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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ジェミニなボクら ⑤

    第五章  二人の昴
 翌朝、昴と銀河はルームサービスで朝食を摂った。建物内の移動で銀河の脚に負担がないようにというのは表向きの理由で、本当はあのレストランにて朝から彼らと遭遇することに気後れしていたからである。
 オレンジジュース、トマトとツナのサラダ、湯気を立てているスクランブルエッグとコーヒーがテーブルに並ぶ。トーストにバターを塗りながら、銀河が上目遣いに昴を見た。
「ねえ、さっきから考え込んじゃって、いったいどうしたの?」
「どうって、何もねえよ」
「いや、おかしい。何かある。昴がそういう顔をしているときは何か悩みを抱えているときだよ。生まれてからこの方二十五年間、長きに渡ってつき合ってるボクの目は誤魔化せないからね」
「だから何でもねえって」
 ぶっきらぼうに言い、兄の視線を避けるようにした昴はテレビのリモコンを手にすると、次々にチャンネルを変えた。
「では、今朝入ってきた主なニュースです。昨日の夕方、岡山市内で起きた……」
 ぼんやりと画面を眺める昴だが、その映像は目に映らず、音声すらも耳に入っていない。頭の中は昨夜の慧児のこと、今日の行程のことでいっぱいだった。
 昨夜──風呂から上がったあとにスカイラウンジを覗いてみたが慧児の姿はなく、そのまま部屋へ戻ったとわかると、昴は安心したというより拍子抜けした。
 何がカクテルだ、バカにしやがってと心の中でひとしきり罵ったあと、けっきょくあの二人の関係はどうなっているのかと考え、落ち着かない気分に陥った。噂は嘘か本当なのか、嘘だと言い切れないのが歯がゆい。
 そんな不愉快な想像をする自分がとても卑しい存在に思えて、自己嫌悪に陥った昴は光からの提案について──彼らの車に同乗して、一緒に取材をするという件だ──未だ銀河に説明していない。
 光の下心に気づくはずもない銀河だが、優柔不断な彼のことだから、ひとしきり恐縮したあと、昴が良ければそれでいいと答えるだろうが。
 昴が何も語ろうとしないのを見て、こんな話をしていても埒は明かないと考えたのか、銀河は話題を変えた。
「ねえ、岡山で銀行強盗事件だって。犯人はヘルメットをかぶった黒っぽい服装の若い男三人組で、未だに逃走中か。物騒だね」
「ふーん」
「えっ、下りの新幹線が大阪を過ぎた辺りで緊急停止したって。昨日だったら船に間に合わなくて、大変なことになってたよ」
「へーえ」
「今日の中国・四国地方の天気は晴れ時々曇りだってさ。雨が降らなくて良かったね」
「そーう」
 何を言っても気のない返事に、さすがの銀河も苛立った顔を見せた。
「そんなふうにぼんやりしていて、今日の工程をこなせるの?」
「うっ、うっせーな、わかってるよ」
「ホントに?」
「みくびるんじゃねえよ」
 今日の工程という言葉が出てきたのをきっかけに、昴は昨夜、露天風呂で……と話を切り出した。
「っつーことで、車に乗っけてもらうのか、断るのか、どうするんだよ」
「そ、そりゃあ、今は自転車に乗る自信ないし、ボクの脚を心配して誘ってくれてるのに断るのは悪いよ」
「じゃあオッケーするんだな」
「ボクはいいよ。でも昴はどうなの? あの二人と一緒はイヤなんじゃないの。恒野さんのこと、嫌ってたみたいだし」
「べ、別にかまわねえよ。嫌ってなんかいないって」
 嫌うどころか、正反対の感情を──昴はふいっと視線を逸らせた。
 他人に対しては鈍感でも、長年一緒にいる弟の気持ちくらいは見抜けるだろう。ましてや自分たちは血を分けた双子、もっとも血縁の濃い関係だ。
 このまま不審な態度を取り続けていたら、慧児に対する邪な想いを銀河に見透かされてしまう。そんな気がして、昴は焦燥感にかられた。
 食事を終えると二人は支度を始めたが、昨日のスラックスはひどく汚れた上にかぎ裂きまで作ってあって、とても履けたものではないし、動きやすい方が怪我にも障らなくていいということで、銀河は昴の持ってきたカーゴパンツを借りた。
 さらに、そのズボンでいつもの紺ジャケットを羽織るのは似合わないし、おかしいという判断から、Tシャツからベストまで昴の服を拝借する格好になり、二人の服装は似たようなスタイルとなった。
「ほとんど借りちゃったけど、よくこんなにたくさんの服を持ってきたね。ボクなんかワイシャツと下着だけ取り替えればいいと思ってたから、替えのズボンまでは持ってこなかったよ」
「島の取材って聞いてたからさ、どんな場所に入り込んで撮影するかわからないし、汚れてもいいようにと思って、皺にならない、軽い素材のものばかりを多めに用意しておいたんだ。オレって偉いだろ」
「はいはい、感謝してます」
 階下に下りると、慧児と光が早々にロビーで待っていた。
 こちらに送られてきた視線にドキリとしたが、彼らはいつもと変わらない様子で、妄想をたくましくするような要素は微塵も見られなかった。
「おはよー。あれれ、スバルっちが二人いる!」
 双子が同じような格好で現れたのだから、光の驚きは無理もない。
「銀河ちゃんはジャケット着ている方がタイプなんだけどなぁ。髪の毛隠せばもっとそっくりになるよ、ほらね」
 そう言いながら、彼は自分のかぶっていた赤いキャップを銀河の頭にポンと乗せたが、昴自身はもともと同じような帽子をかぶっていたから、遠目では二人の区別がつかなくなった。
「赤い帽子が銀河ちゃん、黒い方がスバルっちね。あ、そうだ。銀河ちゃんに今日の話したっけ?」
「ああ。こっちに異存はなし」
「じゃあ決まり。俺が口説くまでもなかったみたいだね」
「口説くって?」という銀河の疑問文を無視して、昴は先に立って歩き始めた。
「コースの確認はいいのか?」
 背中に話しかける慧児の視線が痛いけれど、まともに目を合わせる勇気がない。「任せる」とだけ答えて歩を緩めずにいると、背後で三人がこれからの行き先を打ち合わせる声が聞こえてきた。
(好きにやってくれ、オレはおとなしくついて行くだけでいい)
 ひねくれた気分で黒い車体に近づくと、脇からにゅーっと伸びてきた手がスライドドアを開けた。
「僕たちは後ろだ」
「あ……そうですか」
 先に乗るよう昴を促した慧児はそれから運転席の光に二言三言声をかけ、四人を乗せた車は明るい日差しの中を軽やかに発車、ホテルの駐車場をあとにした。
 出発してどれほども経たないうちに、ふんふんと鼻歌を歌っていた光が突然「これって何かさ、ダブルデートみたいだよね」などと、とんでもないことを言い出したため、昴は何とも身のすくむ思いをした。
「ねえ、銀河ちゃんもそう思うでしょ」
「えっ、今日はダブルデーって、記念日か何かですか?」
 助手席に座った銀河のとんちんかんな受け答えを聞いて、苦笑する光がルームミラーに映るのが見える。兄のおとぼけぶりは今日も健在だ。
 それにしても光の言うダブルデートとは一組目が彼と銀河のカップル、もう一組が慧児と自分を指していることになる。
 光が銀河に接近する、その上で彼は慧児に昴をオススメして、カップルに仕立てようと目論んでいるかに思えるのだが、
『これから俺は銀河ちゃんにばっちりアタックしてラブラブになるから、申し訳ないけど慧ちゃんとはお別れ。この際だから、スバルっちで我慢しなよ、双子なのに銀河ちゃんと違って、可愛げのないクソガキだけど』
『あんなクソガキを相手にするのはゴメンだが、おまえが銀河くんとの関係を望むのなら仕方ない、僕は潔く身を引こう』
『さっすが慧ちゃん、話がわかる。大人だねぇ~』
などという取り決めになったのだろうか。
 可愛げのない云々は昴自身のひねた気持ちを付け加えての脚色である。慧児を意識している自分に対しての自虐的発想だ。
 ともかく、慧児が光の隣の席を銀河に明け渡したのは怪我のせいだけではなく、彼の心変わりを承知したからなのか。
 つまり、光とは別れた、そういう関係の部分を清算して、単なる仕事仲間に落ち着いたのか。
 しかし、別れた切れたは人間同士のやりとり、物品の取引のようなわけにはいかない。恋愛感情というものがそう簡単に割り切れるとは思えないが……
 傍らの慧児を盗み見ると、黙って地図を睨んでいる。光の発言を気にしているようには見えなかった。
(こいつってば、何考えてるのかさっぱりわかんねえ。よく言う、心が読めないってタイプだよな)
 光をどう思っているのか知りたい。
 優しい笑顔の意味が知りたい。
 冷静沈着、無表情。クールな男の、本当の胸の内が知りたい。
 知らず知らずのうちに、昴は爪を噛んでいた。
    ◇    ◇    ◇
 本日最初の取材場所は島の中心にある御堂、通称『お籠もり堂』で、隠れキリシタンの主要メンバーが秘密の会議を開いていた場所とされている。
 道はゆるい上り坂にかかっていて、正面には数段の低い石段と、それらしき建物が見えてきた。島の中心部である小さな山の麓に位置するため、鬱蒼とした木立を背負った格好になる。
 道の端らに車を停めて降り立ち、辺りを見回してみる。山中に響く鳥の声が時折聞こえるだけで、今では島の人々もほとんど訪れない、しんと静まり返った場所だ。
「まさに自然の宝庫、バードウォッチングできそうだよね」
「へえ、兄貴にそういう趣味があるとはね。でも、ここらにウォッチングするほど値打ちのある鳥がいるかな。とりあえず森林浴には絶好だと思うけど、こんな陰気臭いとこに一人で来るのはイヤだよな」
 昴がそう呟くと、みんな揃って頷いた。考えていたことは同じらしい。
 軒の傾きかけた御堂の内部の広さは四畳半ぐらいだろうか。大の男が数人寄ればいっぱいになってしまう広さだが、本当にこんな場所で会合が行われたのか、主要メンバーとはよほど少人数だったに違いない。
 さて、四人それぞれの仕事に入ったはいいが、本来なら慧児の指示に従うはずの光が銀河にまとわりついて離れない。
「ここ撮ればいい? このアングルでいいかな、どう、銀河ちゃん」
 さっそくアタック開始というわけか。彼らの様子を見て、オレはどうすりゃいいんだと昴は途方に暮れた。
 予告どおり光が銀河への接近を試みているのはわかるが、この島での仕事の依頼を受けたのは兄と自分のペアなのだ。ビジネスの場面にまで踏み込まれては黙って引き下がれないが、優柔不断な銀河が光の申し出を断れるはずもなく、問われるままに答えている。昴の出番はないというわけだ。
「お払い箱だな」
 背後に立っていた慧児の言葉が自分を嘲笑うように聞こえて、昴はムッとして彼に突っかかった。
「そりゃあどういう意味だよ!」
 昴の喧嘩腰はいつものことと、慧児はしれっとした様子で続けた。
「天宮に兄さんを取られて悔しいと思っているとか」
「取られるって、何で?」
「そうだな。しいて言えば、嫁ぐ姉を見送る弟、いや、妹の心境か」
「嫁ぐ……って誰が? なんでオレら姉妹になってんだよっ!」
「今のは冗談だ」
「くだらねえ、ワケわかんねえし。大概にしろよ」
 冗談とは思えない奇妙な表現に、昴は呆れるやら困惑するやらだが、慧児としてはそれなりに根拠のある発言だったようで、
「君にとって銀河くんは兄以上の存在、親友みたいなものだろう」
「そりゃそうだけど、取られるってのは変じゃねえか」
 光が銀河を好きだからといって、兄に関して嫉妬にも似た感情を抱くなど、昴にとっては思いもよらないこと。そんなの、勘ぐるのも甚だしい。
 そもそも自分がお払い箱なら、慧児だって相方に捨てられた状態なわけだし、こちらを笑ったりバカにしたりできる立場ではないはずだ。それなのに平然としてくだらないコメントを述べるとは、いったいどういう神経なのか疑ってしまう。
 さっき脳裏をかすめた、光が銀河に心を移し、慧児は別れを受け入れたという、二人の間の取り決めは事実としてあるのか。
 スマートに別れた、そんな大人のふりをしているはいいが、じつは大変なストレスになっていて、そのはけ口を求めて、昴にちょっかいを出してからかっているのか。
 何はともあれ、気持ちを逆撫でする行為に変わりはない。こんなヤツに心を動かされたオレがバカだったと、昴は自分を責めた。
 憮然とする昴の反応を眺めていた慧児は少しばかり頬を緩めた。
「君たち兄弟の間にある絆は強くて、他人が簡単に入り込めるものではないと思っていたが、案外そうでもなさそうだな」
 だから何なんだよ、と問いかけた昴を制して、慧児は向こうを示した。
「他の者と組んで仕事をしてもいい、それなら僕のために写真を撮ってくれてもかまわないだろう」
 僕のために……? 
 さらなる質問を飲み込んで、昴は慧児のあとに続いた。
 今はとりあえず仕事をするしかない。銀河が光と組む形になった以上、こっちは慧児に合わせるのが当然の成り行きだろうと自分自身に言い聞かせてみる。
 それにしても取材に同行するだけでなく彼と組むようになるとは。
 こともあろうに、慧児という男に向けてしまった恋愛感情が、せっかく抑え込んだはずの想いがふつふつと湧き上がってくるのをおぼえて、昴は落ち着かなくなった。
「ここだ。この角度、建物全体が入ればいいから」
「入り口のアップとかは?」
「そうだな、できればあった方がいいな。そっちの撮影も頼む」
 それから慧児はメモを取り始め、昴は引き続きシャッターを押したが、君のセンスに任せるからと言われて、細かな注文をされることはなかった。
 こうしてライターとカメラマンが入れ替わった形になったまま四人は作業を続けたが、とりあえず平穏に進んでいたこの状況に、またしても波乱が起こった。
 きっかけはほんの些細な出来事だった。
 お籠もり堂での取材を終えた彼らはめいめい車の傍に戻ってきたが、そこで銀河が「派手な色は苦手だ、黒い帽子の方がいい」と言い出し、頭上にある赤のキャップと昴のものを勝手に取り替えたのだ。
 自分に向けられた光の感情にまったく気づかない銀河に対して、好意を無にされたと怒るなり、せっかくだからかぶっていてよと、とりなすなりすればいいものを、光の反応はこちらの想像を超えていた。
「ホントだ、赤はスバルっちの方が似合う色だね」
 などと同調し、さらにとんでもない発言をしたのである。
「銀河ちゃんは相変わらず暖簾に腕押し、糠に釘だし、同じ顔だからこの際、スバルっちに乗り換えようかな」
「なっ、何くだらないこと……」
 呆然とする昴、乗り換えるだなんて、そんな言葉を簡単に口にしてどうする。冗談にも程があるとわからない、ノー天気なお気楽野郎というか、何とまあ、軽率で節操のない男なんだろうか。
 そんな彼の横で、銀河が「乗り換えって何に?」とボケをかますのがまた腹立たしく、残る慧児はと見ると、この上なく不機嫌な顔になり「何をやっている。次に行くから早く乗れ」と言ったきり、むっつりと黙り込んでしまった。
 光が銀河にくっついて写真を撮っていた時は何ともない様子を見せたくせに、今さらの拒絶反応だ。
 光が銀河を選ぶのならとあきらめたのに、今度は可愛げのないはずの「スバルっち」にすると聞かされて、軽いノリの発言と承知してはいても、さすがに大人の態度を取りきれなくなったのかもしれない。
(ほらまた怒っちゃったじゃねーか。兄貴がお気に入りじゃなかったのかよ、それなのにオレに乗り換える、なんてつまんないこと言いやがって。天宮のバカめ、いったい何を考えてるんだか)
 ひとしきり光を罵ったあと、昴の怒りは騒ぎの張本人に向けられた。
(兄貴も兄貴だ、赤い帽子がイヤなら本人にさっさと返せばいいのに、何でオレによこすんだよ!)
 かといって、ここでムキになって銀河から黒い方を取り返したあと、再び彼に赤をかぶせる、あるいはそのまま光に返すという行動はあまりにも大人げない気がする。
 たかが帽子、されど帽子。
 ほとぼりが醒めたら戻せばいいやと、赤いキャップを頭に乗せたまま、昴は再び後部座席に乗り込んだ。
 乗り込んだ──はいいが、慧児の全身から発せられる拒絶のオーラに遭い、すっかり乗り心地が悪くなってしまった。
 乗り換える云々はたしかに悪い冗談だったが、そこまで不機嫌にならなくてもいいではないか。不満をぶつけるなら運転席の男に言ってくれ。
 光の軽口は今に始まったことではないし、けっこう長いつき合いの間柄なのだから、多少の発言は大目に見ればいいと思うのに、昨日からの慧児の態度はちょっと、いや、かなりおかしい。
 これまでの対応はあきらめたふりのポーズだったわけで、本心では光の言動がすごく気になっていたのだろう。とうとう我慢できなくなったのだ、クールな見かけによらず情熱的で嫉妬深いヤツだ。
 それほどまでに想ってもらっているくせに、いいかげんな態度を取り続ける光が妬ましく、ひどく憎らしくなって、昴は運転席の後姿を睨みつけた。
 はからずも慧児に抱いてしまった淡い想いがもっとも残酷な形で吹き飛ばされた、その悔しさと、自分の憐れさ、惨めさに情けなくて腹が立つ。
 後部座席の気まずい雰囲気を感じ取ったのか、さすがの軽口男と鈍感男も黙ってしまい、昴は身の置き所がなくなった。
(かなりおかしいのはあいつよりオレの方だったな。あーあ、もう、やめやめ。マジゲイごっこはやーめたっと。だいたい、男に惚れたかも、だなんて気色の悪いこと考えてるんじゃねえよ)
 そう自分に言い聞かせると、気を紛らわそうと景色に目をやる。明るくのんびりとした風景が憎らしく見えた。
                                ……⑥に続く