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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ラジカル・ミラクル・サバイバル ①

    第一章  蜂須賀の財宝

 夏休みに入ったばかりの七月下旬早朝、じいやのわめく声に俺の眠りは破られた。

「わっ、若! 起きてください、若っ!」

 今の日本で若と呼ばれているのは俺と某有名若手演歌歌手以外に何人ぐらいいるのか、ぜひとも知りたいもんだと思う。

「若、重大なお話が……」

「どうしたの、また取り立て屋が怒鳴り込んできたとか? 朝っぱらから御苦労だよな」

「い、いえ、そのようなことでは」

 口籠もるじいやのこけた頬が心なしか紅潮している。面倒臭いが付き合ってやるか。俺は上半身を起こすと寝巻きを脱いで、枕元に置いてあったTシャツの袖に腕を通した。

「じつは今朝方、先代様の夢をみまして」

「先代って、あのジイさんの?」

 ジイさん、つまり先代とは俺にとって父方の祖父だが、五年前に他界している。じいやは祖父の代からこの尾上(おのえ)の家に仕えており、お家が没落して、大勢いた使用人たちが散り散りになってしまったあともここに残り、崇拝する祖父への忠誠心を示しているのだ。

 大きくうなずいたあと、ちょっとの間も惜しいらしく、じいやは一気にまくしたてた。

「先代様がわたくしの枕元に立たれた。なんともったいないことかと思っておりますと、これから申す事柄を直ちに実行せよというお言葉。それというのが、お家の復興と名誉挽回のために、蜂須賀の財宝を探し出してお守りするよう、謙信(けんしん)に命じよとの仰せ……」

「ちょっ、ちょっと待った!」

 俺が目をむいて声を荒げると、話の腰を折られたじいやは不満そうな顔を向けた。

「それって、俺に対する注文なわけ?」

「左様でございます。なにしろ先代様は若の身を大層案じておられ、お父上のようになられては困るとお考えなのです」

「いくらなんでも失礼じゃないの」

「いいえ、先代様のおっしゃるとおりです」

 じいやはきっぱりと断言した。

「差し出がましいことを申しますが、高校受験に失敗して以来の若は無気力無関心の状態が丸一年、いえ、それ以上続いております。これではお父上と何ら変わりません。このままでは由緒正しき尾上家の未来はないも同然、先代様が築いた富も栄誉もすべて失われてしまう、じいは死んでも死にきれませぬ」

「まったく、大げさなんだから……」

 そう言いかけて、俺は口をつぐんだ。受験に失敗したのは事実である。

 ここらの地域ではトップクラスとされる進学校に入れなかった俺は滑り止めに受けた私立の高校に入学したが、理想と現実の落差にやる気をなくしてしまい、成績は低迷する一方だったのだ。

 だが、そこで俺は考えた。蜂須賀の財宝なんてどえらいもの、家にあったっけ? 

 この四国・徳島県がその昔、阿波の国と呼ばれていた頃、ここを治めていた大名が蜂須賀家で、俺の御先祖である尾上一族は代々当主の信頼厚き家臣だった、と、じいやから耳タコで聞いている。

 だとすれば、殿様からの御褒美やら何やらで、お宝の類を拝領している可能性は十分にあるが、その存在が今までわからなかったなんてことがありえるのだろうか。

 万一、あっても気づかなかったとして、土蔵に収納されているもの、先祖伝来の屏風や陶器、先代が海外で蒐集したという美術品などは先月、親父がじいやの留守に質屋と骨董屋を呼んで、内緒で売り飛ばしてしまったために土蔵の中身はすっからかん。もしもそれらの中にお宝が含まれていたとしたら、探し出して云々なんて絶対に不可能だ。

 着替えを済ませた俺はじいやと連れ立って部屋の外に出た。回廊をひたすら歩き、朝食が用意されている菊の間を目指す。

 昔ながらの武家屋敷とあって、だだっ広い平屋の建物は移動が大変だ。夏は涼しいが、冬場は寒いなんてもんじゃない。

 歩きながら俺はじいやにさっきの疑問をぶつけてみた。

「……だから、そうなったら探しようがないだろ。だいたいさあ、元が夢なんだし、信憑性がないよ」

「いや、それが」

 じいやは心霊体験を語る芸能人、そう、まるで稲川何某のごとき表情をしてみせたが、物心ついた頃からこのパターンで脅されてきた俺は高校生になってもついつい不安を煽られてしまう。とんだパブロフの犬だ。

「それがわたくしだけなら単なる夢として片付けられましょうが、起床したときに夢の話をしたところ、サキめも同じ時間に同じ夢をみたと申したのです。これは単なる偶然とは思えませぬが」

 大前辰五郎というのがじいやの名前であり、その妻である大前サキはもちろんばあやだ。夫婦で住み込んでいるこの二人はいわば俺の親代わり、そんな彼らの夢に祖父が同時に現れたとなると、一笑に付するわけにはいかなくなってきた。

 菊の間の襖を開けると、いきなり目につくのは真正面にある床の間で、そこには山や湖が描かれたみすぼらしい掛け軸が掲げてある。

 いつの時代のものかは知らないが、どう見ても素人の筆によって描かれたとしか思えない代物で、ところが祖父はどういうわけか、この掛け軸を後生大事にしており、また、あまりの小汚さゆえ値段がつくはずはないと、さすがの親父も売り飛ばすような真似はせず、今でも床の間を飾っているという次第だ。

 十畳の和室のど真ん中には卓袱台がぽつんと置かれ、その上には一人分の、俺の朝食が用意されていたが、サキばあやの姿はない。

 じいやたちはもっと早い時間に食事を済ませるし、親父はわざわざ自分の部屋まで運ばせるため、ここで食べるのは俺一人、祖父の死後からずっとそうしている。

 以前は家族が揃って賑やかだったのに、などと感傷に浸るつもりはないが、祖父母には、そして母にも、もう少し長生きしてもらいたかったと思う。

 いつもならかいがいしく給仕をしてくれるばあやがいないので、じいやは辺りをきょろきょろと見回していたが、そこへ息せき切って飛び込んできたのは当のばあやだった。

「おじいさん、おじいさんってば」

 じいやとは対照的な、ふくよかな身体をゆさゆさ揺らしながら、ばあやは慌てふためいた様子で、じいやに何事かを伝えようとした。

「これ、若に味噌汁も用意せんと、何を騒いでおる。どこへ行っておったのだ?」

「今、お隣のタカちゃんのところでパソコンを見てきたんですよ」

 タカちゃんとは近所に住む昔馴染みであり、ばあやとは仲良しのバアさんで、その年齢にしては新しい物が大好き。最近ではインターネットにハマりまくって、ネットオークションにも堂々と参加しているらしい。

 パソコンでネットはおろか、携帯電話すらない我が尾上家は時代の波に乗れないまま、すっかり取り残されているが、それもこれも我が家のオハラショウスケのせいなのはいうまでもない。

 ばあやはパソコンの画面をおタカさんにプリントアウトしてもらったという紙を差し出したが、そこには『お宝探検隊』という真っ赤な文字が踊っていた。

「お宝探検隊~?!」

 俺とじいやのハモりが部屋中に響く。

 それは東京で美術関係の品を扱うアート・コレクター社という会社のホームページに掲載されていて、日本各地に眠っているのではとされる昔の隠し財宝や埋蔵金探しに参加してみませんかという内容だった。

 伝説にとどまらず、古文書などで実際にその存在が示されながら、未だ発見されていない宝が幾つかあるらしく、それを探し出すという企画をこの会社が主催し、そのための人員をネット上で募集していたのだ。

「ほら、ここの四番目の欄をよく読んでくださいよ。『富士山麓に眠る阿波・蜂須賀公の財宝・Dコース』って書いてあるでしょ? これを見たタカちゃんが連絡くれて、今朝の夢のことがあったから、あたしはもう、びっくりして飛んで行ったんですよ」

 蜂須賀の殿様の宝はウチの土蔵ではなく、富士山の麓に埋まっているというのか。いいや、待てよ。徳島の殿がなんでわざわざ富士山まで出向いて……もっとも殿本人じゃなくて、家来が命令を受けて、だとは思うけど、そんな遠くに埋めなくても、という俺の疑問にはお構いなく、じいやたちは紙面に見入っては何やら相談を始め、やおらこっちを見て、とんでもない提言をした。

「若、ぜひともこの探検隊にご参加を」

「はっ、はあ~?!」

 開いた口が塞がらない俺に対し、じいやとばあやは交互に説得を始めた。

「先代様のお告げがあったその日に、このような話に出会えるとは、やはり先代様のお導きとしか考えられませぬ」

「ちょうど夏休みでもありますし、学校のことを気にしなくてよいではないですか」

「そうそう、可愛い若には旅をさせろ。費用なら心配いりませんぞ、このじいが何とか工面しますから、心置きなく……」

「ちょっと待ってよ!」

 探検隊なんて冗談じゃない、俺はすっかりその気の二人にささやかな抵抗を示した。

「蜂須賀家の宝なら、蜂須賀家の子孫が探せばいいじゃないか。遺産相続になるのかどうか知らないけど、もしも見つかったら貰える権利はそっちにあるだろうし、どうして俺が富士山くんだりまで行って、探さなきゃならないんだよ?」

「集合は明日の朝八時だそうな。いやはや、気づくのがもう少し遅れていたら参加出来なくなるところだった」

「先代様も慌ててらしたでしょうね」

 二人はまったく聞く耳持たない様子で会話を続けている。呆然とする俺の耳の奥で、「無駄な抵抗はやめろ」という呼びかけが鳴り響いた。籠城したはいいが絶体絶命、そんな犯人の気分だった。

                                 ……②に続く