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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ジェミニなボクら ⑥

    第六章  礼拝堂の怪
 ぎくしゃくとした、そして重い空気を乗せたまま、彼らは次の取材地である秘密の教会──通称・礼拝堂と呼ばれている建物に到着した。
 ここは島の中心よりやや東寄りで、オリーブアイランドの白亜の殿堂が望めるあたり、思ったより近い位置まで戻ってきたのだとわかる。
 お籠もり堂とは違い、林やら木立のある場所ではなく、どちらかといえばいくらか拓けたところだが、一面の草むらのせいで寂れた感じは歪めない。
 昔は民家がたくさんあったようで、青苔の生えた塀などが残っているが、辺りにこれといった建物はなく、一軒だけぽつんと建っているのが問題の礼拝堂だった。
「ええーっ、これがそうなの?」
 昴と光は揃って不満の声を上げた。
 教会とあって一応は西洋風の建造物ではあるが、煉瓦の塀に囲まれた、古びた木造の館の屋根は錆びたような赤、壁はくすんだ灰色で、そこにツタが絡まり深緑色の葉が四方八方に伸びている。
 いかにも怪しい雰囲気だが、黒い縁の窓にガラスが嵌め込んであることや、カーテンがかかっているあたり、さすがに江戸時代のものには見えない。
 それもそのはずで、以前の礼拝堂は老朽化して危険だという判断で取り壊され、現在の建物は明治以降に建て直されたという話だった。先人たちの意向を重んじて、キリシタンの伝統を守ってきたらしい。
 もっとも、弾圧されたせいからか隠れキリシタンの子孫はほとんど残っていない上に、キリスト教を信仰する人もいないため、教会としての役割は果たしておらず、ただ記念に建っているというだけの存在である。
「老朽化で取り壊されたってことは焼き討ちとかされずに、その時代まで建物が残ってたんだ」
 昴が問いかけると、兄は大きく頷いた。
「そうなんだ。そこがまたミステリーってわけでね」
 源蔵の時代の礼拝堂は島が弾圧の攻撃を受けた際、周囲の建物が被害を受けていたのにもかかわらず、これといった災難には見舞われずに何とか焼け残ったとされている。
 それが伝説の摩訶不思議さを強調しており、現在に残る文献にも記されているのだと、銀河は建物を前に解説した。
 伝説の建物を取り壊して終わりにするわけにもいかないから、建て直しをすることに決まったのだろう。
 ただし、行政の予算の関係からか観光施設として整備されてはおらず、門の辺りに文字のかすれた案内の看板がひとつ、寂しげに立っている。
 そんな状態で放置されたままの礼拝堂を見上げた光は「なんだか薄気味悪いところだねえ。これじゃあ、観光客はガッカリだよな。俺としては長崎の大浦天主堂みたいな、カッコいい建物を想像してたのにさ」と文句を言った。
「隠れキリシタンだもの、さすがにそれはないんじゃないかな」
 銀河のフォローにもかかわらず、光はさらにケチをつけた。
「だとしても、本気でこれを凪様伝説の目玉にする気なのかな。考え直した方がいいと思うけど。こんな建物だってわかったら、みんなブーイングだよ、きっと」
「たしかにそうだな。せめて立て看板を直すくらいは……」
 そう言いながら慧児が重そうな扉に手をかけた。
 恐らく設置されていたと思われるキリストの像やら、その他の重要な物品は島全体の文化財を収蔵している『凪島博物館』に──名前だけは大袈裟だが、昴流に表現すると「ショボい博物館」である──移されているため、ここには何も残っていない。それゆえ鍵などはかかっておらず、誰でも自由に出入りできるのだ。
 慧児に続いて光が中に入る。彼の後ろを行く銀河の黒いキャップと頭上の赤帽子をこっそり取り替えたあと、昴はそのまま建物の外観を撮影し続けた。
(マジで不気味な建物だよな。どうせだったらお化け屋敷に改装した方が客は喜ぶんじゃねえのか)
 舞台が教会となると、日本のお化けよりも西洋のモンスターたちの方が似合うだろう。かぼちゃのお化けが案内役で──
 そんなくだらないネタを考えることで、昴はさっきからの不快な気分を紛らわせていたが、その時、建物の奥の窓の前を何かが横切ったような気がして、背筋に冷たいものが走った。
(まさか、本当にお化けがいるんじゃねえだろうな……)
「あの、すいません」
 ギクッ! 
 突然背後から声をかけられて、口から心臓が飛び出しそうになった。
「……は、はい、何か」
 恐る恐る振り返ると、そこに若い男女が彼の驚く様を見て、怪訝な顔をして立っていた。美男美女、お似合いのカップルである。服装は着物に似せたデザインのカジュアルファッションで、お揃いのペアルック。ひと昔前なら絶対にヒッピーと呼ばれたようなタイプだ。
(なんだ、ただの観光客じゃないか。驚いて損した)
 こんな格好でうろついているということは学生か何かの気楽な貧乏旅行なのだろうか。そんなふうに考えた昴は男の方が手にしたデジカメに目をやった。
「写真を撮ってもらえますか」
「ああ、いいですよ」
 写真となればお手のものだ。愛想よく答えた昴は二人を礼拝堂の前へ並ばせた。
「これでもプロのカメラマンなんでね。写りはバッチリ任せてよ」
「えっ、そうなんですか」
「そんな方に撮ってもらえるなんて、ツイてるわね」
 目を輝かせた彼らは撮影を終えた昴にあれこれと質問してきた。
「いつもどんな写真撮ってるんですか?」
「温泉とか、やっぱり旅行関係が多いかな。ここは観光地って感じじゃないけど、まあ、こういう場所」
「じゃあ、全国各地の観光地をまわってるんですね」
「そうだな、さすがにゴージャスな海外取材とかはないけど」
「いいなぁ。もっといろんなところに行ってみたかった」
「でも、写真撮ってもらえただけでも良かったじゃないか」
 嬉しそうなカップルを見た昴は大サービスとばかりに、彼らの廉価なデジカメだけではなく自前のカメラでも撮影して、現像ができたら送ってあげるから、ここへ連絡してと名刺を渡してやった。
 大喜びで、何度も頭を下げてから帰って行く二人を見送っていると、その様子を窺っていたのか否か、いいタイミングで慧児が出てきた。
「いつまでそこにいるつもりだ。表はもう充分だろう」
「うるせえな、わかってるよ。中も撮りゃーいいんだろ」
 いちいち命令すんなよとふてくされながら、慧児の脇をすり抜けるようにして建物の内部に入る。
 がらんとした、もぬけの殻状態の室内には申し訳程度の灯りがひとつあるのみ。想像していたとおりの薄暗くて不気味な場所だ。幽霊屋敷への改装には金も手間もかからないで済むだろう。
 上部にはめ込まれたステンドグラスを通して降ってくる様々な色の光と、色褪せた臙脂のカーテンが重くたれこめた窓から差す陽の光だけが頼りで、カビ臭くてじめじめとした空気が漂う。
 ステンドグラスの他にも、いかにも教会らしい装飾が柱や壁に残ってはいるが、蜘蛛の巣などが付着して薄気味悪さを倍増させている。どうやら定期的な掃除などはされていないようだ。
「さーて、誰かさんがうるさいからお仕事、お仕事」
 皮肉を口にしながら、昴は一眼レフを構えると、そのままレンズの端でクールな男の姿を追ったが、慧児が何も答えず再びメモを取り始めたので、しぶしぶ正面に向けた。
 だいたい、こんな何もない部屋を撮ったところで、どうせ使えっこない写真だ。ボツに決まってると思いながら、それでもフラッシュを焚くと、その光だけが妙に明るく周囲を照らした。
(あとで現像したら心霊写真が撮れていたりして。わー、こわっ)
 身震いした昴はそれから、けったいな思考を巡らせてみた。
(そうだ、もしもそういう写真が撮れたとして、凪島観光案内には使えないけど、オカルト雑誌に回してもらえれば使い道が出てくるかもしれないな)
 せっかく撮った写真の有効活用もさることながら、幽霊の出る教会として有名になれば旅行誌の方で取り上げなくても凪島の新名所として広まるし、地域活性化にも貢献できるのではないか。
(待てよ? 幽霊が出る島って聞いたら、みんな怖がって観光客は減るのかな、それとも怖いもの見たさで増えるのかな?)
 まあ、そんなことはどうでもいい。今回の取材はあくまでも施設の紹介が主で、霊だのお化けだのを面白半分に扱うのは不謹慎というものだ。ここからさっさと引き揚げたいとばかりに、昴は手早くシャッターを切り続け、とっとと撮影を終えた。
 そこへ隣の部屋で取材を続けていた光と銀河が何やらしゃべりながら戻ってきた。
「これじゃあ張り合いなさすぎ~。つまんないの」
「そりゃまあ、仕方ないけど……で、博物館に行けばわかるのかな?」
「このあと行ってみるでしょ」
「そうだっけ」
 何の話をしていたのか気にはなるけれど、問い質すのも癪だし、聞かなかったふりをしてみる。
 仲良く肩を並べる二人の後ろに続くような格好で表へ出たが、ふと視線を感じて振り返り、そんな昴の様子に銀河が怪訝な顔をした。
「どうしたの?」
「いや、今誰かに見られていたような気がしてさぁ」
「誰かって、ボクたち四人以外に誰もいなかったけど」
「まさか源蔵と蔦の亡霊が出た、なんて言うんじゃないよね」
 光のセリフに昴はゾクリと身を震わせた。
 さっき表にいて、窓辺に見かけた人影はもしや、無念の死を遂げたキリシタンたちの霊とでも? 
(マジでオカルト雑誌向きの取材になったりして……)
『身の毛もよだつ、怪奇ミステリー! 廃墟と化した教会に現れる幽霊の正体は?』
『瀬戸内海の小島に残る隠れキリシタン伝説の謎との因果関係はいかに』
『取材班は捉えた! 決定的瞬間』
 不謹慎だ、などと考えつつもセンセーショナルな煽り文句が次々と思い浮かぶ。
 プロのライターと長年のつき合いがある成果なのか、いや、兄より上手い解説が書けるかもと、自画自賛していると、
「気のせいだろ」
 慧児がいともあっさりと言ってのけた。昴たちのやりとりなど、バカバカしくてやってられないといった態度で車に向かう。
「なっ……!」
 喉まで出かかった喧嘩腰のセリフを飲み込んで、昴は彼をねめつけた。
(くっそー、いちいち絡みやがって!)
 だが、本当に幽霊と遭遇したわけでもないのに、まともにやり合う必要はないし、ムキになるのもバカげていると思いとどまった。
「そんじゃあ次、行こ」
 こっちが言うより早く、さっさと乗り込む後姿にアッカンベーをしてみた。
(ふんっ、こんなヤツ、眼中にナシだっ!)
 それから数時間後に彼を待ち受ける衝撃的な出来事など知る由もなく、昴も足早に車へと向かった。

                                ……⑦に続く