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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ジェミニなボクら ⑩

    第十章  夢なら醒めないで……
 銀河が部屋に戻った様子はなく、昴は仕方なく一階まで降りてキーを受け取り、再びエレベーターに乗り込んだ。
 扉が開いたその時、左の廊下から「ゴメン、慧ちゃん、一生のお願い」と情けなくも懇願する言葉が聞こえてきた。声の主は光だとすぐにわかった。部屋の前で光と慧児が問答している。ということは、昴がラウンジを出た直後に慧児も引き揚げたのだろうか。
 当の慧児は腕組みをしたまま、手を合わす光を呆れた様子で見やっていた。
「三日かかって何の進展もないようじゃあ、今夜一晩で前進するとも思えないが」
「そんな意地悪言わないでよ。これがラストチャンスなんだ。頼むよ~、どうかお願いします」
「仕方ないな」
 嘆息し、踵を返した慧児がこちらに向かってくる。どうしていいのかわからず立ちすくんでいると、彼はそんな昴の姿を見つけて足を止めた。
「……頼みがある」
「何?」
「今夜、その……そっちの部屋に泊めてくれないか」
 えっ、と目を見張る昴に、慧児は言いにくそうに続けた。
「銀河くんが僕たちの部屋にいる。天宮としては今夜こそキメたいらしい。僕は邪魔者というわけだ」
「キ、キメるって……」
「全部説明しないとマズイのか?」
「い、いや、それは、その」
 銀河の姿をずっと見かけなかったのは夕食後、光に拉致されて向こうの部屋に拘束、軟禁状態だったとわかった。公言をとうとう実行に移したわけだ。
 どちらにしても廊下で立ち話する内容ではない。とりあえず部屋へと戻ると、ソファに座った慧児は「天宮の気持ちは君もとっくに気づいていたんだろう?」と、さっそく切り出してきた。
「気持ちって……兄貴が好きだってこと? だってあの人は」
「ヤツには同性愛の傾向がある。カメラマン仲間じゃ暗黙の了解だったはずだ」
「それは知ってたよ。兄貴が好きだってのも風呂の中で聞かされたし、協力してくれって言われたけどさ」
 そこで昴は口をつぐんだ。初日からベッド交換を持ちかけられていたなどと、慧児に話していいものかどうか憚られたからだ。
「弟としては同意しかねると」
「ああ。そんなのオレがプッシュできるわけねーじゃん」
「それはそうだな」
「まあ、肝心の兄貴はあのとおり、鈍感でおとぼけだから、気持ちはなかなか伝わらないだろうって思ったけど、積極的に支援するのはちょっと……」
「僕も同じ意見だ。男が男に関心を持っているだなんて話を本人に直接説明するのは抵抗がある。ましてや、ノーマルであろう銀河くんに『天宮とつき合ってやって』などと、けしかけるのも無責任だ。友人としてはできる限り協力してやったつもりだが」
 友人として──そのセリフが引っかかる。昴はとうとう、ずっと訊きたくても訊けなかったことをぶつけてみた。
「兄貴はあんたとヒカルっちがデキてるって思ってるから、自分に関心が向けられてるなんてわかりっこないよ」
「僕と天宮が? そんなバカな」
 そいつは初耳だと、慧児は目を見張った。
「知らなかったの? けっこう有名な噂だぜ。モテモテカメラマンのくせにゲイ、なんてヤツといつも一緒に行動してるんだから、そんなふうに言われて当然じゃねーか」
「なるほどね。しかし幸か不幸か、僕は彼のタイプじゃないらしくて、仕事仲間としてはいいパートナーなんだが、そっちのお誘いはまったくないよ」
 きっぱりと言い切る慧児に、昴の中で何かがぐらついた。
「たしかに天宮は男女を問わずモテるし、僕が知ってるだけでも、五人ほど相手を取り替えていたけど」
「えっ、五人も? それ全部男?」
「もちろん。でも銀河くんに出会ってからは真面目になったというか、遊びからは足を洗っているんだ。ところが肝心の銀河くんを口説けないまま、現在に至っている」
「あの調子のニブチンだから?」
「そういうこと。天宮の方も慎重になってるから進展がない。今夜もキメるどころか、残念ながら仕事の話か、世間話で終わってしまうだろうと僕は予想している」
 それも仕方ないと嘆息したあと、慧児は改めて昴を見つめた。
「もしかしたら、君も僕と天宮の仲を疑っていたのかな」
 視線を避けるように昴は目を泳がせながら、しどろもどろに答えた。
「そ、そんなの、トーゼンだろ。もしかしたらも何も、あれだけ噂になってるのに、当人だけが知らないなんて絶対におかしいって」
「そうか、それは失礼した。だが知らなかったのは事実だ、嘘はつかない」
 軽く頭を下げたあと、慧児は黙りこくってしまった。静まり返った室内でいたずらに時が過ぎる。
 空気の重さに潰されそうになりながらも、昴は何も言い出せずにいた。
「……僕がここに居て迷惑かどうか、正直に答えて欲しい」
 次に慧児が口にしたセリフに、昴はまたしても困惑した。
「迷惑って、それは……」
 想いを寄せる人とホテルの一室で二人きり。光でなくともまたとないチャンスと喜ぶべきなのだろうが、思いがけない展開に、喜びよりも戸惑いが先に立ってしまう。
 そんな昴の答えはいたって常識的だった。
「兄貴がそっちに行ってて、寝る場所がないっていうのならしょうがないじゃないか。迷惑かけてるのは兄貴なわけだし」
「しょうがない、か。わかった」
 ふいに慧児は立ち上がり、その勢いに昴はギクリとして彼を見上げた。
「な、何?」
「もう一度ラウンジに行く。ラストオーダーまで粘って、そのあとは露天風呂か、どうしようもなければ車にでも」
「何言ってんだよ! ホテルに来てるのに、車の中で寝るヤツがあるかよ。だいたい、そういう……」
 すると、慧児の恨めしげな視線が突き刺さって、昴はまくし立てていた言葉を慌てて引っ込めた。
「僕は……天宮とは違う」
「違うって、何の話だよ」
「違うと思っていた。女性には淡泊だが、そっちの傾向はないと信じていた」
「だから何が言いたいんだって」
「男性を好きになってしまった」
 早鐘のようになっていた鼓動はここにきて全力疾走モード。このままではブッ倒れてしまうかもと、昴はソファの肘掛をギュッとつかんだ。
「僕が誰を好きなのか、もうわかってもらえたと思う。もちろん、そんな想いは相手にとって大変迷惑だとも承知している」
 好きな人に想いを伝えたいという願望と、そうすることによって意識され、避けられるだけならともかく、嫌われるかもしれないという不安。
 恋愛において最初に乗り越えなければならないハードルを前に──男同士ならば、なおさら高い障害物だ──慧児はずっと躊躇し続けていたのだ。
「これ以上この部屋に居て理性を失う自分を見たくない。だから、ここから出……」
「逃げるのかよ」
 かっきりと噛み合う二人の視線、慧児の顔に驚きの色がまぶされていく。
「逃げるってどういう意味だ」
「遠回しな、まわりくどい言い方ばっかりしやがって。ちゃんとした言葉にしなけりゃ、伝わるもんも伝わらないだろうが」
「それは……そうだが」
 強気で言い切ったものの、昴の口調はすぐに弱腰モードになった。
「なぁんて、オレもエラそうに言える立場じゃないけど。自分の気持ちなんてとっくにわかってたくせに、意地ばっかり張ってさ。そんなの、伝わるはずないよな」
「自分の気持ちって……」
 たたみかける慧児に、昴は「だからオレの、あんたに対する気持ち」と、ややぶっきらぼうに答えた。
「てめーこそ、きちっと説明してみろってんならそうする……」
「伝わったよ」
 慧児の声が驚きから喜びを帯びる。彼は昴の後ろにまわると、その身体をそっと抱きしめてきた。
 うなじに息がかかるのを感じると、昴は胸元にある手に触れた。抱きしめる腕に力がこもってくるのがわかる。
「昨夜もこうしたけど、何て言おうとしたの?」
「君が好きだって」
 君が好き──ようやく聞けた言葉に、昴は「オレも」と言いかけて、つい「遅いっての。もっと早く言えよ」と、ひねくれた返事をしてしまった。
「これまで何度も伝えようとしたけど、そのたびに思いとどまったんだ。君の気持ちがはっきりわからないのに、先走って嫌われたくなかった」
「いつからオレのことを?」
「出会ったときから。まっすぐで一生懸命な君の姿は印象的だった。僕は君に関心を持った。もっと一緒に居て、いろんな話がしたい。会うたびにそんな気持ちが強くなって、いつしか好きだという感情に変わっていた」
 身体が小さく震える。喜びで震えるというのはこういう状態なのかと、昴は幸せをかみしめながら考えていた。
「もっとも、最初のうちはその関心の理由が理解できなかった。男である君に恋愛感情を抱くだなんて、自分の中にそんな部分があるなんて信じられなかった。自分自身のことなのに、不可解だった」
 船の中で再会した時、ずっと前から自分の内に生まれていた感情に──理屈などどうでもいい、昴が好きだという想い──はっきりと気づいたのだと慧児は語った。
「そのわりにはさんざん厭味攻撃されてたよーな。野宿しろとか何とか」
 優しい温もりに身を委ねながらも、昴は拗ねたような口ぶりになった。慧児が苦笑いしているとわかる。
「野宿しろなんて言ってないよ。関心のある相手の気を引こうとする行為は誰にでもあるだろう。でも、そういうときの僕はかなり口ベタみたいだね、そのせいで君に疎まれ、敬遠されてしまった」
 思い当たる場面は幾つもある。
「わかってたなら気をつけろよ」と、これまた憎たらしい言葉を返す昴に、慧児は優しく「そうだったな」と答えた。
「君たちと同じ場所へ取材に来るとは思ってもみなかった。会えて嬉しかったし、はしゃぎたくなる気持ちを抑えるのが大変だった。こんな僕を天宮は笑ったよ、浮かれてるとか、いい格好をしてるとかね」
 常に冷静、いつもクール。感情を表に出さない慧児としては、初日の夕食の席に見せたあのノリなど、かなり「表に出した」部類に入るのだろう。
 慧児が示した好意はすべて、彼が昴を想っての行動だった。だが、光との噂がずっと昴に目隠しをしていた。
 慧児が不愉快そうな反応を見せたのは光が昴にちょっかいを出した時だけだったのに、それは光の浮気性を咎めているとしか、昴自身は解釈していなかった。
「天宮がふざけて君に近づくのさえも嫌だった。だから君がロビーで僕の知らない男と会う約束をしたと聞いたときはそれが冗談だとしても、居ても立ってもいられなくて、足が勝手に動いていた」
 その行動が結果的に昴を強盗の銃口から助けることになったのだから、何が幸いするのかわからない。
「もしかしたらって思う場面は何度もあったけど、やっぱ違うって、そのたびに否定していたんだ」
 昴がこれまでの迷いと苦しみを告げると、
「僕も同じだ。今の今まで自信が持てなかった。車の中で、取材場所で、ひとつ屋根の下で、せっかく一緒に居られるのに、もしもつまらないことをして嫌われたら、ここでの残りの時間は地獄だからね」
「そりゃそうだけど……そっちには相手がいるって思ってただろ、すっげー苦しかったんだから」
「悪かった。もう二度と苦しめるような真似はしない」
 ゆっくりと振り返ると、そこに彼の眼差しがあった。優しく慈しむような目で見つめている。そっと瞼を閉じると唇が触れてきた。
 少し離してまたもう一度、二人は何度もキスを繰り返した。
「昴くん……昴と呼んでもいいね」
 頷く昴を強く抱き寄せて、慧児が「夢なら醒めないで欲しい」と囁くと、
「夢じゃ……ねえって」
 夢心地のまま、昴は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
                                ……⑪に続く