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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

テンシの誘惑 ③

    第三章  イケてる麺

 開発部からネコの額ほどの業務課のスペースに戻ってくると、「御苦労さま」と言って創をねぎらう鈴木課長がまたしてもお茶を入れてくれた。

(オレは茶飲みジジイかよって)

「いやはや、来て早々にすいませんねぇ。私がこの腰を痛めなければよかったのですが、どうも」

 部下が次々に辞めてしまい、課長自ら重い荷物を運んだところ、ギックリ腰を患った。

 このままでは業務課壊滅の危機である。急遽新入社員の一人を、力仕事ができて、それなりに機転のきく若者をまわしてくれと嘆願したとのこと。

 そこで創に白羽の矢が当たった。彼は業務課再生の生け贄というわけだった。

 たしかに、この非力そうな課長に重い物を運ばせるのは無理かもしれないが、それなら山葉ミチルに手伝わせればよかったのではと問うと、鈴木課長は申し訳なさそうに弁明した。

「あの子はとてもいい子なんですが、配達先の間違いが多くて、けっきょく私が行く羽目になるんですよ」

 要はアホすぎて使えないのだ。バストの大きさと頭の良さは反比例するという法則はあながち嘘ではない、と創は納得した。

 そのミチルの姿が見えないので、どこへ行ったのかと思っていると、鈴木課長はまたまた申し訳なさそうな顔をした。

「イケメンの新人がきたから、同期のみんなに自慢してくるのだと言って、製造部の方へ出向きました」

「はあ?」

 勤務中じゃないか、いったい何を考えているのやら。それでもまかり通るところが業務課なのである。

 長身でウルフヘアが似合う、ワイルドかつシャープな顔立ちで、アイドル系とは一味違う魅力の持ち主。

 その昔に話題をさらってからは今や世間の常識となった、イケメンヒーロー系と呼ばれるルックスの創がミチルのハートを捉えたとしても不思議ではない。

「イケメンというのは何ですかな、その、男前のことでしょうね、加瀬マナブくん」

「……ハジメです」

「これは失礼。キミが今年の新人で一番のイケメンだという噂は私も聞いていましたよ」

 このオヤジが言うと、麺の一種みたいであまり嬉しくない。

 各部署とも社外秘の機密事項が多いため、トイレ清掃以外は外注の専門業者を頼むことはしないという、例によっての経営方針に従い、資源ゴミと可燃ゴミ、シュレッダー行きの廃棄用紙の回収も業務課の役目である。

 それらの分別を終えて所定の場所で処理したあと、総務課からまわってきた、使用済みの封筒を切り開いて、紙とプラスチックに分ける作業などをしているうちに昼休みになった。

 このビルだけでなく工場内で働く人員も合わせると、ここの従業員はかなりの大人数になるが、昼休みは時間差ではなく、一斉にとる形になっている。その人数が押しかけたとしたらば、社員食堂で昼食にありつけるかどうかはわからない。

 昼食戦争を回避するべくコンビニの弁当を買ってきた創がレジ袋からそれを取り出すと、彼の隣で鈴木が愛妻弁当を広げて、何とものんびりとした食事が始まった。

(こんなんでいいのかな……)

 誰にでもできるような単純作業の連続。これが自分の社会人生活だと思うと、何だか虚しい。

 おまけに、あのオカマが開発部に勤務していたなんて。この先いったいどうなるのか、暗澹としてきた。

 食欲がイマイチ湧かず箸も進まない。ぼそぼそと食べているうちに、向こうから若い女の姦しい声が聞こえてきたのでそちらを見ると、ミチルが数人の女子社員を引き連れてオフィス内に入ってくるや否や、創の脇に立って自慢げに吹聴した。

「こちらがぁ、今年のイケメンナンバーワンの加瀬創さんでぇす。拍手、イェ~イ!」

 一緒にやって来たのはミチルと同類の、いかにもなタイプの女たちで、金髪に近い髪の色に派手なメイクと、揃いの薄紫色の作業着姿が奇妙な、おバカ集団である。彼女たちは創の顔を見ると、

「えー、めっちゃイケてるしぃ~」

「カッコイイ! マジヤバ!」

「この会社になんでー? マジでー?」

 などとはしゃぎ出し、彼のまわりを取り囲んで大騒ぎになった。

 バカとはいえ、黄色い歓声を浴びせられて悪い気はしないが、場所が場所だけに周囲の視線が気になって憚られる。総務課から向けられる軽蔑の視線が痛い。

 冷汗をかいて弱りきっているところへ、つかつかと近づく足音が聞こえてきた。

「ちょっとー、あんたたち、そんなに広がったら邪魔よ。もっと端っこに行きなさいよ」

 聞き覚えのあるおネエ言葉はもちろん、天総一朗だった。両手に今朝方の箱を持って、ミチル軍団の面々を睨みつけている。

 出た! 

 さらなる窮地に追い込まれた創をよそに、女たちはノー天気な反応を示した。

「あー、テンちゃんだ」

(テ、テンちゃん?)

 二十歳そこそこの女子社員たちに『テンちゃん呼ばわり』されるなんて、とても開発部のエリート課長とは思えない。

 総一朗はそちらを眺めると「相変わらずミーハーやってるわねぇ」と呆れ顔になった。

「そこのあなた、そんな長い爪じゃ仕事できないわよ。あれまあ、真っ黒に塗っちゃってさ。もっと短くして、休みの日につけ爪でもつけて我慢しなさい」

「そっちも前髪がうっとおしいわ。そのでっかいピンで挟むのはよしてよね、ゴムで縛るか、切っちゃいなさいよ」

「工場でミュールは禁止よ。足をくじいたらどうするの、スニーカーに履き替えること」

 まるでオバサン、小姑のように彼女たちに小言を言い、注文をつける総一朗、これが女性だったら反発をくらうが、オカマの苦言は素直に聞き入れられるようだ。

「ねえ、もしかしてテンちゃんも加瀬さんが目当てでここに来たの?」

「そうよ。この会社で、若くてイイ男はみーんなアタシのもの。ほら、もう昼休み終わりよ、さっさと戻りなさい」

「はーい」

 仕方なく退散する女たちと、唖然として見守る創、総一朗はやはりオカマキャラとして社内全体で認知されているらしい。

 こちらに向き直ると、彼はさっき創が運んだ箱を差し出し、手近な机の上に置いた。

「この二つ、中身が注文と違っていたのよ。よそに送る分と間違えたんだと思うわ」

「では、送り返せばよろしいですね」

「ええ、お願いします」

 よっこらしょ、と腰を上げ、宅配便の受注票を取りに行こうとする鈴木に向かって、総一朗は「ねえ鈴木課長、ちょっとの間、この新人借りていいかしら?」と訊いた。

「はあ、どうぞ」

 創の腕を強引に引っ張り、壁際まで連れてきた彼は目を三角にしてなじった。

「まったくもう! 鼻の下伸ばして、何デレデレしてるのよ。胸がデカイだけが取り柄の女どもにチヤホヤされて、喜んでる場合じゃないでしょ!」

 何でオレまでもが、このオカマに説教されなくてはならないのか、冗談じゃない。

 よその部署とはいえ、相手が課長と呼ばれる肩書きを持つ男だということも忘れて、新入社員は反論した。

「デレデレしていようがいまいが、とやかく言われる筋合いはねえだろ!」

「あるわよ。だってアタシ、あなたのことが気に入ったんですもの」

「ええーっ?」

 呆気に取られる創の前で、腕組みをした総一朗は高飛車に言い放った。

「ルックスは合格だけど、中身はペケね。仮にもこのアタシが見込んだ男があんな、脳みそが信州味噌の……」

(信州味噌ときたか)

「アホ女たちを相手にしているようじゃあ、落第よ。オッケー、これからバッチリ教育してあげるから覚悟しなさい」

 自分好みの、外見も中身も最高にイイ男。そんな男に創を育て上げるのだと総一朗は高らかに宣言した。

「な、何でオレがあんたの好みに合わせなきゃならないんだよ? まったく大概にしろよな、このオッサンは」

「誰がオッサン、ですってぇ? ちょっと、言葉に気をつけなさいよ!」

 怒る総一朗に対して、創は攻撃の手を緩めようともせずに言ってのけた。

「オッサンをオッサンと呼んで何が悪い。世間じゃ、そのくらいの齢の男はオッサンっていうんだよ。知らねえのか」

「このクソガキャ……」

 怒り心頭の総一朗だが、大きく息をついていくらか冷静さを取り戻したようだ。

「あーら、このアタシに対して、そんなふざけた態度をとってもいいの?」

「はあ?」

 総一朗はさらに、挑むように問いかけた。

「最近のケータイにカメラやムービー機能がついてるのは御存知よね?」

「そんなの今さら、常識だって……」

 そこまで言いかけて、創はハッとした。

「まさか、金曜日の?」

「パソコンに落としてプリントアウトするとか、それとも、SNSか動画サイトにでも投稿しちゃおうかしら、うっふっふ」

 不敵に笑う総一朗を見て、創は血の気が引いた。

 あの晩の出来事を撮影されていたとしたら、その事実が公表されたら、二度と立ち直れなくなるのは必至だ。もちろん、そんな真似をしたら総一朗自身の名誉にも傷がつくけれど、相手が誰かわからないようにすれば、恥を晒すのは創だけで済む。

 これってセクハラ? いや、パワハラか、こいつはもう、立派な脅しじゃないか。

「……オレを脅迫する気か?」

「あら、親切に提案してあげてるだけよ」

 総一朗は妖しい流し目をしてみせた。

「近いうちに連絡するわ、お楽しみに」

                                 ……④に続く