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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ジェミニなボクら ①

    第一章  はるばる来たぜ凪島
「あった! あの船だ。ほらほら、兄貴ってば早くしろよっ!」
 季節は初夏、爽やかな朝の港にあたふたと現れたのは若い男の二人連れ。
タクシーからの猛ダッシュに、勢い余って海に落っこちるのではとハラハラする周囲の目が注がれているが、ご当人たちはそんなことを気にしてはいられないらしい。
「待って! お願い、その船待ってくださーいっ!」
 白い船体に鮮やかな緑のペンキで『リゾートホテル・オリーブアイランド』と描かれた小型のフェリーにドタドタと乗り込んだとたん、出発の汽笛が鳴り響いた。
 船は桟橋を離れて海原をゆっくりと進み始め、お騒がせな二人は客室に入ると、黄緑のビニールを張った横長の座席まで進み、五列のうち、真ん中の列の席にどっかりと腰を下ろした。
「やれやれ、間に合った。まったく、兄貴がぐずぐずしていたせいで、もう少しで乗り遅れるところだったぜ。こいつに乗れなかったらオレたち、夕方の便までお手上げだぞ。土産なんて帰りでいいの、おら、ボケッとしてるんじゃねえよ」
 一方的にまくし立てた若者は腕組みをして相棒をねめつけたが、これがなかなかの色男である。派手に立ち上げた金髪にやんちゃ小僧のような瞳がキラキラした、年齢的には青年の範疇だろうが、少年と表現した方がぴったりくるタイプだ。
「そうポンポン言うなよ。だいたいさぁ、昴が寝坊しなければもっと早い新幹線に乗れたわけでしょ。もともとの原因はそっちにあるんじゃないか」
 負けじと言い返すこちらの青年もこれまた美形なのだが、よくよく見ると隣の金髪男とそっくりなのに驚かされる。兄貴と呼ばれていたのも道理で、この二人──星川銀河(ほしかわ ぎんが)と昴(すばる)は双子の兄弟だったのだ。
 しかし、栗色のストレートヘアー、紺色の上品なジャケットに淡いブルーのシャツ、黒のコーデュロイパンツを着こなしている銀河と、燦々と燃える太陽のようにド派手なオレンジ色のTシャツとカーキのフィッシングベスト、ジーンズ姿の昴が双子だとは一見しただけではわからない。
 ここまで趣味や好み、性格の違う双子は珍しいと、彼らを知る人々は口を揃えて力説、一卵性双生児説が否定されるのも無理はなかった。
「しょうがねえじゃん、昨日は急ぎの仕事が入っちゃって、夜まで大変だったんだぜ。文句があるなら早く起こせはいいだろ」
「何度も起こしたじゃないか。二十五にもなって、いつまでボクに世話を焼かせるつもりだい? だいたい昴は勝手なんだよ、幼稚園の入園式のときは母さんにへばりついて離れないからって、ボクが……」
「おいおい、そこまで話を遡らなくてもいいだろうが」
 何を言い出したのやらと、困惑する昴にはおかまいなしに、銀河はこの時ぞとばかりにぼやき続けた。
「いや、言いたいことは山ほどあるんだ。この際だから言わせてもらうよ。小学校の運動会で靴が破けたからって、勝手にボクのと取り替えて走ったこととか」
「お蔭で一等賞。クラス対抗リレーもバッチリだったっけ。女の子たちの黄色い歓声がやかましくって……」
「中学の修学旅行で小遣いが足りなくなったからって、ボクの財布から千円札を失敬してお祖母ちゃんへおまんじゅう買って、自分だけ褒められようとした」
「ひとつあげたじゃねえか、まだ根に持ってるのかよ」
「高校の文化祭では……」
 延々と続く銀河の恨み言をヒトゴトのように聞き流しながら、昴は黒革のトラベルショルダーから愛用の一眼レフカメラを取り出すと、窓越しに広がる青く穏やかな海面にレンズを向けた。
「おおーっ、いい景色。快晴、快晴」
 この兄弟の肩書きはトラベルライターとカメラマンである。都内の出版社に勤務していた兄の銀河がフリーになってからは二人でたびたびタッグを組んで、依頼された取材をこなすようになった。
 今回は国内外の観光地を扱った旅行情報誌の依頼を受け、六月初めに発行となる同誌の、夏休みリゾート特集と銘打った企画の一環として、瀬戸内海に位置する小島・凪島(なぎしま)を取材する運びとなったのである。
 この凪島は岡山県寄りにあり、海の幸を盛んに陸揚げしていた頃は漁村としてそれなりに賑わっていたが、時代の流れで次第に過疎化し、十数年前にはほぼ無人島という状態に陥ってしまった。
 そんな折、島に目をつけたのが某レジャー開発関係の会社で、近隣の小豆島に倣ってオリーブの名所とするため島の各所を買収し、地中海リゾート風に美しく整備した上に苗木を植え、オリーブの島を強調した。
 さらに大規模なリゾートホテルを建設、岡山の港までの直通連絡フェリーまで運航させると──ちなみにホテル宿泊者は無料で乗船できる──一大観光地として蘇らせた。
 観光地となった凪島の復活は当時、観光業界ではかなり話題に上り、お蔭で島の人口も増えてはきたのだが、世間の認知度はイマイチ。そこで情報誌に再度、島を取り上げてもらうという作戦に出たわけだ。
「だけど一日二往復の船だけじゃ、不便といえば不便だよな」
「フェリーに間に合わないときは有料になるけど、漁船を持ってる漁師さんに頼んで、島まで乗せてもらうこともできるんだって」
「へえ、いつの間にそんな情報を仕入れたんだよ」
「駅の観光案内所だよ。言っとくけどボクはお土産を見ていたわけじゃなくて、ちゃんと取材していたんだからね」
「ほほう、それは仕事熱心なことで」
 銀河のセリフに答えたのは昴ではなく背後からの声で、聞き覚えのある低音にギョッとした兄弟は同時に振り返ってそちらを見た。
 さっきまで誰もいなかったはずの後ろの席に座っていたのは黒い髪に色白の肌を持った、シャープな輪郭に目つきの鋭い、これまた美形の青年だった。頭が良くて理知的、いわゆるインテリタイプだが、その一方で油断のならない人物という印象を受ける。
 グレーのハイネックシャツ、黒のスエードのジャケットを羽織って、脚を組んだポーズのままでこちらに冷めた視線を向けており、左側の座席には焦茶色の小さなセカンドバッグを置いていた。
「いつの間にそこへ……っつーか、何であんたがこの船に乗ってるんだよ?」
 昴の喧嘩腰な態度に動ずる様子もなく、青年はふふんと薄ら笑いを浮かべて見せた。
「取材だ。凪島の紹介を書いてくれと頼まれたんだが」
「えっ、そっちも?」
「どうやら二誌競合といったところだな」
 この青年・恒野慧児(こうの けいじ)もまた、フリーのライターをしており、これまでに顔を合わせる機会は何度もあった。
 請け負うはずだった仕事を奪われた経験のある銀河とはライバル関係にあると言ってもよく、兄の敵は自分の敵とばかりに、昴は敵意を向けているのだ。
 星川兄弟に取材を頼んだ雑誌とは別の出版社が慧児に記事を依頼した、そうとわかるとメラメラと対抗心が燃えてきた。いつも出し抜かれたり、差をつけられたりすることの多い相手であるが、今度ばかりは負けてなるものかといったところだ。
「あんたが乗ってるってことは……」
「天宮か。ヤツなら甲板にいる。長時間の運転はさすがに堪えたらしい、体操でもしているんだろう」
 天宮光(あまみや ひかる)はたいてい慧児と行動を共にしており、どちらも二十七歳。長身でかなりのイケメン、被写体のモデルよりもモデルにふさわしいカメラマンとして評判の男である。こっちはいわば昴のライバルという格好だ。
 噂をすればで、当の光が船室に入ってきた。アッシュカラーに染めた長い髪をひとつに束ね、赤いキャップをかぶった姿がいかにも業界人らしい。白いTシャツの上にこれまた赤いパーカーをひっかけ、ジーンズの長い脚を持て余しているかのように、窮屈そうに座席へと腰掛けた。
「東京は曇ってたけど、こっちはえらくいい天気だな……って、あれ、どうしてここに銀河ちゃんとスバルっちが居るわけ?」
 ニヤニヤ笑いに軽薄そうなしゃべり方、馴れ馴れしくもけったいなヤツを睨むと、昴は威嚇した。
「ここに居て悪かったな」
「悪いなんて言ってないぜ。大歓迎だよ、ねぇ、銀河ちゃん。お久しぶり」
「はは、どうも」
 戸惑う様子の銀河と光を見比べたあと「星川ブラザーズもオリーブ島の取材だそうだ。まあ、せいぜい仲良くやろうじゃないか」と慧児がとりなした。
「誰があんたらなんかと!」
「ちょっと昴……」
 悪態をつきそうになる弟を押しとどめた銀河は大人の対応で切り抜けようとした。
「どうかお手柔らかに」
 カッとなるタイプの弟とは違い、兄は至極冷静で、もっとガツンと言って欲しい昴としては銀河の振る舞いが面白くない。
「宿泊先はもちろんオリーブアイランドなんだろう? 島には他にこれといった施設はないと聞いているし、まさか経費が出なくて野宿ってことは……」
 さらりと厭味を言ってのける慧児に昴の反撃が炸裂、
「経費も何も、御招待に決まってるじゃねえか。どうせそっちもそうなんだろ、わかりきったこと訊くなよ」
「愚問だったか、失敬」
 反撃をものともしない言い草にイライラが募ってくる。渾身の力を込めたパンチをスルリとかわされた気分だ。
(ケッ、おまえらは野宿で充分だって言いたいのかよ、マジでヤなヤツだぜ。こっちは生活がかかってるんだ、たとえ野宿だって何だってやってやるさ。金持ちぼっちゃまの道楽と一緒にされてたまるか)
 さる大企業の社長の息子だが、父親の会社に就職するのを嫌って、ライターの道を進んだという慧児の噂は以前から耳にしていた。
 ペンで食えなければ家に戻ればいいなどと安易な生き方をしているヤツとは違うのだ。兄弟が力を合わせての頑張りを今こそ思い知らせてやる。
 敵愾心剥き出しで睨む昴をあっさり無視すると、慧児は「それで、滞在予定はどのくらいかな」と銀河に訊いた。
「一応三日間の予定だけど」
「じゃあ、僕たちと同じだ。小さい島だが、ここの取材はなかなか骨が折れそうだ、効率良くまわらないと、あとが大変になってくるだろうね」
「それは凪様伝説のことを指しているわけですか」
「そうだ。さすがは銀河くん、下調べもバッチリとみたが」
「いえ、恒野さんほどでは」
 牽制し合う二人を見てポカンとする昴、光も同様で、事情がよくわかっていない彼らに対して慧児の解説が始まった。
「これから僕たちが向かう凪島には島の名前の由来になった伝説があって、今度の記事ではそのあたりを重点的に取材して、観光の目玉として取り上げたいというのが編集部の意向なんだ。それは取材の件を持ちかけてきた島側の要請でもある」
 凪島ははるか昔には苔島(こけじま)、あるいは盛島(もりじま)などと呼ばれていたらしい。
 島の中心にこんもりとした小さな山があるからだと言われているが、その呼び名が変わったのは江戸時代。きっかけは今話題に上った凪様伝説である。
「当時のキリシタン弾圧下の時世において、キリスト教を信仰する人々が集団でこの島に移り、隠れ住んだ。その中に源蔵(げんぞう)という二十歳の若者がいた」
「かなりの美男子だったらしいって文献が残ってるみたいだよ」
 銀河がフォローを入れると「俺とどっちがイイ男だと思う?」と光が口を挟んだ。
「えっと、それは……」
 慧児は二人のやり取りを冷ややかに無視して解説を続けた。
「島に追っ手が迫ったときに人々を率いて抵抗したと言われている存在が源蔵だ。相手を魅了するルックスと指導力を兼ね備えた、要はカリスマだな」
「それってさー、九州のー、島原の乱だっけ。あれの天草四郎の話とまるっきり同じ、パクリじゃねえか。いいかげんな伝説」
 文句をつける昴に、慧児の鋭い視線が突き刺さった。
「黙って聞け。源蔵には彼を支え続けた蔦(つた)という恋人がいて、源蔵たちが戦いの末に舟で島を脱出しようとした折、彼女が祈りを捧げたところ、それまで大荒れだった海がピタリと凪いだ。そこで凪様伝説が誕生したという次第だ」
「ふーん」
 ますますつまらなそうに反応する昴を見た銀河が苦笑いしながら補足した。
「そういうわけで源蔵と蔦は伝説のカップル・凪様として祭り上げられたんだね。だから島には彼らの住居跡とか、隠れキリシタンならではの秘密の教会みたいな建物が今でも残されてるんだ」
「教会? そんなものまであるの? 何かメチャクチャな島だな」
「まあね。どれもちょっと胡散臭いし、本当に江戸時代のものだとは思えないけど、観光スポットとして取り上げるには格好の材料だと思うよ」
「そういうことだ。島へ渡る前にそれぐらいの知識は備えておけ。おい、天宮。ヒトゴトだと思って笑ってる場合じゃない、おまえも同罪だろう」
 慧児に指摘されて、光は肩をすくめた。
「俺らはそっちの指示どおりに写真を撮ればいいだけだし」
「やる気のないヤツだな」
 呆れ顔で嘆息する慧児はそれから、海を見てくると言って客室を出た。
「じゃあ、またね」
 二人に、というより銀河に向かって手を振り、光もあとを追う。
そんな彼らを見送って昴は「どう思う?」と兄に問いかけた。
「どう、って何を?」
「あの二人がデキてるって噂」
「ええーっ!」
 腰を抜かさんばかりに驚く銀河に、やっぱりこいつは鈍いと昴は思った。
「その反応、兄貴らしいや。マジで疎いっつーか、鈍感っつーか」
「そんな、デキてるだなんて。二人は男同士じゃないか」
「男同士のそっちの関係なんて、それこそ江戸時代以前からあるだろうが。お得意の文献で調べたことねえのかよ」
「それとこれとは話が別だよ。まさか恒野さんと天宮さんが……」
「もちろん半信半疑、オレだって信じたくねえよ。あいつらがラブラブ~だなんて、想像しただけで気持ちワリィもん」
 プライドの高い慧児がお尻の軽い男とゲイな関係にあるとは信じ難いし、一方の光にしても、いくら美男子とはいえ、陰険で性格の悪そうな男と親密になるなんて、物好きとしか言いようがない。もっと相手を選ぶべきだと思う。
「そうか、そんな噂があったなんて、全然知らなかった」
「まっ、オクテもオクテ、特別天然記念物みたいな兄貴にしてみりゃ、知らないのも無理ないけどさ」
 バカにしたような昴の口ぶりに、さすがの銀河もムッとして、
「どうせボクは朴念仁だよ」
「石橋を叩いて壊す優柔不断キャラだもんな。煮え切らないところがキライよっ! なあーんて捨てゼリフを何度も……」
「自分だって大差ないだろう、昴にだけは批判されたくないね」
「あっ、そう」
「それにしても、二人が噂になるってことはそれなりに根拠があるからだよね。恒野さんって、あれだけの色男なのに女性関係の噂がまったくないって、どこかの編集室で評判になっていたよ。単に堅物なのかと思ってたけど、そっちの方の趣味があったんだ。謎が解けたよ」
「さあ。恒野の方はよくわかんないけど、天宮のマジゲイはけっこう有名だし、いつも一緒にいるから、その二つの説が結びついて二人はデキてるって噂になったんだろうな」
「天宮さん、マジゲイで有名なの?」
「うん。男のモデルにちょっかい出したって話はよく聞いたけど、どんな美人モデルが言い寄っても、見向きもしないんだって。もったいない話だよな~」
 ルックスは良くても大雑把な性格が災いして、万年フラれっぱなしの昴としては光のモテモテぶりが羨ましい限りである。
「あーあ、伝説のカップルか。オレもあやかりてえよ」
 どうやらこの兄弟、女性に関してはからっきし縁がないようだが、伝説のカップルの御加護はあるのだろうか?
                                ……②に続く