Welcome to MOUSOU World!

オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ラジカル・ミラクル・サバイバル ④

    第四章  ウサギさんチーム

 元保養所の一○四号室が俺たちウサギさんチームにあてがわれた部屋である。そこは六畳一間に洗面所とトイレという間取りで、すっかり変色しているカーテンのかかった南側の窓の外には長閑な風景が広がり、のんびりとした気分にさせてくれる。

 茶色に日焼けした畳の上に寝転がった俺の傍らで、太助はそわそわと落ち着かない素振りで室内を見回しては「ねえ、作戦立てなくてもいいの?」などと訊くのだが、取り合うつもりなど、まるでなかった。

 先程の説明の際、女がチーム毎に配った地図のコピーを今回の宝探しの参考とするわけだが、その図というのが、最近見つかった蜂須賀家に所縁のある巻物の記述を解読し、既存の地図に手を加えて作成したものとかで、解読したのはあの笹島笹之介とあって、その場にいた者全員が感嘆の声を上げた。

 笹島笹之介といえば『とんでも鑑定軍』という人気番組で、持ち込まれた古文書等の鑑定を行う、その道の第一人者だ。そんな先生が太鼓判を押したのだから間違いはない。

 ただし、さすがの先生も宝の正体まではわからないようで、そいつが大判小判の詰まった味噌壷なのか、はたまた南蛮渡来の御禁制の金銀財宝が溢れる大瓶であるのか、みんなの期待は大きく膨らむばかり。なんて、あとでがっかりするような結果にならなければいいのだけれど。

 さて、先生の説によると、宝の位置は正確には富士山の麓ではなく、富士から見て西から西北の方向、つまり、この身延線沿線の地域だという。

 考えてみれば、富士山麓には磁場が狂っていることで有名な、あの青木ヶ原樹海が鬱蒼と広がっているのだ。何かを隠すどころか、自分たちが迷って出られなくなるような、そんな危険な場所を宝探しの舞台にするはずがない。

 富士山麓云々というキャッチコピーは人寄せのためで、聞き慣れない地名よりも、富士山という固有名詞を出した方が、信憑性がより高くなるからではないかと考えるのが妥当だろう。

 地図の他には笹之介のワンポイントアドバイスなどというヒント集の別紙も添付されていて、それらを受け取った他チームの連中は大張り切り。

 今日から五日間という期限内で、どのようなコースで探せば効率がいいかを検討したり、さっそく下見に出掛けたりしたヤツらもいるのだが、端からやる気のなかった俺がそんな真似をするはずはない。

 主君の財宝、そいつが人手に渡ろうがどうしようが、俺の知ったことではなく、宝探しは連中に任せて、五日間をやり過ごす。

 テレビもゲームもない退屈な場所ではあるが、大浴場には下部の湯を引いているという話。それゆえここは保養所なのだが、とにかくのんびり湯治だ、と決め込んでいた。

 さてこの、どこにでもありそうな宿の一室だが、その中で異彩を放っているのは押入れの前に高々と積まれたグッズの数々。二人分のシュラフに懐中電灯、水筒、軍手、救急用医薬品からインスタントにハイカロリー食品まで、ありとあらゆるサバイバル用品が揃っているのだ。シュラフに使用したあとが残るあたり、先に実施されたCコースで使ったものをそのままここへ移動させたらしい。

 そして肝心の押入れには宿なら当然あるはずの備品、寝具は一切入っていない。室内の冷暖房も機能していないのは、保養所として使用されていないから当たり前だが、これでは冬場の企画はまず成り立たないと思われる。

 けっきょく、俺たち十人に与えられたのはこの保養所の玄関の鍵とそれぞれの部屋の鍵、そしてこれらのグッズ、というわけだが、保養所の管理を兼任している近くの別荘の管理人が防犯の都合上、夜十時から朝六時までは二重のロックを玄関に施すため、その間は手持ちの鍵での出入りは出来なくなる。

 つまり、毎回保養所に帰ってきたのでは時間も移動距離にも制限が多くなるため、ここをベースキャンプとして、よそで宿泊しながら遠くに移動する作戦をとるチームがほとんどと思われるのだが、俺にはもちろん関係のないことだ。

 それにしても、さっきからやいのやいのとうるさいこのガキに閉口した俺は洗面道具を持って立ち上がり、そんな行動を目にして、太助は不安げな声で訊いた。

「どこ行くの?」

「風呂だよ、風呂」

「今から入るの?」

「まずは下部の湯を味わう、それからだ」

 部屋を出ようとすると、太助は慌ててついてきた。

 廊下の突き当たりが大浴場で、湯を入れたり掃除をしたりと、自分たちで管理をするならば、ここの使用は許可されている。

 脱衣場の蛍光灯は切れかかっており、これが夜ならさぞ薄暗くて気味が悪いだろうが、まだ昼の三時とあって、窓からは陽が差し込んでいて明るい。

 誰かが先に使ったらしく石造りの湯船には既にお湯が満ちていて、これならすぐに入れるとばかりに俺は洗い場の前に座った。

「わあ、お風呂、それも温泉なんて久しぶりだ!」

 どういう生活をしていたんだ、こいつは。その汚れ具合からいって、風呂に入るのが久しぶりだというのは納得いくけれど……

 すっかりご機嫌になった太助は鼻歌混じりで髪や身体を洗い、大はしゃぎで浴槽に飛び込んだ。

 そんな様子を呆れて見ていた俺だが、何日分かもわからない垢を洗い流した彼の肌が随分と白いのに驚いた。

「おっと、髪の毛をお湯に浸けちゃいけないよな……」

 そうつぶやきながら洗い終えた髪を頭上でひとつにまとめる太助、彼の顔を初めてまともに拝んだ俺はその造りが思った以上に整っているのにまたもや驚かされた。

 大きな瞳に長い睫毛の美少年はそこらの三流ジャリタレなんぞよりもアイドルと呼ばれるのにふさわしいキャラではないか。しかし、太助が美少年だったからといって宝探しには何の影響もない。

 しばらく温泉を堪能した俺はついでに着ていた服をここで洗濯するという太助を残し、先に上がると部屋に戻った。

 風呂上りにはグッとビールを一杯、といきたいところだが、未成年なのでジュースで我慢しよう。

 そこまで考えて、ここには自動販売機がないのに気づいた俺は呆然とした。廃墟寸前の建物なのだ、そんなものがあるはずはない。

 何かあると危険なガスは除外して、水、そして電気というライフライン、生きていくために最低限必要なそれらが確保されているのみで、あとは自分たちで何とかしろというわけだ。のんびりと湯治気分に浸っているだけでは済まない、暗澹たる思いが俺を襲った。

 もっとも、駅付近まで行けばそれなりに店もあるだろうが、バスが去ってしまった今、交通手段は徒歩のみ。歩くとなるとかなりの時間を必要とするし、第一に持ち合わせがない。じいやが用意してくれたのは、往復の切符にプラスアルファの金で、俺の小遣いを合わせても懐の寂しさはどうすることも出来なかった。

 ぼんやりとその場に佇んでいると、大浴場から戻ってきた太助が窓辺の手すりに洗濯物を干し始めた。

 別の服に着替えたその姿は相変わらず貧相ななりだが、いくらかこざっぱりとしている。

 濡れたままの髪がべったりとしてうっとうしいので、切ったらどうだと言うと、「じゃあ、謙信が切って」と返された。

「なんで俺がここでおまえの散髪をしなきゃならないんだ」

「だってオレ、ハサミ使うのヘタだもん。自分で自分の髪の毛切るのって、けっこう難しいんだよね」

 仕方なくサバイバルグッズの中からハサミと断熱シートを取り出し、部屋は臨時の床屋にはや変わりした。

 自分が髪を切った時の、『バーバー桜井』の店長の手つきを思い出しながらハサミを動かすと、俺の手を離れた髪の毛が次々にシートに落下し、太助の首のまわりは次第にすっきりしてきた。

 さて、お次は顔を覆っていた前髪だ。前にまわってハサミを近づけると、目に入らないよう瞼を閉じた太助の顔が間近に見えて、その無防備な姿に俺は一瞬ドキリとした。

 い、今、何を考えてた? 

 頭の片隅にふと湧いた奇妙な気持ちを振り払うと、俺は落ち着くよう自分に言い聞かせながら切り始めた。

 ようやく完成した髪形はおかっぱに近い、決して格好のいいものではなかったが、太助は至極満足そうに鏡を眺めた。

「謙信は散髪も上手だね、ありがとう」

 取り払われた前髪の下から紅顔の美少年が現れて、照れ臭くなった俺は視線を逸らした。

 呼び捨てされることはまったく気にならなくなっていた。

                                ……⑤に続く