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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ジェミニなボクら ②

    第二章  ホテルオリーブアイランド
 三十分とかからないうちにフェリーは凪島へと到着した。
 青い空、エメラルドグリーンの海に緑溢れる島の姿が映え、風になびくオリーブの木々が異国情緒を演出しているが、さりとて地中海に来た感じはしない。
 日本の、瀬戸内海の島から脱却していないのだが、それは外国風のイメージを売り物にしている全国どこの施設でも同じことが言えるだろう。所詮ここはジャパン・日本という国なのだから。
 イタリアかスペイン辺りを意識した周囲の白い建物と、昔ながらの漁村の面影が残る港の光景はどこかちぐはぐで、昴はその渾然一体となった景色をファインダーに収めるとシャッターを切った。
「とりあえずホテルに腰を落ち着けてから行動開始だね。オリーブアイランドまでは専用のマイクロバスが出ているって、ホテルのパンフに書いてあったけど」
「じゃあ、この辺りにバス停があるってことだな。あ、あれじゃねえか。ほら、あそこにある緑のやつ」
 昴が指差した方向にはたしかにそれらしいバス停があるが、肝心のマイクロバスは到着していなかった。
「ふつう、船の着く時刻に合わせて来ていると思うけど、どうしちゃったのかな」
「まさか、どこかで事故ってるんじゃねえよな。勘弁してくれよ~」
 バスを捜してキョロキョロしていると、背後でクラクションが聞こえ、振り返るとそこにフェリーから降りてきたらしい、黒いワンボックスカーが停まっていた。
「銀河ちゃーん、乗っていかない?」
 サングラスをかけた光が運転席から手を振っている。助手席で慧児が腕組みをしてふんぞり返っているのが見えた。
 光は長時間運転していたという話だったし、慧児のさっきの手荷物はバッグひとつ。島には車で来ていたのだ。
「何だ、あいつ。ナンパ師かよ」
「どうする、昴?」
 戸惑う銀河と恒野・天宮組を無視して、昴はバス停の方へ向かおうとした。銀河にしか声をかけずに「スバルっち」はオマケ扱いかと思うと胸くそ悪い。
 それにしても、さっきから光は銀河のことばかり気にかけているようだが、まさか慧児から乗り換えるつもりなのだろうかという懸念が昴の胸中に湧いた。
(まあ、たしかに兄貴はあっちの陰険野郎と違って性格もいいし、男好きするタイプかもしれないけど……)
 弟がそんなことを考えているとは露知らず、銀河はおろおろしながら訊いた。
「ねえ、せっかく誘ってくれてるのに、悪いんじゃないかな」
「乗りたきゃ兄貴だけ乗って行きゃいいだろ。オレはバスで行く」
「そ、そんなぁ、待ってよ」
 マジゲイに魅入られた兄を見捨てて、ずかずか進む昴と、そのあとを慌てて追いかける銀河、二人の傍にスルスルと近づいてきた車の中から、今度は慧児が声をかけた。
「さっさと乗れ」
「結構毛だらけ。先を急ぐんならオレにかまわないでくれる?」
「強情なヤツだ」
 そこであきらめるかと思ったのだが、光に停車するよう合図した慧児は車外に出ると、昴の手荷物を強引に奪った。
「こら、何するんだ、この追いはぎっ」
「世話を焼かせるな」
 荷物は後部座席、三列目のシートの上に投げ入れられ、昴は仕方なく二列目に乗った。銀河もあとに続く。
 まったくどういうつもりだと、文句をつけようとする前に、こちらを振り向いた慧児が大判の紙をよこしたため、そっちに注意が向いた。紙は銀河が持っているものよりもかなり詳しい島の地図であった。
「何だよ、これ」
「この先にオリーブ畑がある。ホテルまでの道程もよく見ておいた方がいいと思ってな。そいつを進呈しよう」
「へー。それで敵に塩を送ったつもりになってるのかよ」
 昴の皮肉には答えず、薄ら笑いを浮かべた慧児は光に倣ってかサングラスをかけたが、その様は悔しいけれどカッコいい。
 そう思いたくない一心で、昴はいいがかりとも取れるいちゃもんをつけ始めた。
「だいたいさ、そんなにキリシタンがどうこう言うなら、オリーブだの地中海風じゃなくて、島をポルトガル風にすりゃあいいんだよ。オランダだっていいじゃねえか」
「昴、それは出島でしょ? 鎖国とごっちゃになってるよ」
 銀河が困った顔をして口を挟むが、慧児は平然と「オランダから何を想像する?」と問い返してきた。
「オランダ? 風車とかチューリップ」
「ポルトガルは?」
「カステラ」
「日本人の連想はその程度だ。もっとも,外国人も日本といえば富士山とゲイシャ、サムライだから大差はないが」
「だから何だよ」
「隠れキリシタンの島が地中海風でもオッケーということだ」
 わかったような、わからないような理屈を並べ立てられて、昴は首をひねりながらも黙り込んだ。
 奇妙な四人組はやがてリゾートホテル・オリーブアイランドへ到着した。目の前にそそり立つ白い建物はリゾート地にふさわしい白亜の殿堂といった雰囲気だ。
 エントランスを過ぎ、自動ドアをくぐって前へ前へと進むと、大きなシャンデリアが煌めく高い天井の下、白い大理石模様の床板を敷き詰めたロビーは広々として、その空間には観葉植物の緑と、花瓶に生けられた華やかな花の色がちりばめられている。
 落ち着いたローズ色を配したラウンジの大きなソファがゆったりとした気分にさせてくれ、リゾート気分を満喫……にも関わらず、昴はキョロキョロと落ち着かない素振りで辺りを見回した。
(でっかいホテルのわりには客が少ねーなぁ。ヘタすりゃ何年かのうちに潰れるぜ。こりゃあ、何としてでもオレたちの記事で呼び込むしかないよな)
 瀬戸内海で水揚げされた新鮮かつヘルシーな海鮮料理を売り物に、屋内外にはプールを設け、さらに加えて女性をターゲットにしたアロマテラピーやら海草を使ったエステなどの企画を打ち出しているものの、宿泊客の入りはいま一歩のようだ。
 ただし、古ぼけた凪様伝説に惹かれてこの地を訪れようとする観光客がどれほどいるのか、あまり期待はできないとも思えるが。それよりも地中海リゾートのノリと、ホテルの設備の良さをプッシュした方が得策なのではないか。
 さて、それぞれにチェックインを済ませたあと、部屋に入れるのは午後からという説明を受けた彼らはまず、フロントに手荷物を預け、取材に来たという旨の報告と招待の御礼を兼ねて、支配人への挨拶を済ませた。
 それから早めの昼食を摂って取材へ赴くことにしたが、昼食といっても近くに他の店はない。従ってホテル内のレストランを利用するわけだが、当然ながら四人とも同じ所に入る羽目になる。
 大きな窓ガラスから降り注ぐ日差しはレースのカーテン越しでもかなり眩しい。白い丸テーブルに通された昴と銀河は何を食べようかとメニューを広げた。
「オレはオムライスにしよっと」
「えーと、どうしようかなぁ」
 あれこれと悩み、なかなか注文の品が決められない兄に弟が野次を飛ばす。
「出た出た、必殺優柔不断」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないか」
 隣の席では向かい合わせに座った慧児と光がさっそく地図とレポート用紙を取り出し、取材ルートの確認をしていた。テーブルの上にはとっくに料理が運ばれている。
 彼らの様子を横目で見ながら、昴は兄を急き立てた。
「ほら、兄貴がぐずぐずしている間に、あいつら仕事に入ってるぜ。あれ、もう打ち合わせ終わってるじゃねえか。どうするんだよ、さっさと決めろよ」
「じゃあボクもオムライスにする」
 慧児たちに遅れること二十分、ようやく食事を終えた双子の兄弟はルート作成に取りかかった。
「さっき恒野さんに貰ったこの地図、すごく詳しく載ってるね。これがあれば、ここに来る前にだいたいのルートはできていたんじゃないかな」
「今さら言っても始まらないだろ」
 段取りの悪さを取り戻そうと、昴は早口でまくし立てた。
「さて、とりあえずは取材する場所をピックアップするか。えっと、まずはその凪様とか何とかに関係あるところをまわらなきゃなんねえだろ。どことどこだ?」
 銀河が読み上げた場所を書き出した昴は地図上の位置を探し出して印をつけ、ホテルからの道程を確認した。
「じゃあ、一番に行くところはこの源蔵の住居跡だな。で、オリーブ畑が近いからそこにも寄って……」
「蔦岬も入れようよ。すぐ傍だし」
「オッケー。だけど、チャリでこれ全部まわれるかなぁ。明後日の午後の船に乗らないとマズイから実質、丸二日しか取材時間がないってことになるし」
 島にレンタカーなどあるはずもなく、二人はホテルで自転車を借りるつもりだった。小回りの利く乗り物の方が何かと便利だとも考えていたからだ。
 ところが、所詮は瀬戸内海の小島だからと高をくくっていたのが、思いのほか広い島だと判明して少々不安になっていた。
「車で来たあいつらは正解だな」
「しょうがないよ。ボクたち車持ってないし、新幹線を使うことしか頭になかったから、東京からレンタカーを借りて行くなんて、まったく考えつかなかったもの」
「岡山市内で借りればよかったかな。まあ、こうなったら、チャリでもやれるだけやってみようぜ」
 伝票を持って立ち上がると、隣の二人組の姿はとっくに消えていた。慌てて自転車の手配に走る。
 なんとか二台確保してホテル前を出発し、源蔵が住んでいたとされる掘っ立て小屋のような、みすぼらしい建物を取材したあと、オリーブ畑にて昴はひとしきり写真を撮った。次に目指すは凪様伝説発祥の蔦岬である。
 ここは先程話題になった、源蔵の恋人・蔦が海に向かって祈りを捧げたという場所で蔦岬という名前がついているのだが、岸壁が少しばかり海に突き出しているだけで、岬と呼べるほどのシロモノではない。
「なーんだ、ショボい岬。こんな写真載っけたらクレームつくぜ」
 例によってケチをつけながら、昴は岬の全景を撮り始めた。
「観光地なんてそんなものだよ」
 銀河が近くにいた島民に話を聞こうとすると「あれ、さっきもあんたたちみたいな若い男の人の二人連れに会ったけど」という答えが返ってきた。
「源蔵の家の近くでも同じこと言われたよな。これって、あの二人がオレらの先回りをしてるってことだろ」
 憮然とした昴の反応に、銀河は仕方ないよと苦笑いをした。
「時間のロスが少ないように、無駄のないようにと考えれば、ルートが似てくるのは当たり前じゃないかな」
「そりゃまあそうだけど、何かムカつく」
 慧児の取り澄ました顔を思い出して、昴は吐き捨てた。
 車を使ったフットワークの良さを駆使して、こちらの何倍もの取材量を悠々とこなしているのだと想像すると、無性に腹立たしい。
 とりあえず蔦岬での撮影と取材を終えた兄弟は時間の許す限り付近をまわってから帰路に着いた。
 島唯一の幹線道路沿いを走り、夕陽が瀬戸の海を赤く染める光景を横目に、グイグイとペダルをこぐ。頬を撫でる海からの風も心地良いサイクリングだ。
「わあ、キレイだなぁ」
「よそ見してんなよ」
「何かこう、幻想的だよね」
 のん気なコメントをかましていた銀河が次の瞬間「あっ!」と声を上げた。
「兄貴、どうした?」
 前を走っていた昴は慌ててブレーキをかけると後ろを振り返ったが、そこで目にしたのは車体ごとひっくり返っている銀河の姿だった。忠告を無視して景色に見とれ、ハンドル操作を誤ったらしい。
「おいおい大丈夫かよ」
 言わんこっちゃないと呆れながら、昴は兄を助け起こしにかかった。
 路面で強打したらしく、痛みを訴える銀河のズボンの裾をまくり上げると、脚の一部が紫に変色していた。
「まさか骨が折れたとか、捻挫したとか、そんなことになってねえだろうな」
「そこまで重症じゃないと思うよ。ほら、痛いけどちゃんと動くし」
 顔をしかめながら足首を動かす銀河に、無理はするなと押し止めたあと、昴は腕組みをして「弱ったなぁ」と呟いた。
「こりゃあ湿布か何かしないと。どっちにしてもその足でチャリに乗るのは無理だぜ。かといって、ここからホテルまで二人乗りはキツイし、そっちのチャリを置きっぱなしにしていくわけにはいかねえしな」
「どうしよう……」
 途方に暮れ、二人は暗澹たる思いで顔を見合わせた。
 すると、そんな彼らの横をすり抜けた黒いワンボックスが少し前方で停止した。言わずと知れた、光と慧児の乗った車で、道路で立ち往生している昴たちに気づいた彼らは車外に出て近づいてきた。
「ねえ、どうかしたの?」
 こちらを覗き込む光に経緯を説明すると、気の毒そうな表情をして銀河を気遣い、慧児は車のバックドアを指して「こいつに乗れ。そこを開けて自転車も乗せよう」と提案してきた。
「この車、チャリなんか乗るの?」
「一番後ろのシートを上げれば乗せられるはずだ。やってみよう」
 やった、助かったと昴は胸を撫で下ろした。いけ好かないライバルだったはずの慧児たちだが、この時ほど心強い存在に思えたことはなかった。
 バックドアを開けた慧児はそこから身軽に飛び乗ると、三列目のシートを操作して広い荷台に作り変えたが、それだけでは奥行きが足らないので二列目も操作し、自転車の収まるスペースを何とか確保した。
「よし、乗せてみろ」
 光と昴が銀河の乗ってきた自転車を運び入れたが、その次に昴の分も乗せようとすると、人間二人の乗るスペースがなくなることに気づいた。
「二台は無理か……」
 一緒に乗れればラッキーだったが、ダメなら仕方ない。
 慧児が難しい顔をして自転車を睨む姿を盗み見たあと、昴はその自転車を自分の方に引き寄せながら遠慮がちに言った。
「オ、オレはいいよ、チャリで帰るから。悪いけど兄貴を乗せてやってくれよ」
 そこで光は運転席に、助手席には怪我人の銀河が乗り、いったんは自転車の脇に乗ろうとした慧児は昴の傍に戻ってきた。
「銀河くんをホテルに送り届けたら、僕がここまで戻ってくるから、この辺りで少し待っていてくれ」
「えっ、そんなのいいって」
「ここらは建物がなくて街灯も少ないから、夜道の走行は危険だ。遠慮するな」
 さっきまで夕暮れだと思っていたのに、気がつくと夜空に星が瞬いている。
 幹線道路とはいえ小島の田舎道、慧児の言うとおり街灯はまばらにしかないが、昴は意地を張った。
「遠慮なんかしてねえよ。チャリのライトだけで充分だって」
「やっぱり強情なヤツだな。とにかく待っていろ、いいな」
 有無を言わさず念を押すと、車に乗り込んだ慧児はスライドドアを閉めた。
「……わけわかんねえヤツ」
 だが、それは自分を心配しての発言だということは充分わかっていた。見通しの悪い夜道で転べば銀河の二の舞である。
 そうならないようにという慧児の気遣い、思いもよらない優しさを示されて戸惑う昴だが、その親切心を素直に受け入れるはずもなく「ちぇっ、こんな場所でボケッと待ってられるかっての」と悪態をついた。
 黒い車体を見送ると、彼は再び自転車にまたがった。おとなしく待っているつもりは毛頭ない、これまで蓄積された慧児への反発が昴を駆り立てていた。
 車輪が暗がりの道路の上を滑り出す。まったく交通量のない道では対向車と擦れ違うこともなく、オートライトのわずかな光だけを頼りに車道を進む昴はたちまち後悔の念にかられた。
 この際だからと、欲張ってあちこちまわったりせず、もっと早くホテルへ帰るようにすれば良かった。
 それにしても何て寂しいところだろう。行きは太陽が明るく照らしていたし、景色はもの珍しくて楽しく、銀河も一緒だったからまったく気にならなかったのに、この身に迫る危機感は何なのだ。
(何だよ、迎えに来るなら早く来いってんだよっ)
 孤独な行程ですっかり気弱になった昴の目にようやく車のライトが映った。
「えらく進んだな。競輪の選手になれそうな速さだ」
                                ……③に続く