Welcome to MOUSOU World!

オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ジェミニなボクら ⑨

    第九章  伝説のカップルに秘密あり

 翌日、朝十時かっきりに強盗事件担当の捜査員たちがオリーブアイランドを訪れ、ホテル側が用意した部屋にて昴たちへの聞き取り調査の続きが行われた。

 ただし調査といっても、洗いざらい白状した犯人たちの供述に対する裏づけ程度の内容に終始しただけで、それでもロビーで拳銃を突きつけられた時の様子に話が及ぶと、昴は身体が震えてくるのを感じた。

 そんな彼を気遣ってか、銀河も光も、慧児も心配そうにこちらを見つめているが、とりわけ慧児の表情は深刻で、強い憐憫の情を示しているのがわかった。

 もう大丈夫だから──

 昨夜の優しい囁きは今も耳の奥に響いている。

 そう、彼が一緒なら──

「……もう大丈夫ですから」

 昴は捜査員たちにきっぱりと言い切ってみせた。

 聞き取り調査は思っていたよりも早く終了し、ホテル側がコーヒーを差し入れてくれたので、四人は捜査員たちとしばし雑談することになったのだが、そこで彼らが凪様伝説の地を中心に島の観光取材をしているという話題になった。

 すると、大村という刑事の一人が「それなら私がとっておきのスポットを御紹介しましょう」と言い出した。

「私はこの島の出身なんですが、母方の実家には今でも祖母が一人で住んでいまして、家の傍に源蔵と蔦の墓があるんですよ。お持ちになっている地図には載っていないでしょう?」

「え、ええ、たしかに」

 慧児がくれた詳しい地図にも記載されていなかったので、四人は同時に頷いた。

「昔、墓荒らしに遭ったとかで、その場所に移されたのは当時からずっと秘密になっていたんです。島の住人でも知らない人の方が多いかもしれません」

 墓を荒らす輩などいなくなった現代ならば二人が祭られた墓を公開してもいいのではないかと言い、刑事はご丁寧に詳しい図まで描いてくれた。

「わあ、ありがとうございます。さっそく訪ねてみます」

 地図を受け取った銀河が嬉しそうに礼を述べると、犯人逮捕に協力してもらって、こちらこそありがたい、あとで感謝状を贈るからと、大いに感謝された。

    ◇    ◇    ◇ 

 午後になると、四人は昨日休館だった凪島博物館を訪問して取材を開始した。
 博物館は公民館が進化した程度の建物だが、最近建てられたので壁も白く新しい。黒地に金色の文字の標札は博物館というより小学校に使われるもののようだ。
 ここの所有者は島の出身で、さる大企業を起こした、いわばつい最近まで社長だった人物だが、会社を後継者に譲り、生まれ育った島に戻ってきた。一説によると、レジャー開発の会社に凪島の観光化を持ちかけたのも彼だといわれている。そして当人は私財を使って博物館を設立し、自らオーナー兼館主におさまり、余生を過ごしているらしい。
 慧児と銀河が館主の説明を聞く横で、昴と光は展示物を撮影していたが、そこに掲示されていた何枚かの絵のうちの一枚に、銀河が興味を示した。向かって左側にはキリストらしき人物が、それから彼と対面するようにかしずく大勢の人々が描かれている。人々の服装からして、江戸時代のもの、彼らが隠れキリシタンだとわかった。
「これは当時の隠れキリシタンの人々を描いたものですか?」
 確認のために銀河が訊くと、そうだと館主は答えたが、なぜかその中に源蔵と蔦に該当する人物は描かれていないと付け加えた。現在確認されている絵画その他にも、二人を描いたものは存在しないようだ。
「じゃあ、二人の肖像画みたいなものは何も残っていないんですね」
 そう念を押した銀河はガッカリとした様子を見せ、博物館から出てきたところでその理由を説明した。
「ほら、源蔵は美男子だったって文献に載ってた話をしたでしょ。どんな顔をしていたのか、実物を描いた絵が残ってたらいいなと思ったんだけど、どうやらそう都合よくはいかないみたいだね」
「源蔵の肖像画か。イケメンキリシタンで紹介すりゃ、記事が盛り上がる材料には違いないよな。でもさ、刑事さんが教えてくれたお墓の辺りに行けば、まだ発見されていない何かがあるかもしれないぜ」
 そう言って昴は兄を励ました。昴自身も二日間の取材を通して、源蔵という人物に興味が湧いてきたところだ。
 大村刑事が描いてくれた地図を頼りに、黒い車は島の中心からはずれたところにある、いわば島内でも辺鄙な地域へと向かった。
 付近には民家の数も少なく、母方の実家だというその家はすぐにわかった。見るからに昔ながらの農家の建物で、祖母にあたる人も在宅していたため、昴たちが訪問の理由を話すと、案内を快く承知してくれた。
「いやあ、男前のお兄さんが四人も来てくれて嬉しいわぁ。ここら田舎でっしゃろ、誰にも会わんいう日が何日も続くこともありましてなあ」
 腰を九十度近くに曲げたまま、水色の割烹着を着て麦藁帽子をかぶったその老婆はひょこひょこと歩き始めた。
 玄関先からすぐに畑へと続く道があり、次に曲がりくねった畦道へと入る。老婆の後ろに続いて一列に歩き、しばらく進むと、田んぼやら畑の広がる長閑な風景の片隅に小さな墓がぽつんとあった。
「ここが源蔵さんとお蔦さんの墓ですわ」
 墓を取り囲むようにした四人はそれをしげしげと見つめた。
「思ったより小さいですね」
「言われなければ墓だってわからないね。道標とか、そんな感じ」
「マジで地味だな」
 代表して花を供えた慧児が「あれ?」と声を上げて苔むした墓石を指差した。
「蔦という文字の下に書いてあるこの字は何だろう?」
 その言葉に、どれどれと覗き込んだ銀河が「平吉って書いてあるみたいだけと」と答えて首を傾げた。
 すると、二人の会話を聞いた大村刑事の祖母が告げた事実はその場に居た四人をとんでもなく驚愕させるものだった。
「へえ、お蔦さんのほんまの名前は平吉言います」
「へっ、平吉ぃ?」
「まさか……男っ!」
 呆気に取られる彼らに、老婆は平然として説明を続けた。
「源蔵さんと平吉さんはそういう仲で、せやけどキリストさんは男同士の関係は認めとらんけん、平吉さんは女の格好をして、蔦と名乗ったいう話ですわ。これは大変な秘密じゃけん、今も昔も、知っとる人はあまりおりません」
「マ、マジかよ」
「文献にも載っていなかった……」
 あまりにもショッキングな展開にうつろな顔をする銀河、お調子者の光さえも呆然としている。
 昴はといえば、伝説のカップルにあやかりたいと口走ったことを思い出していた。
(まさかなぁ、伝説のカップルが男同士のゲイカップルだったなんて……そりゃあ大変な秘密のはずだぜ)
 あやかったお蔭で自分もゲイ道まっしぐらなのか。
 まっしぐらの行き着く先──チラリと慧児に目をやると、彼は考え込むような仕草をしていた。
「たしかにキリスト教では同性愛は禁忌とされているが……あの、二人に関するその他の資料などはこちらに残っていますか?」
「さあ、どうやろか。ウチには何もないわ。先祖がキリシタンの生き残りやったヨネさんのとこにならあるかもしれんけど、改めて訊いたこともないし、本人はあいにく留守やしなぁ」
 ヨネというのは近所の老女で、二人は懇意にしているらしい。
「あの人、この前から四国の息子さんのとこに行っとるんですわ。明日ぐらいには帰ってきはると思いますけど」
 そのヨネさんのところで何か見つかったらぜひお借りしたいので送って欲しいと頼むと、慧児は自分の名刺と、送料分をプラスした御礼を手渡した。
「こんなにようけ貰ってええんですか?」
「お手間を取らせた御礼ですから」
「何ちゃ資料が見つからなかったら申し訳ないですけど……」
「そのときは自家製の美味しい野菜とか、漬物でも送ってください」
 そのあと昴と光は墓と周囲の写真を撮り、最後に全員で線香をあげて、この凪島での取材・全工程はついに完了した。
 老婆に案内の礼を丁重に述べたあと、いとまを告げた彼らは車に乗り込んだ。
「せっかくだからもう一度グルッとまわってみようか」
 光の提案に誰しも異存はなく、黒いワンボックスカーはこの小さな島に別れを告げるかのように、西側をぐるりとまわってホテルへと戻った。
 薄墨を流したような空に一番星が輝き始めていた。
    ◇    ◇    ◇
 今夜がホテルで過ごす最後の夜だ。滞在が思いもよらず一日延びてしまったわけだが、長く過ごした分、愛着も湧く。
 夕食後、銀河はどこへ行ってしまったのか姿が見当たらず、昴はルームキーをフロントに預けると、もう一度あの大浴場に行こうと一人でそちらへ向かった。
 最初の夜、光に抱きつかれたあの湯船に見知った者はおらず、しばし浸かったあとに露天風呂へと移動する。
 今夜も心地良い夜風が吹いている。これといった天気の崩れもなく、好天に恵まれた取材旅行だった。
 取材旅行──仕事というよりちょっとしたバカンスだった。ハプニングも多かったけど、大変な出来事もあったけど、どれもこれも思い出に残る旅──
「東京に帰ったら、ここに来る前の関係に戻っちゃうのかな」
 やり切れない思いに溜め息をつく。
 今までどおり慧児は光と、昴は銀河と組んで仕事を推し進めて、たまにどこかで顔を合わせるだけで──
『やあ、久しぶり。元気?』
『今度はどこの取材に行くの?』
 その程度の挨拶を交わすだけで──
「……イヤだ。このまま終わるのなんて、そんなの絶対にイヤだ」
 思わずそう口走ってしまい、昴は慌てて口元を押さえた。
 帰りたくない、ずっと一緒に居たい。
 冷たく見えるけど、本当は優しいあの人と一緒に……
 脱衣所を出て、何気なくラウンジを覗いてみた。
 オリーブの色・モスグリーンの内装にゴールドをアクセントに使ったインテリア、深いマリンブルーの絨毯を敷き詰めたフロア内は照明の照度を落としているために薄暗く、どんな客が何人いるのかも、よく目を凝らさなければわからない。
 もしかしたらという期待と、そう都合よくはいかないだろうというあきらめが昴の内で交差する。
 揺れる想いを抱きながら、足音を忍ばせて中へと進んだ。
 はたして彼は──居た。
 窓際に沿って海を見下ろすように並べられた席で、夜空を眺めながら一人でグラスを傾けている。
 なぜ独りで居るのか、光は一緒じゃないのか。
 傍に行って話しかけていいものか、拒否されてしまったらどうしようか。
 だが、ためらいよりも、このまま終わりたくない気持ちが勝って、昴はそちらへと向かった。
「隣に座っていい?」
 傍に来たのが昴だとわかると、慧児はハッとした様子をみせた。
「……ああ、どうぞ」
 注文を取りにきたギャルソンにマティーニを頼むと──昴が知っている唯一のカクテルだ──窓の向こうの風景に目をやる。
 昼間とは違う、澄ました大人の顔を見せる夜の海はゆっくりと凪ぎ、淡い月明かりが水面に揺れる。
 慧児と肩を並べて過ごすスカイラウンジ。まるで恋人同士が愛を語り合うかのようなシチュエーションに胸がときめいて、端正な横顔を盗み見た。
(ダメだ。ドキドキしすぎて、まともに見られねえし)
会話の妨げにならないようにと、流れるジャズの音色は低く静かで、しばらくそれに耳を傾けていた慧児はそっと呟いた。
「いい夜だ」
「……うん」
 このままずっと、二人きりでいられるのなら、最高の夜だ。が──
「この島で過ごす夜もこれで終わりだな」
(えっ、これで終わりって?)
 そのセリフは想定外だった。
 おまえと一緒に過ごすのも最後だと言われたような気がした。
 ナイーブになっている今の昴にとって、慧児の放った言葉は──それが当人の意図していた意味ではない解釈をされて──一語一句が胸に深く突き刺さってしまうのだ。
 ふわふわと浮かれた気分をぶち壊されたのはこれで二度目だ。天国から地獄へ突き落とされて、はらわたがグツグツと煮えくり返ってきた。
「昨夜は大変だったけれど、そのお蔭で一日延びた。こんなに長く滞在するとは思わなかったが、僕としては満足だ」
「で、明日からは東京で元の生活に戻る。はい、さようならってわけだな」
 口調が厭味っぽくなるのを止められない。苛立ちを抑えようとマティーニを流し込むと「そういう飲み方をするものじゃないだろう」とたしなめられた。
 慧児の前にあるグラスは青味がかった白いカクテルで満たされている。何という名前がついているのか、ベース酒は何なのか、昴には皆目見当がつかない。
「どうせオレにこういうオシャレな酒は似合わねーよ。そっちの飲み物だって、ベースとか全然わかんないしさ。おーい、お兄さん。次、ビールね」
「ムキになるなって」
 そうなだめただけで苦笑する顔が憎らしい。本人を目の前にすると、どうしてこう素直になれないのかと思いつつも、昴は意地を張った。
「オレがいるとせっかくの雰囲気ブチ壊しみたいだし、部屋に帰るわ」
「今来たばかりなのに、もう戻るのか」
「勘定頼むよ、あとで払うから」
 投げやりな気分で席を立つ。
 引き止めてくれるかと期待したが、そんな素振りもなく、昴は失望感を抱いたまま四階へと降りた。
 悔しくて、悲しくて、泣きたくなるほど辛い。負けん気だけが今の彼を支えていた。

                                ……⑩に続く