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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

テンシの誘惑 ⑮

    第十五章  悲しみを胸に沈めたら

 翌朝、簡単な荷造りをしたリュックを抱えて始発電車に乗り込んだ創は夜が明けきらぬ空を車窓越しに眺めた。

 あいつ自身はどうなのか──昨夜、『青柳』のカウンターで扶桑が言い放ったセリフが頭から離れず眠れなくなったせいで、徹夜に近い状態のままの過酷な出発だった。

 今回の総一朗の行動は法事のためだけの帰省じゃない、何かある。扶桑はその真相を知っていながら、創に対しては故意に隠しているのだと感じる。

「今すぐにでも会って確認」と言うからには、メールの返事を待って、部屋でじっとしているわけにはいかないと、創は総一朗のあとを追う決意をしたのだった。

 昨夜得た情報によって、総一朗の行く先に関しては信憑性を増したものの、当てずっぽうに向かったところで会える確率は低い。

 そうだ、実家に連絡してみようか。天という珍しい苗字ゆえ、電話帳で探せばすぐに見当はつくだろう。

 逸る気持ちを抑えつつ、電車を乗り継いだ創はようやくI半島の東の入り口、A駅へと辿り着いた。

 総一朗の実家とおぼしき電話番号はすぐに判明した。幸先がいいと喜んだのも束の間、電話口に出た女性──総一朗の姉──の話によると、法事と墓参りは昨日のうちに済ませたらしく、当人は今朝早くに他へ移動してしまったとのこと。

 ついでに観光して帰ると話していたそうだが、どこへ行くのか、具体的な場所までは聞いていなかったようで、そうとわかると、創は失意のどん底に突き落とされてしまった。

 半島とはいっても、とてつもなく広い。これから先、何のヒントもないまま、どこをどう探せば、どこから手をつければいいのかすら、皆目見当がつかなかった。

 ガックリと肩を落として歩く。

 駅の構内にある観光案内所の前を通りかかると、立てかけられたラックの中に各地の旅行ツアーのパンフレットが並べられている。そのうちのひとつ、『I半島ロマンチックツアー・二人の思い出作りの旅』という恥ずかしくなるような内容の、カップル向けパンフレットが目についた。

「うわ~、すげえ企画。これ見て行くヤツいるのかよ?」

 口ではバカにしながらも、つい、そのパンフを手に取った創はそこに掲載されている観光スポットに行ってみようと思いついた。

 もしも総一朗だったら、太平洋をエーゲ海に見立ててしまう男ならば、このテの企画に喜んで乗ってくるに違いないし、彼がそれらの場所を訪れている可能性は大いにある。

 創はベンチに腰掛けてパンフの検討に取りかかった。

 そこには半島の東海岸を巡るルート、あるいは西海岸、南の先端等、幾つかのコースが載っていたが、A市から出発するとなると、東海岸ルートが妥当だろう。

 現代美術館にフラワーガーデン、ビーチリゾート、軽井沢辺りを彷彿させる避暑地と、近隣のアートな施設、断崖の海岸線に沿った遊歩道……

 今度は地図とにらめっこして、先程の観光スポットのうち、主だった何箇所かをピックアップすると、バスや電車を使って効率よくまわる、彼なりのルートを作成した。

 総一朗が車で来ていないことは彼の姉に確認済みなので、公共交通機関を使うのは確実だ。だが、自分の考えたルート通りに移動するとは限らないし、どこかで行き違いになるかどうなのかも皆目、見当もつかない。

 それでも、せっかくここまで来たのだからと、気持ちを奮い立たせた創はローカル線のホームへと向かった。こうなったら自分の勘に賭けるしかない。

 このI半島は全国でも有数の観光地であり、休日には都心から多くの観光客がこの地を訪れる。ホームには大きな荷物を抱えた家族連れやら、定年後の二人旅を楽しむ老夫婦、リュックを背負ったダサめのカップルなどが旅の始まりに浮かれた様子で電車の到着を待っていた。

 それらの人々に混じり、車内に乗り込んで座席に座ると、車輪の軋む音の合間にビニール袋を開けるガサガサとした音が聞こえ、スナック菓子やジュース、コーヒーの匂いなども漂ってくる。賑やかなおしゃべりの渦の中で、独り列車に揺られている孤独感が創を襲った。

(オレ、いったい何やってんのかな。来ない方が良かったんじゃ……)

 こんな、あてのない旅は置いてきぼりにされたこの身がなおさらみじめになるだけじゃないかと思うと、創はますます落ち込んでしまった。

 やはり、好きになってはいけなかったのだろうか。扶桑の言うとおり、手を引くべきだったのか。

 不安と恐れにさいなまれて、唇をかみしめながら、窓の向こうに目をやる。

 線路は海を臨み、青い地平線は穏やかにどこまでも続く。

 ぽっかりと浮かぶ船、小さな緑を生やした小島、のどかな景色も今の創を癒してはくれなかった。

 幸せを呼ぶはずの旅は却って孤独を深めていくとは……

 ほのぼのと暖かく、楽しげな光景がこんなにも辛いものに感じるなんて……

 今、ここに彼が居てくれたら、二人で肩を並べて窓の向こうを眺めていたなら、すべてが違って見えるのに……

 悲しみを深く胸に沈めて、創は背もたれに身体を預けた。

 列車はA市からいくらか南下したところのI市に入り、やがて最寄り駅へと到着した。

 ここからはバスルートで巡ることになる。先の観光地を順にまわってみたものの、行く先々で出会うのは列車の中と同じ、楽しそうな家族連れ、グループやカップルばかりで、追い求める人の姿はどこにもなかった。

 コンビニで買ったパンをバスの中でかじりながら、次の目的地へ向かう。今度はいけるかも、という期待と、それとは裏腹な、やっぱり無理だというあきらめ。

 バスを乗り継ぐたびに、ふたつの気持ちの割合は次第に変化し、ついにはあきらめが大半を占めるようになってしまった。

 入り組んだ断崖に打ち寄せる波が青から紫に、波頭が白からピンクに染まりつつある。

 夕暮れの時刻になっても観光客の絶えない遊歩道を進みながら、もしもここで会えなければ、その時はもう帰ろうと創は悲壮な決心をしていた。

 この広い土地で、たった一人の男と偶然会えるかも、などという考えが愚かだった。今なら、この時間ならまだ、S駅まで戻る方法はある。

 いくらなんでも、このまま会社を辞めたりするわけじゃなし、月曜になれば笑い話で終わるのだ。それでいいじゃないか。

「……あのー、すいません。シャッター押してもらえますか?」

 ふいに呼びかけられ、まだ学生であろう男女にそう請われて、創は男の方が差し出すスマホを手に取った。穏やかな海をバックに、ラブラブモード全開のカップルが長方形の枠に収まる。あとでインスタにでもアップするつもりだろう、ハートマークとノロケつきで。

「ありがとうございました」

 礼を述べ、こちらに背中を向けて歩き始めた彼氏に、「ねえ、今の人、けっこうカッコよくない?」と、女の囁く声が聞こえてきた。

「ほら、子供番組の変身モノやってるマイナーな俳優みたいな感じじゃない。ロケに来たのかなぁ?」

 彼女の言葉に男は反論した。

「まさかぁ。たしかに見た目はそんな感じだけど、連れもいないし、本物じゃないよ」

「じゃあ、カノジョにフラれて、一人で来たのかしら? イケメンなのにもったいない」

「おまえさぁ、オレの前で色目使うなよ」

「やーねー、誤解しないでよ」

「それより早く宿に行こうぜ、ハラ減った」

 立ち去る二人に一瞥をくれると、創は肩で息をついた。

 何が楽しくて、幸せそうな人々の集う観光地を巡っているのか、フラれ男のみじめな一人旅。今の自分はそうと見られて当然なのだ。

 これ以上、我が身に追い打ちをかけることもないと、散策を打ち切った彼は遊歩道をはずれて、誰もいない道を駅の方角へ歩き出した。が……

「そこにいるのは……創?」

 懐かしい声の響きに、うつむいていた創は顔を上げ、飛び上がらんばかりに驚いた。

「あっ……!」

 総一朗が、ずっと追い続けていた男が、こちらへと近づいてくる。

(ウソだ……幻覚? えっ、ほ、本物?)

 本来の目的は法事なのでグレーの地味なスーツ姿ではあるが当人に間違いない。そうと確信すると、足がすくみ、舌はこわばって声が出なくなった。

 目の前で立ち止まると、彼は「あー、びっくりした。あんまり似た人がいるから、こんな他人の空似があるのかって、本気で思ったわよ」と感嘆した。

(やっと会えた!)

 運命を感じたなんて、大袈裟かもしれないけれど、この偶然はやはり、自分たちを結ぶ強い力があるのではないか。間違いない。

 感激する創をよそに、総一朗はオカマモードで平然と語りかけた。

「アタシの居場所がよくわかったね。誰かに訊いたのかしら?」

 そこでようやく言葉を取り戻した創は「青柳の女将さんが墓参りじゃないかって、教えてくれたんだ」と答えた。扶桑から聞いた法事云々は敢えて伏せておいた。

「お墓参りは正解ね。でも、ここはお墓じゃないわよ」

「そっちの実家に電話したんだけど、観光に行ったから、もうここにはいないって聞いて。それで、駅にあったロマンチックツアーのパンフ見て、あんたが観光で行きそうな場所はこの辺りかなって、勘で」

「素晴らしい、野生の勘だわ」

 茶化されているようで、だんだん腹が立ってきた。I半島に到着してこの方、辛い気持ちを抱えてくじけそうになりながら、各地を巡っていたオレのことを何だと思ってるんだ。

 創は明るい笑顔で飄々と構える総一朗に噛みついた。

「傷心旅行ってどういう意味だよ?」

「ああ、あれは冗談よ。豊田くんたちをからかってみただけ」

「じゃあ、どうしてオレに黙って行ったんだよ? 電話をかけても出ないし、メールの返事もないし……」

「ごめんね。お寺に行く前にマナーモードにしたっきりで、忘れてたのかも」

「ふざけるな!」

 怒りに震え、拳を握る創の様子に、総一朗は態度を一転させて「本当にゴメン」と言い、深くうなだれた。

「な、何だよ、急に」

「じつは……父が亡くなったんだ」

「えっ?」

「父は死の直前まで、ボクを許さなかった」

 総一朗は陰鬱かつ切なげな表情で、その経緯を語り始めた。

 妻を亡くしてから一人暮らしをしていた総一朗の父はその以前から肝臓ガンを患っていたのだが、いよいよ死期が近づいてきても、自分の葬式にゲイの息子なんぞを絶対に呼んではならん、墓参も許さないと周囲に言い渡していたらしい。

 世の中がこれだけLGBTに理解を示すようになっても、昭和の頑固世代らしく死ぬまで考えが変わることはなかったというわけだが、それが彼の遺言かと思うと、姉夫婦も親戚も『ゲイの息子』に父親の死を告げられなかった。ところが、近所の噂話が巡り巡って、あの扶桑氏のところに届いたのだ。

 彼との面会のあと、総一朗は急いで姉に連絡をとった。すると、明日の金曜日に四十九日の法要をやるというではないか。

『お父さんも仏様になって、いいかげん総ちゃんを許す気になったと思うけど』

 そんな姉の言葉に励まされた弟は急遽、休みを取って法要に駆けつけたのだった……

「ボクはとうとう両親を失った。そしてその、どちらの死に際にも立ち会えず、葬儀にも参列できなかった」

 さっきまでの作り笑顔が消え、悲痛な面持ちで語る総一朗にかける言葉もなく、創はただ立ちすくんでいる。

 遠くに聞こえる潮騒、陽はあらかた沈んで、藍色の夕闇がそこまで近づき朱色の空と交わる。ひとつ、またひとつ、星が瞬いた。

 大きく息をついたあと、総一朗は再び語り始めた。

「キミに出会ったとき、ボクは久しぶりにときめく相手の出現に浮かれていた。何とかしてキミの関心を引く、そればかりを考えて、強引に誘い続けた。夢中だった」

 最初はイヤイヤつき合っていた創も総一朗に惹かれるようになった。そのことに気づいたとき、嬉しいと感じる一方で、負の感情が増幅し始めた。それは次第に大きく膨れ上がって、総一朗を強く動揺させた。

「キミはこの前、ボクの味噌汁がお母さんと同じ味だって言ったよね」

 弱々しく微笑む総一朗の目には涙が浮かんでいた。

「ご両親に大切に育てられたんだなって思った。そんなキミをこのボクが……ボクと同じ道を歩かせていいのか、本当はずっと迷っていたんだ。もしも、キミ自身が両親の死に目にも会えなくなってしまったら……」

 そこまで言うと彼は黙り込んでしまった。

 息子が男を愛するゲイになったと知ったら、その両親はどうするだろう。

 許さない、相手の男はどういうヤツだ、ぶん殴ってやると父親は怒鳴り散らすかもしれない。

 お願いだから、女の人とつき合って。結婚して、ちゃんと孫の顔を見せてと母親はすがるかもしれない。

 それらはすべて、彼が身をもって味わったことだった。

「……父の死を聞いて、ボクは決意した。今度こそ、加瀬創を普通の男に戻すべきだとね。ボクは戻れなかったけれど、キミなら、今ならまだ間に合う」

 肩で息をつき、それから総一朗は諭すように言い含めた。

「普通の男に戻って、女性と結婚する。そのとき、結婚相手はよく選んで見極めることだ。美人だとか胸が大きいとか、そんな見てくれだけで、脳みそが朴葉味噌の女なんか、間違っても選んじゃダメだよ」

(朴葉味噌は味噌より葉っぱがメインだっつーの。だいたい、毎度味噌を引き合いに出してさ、味噌に失礼だろうが)

 突っ込むのも虚しい。

「少子高齢化の折だ、ちゃんと子供を増やして、現役世代の労働人口を確保して、ボクが果たせなかった国民の義務を果たして欲しい」

 太陽は最後の力で地平線を、立ち尽くす二人の顔を朱に染めた。

「だからキミには何も伝えなかった。メールも送るのをやめた。この旅は本当に……キミをあきらめたボクの……失恋を癒すひとり旅なんだよ」

 創への想いをあきらめること、それは別れを受け入れること。

(それ、本気で言って……だよな。冗談なわけ、ないか)

 総一朗の悲愴な決意を聞いて、ずっとうつむいたままだった創はようやく口を開いた。

「……わかったよ」

 声が震え、今にも泣き出しそうになるのを堪えて、彼は続けた。

「そこまで言うなら……オレ、帰るわ。こんなところまで追いかけてきて悪かったな」

「普通の男に戻れるかどうか自信ないけど」と付け足したあと、リュックを背負い直した創はよたよた、とぼとぼと、おぼつかない足取りで歩き始め、じっと微動だにしない総一朗の脇をすり抜けた。

 足元から伸びた長い影がゆらゆらと悲しげに揺れ、やがて滲んで見えなくなる。

 すべてが終わったのだ。

 それは春から初夏にかけての、つかの間の幻……

 大切な何かを失って、胸が張り裂けそうに痛い。

 恋なんて二度としない。

 結婚なんてクソくらえ。女も男も、もう、どうでもいい。誰も好きになったりするもんか、絶対にっ! 

 悲しみを超えたやるせなさ、怒りのエネルギーが胸の内にふつふつと沸き起こる。ダメだ、このまま黙って引き下がれるものか。

 振り返って、それから創は大声で叫んだ。

「天総一朗のバカヤローッ!」

 しばしの沈黙のあと、

「誰がバカヤローだって?」

 総一朗の反撃に、堰を切ったように言葉が溢れ出す。

「バカヤローだから、バカヤローって言ったんだ、文句あるか?」

「何だと?」

「だったら最初から、オレを気に入ったなんて言うなよ!」

「だからそれは……」

「イイ男に育てるとか、部屋に来いだなんて誘惑するな、タコ!」

「ひ、人の気も知らないで、黙れ!」

「うるせえ、ボケジジイ!」

「このクソガキッ!」

 口汚い罵り合いが続く。大きく息を吸い込んで、創はさらに叫んだ。

「それでもあんたはオレの天使、エンジェルだからな!」

 総一朗がハッと目を見開く。

 創は大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら告げた。

「結婚相手を選べだと? あんたより気が利いて、料理が上手くて、優しくて頭も良くって、腕っ節が強くて頼りになる女なんて、そんなのどこにもいるわけねえじゃん!」

「創……」

 リュックを放り出した創は全速力で総一朗の元に駆け寄ると、その身体を激しく抱きしめ、力ずくでキスをした。

 とたんに、腕の中の、痩せた身体ががっくりと崩れ落ちた。

「ボクは、ボクは……男で、キミより二十も年上で……」

 総一朗の言い訳を創は強い口調で遮り、まくし立てた。

「十九だろって、そんな今さら、どうこう言うことじゃねえだろうが! オレが好きなのか嫌いなのか、どっちなんだよ? ハッキリしろっ!」

「嫌い……なわけないだろ! 何度も好きだって言ったじゃないか」

「だったら親がどうとか、結婚相手を選べとか、気をまわし過ぎだってんだ。この、おせっかいジシイ!」

 キスの雨を降り注ぐと、総一朗の流す涙がシャツを濡らして、そんな姿が愛しくて髪を撫で、また唇を重ねる。

「ダメだよ、創。ボクはキミとは」

「まだ言ってんのかよ、いい加減に……」

「ボクは父の遺影の前から逃げ出した臆病者だ。姉さんはもう一泊していけって勧めたけど、とても耐えられなかった」

 すべてにおいて完璧、陽気でいくらか強引な男も父親の死という非情な現実には勝てず、昨日の四十九日の法要を経て、精神的にかなり打ちのめされていたようだ。

「こうして旅人を気取っていれば、現実を忘れられる気がした。キミのこともあきらめられると思った。どこまでも逃げるつもりだった……父だけじゃない、ボクはキミに対しても卑怯で臆病者なんだよ」

 止まらない涙を拭おうともせずに、総一朗は震えながら呟いた。

 夕闇に包まれて街に灯がともる。遠くに煌めく車のライトが時折、二人の姿をかすめて、もうS駅まで戻る手段はないなと、創は頭の片隅でぼんやり考えていた。

「でもやっぱり好きで、好きで……たまらなく好きで……あきらめるなんて、そんなことできるわけなくって……辛かった」

 こんなにも気弱になった総一朗を目にするなんて、彼のペースに振り回されていた頃からは想像もつかない状態だった。

 創は静かに、諭すかのようにゆっくりと話しかけた。

「……ウチの親父は頑固者じゃないし、オレの親はオレ自身が何とかするから、心配しなくていいよ」

 そう言って優しく励ましながら、彼は胸の内で決意を固めていた。

 ゲイであるがゆえ、もたらされた家族の悲劇──それが総一朗をここまで追いつめていたのかと思うと、我が身を切られるようで辛くなったが、だからこそ決めた。

 かつて抱いた不安や恐れはすべて振り捨てた。これからは総一朗と一緒に、共に支え合って生きていくのだと……

「この先、あんたにはオレがずっとついている。二度と悲しい思いをさせはしないから、もう泣くなって」

「でも……」

「いいから、いつものあんたに戻ってくれよ。でないと、調子狂っちゃうよ」

 涙で顔をくしゃくしゃにしながら、総一朗はようやく笑顔になった。

「ここまで追いかけてきてくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」

「何度でも言ってやるよ、愛しているって」

「愛している……」

 繰り返される熱いキス。

 心を覆っていた霧がようやく晴れて、お互いの気持ちを確かめ合えた二人の頬を心地よい夜風がくすぐる。

 創の腕の中で、幸せそうな微笑みを浮かべていた総一朗だが、ふいに「……だけど、さっきの決めゼリフはいただけないわ」とダメ出しをした。

「はあ?」

 いきなりの発言に創が怪訝な顔をすると、

「オレの天使だ、エンジェルだなんて、まぁ、超ダサすぎ。今時、どんなB級恋愛映画にも出てこないセリフよ。あー、鳥肌が立っちゃった」

「ンだと、てめー!」

「もうちょっとマシな口説き文句を言ってもらわないと。まだまだイイ男教育が必要な証拠だわ。あれじゃあ足りないなんて、ホントに手がかかるわね」

「そのボロクソな言い草は何なんだっ!」

 これまでのいいムードは、涙を流してまでのロマンチックな展開は、いったい何だったのか。何もかも台無しじゃないか。

 ピキピキッと額に青筋が立つのがわかる。そんな創の様子を嬉しげに見た総一朗は「いつものあんたに戻ったんじゃない」と言って、ペロリと舌を出した。

「んにゃろー」

 それから、総一朗は向こうに見える白い壁の建物を指さした。

「ロマンチックツアーのパンフの内容に添って旅してたんでしょ? それじゃあ、続きとまいりましょうか」

「続きって?」

「今日の締めくくりはオーシャンビューのリゾートホテルでいかが?」

                                ……⑯に続く