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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

バンカラらぷそでぃ ⑤

    第五章  最悪ライバル プルプル女

 次の日、難解極まりない物理学の講義が終わり、本日の授業から解放された俺が教室を出たところでちょうど赤木に会ったため、二人で学生会館へと向かった。

「和室をほぼ毎日押さえたって話してたよな。すげえ気合入ってるじゃん、同好会」

「そのたびに車から楽器を運ぶのも大変だけどな」

「一番大変なのは豊城さんだぜ。自分の家から毎回持ってくるんだろ? ガソリン代だってバカにならないし」

「セレブにとっちゃ、そのぐらいのはした金、どうってことねえだろう」

 俺の言葉を聞いて赤木が妙な顔をした。

「あの人の家庭事情を知ってるのか?」

「えっ、いや、その……ちらっと聞いただけ」

 ヤバイ、変なことを口走ってしまった。

 さらに赤木が何か言おうとした時、建物の上から大声がして、驚いた俺たちはそちらを振り向いた。

 学生会館の一、二階に比べて、三階より上はワンフロアーあたりの床面積が狭いのだが、それは三階の一部、向かって右側の部分がバルコニーという造りになっているから。

 つまりこの建物は総五階建てではなく、横長の直方体の上に縦長の直方体を乗せたような形をしているわけだが、大声がしたのはそのバルコニーからで、見上げると黒服の異様な集団が十数名ほどで辺りを陣取っている。あれは応援団だ、いったい何を始めたんだ?

「……次、さんっさんっななびょーしっ! それーっ!」

 ピッピッピッ、と笛や太鼓の音も賑やかに、三三七拍子のリズムをとる応援団の面々、これは彼らの練習風景のようだ。ラグビー部の試合が近いので、それに合わせて応援の練習をしているのではないかと赤木が言った。

「このぶんじゃ、団の二人はこっちの練習には来られそうにねえな。青柳のヤツ、今日はビビらなくて済んで助かった、とか何とか言うぜ、きっと」

 団の二人とは土方さんと黄山のこと。憧れの人と会えないとわかりガッカリする俺の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「それでは、神奈川理科大学校歌斉唱!」

 凛として高らかに響くその声は土方さん、彼の合図で団員たちが野太い歌声を上げたのだが、どう見てもダサいこの光景、イマドキの女子大生ならせせら笑いそうなものを、俺の近くにいた女の子たちがキャアキャア言って騒ぎ始めた。

「……ねっ、やっぱりイケてるでしょ?」

 彼女たちのお目当ては土方さんだとわかると、何だか不愉快になってきた俺、えっ、ちょっ、ちょっと待った、この気持ちはいったい何なんだ? 土方さんは俺が理想とする男のあるべき姿、女顔なんかじゃなく、ああいう男に生まれたかった、そう思っていたはずだ。

 どんなにダサいと思われるような行為をしていても許される上に、女に騒がれるのはそれだけイイ男である証。栄誉であり喜ばしいと感じても、決して妬いたりする筋合いのものじゃない。なのに、嫉妬心を抱くということはつまり……恋?

 そこらの女の子よりも美人であるがために、却って敬遠されて女性と恋愛をしたことなどないし、だからといって、迫りくるホモたちと関係するつもりもなかった俺はそっちの方面に関して、すっかり出遅れていた。

 そんな俺がようやく抱いたこの気持ち、それは憧れというより恋、憧れのアニキではなく恋愛の対象。俺は男である土方さんに恋したのだと自覚すると焦り、うろたえて全身が震えてきた。まさか、まさか、この俺自身が男を好きになってしまうとはっ!

「俺はホモでもゲイでもオカマでもない!」

 見合いの時、聖爾に対してブチかましたセリフがこれ。それまでにも赤木たちのアイドル発言をさんざんバカにしていた俺だが、とやかく言える立場ではなくなってしまって、いったいこの先どうすりゃいいんだ? やっぱりホモ道まっしぐら?

「ミサオちゃん、さっきから何だか変だぜ、具合でも悪いのか?」

 心配そうに覗き込む赤木に「大丈夫、何でもないから」と弁明すると、俺は足早に学生協の脇の階段へと向かった。土方さんの雄姿をもっと見ていたい気もするけど、彼に恋したなんてわかってしまった以上、恥ずかしくて会わせる顔がない。今日の練習では会えないってこと、却って助かった気がする。

 二階の廊下に差し掛かると、和室からなぜか箏の音が聞こえてきた。実際には男性の奏者もたくさんいるのだが、しとやかな女性というイメージの強い箏をやりたいという男はさすがにおらず、同好会の中でそれを操るのは俺だけだったはずなのに、いったい誰が鳴らしているのだろう?

 不思議に思いながら襖を開けると、薄暗いこの和室に、華やかに咲いた一輪の花が箏の前に座っていた。昨日のメンバーのうち白井・黒岩の両人、俺たちより一足先に来ていた青柳、緑川教授の四人がめいめいに楽器を用意しているのが見え、彼らの脇に女が一人。

 見覚えのないその女は派手なデザインのピンクのチュニックを着て、黒の七分丈のレギンスを履いていた。明るく染めた髪に縦巻きウェーブをかけ、大きな目はマスカラばりばりの睫毛に縁取られ、手足の爪にはラメ入りのマニキュアを施していて、いかにも流行りもの大好きという感じの女子大生だ。そんな女が箏の前にいるのはどう見ても不釣合いだけれど、本人は俺たちには目もくれずに調絃を続けている。

「誰だ? けっこう美人じゃん」

 赤木がそう訊いてきたが、俺にだって謎の女の正体などわかるわけがない。ここにいるということは同好会への入会者なのか。

 そこへ青柳が近寄ってきて「三年の桃園恭子(ももぞの きょうこ)さんだよ」と囁き、なぜか目配せをしてひそひそ話を続けた。

「前に話したじゃない。工学部のアイドルでミサオちゃんのライバル、ミス・キャンパス二連覇の覇者だよ。でも性格は悪いみたい」

 さすが青柳、女には詳しい。学校中の女のプロフィールを把握しているんじゃないのか。

「なーんで俺がライバルなんだよ?」

 怒気を含んだ声で言い返していると、俺たちに気づいた緑川教授がやあ、と挨拶しながら女を引き合わせた。

 その桃園という女も機械工学Ⅱ研に所属する学生で、教授が尺八同好会を立ち上げたのは知っていたが、尺八はちょっと……ということで当初は入会しなかったらしい。

 ところが尺八オンリーから三曲に変更されたとわかり、昔習っていた箏をもう一度やりたいと入会を希望してきたのだ。

「こちらが赤木くんと綾辻さん。同じ絃方としてよろしくお願いしますね」

 そう紹介されて頭を下げると、桃園恭子は俺を見下すような口調で「あなたが綾辻美佐緒さん?」とフルネームで呼びやがった。青柳の言う通り、性格はすこぶる悪そうだ。

「はい、よろしく……」

 どんなにムカつく態度をとられても、相手は初対面の上級生だし、平静を装って応対していると、俺の全身をじろじろと眺めた上、「その色気のない身体でミス・キャンパスに参加する気なの?」と言い、大きな胸を突き出すと得意げにプルプルして見せた。

「はあ?」

 この女、何か勘違いしている。二連覇を成したというこいつも俺を次のミスコンのライバルだと思っているのだろうが、なんでそんなもん、自慢されにゃならんのだ?

 美少女もどきの少年は美少年の範疇に入るから、女に敬遠されても嫌われはしなかった俺だが、ここまで露骨に嫌な顔をされ、尚且つ対抗意識を燃やされるのは初めてだった。

 そこへ聖爾が箏を持って現れると、プルプル女は態度を一変した。

「おっそーい、どこへ行ってたの?」

 鼻にかかったような声を出して、甘える素振りをする彼女に「ちょっと駐車場までね」と答えた聖爾は呆気に取られている俺の方を向いて話かけてきた。

「美佐緒さん、こっちのやつを使ってもらうから、ちょっと待ってて」

 俺が使うはずだった箏をプルプル女が使っているため、もう一面を急いで運んできたらしい。うっすらと汗をかきながら、柱箱やら譜面台を甲斐甲斐しく並べる聖爾の様子を見ていた彼女は「やっぱりそうなのね」と不満げに、嫌味ったらしく言った。

「そんなに頑張って用意するなんて、御熱心だこと。この子を入会させたくて、尺八同好会を無理矢理三曲にしたんでしょ?」

 こいつはどうやら聖爾に気があるようだ。俺を憎々しげに見る女に対して「いや、無理矢理だなんて、別にそういうつもりは……箏や三絃の経験が長いって知ってるし、合奏してもらえれば尺八だけで活動するよりも楽しいかなと思ったからだよ」と、聖爾はあくまでも穏やかに接し続けた。

「前から知り合いみたいな言い方だけど」

「ああ。僕たちは親同士も認めた許婚、婚約者だからね」

 彼女の攻撃ならぬ『口撃』を迎え撃つソレはまさに言葉の爆弾。炸裂したその瞬間、俺の目の前は真っ暗になっていた。

「……ミ、ミサオちゃん、マジかよ?」

「そんなぁ、まさか……」

 口が強張ってしまい、予想通りの反応を見せる赤木と青柳にもまともな返事が出来ない。

「うっ、嘘だって。あの人イギリス帰りだからさ、ほら、ジョーク、ジョーク。冗談に決まってるじゃねえか、本気にするなよ」

 そう誤魔化したつもりが聞き取れる言葉になっておらず、二人の表情は引きつったまま。

 俺のセリフを気にもとめずに緑川教授は「ほう、お二人は婚約していたのかね」と感心し、白井&黒岩も互いに顔を見合わせて「やっぱりそうか」と言ったきりニヤニヤ笑っているばかり。どうしてそういう反応なんだ?

 そして一人気を吐く桃園恭子は阿修羅のごとき形相で「婚約者ですって? 嘘よ、そんなの信じないわ!」と聖爾に食ってかかった。

「この前、両家で顔合わせしたんだ。ほら、そのときの写真だよ」

 ヤツがポケットから取り出して掲げた写真には玉華殿での俺の振袖姿の他に、豊城家と綾辻家の六名が正装して勢揃いし、澄まして写っている。どこでそんなもん手に入れたんだ、って、ケータイにカメラのついているご時世にそいつは愚問、手回しのいいこの男の辞書に不可能の文字はない。

「うわっ、ミサオちゃんだ。赤い振袖着てる」

「こっちはたしかに豊城さんだよね」

 俺は慌てて「やっ、やめろっ! そんなもん見せびらかすな! 俺たちが婚約しているだなんて、ンなこと、勝手に言いふらすんじゃねえっ!」と吠えた。

 すると、みんなの間に「ええーっ!」というドヨメキが起きて、その反応の凄さに俺は腰を抜かさんばかりに驚いた。ここはそこまで反応するシーンじゃないと思うけど……

「あ、綾辻さんって、お、男だったんだ」

 口をガクガクさせてどもる白井さんの言葉で俺にはすべての合点がいった。三曲同好会のメンバーのうち赤木、青柳、聖爾以外の全員が今の今まで俺のことを女だと思っていたフシがあり、ゆえに聖爾と俺が婚約していると聞いても、彼らは大して驚かなかったわけで、それどころか、合奏の息もぴったりな俺たちの関係がアヤしい、デキてるのではと、昨日から噂していたらしい。

 もっとも、俺のような新入生に関する情報なんて、上級生の連中に正しく伝わるとは限らないけれど、昨日ここで何時間か一緒に練習したんだろうが。白井さん曰く「そう言われれば、女にしちゃ声が低いなと思った」だと。いい加減に気づけよ、って。

 緑川教授はメンバーの中で俺だけを「さん」づけで呼んでいた。聖爾は美佐緒さん、赤木たちがミサオちゃんと呼ぶせいかと思いつつも、ずっと妙な感じがしていたのだが、その理由がようやくわかった俺も相当のマヌケだ。

 目をまんまるにしている男性陣、そして桃園恭子は嘲るような笑い声を上げた。

「あなた、男だったの? だからそのプチバストなのね、謎が解けたわ。ふうん、男のくせに箏はやるわ、ミス・キャンパスに立候補するわ、それってちょっと変態じゃない?」

「なんだと?」

「しかも男同士で婚約だなんて悪い冗談、頭がおかしいとしか思えなぁーい」

「てめえ、大概にしろよっ!」

 とうとう俺はブチ切れた。自分の意思でも何でもなく周りで勝手に言われているだけなのに、どうしてこいつにこんな言い方されなきゃならないんだ? 今にも殴りかからんとする俺を赤木と青柳が必死になって制止する。

「お、抑えて、ミサオちゃん!」

「相手は女の人だよ、だから……」

「うるせえ! ここまで言われて我慢できるかってーのっ!」

 俺と桃園恭子の間に入った聖爾は彼女の前に立ち、やおら俺の肩を力強く抱いた。

「僕のフィアンセを侮辱するような真似は許さないよ」

 その言葉に思わずドキリとし、俺は肩に置かれた手を振り払う気にはなれなかった。

「フィア……って、だってこの子、男なんでしょ? なのに、どうして? 親が決めたからなの、そんなの変じゃない」

 すがりつくような態度で、憐れみさえ感じさせる声で彼女はそう訊いた。

「美佐緒さんは僕にとって一番大切な人。他に語る必要はないでしょう」

 表情を崩すことなく赤面モノの気障っちいセリフをさらりと言ってのける聖爾、その場の空気がピキーンとマイナス五十度ぐらいに凍りついた。寒い。寒過ぎて俺の唇も凍ったのか、何も弁明出来ない。

 いや、これ以上弁明したところでどうなるのだ。だったらあの写真は何だと追及されるのがオチじゃないか。怒りのファイヤースピリッツが萎えてゆく。ぎこちない空咳をして沈黙を破ったのは緑川教授だった。

「人の恋路を邪魔してはいけないよ、馬に蹴られて死んでしまうからね。さあ、みんなで二人の婚約を気持ちよく祝福してあげようじゃないか」

 思いがけない言葉に、一同唖然となる。

「諸外国において同性同士の結婚が認められている地域はひとつやふたつではない。ジェンダーからの解放という点で、日本はまだまだ遅れていると言っていいでしょう」

 教授はこの世代の人にしては進んだ考えの持ち主らしく、ゲイを認める発言をした。

「それに、箏は女性だけの楽器ではないし、男性でも優秀な演奏家はたくさんいる。偏見を持つのはどうかと思いますよ」

 そこまで言われたプルプル女は黙りこくってしまった。

 先生、その御意見は素晴らしいのですが、何も祝福してくださらなくても……

「そ、そうだよな。ミサオちゃんが女の子と結婚を前提につき合ったり、タキシードや紋付袴着て、花婿やったりしている姿なんて想像つかないもんな。やっぱり花嫁でしょう」

「ウェディングドレスの方が絶対にしっくりくるよ、それとも白無垢かなぁ。ミサオちゃんの花嫁姿、どっちもキレイだろうな」

 赤木と青柳の、笑顔を引きつらせながらのコメントも凍った空気を溶かすことは出来ず、さらなる重みがずっしりと加わる。

 そんな雰囲気を解消しようとしてか、教授は何事もなかったかのように「さあ、それじゃあ練習を始めましょうか」と呼びかけ、聖爾は俺の肩を解放してニヤリと笑った。

 もう何を言っても無駄、俺は極めて常識的であるはずの言い訳を引っ込めると、非常識の渦中に身を投じたまま、新しい箏を丸袋から取り出し、仕方なくセッティングを始めた。

 ドレスに白無垢、俺は永遠に女装から逃れられない運命で、隣に並ぶのは白いタキシードに身を包んだこの男……悪夢だ。

 だけど、それがもしも土方さんだったとしたら? 彼とならオッケーなのか、俺は。

 彼はタキシードよりも紋付の方が似合うから、俺もそれに合わせて白無垢、お色直しは金紗の色打掛けがいいな。式は由緒ある神社で厳かに、新婚旅行は海外ならカナダ、国内なら北海道あたりで、函館の夜景が見えるホテルで初夜を……そこまで想像したとたん、全身がカアッと熱くなるのを覚え、絃がビーンと弾ける音と共に、箏柱を吹っ飛ばしてしまった俺をみんなが不思議そうに見る。

 ヤバイ、ついつい妄想してしまった土方さんとの結婚式、しかも当然ながら俺が新婦で、何色の打掛けにしようかなんて、女装を容認して楽しんでいるじゃないか。

 彼となら結婚してもいいかな、なんて思った俺ってヤツはもうすっかりホモの仲間入り。しかも、エッチする場面まで考えてるなんて恥ずかしい……

 だが、さっきのデマがいずれ土方さんの耳にも入るのでは、というところまで考えが及ぶと、背筋に悪寒が走った。ヤバイ、ヤバすぎる! 放っておいたら「男同士で婚約した筋金入りのホモ」のレッテルを貼られたままになってしまう、そんなの耐えられない。

 俺が抱く土方さんへのヨコシマな想い、それを彼が受け入れてくれるなんて九十九パーセント有り得ないし、それどころか、嫌われる可能性百パーセントだ。だったらホモだなんて知られない方がマシ、彼の前ではヘテロな後輩で通したいじゃないか。

 このあと和室を使う団体があるとかで、同好会の練習は昨日よりも早めに終わった。急いで場所を空けなくてはならないので、大慌てで片付けをすると楽器を車へ運び込む。

 駐車場は工学部校舎の東側にあり、その手前には最寄り駅との間を往復するバスのためのロータリー、そこを通って正門から出ると一般道の県道何とか号線だ。

 俺が箏を運び入れた時、それを固定し終えた聖爾は運転席に移り「話があるんでしょう、だったらここで聞くから」と言うが早いか、俺の腕を取り、助手席に引っ張り込んだ。

「なっ、何するんだよっ?」

 確かに、彼に対して文句を言うつもりだったのだが、強引なやり口への抗議など取り合わず、ヤツはこう言い放った。

「せっかくだから、ドライブとシャレこもうかなと思って。さあ、シートベルトつけて」

 それから聖爾はウィンドゥを開けると「先生、今日はこれで失礼します」と教授に挨拶をし、仲間たちにも声を掛けた。赤木と青柳が「いってらっしゃ~い、お土産ヨロシク」と手を振って見送る。おい、新婚旅行じゃないぞ! そんな彼らの姿は瞬く間に消え、車は正門を抜けて県道へと向かった。 

                                ……⑥に続く