第十六章 ハッピー・ウェディング
手配していたホテルの部屋をシングルからツインに変更すると、キーを受け取った総一朗は「五階だよ」と上を示した。
部屋の南側、大きな窓の向こうには紺碧の海に淡い黄色の光が浮かんだ、幻想的な光景が映し出されている。打ち寄せる波の音がかすかに聞こえ、潮の香りがうっすらと漂って、ここがオーシャンビューのリゾートホテルなのだという実感が湧く。
ブルーのカーテンを引く総一朗を後ろから抱きしめると、何かを言いかけた彼を創は強引に、ベッドの上に押し倒した。
「ちょっ、ちょっと、何?」
「だから、もう限界」
「ま、待って。まだ……」
「待てない!」
若い身体をずっともてあましていたのだ。これ以上のおあずけはたくさんだと、服を強引に剥ぎ取ると、創は白い素肌を貪りにかかった。
「はっ……んっ……」
困惑した表情を浮かべていた総一朗だが、それがたちまち快楽の歓びに変わる。
唇、次に首筋、鎖骨の辺りから胸へと舌を這わせつつ、両方の指で小さな突起をそれぞれつまむと、総一朗は「ああっ」と叫びを上げた。
くりくりとそれらをねじるようにいじられ、たまらずに腰を浮かせて髪を左右に振る、あまりにも淫らな光景に、それを目にしただけで終わってしまいそうだ。
突起が舌に包み込まれ、転がされると、総一朗はシーツをつかんで悶え始めた。
「ふっ……うぅん」
以前よりもねちっこく、創は突起をいたぶり続けた。
唇で吸いつき、舌で先端を扱き、軽く歯を当てるといった行為を繰り返す。
「やっ、も、もう」
眉間に皺を寄せて喘ぐ総一朗は苦しんでいるようにも見えた。
「……そんなにいい?」
「よ、よすぎて、ダメ……」
「それじゃあ、もっと虐めてやろっと」
「ひどい……よ……」
息も絶え絶えの彼に追い討ちをかけようと、創は勃ち上がった下の部分を扱いて、左の突起と同時に攻め始めた。
「ほら、ここもしてやるよ」
耳元で囁くと、イヤイヤと首を振り、身体をねじってよがる。
その様子がまた愛おしくて、耳朶を軽く噛み、息を吹きかける。ここが彼のウィークポイントだ。
「あっ、ダメだ……って」
ダメなはずがない。気持ち良くて、嬉しくてたまらないのだ。
舌でさんざん耳をいじりながら、左右の手の仕事も怠らない創は我ながら器用だと、自画自賛していた。
そのあと、彼は身体を下にずらして、しっかりと張り詰めている総一朗のペニスを口に含んだ。
これが嫌いな男はいないと聞く。まさか、自分が男のモノをフェラする羽目になるとは数ヶ月前までは予想もしなかったことだが、総一朗にもあの、最高の快感を与えてやりたかった。
創の思いがけない行動に、小さく叫びを上げた総一朗はとろけるような目でこちらを見ていたが、そのうちに、彼に身体を半回転させるよう言った。
「ボクもしてあげる……創のを……したいんだ、一緒に」
言われたとおりにすると、自分のモノが総一朗の顔の上にぶら下がる格好になる。
いわゆるシックスナインの体勢、ムクムクといつも以上に、元気になっているそれは彼の口中にすいこまれた。それぞれが舌を使ういやらしい音が室内に響く。
互いに相手のモノを舐めまくっているうちに、ほぼ同時にイッてしまったのはいいが、初めて白いものを飲んだ創はゴホゴホとむせ返った。
慌てて起き上がった総一朗は創の背中をさすりながら、心配そうに訊いた。
「大丈夫? 無理して飲まなくてもよかったのに」
「いいんだって。あんたがオレのを飲んでみたかったって気持ち、わかったから」
「創……」
恥ずかしげに、嬉しそうにこちらを見る姿が悩ましい。
「色っぽいなぁ」
「え? ボクが?」
「トーゼン。メチャそそられるし」
出したばかりのはずなのに、下はもう反応している。
創は左手で総一朗の肩を抱き寄せると、右手を臀部の下に潜り込ませて、割れ目の奥の秘孔の位置を探り当てた。
「みっけ」
「や、ちょっと」
恥ずかしそうに身体をもぞもぞさせるのを見ると、余計に虐めたくなる。
そのまま身体を倒して開脚、秘孔がよく見えるようにポーズをとらせると、総一朗はシーツに顔を埋めるようにした。
「そんなに見ないでくれよ」
「見えた方がやりやすいもん。ここだってオレを待っててくれてるんだろ」
しばらく周囲を優しく撫でてほぐしたあとは人差し指を深く差し入れて、感じる部分を刺激する。
「イイのはこの辺りだったよな」
「あっ、や……」
総一朗は小さく叫んで腰を浮かせた。
「もう一本、加えちゃおうかな」
中指も入れてかき回すと、襞がぎゅうぎゅう締めつけてきた。
「ああっ、あー、あーっ!」
相当感じているらしく、総一朗はイヤイヤをするように身体をねじった。
「まだイッちゃダメだぜ」
「わ、わかってる……けど」
二本の指を締めつけるパワーに、創は自分のモノがそうされるのを想像して、激しく興奮した。
早くひとつになりたい。
彼の中ではじけたい。
「入れたぜ、ほら……」
熱く囁きながら、創が再び熱くたぎったペニスを強引に挿し入れると、総一朗はその背中にしっかとしがみついた。
「ふぅん、あっ」
初めて結ばれた夜よりも強い、想像以上の締めつけ具合だった。
それだけ総一朗も感じているのだろうが、自分自身ももっと感じたくて、乱暴な動きになってしまう。
ケダモノと化した創の激しさに、総一朗は何かを叫ぼうとするが、唇は塞がれ、舌を絡められて、声が出せないでいる。
二人の身体が擦れ合う、淫らで卑猥な音が聞こえてきて、ますます興奮が高まった創は総一朗の蜜をすすり、貪った。
「んー、んん」
苦しそうな様子に唇は開放したものの、これで終わるはずがない。体位を変えて、今度は後背位だ。
総一朗の脇を左手でしっかりと捕まえると、創の腰は再び猛烈な勢いで動き始めた。右手は前の部分を扱き、それに連動して喘ぎも激しくなっていく。
「ああっ、あっ!」
前から後ろから攻め立てる、容赦ない創の行為に、総一朗はよがり声を搾り出して悶え続けた。
揺れる背中にじんわりと広がる汗を舌ですくうと、ピクリと反応した壁がまたもや創を締めつけにかかる。
「すっげーイイ、たまんない」
調子に乗って奥を強く穿つと、総一朗は小声で哀願した。
「そんなに攻めないで、壊れ……る」
「大丈夫、これぐらいで壊れっこないって」
「無責任な……ん、ああっ」
どれほどの時間が経ったのだろうか。
狂ったように交わり続けているうちに、快楽の頂点に立った頭の中がスパークして、真っ白になってきた。
「も、もう、イッちゃう」
「ボクも……」
まさに絶頂、創が呻きながら精を放つと、総一朗も彼の名前を呼び、声を上げてのけ反ったあと、ベッドの上にバッタリと倒れて動かなくなった。
だが、三十分と経たないうちに復活した創はグッタリしている総一朗に手を伸ばして愛撫再開、ペニスを無理に扱きながら挿入を繰り返し、お相手はすっかりヘバる始末。
そんな調子で、創の何度目かの要求からようやく解放された総一朗がシャワーを浴びに行った時刻はと言えば、既に夜中の三時をまわっていた。
「……まったく、激しすぎるわ。手加減ってものを知らないんだから」
バスタオルを巻いた姿で浴室から出てきた総一朗は満足気な顔でタバコを手にしている創をギロッと睨みつけた。
彼がおしゃべりしたくてうずうずしている時や、やいのやいのと文句をつける時にはおネエ言葉に切り替わると承知しているため、そらきたぞと、こちらも身構える。
「シャワーを使ったら後ろがヒリヒリして、痛くてたまらなかったわよ」
「アソコが老朽化してるからだろ」
「言ったわね! その老朽化したアソコに、さんざんお世話になってるくせに」
「エネルギー注入で若さを与えてるんだ、お世話してるのはこっち」
「注入はけっこうだけど、後始末が大変なんだから」
「文句言うなら、ゴムぐらい用意しとけよ」
「そっちが持ってきなさいよ」
「しょうがないだろ。急な出発だったんだから、そこまで気がまわるかっての」
またしても始まった夫婦漫才と呼ぶにはあまりにもお下劣な会話のため、ここでは中略して、書き控えることにする。
「それにしたってさぁ、これぐらいでヘバるなよ」
「言っとくけど、金曜日は法事で丸一日潰れたし、そのあとも歩き回ってクタクタだったのよ。それなのに、こんな時間まで……」
「オレだって、あんたを探してあっちこっち回ったんだぜ。さっさとメールをよこせば手間がかからなかったのにさ」
「うるさいわね。だからああいう事情があってって話したでしょ」
「疲れてるのはお互い様だろ。それでもオレの方がこれだけ元気なのは、やっぱり若さの違いだよな。どうだ、恐れ入ったか」
「あー、ムカつく言い方」
「二十も年下を相手にするなら、それなりに覚悟してもらわないとな」
「二十じゃないわよ、十九! まったく、もっと年寄りをいたわりなさいよ」
「こんなときだけ年寄り発言かよ、都合よすぎだって」
「そうよ、年寄りはワガママな生き物なの。老後の面倒は頼むわね」
「ケアホームにぶち込まれたいのか」
「いいわよ。それならシルバー美形を誘って、ハッピーライフを送るから」
丁々発止のやり取り、軍配は口達者な総一朗に上がった感がある。
「ったく、ああ言えばこう言う……」
憎らしいけど憎めるはずもない。創は総一朗を乱暴に抱き寄せた。
「さっきので五回目だったから……よっしゃ、決めた。連続十回記録に挑戦する」
「な、何、それ……」
「朝まで愛しまくる。寝かせてやらないから覚悟しろよ」
口達者な唇は熱く塞がれてしまった。
◇ ◇ ◇
翌朝、二人は半島を横断して西海岸側へと移動した。
今日の天気も快晴で、ロマンチックツアーらしい、穏やかな気候である。
「ツアーの終点はね……」
総一朗は茶目っ気たっぷりに、目的地を告げた。
「ここで愛を誓った恋人同士は永遠に結ばれるという、ご利益バッチリ! のありがたーい恋人岬よ」
「マジでベタだよな……」
うんざりする創とは対照的に、総一朗は始終嬉しげで、すっかり御満悦の様子だった。
岬の先に設けられたこの地のシンボルであるラブコールベルを二人一緒に三回鳴らすと、想いが実るといい、鐘を鳴らした人たちには御丁寧に恋人宣言証明書まで発行してくれるらしい。
「実際に結婚式を挙げた人たちがいるって聞いたけど、教会式と人前式がミックスしたみたいな感じかしらね。なかなかいいと思わない?」
四十代独身。結婚願望は人並みに、いや、それ以上に強いのだが……
「どうせ式なんて、そう簡単には挙げられない身だもの、せめて気分だけでも、って思って。せつないオカマ心ってやつね」
「オカマ心ねぇ」
要は結婚式の真似事をやりたくて、ここまでやって来たのだ。
ベタだと思われたわりには、この地を訪れているカップルは多い。彼らの好奇の視線に晒されながらも、総一朗は創の手を引くと、ラブコールベルの前まで進み出た。
エヘン、と咳払いをする様子が可愛らしいような、年寄り臭いような、奇妙な男はおごそかに誓いの言葉を述べ始めた。
「……ワタクシ、天総一朗は加瀬創を永遠に愛することを誓います。ほら、続けて」
「えーっ、こんなところで? マジかよ、メチャメチャ恥ずかしいって」
すっかり腰が引けている創に、総一朗は不満げな表情を向けた。
「『愛してるよ』って、昨夜はさんざん言ったじゃない」
「あれは、その……」
ゴニョゴニョと言い訳をしつつも、創は真顔になって「ワタクシ、加瀬創も天総一朗を永遠に愛することを誓います」と言い、「はい、これで文句ねえだろ」と付け加えた。
「よしよし、上出来」
「なぁ、もう帰ろうぜ」
「ダメよ、このあと鐘を鳴らすんだから。三回よ、三回。間違えないようにね」
「うっへぇ~」
リーンゴーン、澄んだ鐘の音が海の彼方に向かって高らかに響き渡る。海も空も、大自然のすべてが祝福してくれる、そんな気分になれる。
「うーん、最高!」
壮大な海原を前に、大きく背伸びをした総一朗は創を振り返って言った。
「やっぱり、本物の結婚式がしたくなっちゃった」
「ええーっ?」
たじろぐ創にはお構いなしに、総一朗のトンデモな発言が続く。
「やろうよ、結婚式。ね、いいでしょ」
「マジで言ってんのか?」
「マジもマジ、大マジだから」
「男同士の結婚式を喜んでお受けしましょうなんて式場、そうそうねえだろうが」
「あるわよ、女性同士の式だったけどニュースになっていたもん。さっそくネットで調べてみるから」
「でも、式挙げたからって、婚姻が認められるわけじゃないだろ。自分だって、前にそんな話したじゃねえか。この国では認められていないとか何とかって、承知していたんだろうが」
願望が強いと承知はしていたし、二人で迎える朝の良さも捨て難いが、同棲するならまだしも、実際の結婚となるとハードルは高い。パートナーシップ制度では法的拘束力はないので、異性間の結婚との差が問題となっているのが現状だ。
「それじゃあいっそのこと、二人で海外移住しちゃおうか?」
「はあ~?」
「同性婚オッケーの国ってのがあるじゃない、そこなら式も抵抗なく挙げられるはずだし。ね?」
いたずらっぽく笑う相手の様子に、思わず溜め息が出る。
いや、総一朗なら、全体会議で経営陣を動かしてしまった彼ならば、どんなことでも何とかなりそうで、冗談を現実にしかねない行動力があるからコワイのだが、創にはそれも頼もしく思えた。
テンシの力、エンジェルパワーの威力かもしれない。彼と一緒なら、最高に楽しい人生が送れるのは間違いなし。ただし、かなりハラハラさせられるだろうが。
「……結婚、しようかな」
創の不器用なプロポーズに、総一朗はニッコリした。
「これで決まりね」
〈Happy End〉