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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ジェミニなボクら ⑦

    第七章  絶体絶命!
 せっかく目的地まで車を走らせたのに、扉に掛かった白い札に『本日臨時休館』という赤い文字を見つけた彼らはすっかり落胆してしまった。
 だが、田舎の小島、平日、おまけに公共施設ではない、個人が所有する凪島博物館が臨時休館なのは仕方のないことだとあきらめ、そこでの取材は明日の朝に持ち越された。
 お蔭でスケジュールが予定よりも早く終わり、四人は早々にホテルへと引き揚げてきた。オレンジ色の夕日が海に沈む様が部屋の窓に映る。昨日銀河が転んだのはこのぐらいの時刻だったか。
 夕食までの間、今日の取材の件で光たちのところへ行くと言って銀河が部屋を出たので、昴は商売道具の片づけを終えたあと、一人でテレビを観ていた。
 一緒に行くなんてとんでもない、あいつらの傍には近づきたくない。そんな思いでいると、しばらくして電話が鳴った。フロントからの内線だった。
「星川様のお知り合いとおっしゃる方がこちらに訪ねていらしてますけど、いかがなさいますか」
 こんなところまでやって来る知り合いなどいないはずだが、いったい誰だろう。
「どんな人ですか?」
「若い男の方です。先程礼拝堂でお会いになられたそうで、赤い帽子をかぶっていたカメラマンの人に用があるとおっしゃってますので、星川様のことかと」
「あっ」と昴は声を上げた。
 もしかしてあのヒッピーカップルの片割れかも。どうやって自分がこのホテルにいるとわかったのかとも思ったが、島の宿泊施設といえばここしかないから、あたりをつけて来たのだろう。
 今さら何の用があるのかは不明だが、せっかく訪ねてきてくれたのに、追い返すのも気の毒だ。今から行きますと返事をすると、お人好しの昴は立ち上がった。
 エレベーターへと向かう途中、反対側の廊下から慧児がやって来るのが見えた。
「どこへ行くんだ?」
 何でそんなことを訊くとばかりに、昴は彼をジロリと見やった。不機嫌な相手には不機嫌な態度で対抗してやるのだ。
「どこだっていいだろ、あんたにゃ関係ないところ」
 ひねくれ口調の昴を一瞥した慧児は「もしかしてロビーか」と尋ねた。
「ピンポーン。コレが会いに来てるんだよ、羨ましいだろ。じゃあな」
 小指のつもりで親指を立ててしまったが、気にしてはいられない。そもそも、辺鄙な島まで追いかけてくる彼女などいない。
 慧児が次の言葉を発しないうちに背を向けた昴はさっさとエレベーターに乗り、『1』の数字と『閉』のボタンを手早く押した。
 鉄の扉が二人の間を遮断する。彼との決別のようで胸がすくと思いきや、切り裂かれるような痛みをおぼえた。
(気にしない……気にしない)
 慧児の方こそ一人で何をうろうろしていたのだろうか。部屋には光と銀河が残されているはずだ、彼らに遠慮して廊下に出たのか。
 心を乱す推測ばかりが積み重なっていくうちに一階へと到着した。
 夕方の船便が着いて間もないのと、明日は土曜日のせいからか、こんなに大勢の人がロビーにいるのを見たのは初めてだ。
 フロントへと歩み寄ると、係の者がロビーの端に置かれたソファを示した。
「あちらにいらっしゃいます」
「どうも」
 礼を言ってそちらに向かう。
「お待たせしました」
 だが、昴を待っていたのはあのヒッピーくんではなく、見知らぬ男だった。見るからに横柄な態度でソファにふんぞり返っている。黒いジャンパーに黒いサングラスをかけた姿はまともな職業の者には見えない。
 もしや、ヤのつく自由業の人? そんな人物にいちゃもんをつけられるおぼえはまったくないのだが、昴は思わず後ずさりした。
 男は彼を見ると、親しげに声をかけた。
「こりゃあ、どうもどうも」
 そんなふうに切り出された以上、返事をしないわけにもいかず、おずおずと答える。
「あの……本当にお目にかかったこと、ありましたっけ?」
「イヤだなぁ、さっき会ったばかりじゃないですか」
 男の口元がニヤニヤと歪む。
 嫌な予感がして身を引こうとする昴の腕を素早くつかむと、男はハンカチに包んだ固い物を脇腹に押し当ててきた。それが何なのか、見なくても気配でわかった。拳銃だ。
「動くな」
 さっきとは打って変わって、低い声で凄む男の様子に、昴は自分がとんでもない窮地に陥ったことを悟った。
「少しでも変なマネしてみろ、ズドン! と一発、腹に穴があくぜ。さあ、そのままおとなしくここに座れ」
 この拳銃、どうやら偽物でもなさそうだ。言われるがまま、昴は男の右隣に腰を下ろした。背筋から額から掌まで、じっとりと冷汗が滲む。
 フロントに背を向けた配置になっているソファだ、傍目には仲良く談笑している者同士の背中、としか見えないだろう。
「よしよし、その調子だ」
 男は猫撫で声を出すと、銃口をグリグリと押しつけるようにした。じっとりどころではない、汗がドッと噴き出した。
「さて、それじゃあさっさと用件に入るか。さっき拾ったものを返してもらおう」
「拾ったもの?」
「ばっくれるんじゃねえよ。煉瓦の塀に囲まれた、あの変てこな建物の中でアレを拾っただろう」
 変てこな建物とは礼拝堂のことらしいが、必死で記憶をたどってみても、何を拾ったのか、皆目見当がつかない。
「アレと言われても……オレは写真を撮っていただけで」
 男はたちまち苛立ってきた。サングラスの下の目が凶暴そうにギラついているのが感じ取れる。
「この野郎、ふざけやがって。鍵だよ、鍵。三センチぐらいの、銀色の鍵を拾っただろうが、ええっ!」
「鍵?」
 まったく思い出せない、というより、そんな事実があったとは思えない。
「てめえ、それ以上シラをきるなら、こっちにも考えがあるぜ。このロビーにいるヤツら全員が人質だ」
 拾った鍵を渡さなければ、ここで銃を乱射すると言いたいらしいが、そんなことをされたら大変な事態になってしまう。汗が引いて今度は鳥肌が立った。
「そ、それは何の鍵なんですか? 部屋とか車とか……」
「うるせえ。てめえには関係ない」
 グリリッ、と銃口をますます強く押しつけられて万事休す。
 だが、彼の目的とする鍵など、この手の中にはない。オレの命運もここまでかと昴は目を閉じた。
「あの、お客様……」
 ふいに聞き覚えのある声がした。
「お探しのものはこちらでしょうか」
 その言葉につられた男が振り向き、昴もそちらを見た。
(なっ、何で?)
 慧児がにこやかな笑みを浮かべて、ソファの左側に立っていたのだ。きょとんとする昴には目もくれず、落ち着いた物腰で隣の男と対峙している。
 ホテルの従業員でもないのに、お客様と呼びかけてきた奇妙なヤツと、その手に乗せられた紙包みに視線をやった男は不審そうに尋ねた。
「何だ、これは」
「ですからお探しのものですよ。御確認をお願いします」
 紙包みを鼻先に強引に突きつけられて、男はうるさそうに手を払った。
「るせーな。引っ込んで……」
 その一瞬、わずかな隙ができた。昴の脇腹に押しつけられていたものが離れたという感覚があった。
 次の瞬間、
 バンッ! 
 物凄い爆音が轟き、予想もしなかった状況にヒステリックな悲鳴があちこちで上がって、ロビー内は騒然となった。
 慧児が男の右手ごと的確に拳銃を蹴り上げ、そのはずみで銃が暴発したのだ。
 何が起こったのか、咄嗟にはわからなかったが、自分も、誰も撃たれていないのだけはたしかである。
 頭で理解するよりも早く、昴は拳銃男にタックルをしかけていた。
「クッ、クソッ! てめーら、よくもやりやがったなっ!」
 しばしの格闘の末、昴と慧児、二人がかりで取り押さえられた男は大声でわめき、悪態をついた。
「早く、警察に連絡を! それからロープのようなものを持ってきてください!」
 慧児の指示に、フロント係が強張った顔で頷くと、いずこかへ走る。
 ロープでぐるぐる巻きに縛り上げられた男はなおも悔しげにわめき続け、悪態をついて辺りに唾を吐いたが、
「こういう物騒なものを持つのはもちろん初めてだが、せっかくの機会だ、試し撃ちしてみようか」
 慧児の手に渡った拳銃を向けられた男はしぶしぶ暴れるのをやめ、そのあとも何やらぶつぶつと独り言を唱えていた。
 とりあえず危機を脱したとわかると、身体中の力がガックリと抜け、昴はその場にペタッと座り込んでしまった。
 そんな彼を見た慧児は「怪我はないか?」と心配そうに訊いた。
「う、うん、何とか」
「そうか、無事で良かった」
 ホッとした様子の慧児から、厳重に縛られ焼き豚状態になっている男へと視線を移して昴は尋ねた。
「それにしてもこいつ、何者なんだ? 拾った鍵を渡せとか言って脅してきたんだけど、何のことだか、オレにはさっぱりわからなくてさ」
 すると慧児は思案顔で答えた。
「恐らく、岡山市内で強盗事件を起こしたという犯人の一人じゃないかな」
 朝の光景が──テレビを観ながら朝食を摂っていた場面が──フラッシュバックする。銀河が口にしていたニュースの内容が甦ってきた。
「そうか、逃走中の三人組がいるってニュースで言ってたっけ」
「三人ともバラバラに逃げて、あとで落ち合う計画だったんだろう。こいつは凪島行きの船に潜り込んで、無人の礼拝堂を見つけて隠れていたんだ」
 港に着いてからの足取りは本人の自供によるしか確かなことはわからないが、マイクロバスに乗ってオリーブアイランドの前まで来たのかもしれない。
 指名手配の身でホテルに泊まるわけにもいかず、隠れ家を求めて歩き始めた男は礼拝堂に突き当たった。
 あそこからはホテルの建物が見えるほど近い位置にあると、昴自身も確認したおぼえがある。誰でも自由に出入りできる上に、人気のない場所。礼拝堂は格好の隠れ家だった。まさかそんなところに観光取材の四人組が訪れるとは予想していなかっただろう。
 僕の推測だが、と前置きして、慧児はさらに解説を続けた。
「鍵というのはたぶん、奪った金を入れたアタッシュケースか何かのものだ。ケースそのものはあとの二人のどちらかが持って逃げたが、誰かが独り占めできないように、鍵はこいつが預かるという取り決めだった。仲間内で山分けを約束するときにやる、よくあるパターンだな」
 ロビー内では慧児と昴、強盗犯を遠巻きにした人々が彼らの様子をこわごわ見守っている。警察の到着はまだのようで、緊迫した雰囲気はなかなか解消されなかった。
 ふてくされた顔で慧児の話を聞いていた男は「たいしたもんだな、名探偵さんよ」とおちょくるように言ってのけた。
「オレがあんたらを追って、ここまで鍵を取りに来るところまで予測していたとはさすがだぜ。それで、肝心の鍵はどこへ隠したんだ? まさか本当に、その袋に入ってるんじゃないよなあ」
「残念ながら僕も、そこの昴くんも持ってはいないし、隠してもいない。ちなみに君のような強盗犯人の登場も予想はしていなかったんだけどね」
「なんだと?」
 訝しがる男、わけがわからないのは昴も同様だ。
「もっとも、こんな島で拳銃を振り回すヤツは逃走中の犯人だと、誰にだってわかるだろうけど」
 そこまで言うと、慧児はエレベーターの方をチラリと見た。
「さて、じきに騒ぎを聞きつけてくるだろう、もう一人の昴くんがね」
「えっ、それってもしかして……」
 言い終わらないうちに、フロントからの連絡を受けた銀河と光がロビーに駆けつけてきた。
 昴の身を心配してか、青ざめた顔をしている銀河を見て、強盗男は「ぎえっ」と潰れたような声を上げた。
「こ、こいつら、双子だったのか……」
 彼の驚きを見て、昴にもようやく合点がいった。強盗男が不覚にも落とした鍵を拾ったのは銀河だったのだ。
 四人が礼拝堂に到着したのを見て、慌てて隠れた彼の印象に残ったのは『赤い帽子をかぶったカメラマン』で、その後帽子が入れ替わったのに気づかなかったために、鍵を拾った赤い帽子の男はさっきのカメラマン、つまり昴だと思い込んだ。
 今日の昴と銀河は似たような服装だし、朝の時点で光が言ったように、帽子の色で二人を判別する状態だったのだから、彼らを初めて見る男にとっては見分けがつかなくて当然だった。
 その場で銀河を襲わなかったのは四対一で分が悪いとでも思ったのか。ともかく鍵を取り返すしかないと、彼らが宿泊しているであろう、このホテルまでやって来たのだ。
「ごめんね昴、本当にごめん。ボクの身代わりになってしまって」
 涙ながらに謝る銀河に「そんなのいいって」と昴は照れ臭そうに答えた。
「それより兄貴、こいつが探していた鍵ってどうしたの?」
「ここにあるよ」
 銀河はポケットの中から銀色に鈍く光る鍵を取り出してみせ、それを目にした強盗男は「畜生!」と歯軋りをした。
「礼拝堂の奥に落ちていたってことは、凪島博物館の展示物に関係があるのかと思って、あとで博物館に行ったら訊いてみようとしたんだけど、ほら、休館日だったでしょ」
「そうか、そういうことか」
 ようやく警察の面々が到着してロビーは騒々しさを増し、さらに物々しい雰囲気に包まれた。
 そこでロープぐるぐる巻き男はたしかに手配中の強盗三人組の一人だと確認された。残りの二人も先ほど岡山県内で、相次いで捕まったらしい。
 現場検証が始まると、銀河の持っていた鍵が大切な証拠品として押収されると共に、昴たちはそれぞれに詳しい事情を訊かれることとなった。
 男が礼拝堂に潜んでいたと聞いて、何人かの捜査員がそちらへ飛んだが、四人とも彼の気配を感じなかったのはよほど上手く隠れていたのだろう。そのくせ大事な鍵を落とすなんて、肝心なところで抜けているヤツだ。こいつらに完全犯罪はとうてい無理、早々にとっ捕まって当たり前だった。
 本日の検証終了、犯人は署に連行されていったが、これから供述を取るので、明日改めて話を聞かせて欲しいということになり、昴たち四人はようやく解放された。
 時計を見ると九時を回っている。夕食前のちょっとした面会のはずがとんでもない事件に発展したわけだが、ショックからか疲れがひどくて空腹を感じない。早く行かないとラストオーダーの時刻になってしまうのだが、顔色のすぐれない弟を心配して、レストランに行くのが無理ならルームサービスを取るかという銀河の問いに、昴は首を横に振った。
「オレ、メシはいいや。先に寝てるから、兄貴たちはゆっくりしてきてよ」
 そう答えると、彼は疲れきった足を引きずり、よろけるようにロビーをあとにした。
                                ……⑧に続く