだ。

 このクソ暑い中、そんなものに包まるなんて汗疹になりそうだが、しかし、そうでもしなければ、二人きりの夜を平然と乗り切る自信がなかったからだ。二人きりの夜……またしても妙な妄想をしてしまう俺、いかん、かなり重症だ。早く眠って忘れよう。

 だが、それなりに疲れていたのだろう、取り付く島もなくとっとと寝息をたてる俺を見守っていた太助は何も言わずに灯りを消した。

 漆黒の闇が静まり返った室内を覆い、やがて三日目の朝が訪れた。

    ◇    ◇    ◇

 少々寝坊をした俺たちは慌てて仕度をすると部屋を飛び出した。

 本日のコースはけっきょく三石山に決定、なけなしの金で切符を買うと身延駅まで移動し、そこから大崩上集落・登山口へと向かったのだが、思いもよらない展開が俺たちを待ち受けていた。

 登山口で偶然出会ったのは見覚えのある二人、なんと、クマさんチームのフリーターにオタクコンビだった。

 俺たちを見つけて親しげに近寄ってきたフリーター氏は開口一番、「残念だけど、この三石山にはないぜ」と告げた。

「えっ、それどういうことですか?」

「真っ先にこの山に目をつけたイノシシチームの連中が昨日から今朝までかかって探したけど、見つからなかった、とさ。オレたちもさっきここに到着して、たまたま会ったヤツらからそう聞かされたんだ。しょうがねえから、今からよそをあたるつもりだ。あんたたちもそうした方がいいぜ」

 なんということだ。せっかく電車賃を使ってきたのに、だが、探し始める前にわかっただけでも救いで、それこそ無駄足になるところだった。

 急遽、次の候補地を検討した俺たちは太助が挙げた蛾ヶ岳へとコースを変更した。蛾ヶ岳の最寄り駅は市川大門、これはより甲府駅に近く、下部からみて身延駅とは反対方向になる。ここまでの移動が無駄になったわけだが、そんなことを言ってはいられない。少しでも可能性の高い場所に賭けるしか、打つ手はないのだ。

 駅に戻ってしばらく待ったのちに、再び身延線車両に乗ったウサギチーム、座席に腰掛けたはいいが、初っ端からつまずいたことに対して苛立つ俺を見た太助は「気持ちはわかるけど、こんな体験はそうあるものじゃないし、せっかくの探検を楽しむようにしようよ、ね?」と言った。

「相変わらず呑気でお気楽だな。それとも俺の見込み違いを慰めているつもりか? 最初から蛾ヶ岳にしておけばよかったのにと思っているんだろう」

「まさか、そんなわけないじゃない」

 太助に八つ当たりしてどうなるというのだ、己の度量のなさが情けなくなってきた。

 しかし、けっきょく蛾ヶ岳では何も見つからずじまいで、すると太助が、このまま下部まで戻るのは時間と交通費がもったいない、今夜ビバークする気があるのなら、市川大門駅を挟んで反対の位置にある櫛形山へ行こうかと提案した。

 テントは持ってきていないけれど、シュラフがあれば何とかなる。そいつを使って野宿しようという話だが、俺にも異存はなく賛成した。毎度あの保養所で安穏とした夜を過ごそうという考えは甘いと思ったからだった。

 雲の様子を見る限り、雨が降る確率は低い。これなら一晩ぐらい大丈夫だろう。そうと決めると即実行で、ウサギチームの今度の目的地は櫛形山へと変更された。

 さあ、陽があるうちに出来るだけ先に進まなくてはならない。しかし、辺りはとっぷりと暮れてしまい、これ以上の捜索を続けるのは無理と判断した俺たちは次に、今夜のねぐらについて検討を開始した。

 月が出ているとはいえ、それだけでは暗すぎるので灯りが必要になるが、登山において両手を空けておくのは鉄則であるから、この場合はヘッドランプ、額につける電灯を使う。

 それとは別に、太助は携行していた懐中電灯を取り出すと、地図を照らしてこう言った。

「この先に、ほこら小屋っていう、登山者用の小屋があるって。そこならトイレも水もあるらしいし、とりあえず行ってみようよ」

 ビバークの場所選びでは雨や風をしのげる大きな岩陰や木の根元を利用するが、ちゃんとした小屋があるのなら、それに越したことはない。

 話がまとまり、ほこら小屋を目指して再び歩き始めたのはいいが、しばらくして太助が「あっ、忘れ物しちゃった!」と情けない声で叫んだ。

「何を忘れたって?」

「水筒だよ。さっきザックから懐中電灯を出すときに邪魔になって、木の枝に引っ掛けておいてそのまま……」

 用意周到なわりには妙なところでヘマをする太助に呆れた俺は「だったら戻るしかないな」と突き放すように言ったあと、自分だけさっさと前に進み出した。

「えーっ、待っててくれないの?」

「当たり前だ。余分に歩くのはお断り、早く行って、とっとと追いつけよ」

                                 ……⑧に続く