第二章 お宝探検隊
じいやに見送られて特急・南風二十八号に乗った俺は岡山を午後十時半過ぎに出発する寝台特急サンライズ瀬戸・出雲に乗り換えたが、値段の張るA寝台なんぞに乗車できるはずもなく、安価なゴロ寝スペースのうちの指定された場所に転がり込んだ。
そこは人間一人が何とか横になれる一畳ほどの広さで、薄手のタオルケットが備えられており、それが一車両に上段・下段合わせて二十八部屋ある。薄暗いその場所に横たわり、目の前に迫る天井を見上げながら、俺は深い溜め息をついた。
明日の朝八時に現地集合となると、もっとも費用をかけずに行く方法はこの寝台特急を利用すること。
さっそく切符を手配したじいやに言われるがまま、リュックに必要な物を詰め込んで、荷造りを完了した俺は車中の人となった。ガタンゴトン……列車の響きが心地よく眠りを誘うはずが眠れそうにない。
ちくしょう、親父のヤツめ。今頃はのほほんとテレビを観て笑ってるんだろうな。いや、ひとっ風呂浴びて寝酒をやっているかも。高二の、未成年の息子が寝台列車に一人で揺られているというのに……ムカつく。
そもそも尾上家が没落したのはひとえに道楽者の親父の責任だ。立派な血筋の上に、自ら事業を起こして、やり手との評判も高い祖父、だが、その跡継ぎとなるべきはずの親父はとんだ出来損ないで、派手に放蕩した挙句、財産のほとんどを食い潰してしまった。
それでも何とかそれなりの生活が出来るのは、じいやたちのヤリクリのお蔭で、それゆえ俺はじいやに逆らえない。
今朝、土蔵の中身を親父が売り払った事件を思い出したじいやは今でも腹が立つらしく、不愉快そうに首を振っていた。
「まったく信玄様ときたら……嘆かわしい。情けなくて、情けなくて、涙が出ます」
俺は尾上謙信、親父は信玄、と名づけられている。もちろん有名な武将の名前を取って、と察することができると思うが、この大袈裟な名前、財産もないくせに気位ばかり高い一族と思われている俺は学校でも異質な存在だ。
さらに、口下手で相手に合わせるのは苦手、ひねくれ者の変わり者、そんな性分は冷たい印象を与える顔立ちとあいまって、とっつきにくいヤツというイメージを作り上げており、クラスでは当然ながら浮きまくっていた。
昔むかし、『ミスすだち』に選ばれた母譲りのルックスはそこそこイケてるらしいのだが、そのイメージのせいか女が寄ってくるでもなく、それでも別に彼女なんていらないと思っていると、じいやがまたもやトンデモ話を始めた。
「そうそう、探検隊に気をとられて忘れるところでした。先代様のもうひとつの御命令ですが、若には早くいい伴侶を見つけるよう、それらを同時進行せよ、と」
「そんな話もなさっていましたね。若様ときたら、こんなに男前でいらっしゃるのに、今の若い娘さんたちはどこに目をつけているのかしら」
「それは結婚相手を見つけろって話? 十七になったばかりの俺がどうやって結婚するんだ、法律違反じゃないか。だいたい、宝探しと伴侶探しが同時にできるわけないし、冗談にも程があるよ。バカバカしい」
呆れ返る俺の前で、ばあやは夢みる乙女のような、うっとりした顔をしてみせた。
「もしかしたら探検隊の中に出会いがあるかもしれませんよ。若様にお似合いの可愛らしい方が参加してらしたりして。なんとまあ、ロマンチックでしょう」
富士山麓の探検が出会いの舞台だなんて、洒落にもならないからやめて欲しい。若い女がそんな企画に参加するものか。少なくとも、俺はそういう女は願い下げたい。
とりあえず伴侶云々の話は無視して、俺はこのやっかいな一件が早々に終結することを願わずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
けっきょく寝入ってしまったらしい。列車がブレーキをかける気配に気づいた俺は慌てて飛び起きた。
目的の東海道線富士駅に到着したとわかると、リュックを引っ提げて人影まばらな早朝のホームに降り立つ。さあ、今度は身延線に乗り換えだ。
その車両の中が朝食タイムで、ばあやが持たせてくれたおにぎりと、さっき買ったペットボトルの緑茶で食事を済ませた俺は指定のあった山梨県の下部温泉駅で下車したが、ここから富士山はそう近いわけではない。
むしろ、御殿場線のどこかで降りた方が正解だと思われるのだが、そうと指示がある以上逆らう必要もなく改札を抜けると、駅前には御丁寧にもマイクロバスが用意されていた。
「本日のお宝探検隊Dコースに参加される方ですか? 現地までシャトルバスを御用意しましたので、こちらにお乗りくださいませ」
バスの運転手自らが俺の前にいた大学生風の男にそう声をかけたのを聞いて、そいつに続いて俺もバスに乗った。
この時間の列車で到着したと思われる連中がおおよそ乗り終えたとみるや、運転手はバスを発車させ、それに揺られること十数分、到着した場所は旅館の駐車場だった。
いや、それは旅館に見えたがそうではない、どうやら会社の保養所と思われる鉄筋二階建ての建物で、クリーム色に塗られた壁はすっかり黒ずんでいた。
車が二十台ほど停められる広さの駐車場には既に到着していた連中がひしめいていて、バスを降りた俺たちがその中に混ざると、車両はゆっくりとバックして去って行き、それと入れ替わるように一人の若い女が現れた。
長閑な田舎の風景にはそぐわない感じのする、都会的でハデバデしいその女はいきなりメガホンを手にすると、かん高い声をキンキンと響かせた。
「皆様、おはようございます。大変お待たせしました、本日は我がアート・コレクター社のお宝探検隊Dコースにお集まりくださり、ありがとうございます」
女は主催する会社の社員か何からしく、これから行われる企画についてのナビゲーターとして登場したのだが、参加志願者が予想以上に多かったらしい。このDコースは他に比べて東京に近いせいだと思われる。
たしかに、その場に集まった人々はざっと百人はいるだろうか。世の中にはよくもこれだけ暇なヤツがいるなと思えるほどで、そのほとんどは俺より少し年上の大学生かフリーター、そんな感じで、女の姿もあったのにはたまげた。若い女が参加するものかという前言は撤回しなくてはならない。
さて、キンキン声女の説明によると、探検隊に参加出来る人数はどんなに多くても十名。よって、これから抽選を行うという。
抽選に漏れた者には上限が一万円の交通費と、次回に行われる探検隊Eコース、あるいはそれ以降の企画への優先参加チケットが配られるのだが、それを聞いた参加志願者たちは口々に不満を訴えた。
そりゃそうだろう。遠路はるばるやって来たのに抽選だなんて、ふざけるなと言ってやりたいところだが、よくよく考えてみると、この抽選に漏れたならば、とっとと引き揚げていいことになる。
ハズレを引いたのでダメだったとじいやに報告すればお咎めもなく、宝探しは一件落着。元々やる気ゼロだった俺には願ってもない展開だ。
「では、こちらにある箱の中から紙を一枚ずつ引いてください。印のあった方はそのまま残って、白紙の方は残念ですが、向こうに待機しております係の者からお金とチケットを受け取ってお帰りください」
参加条件の注意事項に「主催者側の指示に従い、一切の抗議は受け付けない」とある以上、逆らっても無駄なのだ。
それにしても交通費の精算だけで百万円近くかかるわけで、そんな費用をポンと出す大盤振る舞い、この会社はよほど儲かっているのだろうと勘繰りたくもなる。
クジ引きは順調に進み、引き終えた者はめいめいに落胆した顔でチケット係の前へ移動し、そこには長い列が出来た。
そんな彼らを駅まで運ぶために、またしてもシャトルバスが忙しく走り回る。なんとまあ、御苦労なこった。
さてと、いよいよ俺の番だ。みんなとは違う意味で浮き浮きする気分を抑えながら、俺は箱の中の、半分に折られた紙をつかんだ。よっしゃ、これで徳島に帰れる……はず……
「なっ、なんで……?!」
開いた紙のど真ん中には可愛らしいウサギの絵が描いてあった。宝クジ当選はおろか、お年玉付き年賀ハガキの四等すら当たったことのない俺が見事に参加資格を得てしまったのである。
……③に続く