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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

PROMISEHERO009(覚醒編 BLVer.)⑤

    SCENE №005
 翌日曜の朝、時計が問題の十時を示すと、十文字家の門前に一台の車が停まった。
 言わずと知れた黒いクーペから降りてきた尊はこれから隼人を泉泰大のキャンパスに案内しがてら、そこの図書館で勉強をさせたいと早苗に持ちかけた。
 彼にすっかり惚れ込んでいる早苗はもちろん了解し、リュックを抱えた隼人が乗り込むのを待って、黒い車体は動きだした。
 約束通りに迎えに来てくれた尊、二度と会えないと思っていた人とこうして一緒にいる。会いたいという思いが通じたのだ。
 昨日の事件も、冷たく感じた彼の態度も、バイトを辞めたいと思ったことも忘れてウキウキしている自分に気づくと、隼人は急にうろたえてしまった。
(オレってば何浮かれてるんだろ? まさかデートでもないのに……って、デートぉ?)
 デートとは何事か。とんでもない発想を戒めるが、動揺は収まりそうにない。
 隼人の住む住宅街を抜けて、車はひたすら郊外へと向かい、遠くには低いながらも山が見えてきた。そこで目に飛び込んできたのは『泉泰大学』の白い文字が大きく描かれた看板で、それを先頭に、幾つかの高い建物がそびえ立っている。
 駐車場内に入ると、車を適当な場所に停めた尊はここで降りるよう、隼人を促した。休日とはいえ、キャンパスには思ったよりも大勢の学生がうろついている。ずんずん歩く尊のあとを慌てて追った。
「あれが医学部だ」
 立ち並ぶ校舎のひとつを指して、尊はそう説明した。ここはいわゆる総合大学で、他には文学部に法学部、理学部、工学部、教育学部等、様々な学部がある。
 山の斜面を利用して辺り一帯に広がるキャンパスはかなりの面積を誇り、その施設の数はとても把握しきれるものではない。
 それらの校舎を見上げた隼人はすっかり圧倒されていたが、「よう、海城じゃないか」という背後からの声に驚いて振り向いた。
 痩せぎすの身体にTシャツ、七分丈のパンツをまとった、いかにもイマドキの若者といった風貌の学生がそこに立っていた。髪を茶色に染め、細面の顔にはニヤニヤ笑いを浮かべている。
「高森か、奇遇だな」
(高森、って、昨日の交通安全教室で軽トラックに入ってた人?)
 思わずその顔を見やる隼人、あの時は「かぶりもの」をしていたので、彼の素顔を拝むことはなかったのだ。
「おまえが日曜にお出ましとは珍しいな」
 そこまで言うと、高森は隼人の方をチラリと見た。
「オレはサークルの集まりで出て来たんだが、おまえはどこのサークルにも入っていないだろ。もしかして、優秀なる弟分を連れて大学見学か?」
「まあ、そんなところだ」
 尊は相変わらずの無表情でそう答えたが、棘を含んだような高森の口調に隼人はドキリとし、また、この男に対してどことなく不快な印象を受けた。
 しかし、このまま黙っているのも気が引ける。今回の機会に謝っておこうと思った隼人は「昨日はすいませんでした」と頭を下げた。
「ああ、別にどうってことはないさ。どこも怪我はないし」
「そいつは良かった」
 まるで取り合わないといった態度で、尊が受け答えるのを隼人は唖然として眺めた。
「しかし、あの着ぐるみを長い間着るのはキツイな。曜日や時間に左右されないところがいいと思って登録したが、オレには向かない仕事だ。おまえも体力的に厳しくなってるんじゃないのか、肉体労働は若い後輩に譲った方がいいぜ」
「考えておこう。じゃあ、またな」
 高森を適当にやり過ごした尊は隼人に、先へ進むよう合図した。
 しばらく行って、人気がなくなったのを見計らった隼人は「あの人、同じ大学だったんですね」と話しかけた。
「ヤツは工学部だが、バイト先で見かけたからと、学食で話しかけてきて、それから会えば挨拶するようになった。その程度だ」
「へえ。見かけたって、じゃあ、やっぱり交通安全か何かのときに?」
「さあな。M&Gの連中と顔合わせする機会などなかったはずだが、どこかで会っていたんだろう」
「一般の人には素顔を見せてはいけないってのがルールなんでしょ。子会社のバイト同士なら構わないんですか」
「仕事場でわざわざ自己紹介などはしないが、顔を見られる確率が高くなるのは仕方ないだろうな」
「そうですよね」
 相槌を打ちながらも、何か引っ掛かるものを感じた隼人は首を傾げた。
「M&Gの人たちって、他にどんな仕事をやっているんですか」
 バイトに応募してきて、エナジー指数測定ではじかれた者がまわるのだから、かなりの大所帯になるだろうし、怪物役の仕事だけではやっていけないだろう。
「いろいろな部署があるらしい。イベント部門の他にもドリームクリエイトの製品を製造したり、改良したりするマシン部門や、請け負った仕事に関する下調べをする調査部門などがあると聞いたが、そのすべてをアルバイトで賄っているようでもないし、俺もそれほど詳しいわけじゃない」
 そんな話をしながら、尊は校舎の裏手へと進んだ。
 図書館に行くのかと思っていたがそうではなく、キャンパスの背後に迫る林の入り口までやって来た。不安にかられながらも慣れた足取りで獣道を辿る尊の後ろに続く。
 雑木が鬱蒼と茂る山中に、いくらか開けた場所の景色が広がった。ここまでの道程に比べて木々はあまり密集しておらず、陽の光が差し込んで比較的明るい。
 ホッとしたのもつかの間、立ち止まった尊は手に提げた鞄の中から何かを取り出した。スーツ装着ベルトだった。
「えっ、それを持ってきたんですか?」
 だからどうしたと言わんばかりに、彼は9の数字が入ったベルトを隼人に投げてよこし、自分も2のベルトをつけた。
「こっちの家庭教師も頼まれたんでな。バトルモードでの暴走を防ぎ、エネルギー配分を調節してパワーコントロールできるよう、訓練してくれという依頼だ」
 自分とエナジー指数が同等の尊はコントロールの仕方を指南する人物として打ってつけなのだと隼人は理解した。そして、その訓練を実行するために、この山中までやってきたのだともわかった。
「バトルモードはヘタをすれば相手を重傷、死亡させてしまう可能性もある。戦う相手によってはパワーを加減する必要があるし、それ以外の場面でもコントロールできなくてはならない」
 隼人がバックルをはめている間にも尊はスーツを装着したが、そのカラーはやはり黒で、わかっていても何となく笑いがこみ上げてしまった。
(そういえば大岩さんはオレンジの服を着ていたっけ。霧島さんは黄色だったし、オレも赤を着た方がいいのかな? それって、いかにもお子様向けのヒーローみたいだけど)
 今日の隼人はいつものように白いTシャツとジーンズである。バイト代が入ったら赤い服を買おうと思いつつ、スーツに変身した。
「よし。バトルモードで俺と勝負してみろ」
 尊はゆっくりと隼人の前に歩み寄った。
「えっ、そ、そんな、いきなり勝負なんて」
「このスーツを着用していれば多少の衝撃には耐えられる。思い切りやれ」
 尻込みする隼人に対し、尊は素早い動きでパンチ、キック、と次々に浴びせてきた。
「わっ、わーっ!」
「ほら、どこを見ている!」
 慌てて攻撃を避ける隼人だが、何度目かの蹴りをもろに食らって吹っ飛び、杉の幹に激突した。
「……痛ってぇ」
「どうした、早くかかってこいっ!」
 容赦なく攻撃を続ける尊に、さすがの隼人も反撃を開始した。赤いスイッチを押すと身体が自然に反応し、これまでとは比べものにならないスピードで相手に飛びかかる。
 だが、彼の動きはすべて見切られているらしく、尊はあっさりとそれを封じ、その都度細かくアドバイスを与えた。
「それが渾身の一撃か、笑わせるな。フリが大きすぎる、動作に無駄が多い」
「相手の動きを目で追うだけじゃダメだ、頭と身体で感じ取れ」
「ただ思いのままに動くんじゃない。細胞のひとつひとつに命令を与えるつもりでやれ」
 肩で息をする隼人の目に額から流れ落ちた汗が沁みる。
(頭と身体……細胞に命令? そんなこと言われても、ついていくのが精一杯だ)
 特訓の手をなかなか緩めようとはしない尊に対し、何とか一矢報いようとする隼人のキックが炸裂した。
 ドガッ! と激しい音を立てて、黒い身体が宙を舞う。地面に崩れ落ちた尊を見て、隼人は急いで駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「……甘いっ!」
 そのとたん、今度は赤いスーツが舞い上がった。尊の放ったパンチを受けた隼人はもんどり打って地面に叩きつけられた。
 その衝撃で木々の葉はバラバラと落下し、隼人の身体が巻き起こした風圧で降り積もっていた落ち葉は舞い上がり、辺りには土埃もたちこめた。
 倒れ込んだまま、ついに動けなくなってしまった隼人の傍にやって来ると、尊は「もうおしまいか」と声をかけた。
「……ギブアップ、です」
「まあ、一度に上達するのは無理だろうが、多少のコントロールはできるようになったみたいだな」
 変身を解除した尊の息はほとんど乱れていない。これが指数三百を超える者の本来の姿なのかと、見上げながら黄色のボタンを押そうとするものの、手が痺れて動かない。
 その様子を見兼ねたのか、尊は隼人を起こすと、木の根元に寄りかかるように彼の身体を置いた。
 それからベルトのボタンを解除してくれたので、ようやくスーツから開放された隼人は唇の端に血が滲んでいるのに気づいた。
(痛いと思ったら、切れてたんだ)
 その傷に触れたのは尊の右手だった。ハンカチを取り出して軽く押さえるようにしたあと、「痛むか?」と訊いてきた。
「え、いえ、それほど……」
 根性がないとか、気合が足りないなどと罵倒されるかもと予想していたのに、思いがけず優しい言葉をかけてくれた尊に驚きと戸惑いを隠しきれず、隼人は目の前の端正な顔を見つめた。
 すると尊も隼人の肩に左手を置いたまま、こちらをじっと見つめてきた。いつものように冷たく取り澄ました表情ではない、彼の瞳に何か熱くたぎるものが映し出されている。
「海じょ……」
 隼人の呼びかけは尊の唇に遮られた。
 伝わってくるのは柔らかく温かい感触──
 思わず目を閉じる。
(……オレ、キスされてる、の?)
 それはわずかな時間なのだが、隼人にとっては長く、それでいてほんの一瞬にも感じられた出来事だった。
(海城さんとキス……)
 男が男に、なぜ、どうして、あらゆる疑問詞は頭の片隅に封じ込められた。
 今は二人きりの、このひと時を──
 静まり返った林の中、小鳥の羽ばたきと鋭い鳴き声がこだまして、尊と隼人は同時に我に返った。
「済まない。俺としたことが……失礼した」
「い、いえ……」
 失礼したとか、そういうレベルの問題ではないだろうと思いつつも、返事のしようがなく、隼人は沈黙を守った。
 それにつけても尊の取り乱し方は尋常ではなく、鞄を取りに行くのに切り株に蹴つまずいたり、ベルトを中に戻そうとして取り落としたりと、普段なら到底お目にかかれないような光景を目にする羽目になった。
 平素は冷静沈着、何事にも動じないタイプの彼がここまで動揺しているなんて、立花や風音たちが見たら、さぞ驚くだろう。
 しかしながら、男である自分にキスをするという行為にどういう意味があるのかと、ようやく自我を取り戻した隼人は心の中で愚問を繰り広げた。
(怪我をして可哀想だと思ったから? それって的外れだし意味がない。それともからかってるのかな? 悪い冗談だとしたらヒドイけど、そんなことする人じゃないし)
 冗談どころか、ギャグさえ口にしそうにないクソ真面目キャラだ、有り得ない。
(まさか、彼女にフラれて欲求不満が溜まっていて、誰でもいいからキスしたとか? そんなのってアリかよ)
 尊ほどの男を振る女なんていない──その設定もピンとこない。いくら美形の医大生でも、ストイックな孤高の男にそっと寄り添う恋人がいるという様はまるで小説かひと昔前の漫画、アニメの中の世界だ。
 とかく現代の若い女性たちは現実的だし、お笑い芸人の人気が全盛なのを見てもわかるように、暗い性格の美男子よりも明るくて楽しいノリの男を好んでいる。そんな連中が傍にいるとは思えない、というより思いたくないのは嫉妬心からか。
(だいたい男相手にキスなんて……そっちの趣味があったとしたら、女の影がなくても当然だけど)
 彼にはゲイ趣味があるのかも。ホッとする気持ちに戸惑いながら、さんざん続けた遠回しな自問自答の挙げ句、隼人はそんなふうに考えてはいけないと、これまでは自制しながらも想像していた結論に達した。
 その結論とは──自分から家庭教師を買って出たのも、思わずキスをしたのも、彼が隼人を恋愛の対象として見ているから──身体中がカアッと熱くなる。
(でも、たとえ海城さんがマジゲイだとしても、なんでまたオレなんかを選んだんだ。オレのどこが気に入ったのかな)
 すると今度は別の声が聞こえてきた。
(おまえ自身はどうなんだよ、隼人。海城さんをどう思ってるんだ)
 改めて自分の気持ちと向き合ってみると、恐ろしいほどドキドキしてきた。
 出会った時から気になる存在だった。
 気難しく思えた人だけど、一緒に居ることはまったく苦にならなかった。
 もう二度と会えないと思ったら、切り裂かれるように辛かった。
 昨夜の突然の訪問、その姿を見て本当は涙が出そうなほど嬉しかった。
(オレは……好きだ、海城さんが)
 尊敬すべき先輩から一足飛びにこんな想いを、年上の、それも男性に恋心を抱くなんてどうかしていると思わず首を横に振る。
 でももう止められない。気づいてしまったからには引き返せない。
「立てるか?」
「はい」
 差し出された手を握り締めると、尊も強く握り返してきた。

    ◇    ◇    ◇

 山を下りると、大学の学生相手に経営している近くの喫茶店で昼食を済ませたが、その頃には尊の様子は元通りになっていた。
 隼人への対応もこれまでと変わらず、心を寄せる特別な相手という雰囲気もなく、その冷静な物腰が禁断の恋に目覚めた十七歳を失望させた。
「さっきのキスは何だったんですか」
 まさかそんなふうに問い質すわけにもいかず、気づいてしまった想いは宙ぶらりんのまま、隼人の心の底に深く澱んでいた。
 それから二人は再びキャンパス内に入って図書館へと向かった。閲覧室とは別に設けられた自習室において、隼人は尊から苦手の数学をみっちりと叩き込まれた。
 二時間近くもバトルモードの特訓をしたあとの勉強とあって、隼人の身体はもとより頭の中もかなり疲れていたが、尊と一緒なら頑張れる、頑張って期待に応えたいと、問題集との格闘を続けた。
 家の前に帰り着いたのは夕刻で、車を停めた尊は隼人に「今日はよく頑張ったな」と声をかけた。
「海城さんのお蔭です」
「本当は英語もやりたかったんだが、俺にも宿題があって、この時間までが限度だ。済まないが、次の機会に教えるから」
「宿題って、講義のレポートか何かですか」
「まあ、そんなところだな」
 医学部の勉強は他の学部とは比べものにならないほど大変で、何かと忙しいと聞いたことがある。それなのに尊はバイトばかりか、隼人の面倒まで見ているのだ。
「オレのせいで、ますます大変になってしまったんじゃないですか。どうしてそこまで背負って……」
 隼人の表情をチラリと窺った尊は「俺が望んで決めたことだ、心配するな」と告げた。
「でも、バイトだけでも時間が」
「この仕事は金が欲しくてやってるんじゃないんだ」
 そう切り出した尊の顔にはいつになく憂いが漂っていた。
「俺の父親がドリームクリエイト社の開発部勤務だったという話は聞いたよな?」
「はい、ベルトの発明者とも」
「あれは俺の持つエネルギーに気づいた父がエナジー指数の研究を進めて開発したんだ。ただし、開発したといっても当時はプロトタイプの段階までで、引き継いで完成させたのは他の研究員だが」
「お父さん、どうかしたんですか」
「父は……俺の腕に傷が残った、あの交通事故で亡くなった。母も一緒にな」
 車を運転していた父と助手席の母は即死、後部座席にいた当時八歳の尊も重傷を負った事故だったと聞き、彼の全身に漂う孤独の影はその生い立ちにあったと知ると、胸が痛くなってきた。
「俺には兄弟がない。他に身寄りもない、天涯孤独というやつだ。そんな俺を不憫がってここまで面倒見てくれたのも、大学の学費を出してくれたのも立花社長の父親である統兵衛氏だ。俺は二人に恩がある」
「だから強盗をやっつけるとか、どんなに危険な仕事であっても、進んで引き受けているわけですね」
「ああ。今の状況ではそれぐらいしか恩返しできないからな」
 探るように尊を見ていた隼人はもしかして、と問いかけた。
「この前話してくれた、医学部へ進学したいと思ったきっかけって、御両親を亡くした無念さも含まれているんじゃないですか。もっと医学が進歩していれば、助かっていたかもしれないって」
「いや、二人は即死だったし、どんなに進歩していたとしても、あの状況で助かるのは無理だろう。それでも俺がこの程度の傷を残しただけで生き延びたのは現代医学のお蔭だ。だから、次は俺が困っている誰かを助ける番だと考えた」
 将来は医療に携わる者として、また、正義の力を与えられた者として、尊は自分の使命を果たそうとしている。大袈裟かもしれないが、隼人にはそんなふうに思えた。
(この人は本物のヒーローなんだ)
 男が男を好きになったという後ろめたさよりも、素晴らしい人と出会えた誇らしさが隼人の胸中を占めた。
「昨日のこと、謝ります。あんなこと言って、せっかく淹れてもらったコーヒーもこぼして……ごめんなさい」
「どうした、急に」
「オレ、指数が高いくせにって責められてるような気がして、被害者意識のかたまりになってましたけど、そんなふうに心の狭いままじゃあ、本物のヒーローにはなれないなって思いました。誰よりも大きな力を持っているなら、それを使ってみんなのためになる仕事をします。当分は交通安全教室かもしれないけど頑張ります、なんて、ちょっと優等生ぶった言い方かな」
「そうか……いい心がけだ」
 隼人に向けられた眼差しは優しかった。
「海城さんと出会えてよかった」
「俺と?」
「感謝してます」
「そいつは光栄だ」
 なぜか戸惑いの色を見せながら、尊は「そうだ、忘れないうちに渡しておこう」と、鞄の中から例の、ドリームクリエイト社特製携帯電話を隼人に手渡した。
「おまえの分だ、社長から預かってきた」
 一般の電話機とは別に、PHカンパニー内のみで通用する機能が幾つかあるのだと言い、尊は自分の電話を取り出すと、それらについて説明した。
「事務所への短縮ダイヤルは999、社長個人の電話は000だ。メンバー内で特定の誰かにかけるときはそれぞれの登録番号になる。まず、ここにあるボタンを押してから……」
 尊が『009』とダイヤルすると──009──ゼロゼロナイン──正義のナンバー、ヒーローの称号──隼人の持つ電話機が赤く光り、一種類しかないと北斗たちが文句を言っていた着信音が流れ始めた。
「やった! これでみんなと同じだ」
 はしゃぐ隼人を微笑ましそうに見ると、尊は告げた。
「失くさないように気をつけろよ。次の家庭教師の日時についてはまた連絡するから待っていてくれ」
                                ……⑥に続く