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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

   バンカラらぷそでぃ ⑥

    第六章  御宅訪問 お邪魔しま~す

 ここらは東京に近いわりには起伏のある丘陵地帯で、キャンパスがある場所もその一画だから、そこから下るとなると、車はまるで遊園地のジェットコースター状態。

 大型のワンボックスカーとはいえ、箏のように長いものは真っ直ぐに入れると先が一番前まで届いてしまい、運転席と助手席の間に突き出た先端は固定してあっても、ジェットコースターの振動でガタガタと大きく揺れ、俺はそいつを抑えるのに必死で、話をするどころではなかった。

 箏だけではなく、三味や尺八、その他の備品が入ったケースも後ろの座席で賑やかな音を立てている。人の気も知らずに、ハンドルを握りながら楽しそうに鼻歌を歌う聖爾、毎日のことで慣れたのか、楽器たちの大騒ぎも気にならなくなったのだろうが、ちょっとスピード出し過ぎじゃないのか?

 運転免許は一応取ったけれど、普段車に乗る機会のない俺はどこをどう進んだのかわからず、道路がようやく平坦になってやれやれと安心したのも束の間、裏通りをひょいひょいと行くうちに、見覚えのある風景が目に飛び込んできた。あれ、ここってもしかして?

「げーっ、俺んちじゃん!」

 そこは紛れもない綾辻家の門の前で、驚愕する俺をよそに「大切なフィアンセを自宅まで無事に送り届けるのは当然の行為でしょう」などと聖爾はうそぶいた。この男、大学から俺の家への最短ルートまで把握していた。こりゃもう、おみそれしました。

 車庫の空いているスペースに車を入れると「さて、御家族に御挨拶しなくては……」と呟きながら降りようとするヤツを俺は慌てて引き止めた。

 御袋と祖母は茶道の家元の稽古を受けるために今朝早く京都へ出発し、親父は仕事が山積みとかで、三人揃って帰宅は遅くなると昨夜のうちに聞かされていた。

 つまり、この家には俺一人だけで御挨拶する相手などいないし、ヘタに挨拶されても迷惑なのだが、それよりももっと気になるのはこいつを家に上げていいものかということ。

 上げたら最後、すぐに帰るとは思えないし、夜になるまで誰も戻らないという状況で彼と二人きりだなんて、と不安を感じている俺は貞操の危機に怯える純情可憐な乙女ですか?

 笑っちゃいそうだけど実際、笑い事じゃない。男同士でセックスが成り立つのだから、男にだって後ろの貞操の危機は存在する。

「話は明日にするから、今日はもう帰ってよ」

「どうして? 婚約者だの何だのって、みんなに言いふらした僕に抗議したくてうずうずしていたくせに。練習中もずっと睨んでいたでしょう、視線が痛かったよ」

 そこまでわかっていながら、敢えてこんな手段を取ったのか。次は何を企んでいるのやら、油断が出来ない。

「いいから早く。送ってくれてありがとうございました、お気をつけてお帰りください!」

 何とか突っぱねようとしたが、却って怪しまれてしまったらしく「やっぱり挨拶して行く」と強引に車を降り、門扉をくぐった聖爾のあとを俺は慌てて追った。

「想像通り、純和風のお宅だね。庭も広くて伊豆あたりの老舗旅館みたいだな」

 呼び鈴を押しながら玄関の周りを見回していた彼は中からの返事がないのに首を傾げた。

「あれ、誰もいないみたいだけど……?」

「みんな出払って留守だよ、いるわけない」

 もう腹をくくるしかない。俺はポケットからキーホルダーを取り出し、鍵を開けるとヤツの方へ向き直った。

「つまり挨拶しようにも、する相手がいないってこと。わかった? さあ、帰った帰った」

「そうか、せっかく来たのに残念だな。だったらせめて、お茶を一服点ててよ。美佐緒さんの点てた薄茶が飲みたいな」

 今度はそうきたか。ただで引き下がるとは思ってないし、それなりに覚悟していたので「茶室は離れにあるし、そこの鍵はバアさんが持っているから、留守には出入り出来ないんだ」と言ってやったが、さあ、どうする?

「じゃあコーヒーでいいよ。さっきから喉が渇いちゃって……」

 あの手にはこの手、ついに追い払うことを断念した俺は黙って彼を中に招いた。

 この家の外見は純和風だが、一応洋室もある。先に立って客間に案内したあと、コーヒーを淹れた俺は革張りのソファに腰掛けたヤツの前にある、白いレースのかかったテーブルの上にカップを置いた。

「これはマンデリンかな。いい香りだね」

 ブラックのままコーヒーを飲む聖爾の斜向かいに座った俺はこれ見よがしに自分のカップの中へ砂糖とミルクを入れた。

 とりあえず言うべきことは言ってやろう。俺は「もしも俺が女だったら……」と切り出してから、ヤツの顔色を窺った。

「どうしたの、急に」

「俺が女ならホモへの目覚めもなかったし、わざわざイギリスに留学したり、見合いなんかの小細工をしたりせずに済んだんだろ?」

「まあ、そういうことになっただろうね」

「赤木が言ってたぜ、本物のホモは互いを真の男と認めた男同士の脛毛が絡み合う、汗臭い関係だって。あいつの言う通りに定義していいのかどうかまではわからないけれど」

「ふうん、赤木くんがそんなことをねえ」

 表情を変えずにカップを口にする姿が憎らしく、目に力を込めて睨みつけてみる。

「女のつもりで見初めた相手の性別が男だった、本当は女だったら良かった。つまり、男よりは女相手の方がいい、っていうのはホモじゃなくて、えっと……」

「バイセクシュアル? それともヘテロだと言いたいわけ?」

「そういう分類はわかんねえよ。ただ、元々男しか受け付けないわけじゃないし、女相手に戻ろうと思えば出来るんじゃないのか」

 ここぞとばかりに、俺の屁理屈は続いた。

「無理してホモを続ける必要あるのかな? 女と仲良くして、普通に結婚すればいいじゃないか。男は女を求めるのが自然の摂理だろ」

「それは桃園さんのことを言っているの? 研究室で初めて顔を合わせて、その日のうちに彼女からのアプローチがあったよ。美人だし、魅力的なのは認めるけど、ああいう性格の人は苦手なんだ」

 あの女の性格が悪いというのは聖爾だけではなく俺も、青柳たちも、そして教授も含めてⅡ研の人全員が承知していると思う。

「別にプル、じゃない、あの人とつき合えなんて言ってねえよ。あんたほどの男なら引く手数多だし、それこそ選び放題だろうが」

 俺の脳裏には和室を訪れた時の、入り口の前で二人の女の子に囲まれた聖爾の姿が映し出されていた。彼女たちやプルプル女に限らず、聖爾とお近づきになりたいと思っている女はたくさんいるだろうし、ヤツの人生二十二年間で、どれほどの数の女がそれを願ってきただろう。

 それなのに、ガキの頃に一度会っただけの俺の存在に、どうしてここまでこだわるんだ? だが、こっちが訊く前に、聖爾の方から問いかけてきた。

「君につき合ってる相手がいないのは調査済みだけど、今さら好きな女性がいるなんて言うんじゃないよね」

「そ、それは……」

「僕は他の誰かが、それが男だろうと女であろうと、君に好意を持って近づくなんて耐えられない、だから先手を打って婚約の話をした。けれど、君は僕に誰かを近づけたがっている。僕が他の人とつき合ったり、結婚したりするのを望んでいる。それほどまでに僕が嫌いということなの?」

 いつも穏やかな表情で、時に、不敵に笑うふてぶてしさで俺を圧倒していた聖爾の不安げな声を聞いて、俺は返事に詰まってしまった。改めて嫌いかと問われると、そこまでの感情はないとわかる。ヤツに抱く想いはむしろ好意に近いかもしれない。が……

「嫌いっていうわけじゃないけど」

「嫌いじゃないんだね?」

 とたんに生気を取り戻した彼は立ち上がり、俺が腰掛けるソファの隣に素早く座ると、手を握ってきた。不安的中、俺は身を硬くして握られた手を引っ込めようとした。

「な、何する!」

「僕は君が好きだ、誰よりも好き……」

 端正な顔が近づき、どアップになったかと思う間もなく、柔らかな唇が触れた。

 キ、キス? オレは聖爾と、男とキスしてしまったのか? こちらの唇を割って舌が滑り込んでくるとコーヒーの苦味がして、マンデリンの香りにヤツが愛用する柑橘系コロンの香りが混じり合う、不思議な心地だ。頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった俺は抵抗すら忘れていた。

 な、何でキスなんかされているんだ、どうしてイヤだと言えないんだ? それは好意に近い感情を持っているから? まさか。

 俺がおとなしくしているのはすべてを承知した証とでも思ったのか、聖爾は熱く舌を絡めたまま俺の身体をソファに横たえると、Tシャツの中に右手を入れてきた。

 長い指が素肌に触れたとたんに背筋がゾクゾクする。唇から離れた舌は首筋へ、そして肌の上をさまよっていた指は次に小さな突起をつまみ、その刺激に耐えられなくなった俺は恥ずかしい声を出してしまった。

「感じるでしょ? 誰もいないんだし、もっと大きな声を出してもいいんだよ」

「や、やだ、そんな真似、絶対……」

 言葉とは裏腹に全身性感帯と化してしまった俺、もうどこを触られても爆発しそうなのに、シャツをまくり上げた彼は「美佐緒さんの身体、何度も夢に見たけど、想像していた以上に白くてキレイだね。特にここ……」と言ってピンクの小粒をさんざんいじくったあと「いただきます」と口に含みやがった。

「あっ、あんっ、や、やめ……」

 身をよじって抵抗する俺だけど、傍目には嬌声を上げているように見えるかも。自分でも嫌がっているのか何なのかわからなくなってきた。もしかして喜んでいる? マジ?

 すると、突起への愛撫を舌に任せたあとの手が下に伸びてきて、ジーンズのジッパーを下ろしてとうとうメインの部分に触れたため、俺は「ひゃあ」とまぬけな声を出した。

「そ、そこまでは……御勘弁を」

「すっかり元気になってるけど、このままでいいの?」

 いいわけないけど彼の手に委ねるなんて、そんなの……いいのか?

 戸惑う俺の返事を待たずに、聖爾はソレを優しく、ゆっくりと扱き始めた。他人の手でされるのなんて、もちろん初めて。たちまちイッてしまった俺を激しい羞恥心が襲った。

 俺ってば、いったい何やってんだよ? どうして聖爾とこんな関係にならなきゃ、って、俺が「こんな関係」を望んでいた相手は土方さんじゃなかったのか?

 黒い髪、きりりとした若武者風の顔立ち。その人の姿を思い出したとたんに、熱に浮かされていた俺は正気を取り戻した。

 貞操の危機一髪、その手を封じた俺が「もうイヤだ、これ以上はやめてくれ」と拒否すると、ここまできてそれはないだろうという不満の色が聖爾の顔にありありと浮かんだ。

 恐らく彼のモノも爆発寸前、それを取り止めだなんて男なら不服と思って当然だが、俺は頑固に主張した。

「嫌いじゃないって言っただけで、こんなことをしていいとは一言も言ってない」

「そんな……僕の念願だったのに、これで終わりだなんて納得出来ないよ」

 ムッとした表情で俺の顔を見ていた聖爾はふいに「まさか、好きな男がいるの?」と訊いた。恋する男だって敏感だ。俺が土方さんを思い浮かべたのを感じ取ったに違いない。

「えっ、なっ、なんで」

 動揺する俺の様子に、聖爾は意外にも落ち着いた口調で「なるほど。で、君のおメガネにかなったのはあいつだね。学食で会ったときから気にはなっていたんだ。まだ何の勧誘もしていないのに、君が同好会に入ると言ったあのときだよ」と告げた。

「あいつって誰だよ」

「土方誠でしょ。ふうん、彼みたいなのがタイプなんだ」

 ズバリ、そのとおり。俺を眺め、冷やかすような口ぶりの聖爾の表情に不思議と嫉妬の色は見えなかった。ムカついた俺は身体を起こして「文句あるか?」と開き直った。

「俺はああいう硬派で、バンカラで男らしい人が理想なの。ずっと女扱いされてた反動でさ。だからホストみたいな格好をしたり、飾りをぶら下げたり、ホモを装って女ともチャラチャラするようなナンパ野郎は願い下げ。婚約者だなんて、つまんねえデマを言いふらすな! わかったか、肝に命じておけよっ!」

 俺は精一杯の皮肉を込めたが、しかし、俺に好きな相手がいると──それも男の──判明した時点で失恋決定のはずなのに、聖爾は妙に落ち着き払っていた。

「バンカラが理想ねえ。ちょっと堅物で偏屈な感じもするけど、彼がイイ男なのは僕も認めるよ、さすがにお目が高い」

 感心している場合かよ、タコ。

「男である土方くんのことが好きなら、つまり君はホモでもゲイでもオカマでもない、ではなくなったわけだ」

 そのセリフを持ち出されて、俺はぐうの音も出なくなった。

「そっちに目覚めたってことは、まったくのノンケじゃなくなったわけだから、大いに希望が持てるようになったよ」

「希望って、それ、何言って……」

 俺はただただ唖然としていた。この男、全然メゲていない。むしろ俺がホモの仲間入りをしたと知って喜んでいる。何とまあ、プラス思考っていうか、楽天的なんだろう。

「土方くんに負けるとは思っていないからね。さて、コーヒー美味しかったよ、御馳走様でした。明日も練習に来てね」

 自信満々に言い放った聖爾は立ち上がって踵を返し、ぽつんと取り残された俺はしばらくの間、その場から動けずにいた。

                                ……⑦に続く