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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ラジカル・ミラクル・サバイバル ③

    第三章  法月太助

 会場を建物内に移して、改めて説明会が始まった。ここは俺のにらんだとおり、倒産した会社が以前に所有していた保養所で、今回の企画のためにアート・コレクター社が一時的に借りたらしい。

 かつては宿泊者の食堂だったが、今は電気と水道が使えるだけ、ガスの使用は不可という部屋に集められた俺たちは初対面の遠慮もあって、各自バラバラな位置の席に着き、前方のキンキン声女の動向を見守った。

 この場に残っているのは男ばかりで、数少なかった女性はクジで振り落とされたようだ。

「それでは皆様、改めましてこんにちは。今回はご当選、おめでとうございます」

 めでたくない、全然めでたくないって。

「ここにお集まりの方は全部で十名ですが、今から二人一組のコンビを組んでいただきます。そしてこれから先はそのコンビで一チームとして行動してもらうことになりますので、御承知おきください」

 その場にいた十人は思わず顔を見合わせたのだが、のちの説明によれば、チームでお宝を探して、もしもめでたく発見したら、それを主催者側と三等分して分けるという取り決めになっていたのだ。もちろん、どんなものが宝の正体なのかは不明なので、その値打ちを金に換算した上で、ではある。

 何を根拠に二人一組なのかは知らないが、一人で行動するのは心細いし、かといって大勢では動きがとりにくいのは確かだ。

 まあ、人数が多ければ多いほど、金の取り分で揉めるだろうし、二人ぐらいがちょうどいいのかもしれない。

「それではお手元の紙をもう一度御覧になってください。そこに動物の絵が描いてありますが、同じ絵の紙を持っている人同士でコンビを組んでもらいます。まずはクマの絵の紙を持っている方、御起立ください」

 パイプ椅子をズルズルいわせて、茶髪に髭面の、いかにもフリーターやってますといった感じのニイちゃんと、メガネをかけた一見オタク系の男が不安げな顔をしながら、そろそろと立ち上がった。

 キンキン声女は彼らを交互に見たあと、並んで手前の席に座るよう指示を出した。

「このクマの絵を持ったお二人は『クマさんチーム』と呼ばせていただきます」

 えっ、何だって? クマさんチームだと? じゃあ俺のはウサギさんチームってことか。ここは幼稚園かと俺は呆れ返ったが、他の連中は緊張しているのか笑いもしない。

 以下同様に、リスの絵を持った者、イノシシの絵を持った者が続いた。クマにイノシシ、どれも強そうだ。ウサギ、激弱。リスには勝てるかもしれないが。

 さて、残ったのは俺を含めて四名、あの三人のうちの誰とコンビになるのかと思った俺はそいつらの顔を盗み見たのだが、そのうちの一人がさっきバスで乗り合わせた大学生風の男だということに気づいた。いかにも好青年、なかなかの男前である。

 頭も良さそうだし、あの人なら頼りになるかも、などと考えていると、「それではウサギの絵を持った方」と呼ばれて、俺ははじかれたように「は、はいっ」と返事をし、その場に起立した。

 俺と同時に立ち上がったのはあの青年ではなく、相手の思いもよらない姿に、俺は目を疑った。

 伸び放題に伸びた髪のせいで顔立ちは判別不可、小柄で痩せこけた身体にぴったりと張り付いた服は薄汚れて、いくらか離れたこの位置までも臭ってきそうである。齢は一応若いらしく、小汚いガキんちょといった風体はストリートチルドレンを連想させた。

 こんなヤツとコンビだなんて! 呆然とする俺の耳に女が前に座るよう促す声が響く。

 その言葉に仕方なく移動して、厭々ながら腰掛けると、隣にちょこんと座ったヤツが「よろしく」と挨拶してきたのだが、とうてい直視できずにいる俺は「こちらこそ」と素っ気ない返事をした。

 そんな態度に気分を害する様子もなく彼は俺をちらりと見て、いや、顔に前髪がかかっているため、視線を感じただけなのだが、嬉しそうな声でこう言った。

「こんなにカッコいい人とコンビが組めて嬉しいな。仲良くしてね」

 見え透いたお世辞なんてたくさんだ。相手の言葉を素直に受け取れずに、俺は舌打ちをすると、黙って無視を続けた。

 最後に残った二人、そのうちの片方があの青年であり、彼とコンビになった人もこれまたマトモそうな男で、どちらでもいい、どうして俺と組んでくれなかったのか、と恨めしく思ったのだが、それが運命のいたずらというべきか。

 ともかく、これで十人・五組のコンビが完成したため、前に座った者から順次、自己紹介をすることになった。

 やはり、ほとんどの者が夏休みで暇を持て余している大学生か一攫千金を夢見るフリーター、中には会社を休職してお宝探しに賭けているというツワモノもいた。

 もしかして高校生は俺だけかと思いながら、「徳島県から来ました尾上謙信、高校二年生です」などと挨拶すると、「えっ?!」と声を上げて反応したのはなんと、司会のキンキン声女だった。

「あの、何か?」

 女の様子を不審に思った俺がそう問いかけると、彼女は何でもないというように手を振り、それから俺の隣に座ったヤツに「では、次お願いします」と声をかけた。

 俺が腰を下ろすのと同時に立ち上がった彼は、男にしては高い声で、それでもはきはきと話し始めた。

「名前は法月太助(のりづき たすけ)です。中学生とか、ヘタすると小学生に見られるんですけど、齢は十七歳です。よろしくお願いしまーす」

 法月太助とはこれまた古臭い名前、なんて言える立場ではないけれど、ケンシンにタスケでは武将と魚屋、あるいは同心と岡っ引きのようでもあり、ウサギチームは安っぽい時代劇のようなメンバー構成となってしまったが、それより何より、この小汚いガキが同い年とわかって俺は唖然とした。本人の弁にもあったように、どう見たって中学生かそれ以下なのだ。

 だが考えてみれば、探検隊参加資格の欄には「年齢は高校生以上」とあり、中学生は参加出来ないから、やはり十七歳という申請に嘘偽りはないだろう。

 俺たちの後ろに座った、シカの絵を持った二人はどちらも大学生で、バスで一緒だった方が松本、もう一人は岩田と名乗った。

 これで全員の紹介が終了、司会の女が「参加申請書を提出してください」と言い、俺たちはそれぞれ手にした用紙を順に、女の前に差し出した。

 これは住所・氏名・年齢等、本人の身分や連絡先などを確認するためのもので、例のインターネットホームページに掲載されており、俺はおタカさんの好意で貰ったその用紙を使用したのだが、記載された内容に目を通した女は俺の顔をじっと見たあと、「徳島の尾上謙信さん……やはりそうでしたか。蜂須賀家の家臣の家系、ですね?」と訊いた。

「ええ、そのとおりですけど」

 蜂須賀のお宝ネタを扱うだけあって、この会社の社員たちにも尾上の名前は知れ渡っているらしく、女がさっき驚いたのもそのせいだろう。

「では、あのことをご承知の上で、こちらにいらしたわけですね」

「はっ? 何の話ですか」

「何も御存知ないのですか?」

 思わせぶりなそのセリフ、いったい何が言いたいのだ。

 苛立った俺がインターネットを見た知人に勧められて来ただけだと説明すると、「そういうことでしたらまたの機会にお話しします」と言った女は次に、法月太助の書類のチェックを始めたのだが、すぐにその三日月眉をひそめた。

「あの、法月さん。未成年の方は保護者の承認が必要でして、空欄では困るのですが」

 すると太助はあっけらかんとして、「でもオレ、保護者がいないから」と人ごとのように言い放った。

「それはどういう意味ですか」

「オレって、若年ホームレスなんだ」

 若年ホームレス? なんじゃあそりゃ?

 女と俺、二人の訝しげな視線を受けて、太助は自分が親元を離れて生活していること、その親とはもう断絶状態で、連絡が取れないのだと話したが、それでは彼の人物なりが証明出来ないとあって、女は困惑したようだ。

「困りましたね。このままだと、あなたには参加資格はなし、ということになってしまいますが……」

「ええっ、そうなの? 弱ったなあ、せっかくお金が手に入るチャンスだと思ったのに」

 その割には、太助の口調には困っている様子が感じられない。呆れて彼を見ていた俺はふと、あることを思いついた。

 コンビの片方である太助が失格となれば、彼と組んでいる俺も参加できなくなる。すなわち、このまま徳島に帰れる、という寸法だ。

 内心大喜びの俺はそれをポーカーフェイスで隠しながら、「では、俺の参加も取り消しと考えていいわけですね?」と念を押した。

「そ、それは困ります」

 うろたえた女は、確認をとるようなことはないので、今のうちに保護者の名前をこっそりと記入するよう、太助に命じた。

 いわゆる書類の捏造、そんな真似をしていいものなのか、それにしても、そうまでして俺を残しておきたい意図は何なのか、疑問が湧いた。

 この女の態度、さっきからどうもおかしい。俺が尾上家の者であることが重要な意味を持つと考えられるけど、今すぐにタネ明かしをするつもりはなさそうだ。まあ、いい。しばらく様子をみるとしよう。

 そんなことを考えていると、俺が助け舟を出したとでも思ったのか、太助は「ありがとう!」と言って、俺の手を握りしめた。

「ケンシンって、カッコいい上にとっても優しいんだね。感激しちゃった」

 いきなり名前を呼び捨てにされ、そのなれなれしさにムッとした俺は思わず、手を振り払ってしまった。

「別におまえを助けたわけじゃない」

「そ……そうだよね。参加取り消しになったら困るもんね。変なこと言ってゴメン」

 再三の俺の冷たい対応にもメゲることなく、太助は穏やかな姿勢を崩さなかった。

 それから宝探しと今後のスケジュールに関する具体的な説明を受けているうちに昼時になり、配られた弁当をみんなで食べた。

 何の変哲もない冷え切った幕の内弁当なのだが、太助は美味い美味いと言って大喜び。何日も食い物にありつけなかったらしく、感激の涙を流さんばかりだった。

 食後、再び俺たちの前に立ったキンキン声女は「以上をもちまして、本日の私の役目は終わりとなります。また五日後にお会いしましょう、皆様の御健闘をお祈りしております」と挨拶して、その場を立ち去った。

                                 ……④に続く