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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ラジカル・ミラクル・サバイバル ⑤

    第五章  尾上の末裔

 夕刻になり、一○一から一○五までの、他の部屋にも人の気配が戻ってきた。さすがに初日から外で泊まるヤツはいないようだ。

 元食堂では何人かで歓談する声も聞こえたが、他チームと手を組んだり、情報交換したりする必要のない俺はずっと一○四号室に閉じこもっていた。

 さすがに腹が減ったので、インスタント食品のうち、どれを食べるか検討する。キャンプ用のガス・ストーブのバーナーを使って沸かした湯でカップラーメンを作り、そいつを食べ終わるともう、何もすることはない。

 その場にごろりと横になったものの、寝るには早すぎてボケッとしていると、さっきから何か話したそうだった太助がとうとう「あのさあ……」と口を開いた。

 遥か遠くの徳島からここまで来ておいて、何ら行動しない俺の態度を不審に思い、文句を言うつもりだろうと俺は身構えた。

「司会の女の人、謙信が蜂須賀家と関係あるみたいなことを訊いていたけど?」

「ああ。尾上の家は蜂須賀家の家臣で、俺はその末裔だからな」

 すると太助は目をみはり、いくらか興奮気味に言った。

「そうか! オレ、謙信に初めて会ったときに、上品で美男子で背も高くて頭もいい、高貴な感じの人だなって思ったんだよ。ホント、若様って呼ぶのがピッタリ。その名前は上杉謙信から取ったんでしょ? でも、オレのイメージからすると、源義経かなあ、ね?」

 こうも持ち上げられると悪い気はしないけれども、いささかこそばゆくなる。

「おだてても何も出ないからな。だいたいおまえの背丈が低すぎるんだ。俺の身長は高校生じゃ平均だし、受験でミスッてからは勉強もイマイチで、おまえがベタ誉めするほど優れた男じゃない」

 照れ隠しとはいえ、ついつい皮肉っぽく答えてしまう俺だが、しかし、そんな対応がさほど気にならないらしい太助は「殿様の命令で探検隊に参加したの?」と重ねて訊いた。

 そこで俺は祖父の夢のお告げを信じたじいやによって、無理やり参加させられた経緯を簡単に説明した。

「……だから、俺にとってはお宝なんてどうでもいいわけ。悪く思うなよ、どうしても探したいなら、一人でやってくれ」

 随分と酷な言い方だと自分でも思ったが、仕方がない。

 だが、太助はしばらく考え込むような仕草をしたあと、思いもよらないことを口にした。

「お祖父さんも、そのじいやさんも、謙信にとっても期待しているんだね。いいなあ、羨ましくなっちゃった」

「期待しているだって?」

 何を言い出すかと思えば、やっぱりこいつは少しばかり頭が足りないのかもしれない。

「だって、主君の宝を無事に見つけて守るのと、これからの尾上家を頼むぞ、って言いたいわけでしょ。オレなんて期待されるどころか、邪魔な存在だから……」

 邪魔な存在、そのセリフが引っかかった俺はつい、どういう意味だと尋ねてしまった。親とは断絶状態だと話していたが、それに関係あるのだろうか。

 すると太助はやや寂しげな笑みを浮かべて、「オレは本当の母さんの顔を知らないんだ。オレを生むとすぐに他の男を作って、どこかへ逃げちゃったんだって」と語った。

 太助の話によると、彼の父親は生まれたばかりの息子を自分の妹に預けて、これまた行方をくらませた。父の妹、つまり太助にとって叔母にあたる人は早くに結婚したが、すぐに夫と死に別れてその時は独身、子供もいなかったので、一人で太助を育てたのだ。

「じゃあ、今はその叔母さんを母さんって呼んでいるんだな」

「そういうこと。ずっと二人で暮らしていたけど、オレが中二のときに母さんが再婚することになってさ。オレがいたんじゃ母さんは幸せになれない、もうこれ以上母さんのお荷物に、邪魔な存在にはなりたくないって決めたんだ」

 再婚後も貧しい生活を強いられている母代わりの叔母に対して、高校進学の希望を切り出せるわけがない。こんな俺でも、その気持ちは痛いほどわかった。

 母と新しい夫との間に子供が生まれ、中学を卒業したのを機に、太助はその家を出て、独りで生きていく道を選んだ。

 この不況下で中卒のガキにそうそう仕事などあるはずもないが、母を安心させるために住み込みの大工見習いの仕事が見つかったと嘘をついた彼はそのじつ、工事現場に人足を派遣する元締めの会社に登録し、お呼びがかかるのを待った。

 そして、いつしか母との連絡は途絶えた。こちらの居場所を告げず、電話もかけない。断絶状態になってしまったのではなく、そうなるように、彼自身が仕向けたのだ。

 母の迷惑になるので身元保証人などが必要な定職には就けない。ゆえに収入が乏しくて住む場所もなく、頼み込んで現場のプレハブなどに寝泊りしていた彼が自分を若年ホームレスだと称したのはそういう理由だった。

「いくら本当の母親じゃなくたって、長年育てた子供のことを心配しないはずがないだろう? これから先もずっと知らん顔するつもりなのか?」

「そりゃあ心配していると思うよ。でも、これでいいんだ、そのうちオレの存在なんか忘れるって。そうしたら、この先は親子三人、水入らずで仲良くして欲しい。それがオレの願いだもの」

 複雑な生い立ちに過酷な運命、今時どこのテレビ局でもやらないようなドラマ顔負けの太助の生き様に、俺はしばし言葉を失った。

「若年ホームレス、か……その痩せた身体でよく工事現場が勤まったと思うけど、それも単発の仕事だろ? 工事がないときは何をして食いつないでいたんだ?」

「うん、まあ……いろいろと」

 太助は語尾を濁し、多くを語らなかったが、俺には想像もつかないほどの辛い目に遭っていたに違いない、そんな気がした。

 もしかしたらゴミ箱を漁ったり、物乞いをしたりなど、人としてのプライドを捨てなくてはならない場面もあったかもしれないと想像した俺はそれ以上訊くのを控えた。

「……辛いことや悲しいことはたくさんあったけど、そのうち涙が枯れ果てたら、なんだか吹っ切れてさ。もう泣かない、涙は見せずに笑って生きれば、いつかきっといいことがある、そう自分に誓ったんだ」

 笑顔を見せながら彼は続けた。

「どこの現場だったかな、一緒に働いていたオジさんがお宝探検隊のことを教えてくれて、『おまえさんは若いんだから、もっと夢を持て』なんてハッパかけられて、それで参加する気になったんだ。もしもお金が手に入ったら、生活が楽になるのはもちろんだけど、母さんに育ててくれた御礼ができるかなって」

 なんてこった。辛い日々の中で、ようやく太助が描くことのできた夢を俺は自分の都合だけで踏みにじろうとしていた。

 宝なんて本当にあるのかどうかわからないけれど、何もしないうちから夢を放棄するような真似をさせたくはない。太助の、彼の母の、そして俺自身のためにも、だ。

「……地図、どこに置いたっけ?」

「あ、ここにあるよ」

 太助は地図のコピーと笹之介アドバイスの用紙を俺に手渡した。

「今からチェックだ。荷物も用意して、明日は六時に出発するぞ、いいな」

 俺の言葉に太助はうん、とうなずいた。

 

                                 ……⑥に続く