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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

PROMISEHERO009(覚醒編 BLVer.)④

    SCENE №004
 再び黒いクーペの助手席へと乗り込んだ隼人だが、相変わらず無言のままで車を走らせる尊の態度に、次第に失望を感じていた。
 優しく話しかけてくれたのは慰めたつもりなのではと、勝手な解釈をした自分にも腹が立った。相手に親しみを抱くようになった分、失望感も大きかった。
 尊自身の仕事は隼人を会場へ連れて行くことと、北斗たちに引き合わせること。隼人の初仕事での大失敗も、人々の冷たい反応に遭うのも、彼にとってはどうでもいい出来事なのだ、それで当たり前なのだ。
(ちっくしょう、何がエナジー指数だ、何がバトルモードだ。そんなのもう、知ったこっちゃない! そもそもだ、バトルモードで暴走する可能性があったなんて、そんな重大な問題に気づかないまま、オレを派遣した方が悪いんじゃないか)
 すっかり開き直った隼人はこっちからだって話しかけてやるもんかと唇をへの字に結び、その様子に気づいているのかいないのか、当の尊はハンドルを握り、フロントガラスをじっと見据えていた。
 重苦しい空気を乗せた車はやがてビルの駐車場まで戻ってきた。
 これまた無言の二人はエレベーターへと乗り込み、尊が先に立って事務所のドアを開けた。中にいたのは立花だけだった。
「やあ、お疲れ様でした」
 コーヒーカップを手にしながら、立花は朝と変わらぬ笑顔で隼人を出迎えた。
「いかがでしたか、隼人くん。三番の彼女に会って驚いたでしょう?」
「はあ、まあ……」
 語尾を濁す隼人、尊はといえば立花に倣ってコーヒーを淹れる準備をしている。
「ここにある報告書に今日の内容を記入して、経費などの精算を終えればひとつの業務が完了しますので、今から書いてもらえますか。もっとも、今回は交通費のところは空欄で結構ですけどね。海城くんの方の書類で、ガソリン代としてつけてもらいますから」
 隼人は無言で用紙を受け取り、手近な机の前に座るとボールペンを手にした。
(氏名と登録番号を書いて、業務内容は交通安全教室、場所はひまわり保育園、時間は午後一時から二時、参加人員四名でいいのかな、海城さんも人数に入れるのかな?)
 肩越しに書類を覗き込んだ立花は「ああ、所要時間はここを出発した時から戻った時刻までを書いてくださればいいですよ。それだけの時間、キミを拘束したわけですからね」と促し、それから向かいの席に座った。
「人数の方はどうなりますか?」
「そうですねぇ」
 隼人と立花が会話を続けている間、白いカップを二客持ってきた尊はひとつを隼人の机に置き、自分は別のところに座って、同様に報告書の記入を始めた。
 善意の行為に礼を言いそびれた隼人が口をぱくぱくしていると、相手の様子を気遣うふうでもなく、立花は上機嫌で話し続けた。
「ところで、イベントの感想は? 子供たちは大喜びだったでしょう。ウチとしても大変有難いですよ、ようやくレッドヒーローが参入したんですから」
 ショー形式のイベントに於いて、これまでのレッドの不在は大きな問題点であったというが、それはそうだろう。
 今日の午前と午後、各保育園での反応──レッドが参加したとたんに盛り上がったのが何よりの証拠だし、それは隼人自身、身を持って感じたことだ。
 普段は平凡な一高校生、そんな自分の存在をみんなが喜んでくれるのは有り難いし、とても嬉しいけれど、今は素直に受け入れる気にはならない。
 吹っ飛んだ軽トラックの男、三崎の怒声、北斗の嘲笑、尊の態度……心の奥底に、しこりのように残ってしまった出来事は隼人から労働意欲というものを奪っていた。
「さすがの親会社も、個々の特性であるエナジーカラーの選択だけは……機械で色を変えることはできませんから。レッドは指数の高い隼人くんだけが持つ、いわば……」
「そのせいで人に怪我をさせても構わない。そんな都合のいい理屈が通るとは思えませんけど」
 さっきから鬱積していた感情がここにきて大爆発を起こしたのだ。隼人の反撃に、立花は驚いた様子で彼を見つめた。
「それはどういう意味で」
 普段は気弱でおとなしい男がキレると恐い。いったん口火を切ると、あとは怒涛の如く言葉が溢れてきて、隼人は物凄い勢いでまくし立てた。
「パワーのコントロールなんて、いきなりできるはずがない。オレは好きで指数が高いわけじゃないし、そんなの、今朝初めてわかったばかりなのに、何でもかんでもいきなりすぎる……そのせいで、みんなの妬みまで買って。ムチャです、ムチャクチャです! こんな仕事、母に反対されてまで続ける自信はありません。今日のバイト代はいりませんから辞めさせてください!」
 バンッ! と机の上に掌を叩きつけると、手をつけていないカップが転がった。
 まだ湯気の立っている液体が報告書を焦げ茶色に染めて、しまったと思ったが今さら遅い。踵を返した隼人はそのまま事務所を飛び出した。
 エレベーターに飛び乗り一階に着くのももどかしく、すぐさま降りようとすると、開いた扉の向こうから驚きの声が上がった。
「うわっ、びっくりした! って、何や、隼人はんやないか」
「あれ、大岩さん」
 風音と共に自宅へ帰ったのではないのか。そんな疑惑の視線を避けるように、俊平はぎこちなく空咳をすると「家に戻っても暇やし、報告書をさっさと済ませた方がええと思い直しましてな」と弁明した。
「そうですか。じゃあ、お先に」
「あっ、ちょっと待ってえな」
 顔を背けてビルの外に出ようとする隼人を呼び止めると、俊平は「さっき訊きそびれたんやけど、海城はんとは以前から知り合いでっか?」と探りを入れてきた。
 仕方なく「いいえ、今日が初対面ですけど」と答えたが、どうしてそんなことを訊くのだろう。隼人の疑問への回答はこうだ。
 海城尊という男はPHカンパニーにとって特別な存在であり、チームで動くような仕事には滅多に参加しないのだが、それは本人の口からも聞いていたし、指数によって内容が制限されるなら、彼と同じレベルの者と組むしかないわけで、今のところ単独の任務になってしまうのは当然の成り行きだった。
 そんな尊が社長命令とはいえ、新人の世話係を務めたのみならず、車で送り迎えするなんて考えられない。
 登録番号が三番である風音は尊の次に古株になるが、バイト暦の長い彼女ですらもこんなことは初めてだと、帰り道すがら述べたらしく、今回の仕事にしても、行きはともかく帰りは他の交通機関を使っても充分に戻れる場所だったのにと、二人揃って驚いていたようだ。
「泉泰大医学部の超エリートで、おまけにあれだけの男前や。取っつきにくいお人、ちゅうか、わてら、話をするのもキンチョーしまくりやのに、海城はんの車に乗るやなんて、恐れ多くてできまへんわ」
「そうかな。普通の車でしたけど」
「いやいや、車ん中は密室、ずっと二人きりでしょ。あの人と何話したらええのか、息が詰まって、わてみたいなおしゃべりでも無口になってしまいまんがな」
「それはまあ……昼メシのときもこれといって話さなかったし」
 しかし、車に乗る前は危惧したものの、頻繁に会話がなかったからといって、それを窮屈だとは感じなくなっていた。
 帰りの車中ではさすがに無言になってしまったが、それは事件のお蔭であり、彼の話しづらいキャラのせいではない。
 隼人の言葉に、俊平は目を剥いた。
「昼メシ、って、海城はんと一緒にメシ食うたんですか? どぇえーっ」
 大袈裟に驚く俊平、シグナル三人組は午前のふたば保育園でのイベントを二人が見にきていたとは知らなかったらしい。
「あの人がメシ食うとるとこなんて、想像がつきまへんわ。背中がパカッと開いて、そこからガソリンみたいなエネルギーを注入しとる、って方が説得力あると思いまへんか?」
 俊平の想像力のたくましさに、隼人は吹き出しそうになった。
「機械っていうか、ロボットみたいですね」
「せや、ロボットや」
 我が意を得たりと頷いた俊平はそれから、こんなことを言った。
「指数の高い隼人はんなら自分とチームが組める。海城はんはそんな期待を寄せとるのかもしれまへんな。今から仲良うせな思うとるんちゃいますか」
 おまえに興味がある──その言葉の行き着く先にはそういう意味があったのかもしれない。だが、こうしている間にも尊が自分を追いかけてくる気配はなかった。
 もうこんな仕事はコリゴリだ、辞めさせてくださいと啖呵を切った以上、引き止めてくれるのでは、などと期待はしないし、思いとどまるつもりもない。が、どこかガッカリしている気持ちに気づいて、隼人はわけもなく焦った。
「……さあ。やっぱり社長命令に従っただけだと思いますけど」
「そうやろか。わては期待している方に賭けまっせ。ほな、また次の仕事で会いましょ」
 軽く手を振ってエレベーターに乗り込む俊平を見送り、隼人は溜め息をついた。
 せっかく仲良くなったのに、もう二度と会わないかもしれない。俊平にも北斗にも──尊にも。
 虚しさが薄墨を垂らしたように、胸の内に広がった。

    ◇    ◇    ◇

 家に帰ると間もなく夕食の時間になった。総二階の一戸建て、日本の平均的サラリーマン家庭である十文字家の食卓にはムニエルにサラダ、スープといった、これまた普通の家庭料理が並んだ。
 父はまだ帰宅しておらず、一人っ子の隼人と母親の二人分の皿や茶碗を前に座ると、エプロンをはずした母・早苗が向かいの椅子に腰掛けた。
「隼人、あなた今日はアルバイトの面接に行くって言ってたわね。面接だけの割には帰りが随分と遅かったじゃない」
「う、うん。本屋で立ち読みとかしてたし」
 魚の身を箸でほぐしながら、早苗は本当かしらと言いたげな視線を息子に向けた。
「それで、面接の結果は?」
 一瞬息を呑んだが、隼人は素気無く答えた。
「……ダメだった」
「そう。それならそれでいいじゃないの。バイトなんてやってる場合じゃないっていう、神様の思し召しよ」
 早苗は成績の話をくどくどと始めた。今のままではそれなりに名のある大学への進学は無理、ましてや地元の有名大学・泉泰大を狙うなんて、厚かましいにも程がある云々。
 泉泰大……その大学名を聞いたとたん、胸に痛みが走った。
 医学部──黒い帽子と黒ずくめの服──長い髪──面影が脳裏をよぎる。
 とたんに切なさが湧き上がって、隼人は唇を噛みしめた。
(海城さんに会いたい……もう会えない)
 会いたいと思うその気持ちにはいったいどういう意味が含まれているのか、隼人自身にもよくわからないまま、それでも彼との再会を願っているのは確かだった。
「ちょっと、隼人ったら聞いてるの? わかってるでしょうね、今の成績じゃ」
 ピンポーン。
 母の説教は呼び鈴の音に遮られた。
「あら、誰かしら? 回覧板は回したばかりだし……そうね、宅配便かもしれないわ」
 早苗はスリッパの音をペタペタさせながら面倒くさそうに玄関へと出向き、ドアの向こうの人物に声をかけた。
「はい、どなたですか?」
「夜分に失礼します」
 聞き覚えのある声に、隼人は椅子をガタリといわせて立ち上がると、慌ててそちらに駆け寄った。
「本日、隼人くんの受けられた面接の件に関してお耳に入れたいことがありまして、失礼ながらお宅へ直接伺った次第です」
「まあ、それはご丁寧に」
 訝しげな顔をしながらも、母はそつなく受け答えをしてドアのロックを解除した。
 母子二人の前に現れたのは全身黒ずくめの背の高い男、驚きのあまり固まってしまった隼人には構わず、尊は早苗に向かって頭を下げた。
 さすがに今は帽子を被っておらず、その端正な顔立ちがハッキリと見えて、超美形の青年の登場に母は大きく目を見開いている。
「こんな時間にお邪魔して申し訳ありません。私は海城尊と申しまして……」
 落ち着いた低音で話しながら、尊はポケットからパスケースを取り出すと名刺サイズのカードのようなものを提示したが、それは大学の学生証だった。
 自分の身分をはっきり示して、怪しい者ではないと証明するつもりらしいが、その行為はさらに早苗を驚かせる結果になった。
「えっ、泉泰大の、医学部の学生さん?」
 中年女性から一転、早苗は乙女と化して尊を見上げた。その目がハート形になり、瞳には星がキラキラと光っている。少なくとも隼人にはそう見えた。
 玄関の土間に入ると、奥へ上がるよう促された尊だが、ここで充分だからと辞退した彼は自分と隼人がバイト仲間であることを告げ、さらに続けた。
「本来ならば私共の社長が御挨拶に伺うべきところですが、何しろ多忙のため時間が取れず、あまり遅くなっては失礼だということで、私が代理として参りました」
 尊を通じての、立花の用件というのはこうだ──隼人はPHカンパニーにとって大変重要な人材であり、是非とも当社で働いて欲しい。しかし、本人は学業との両立を考えて悩んでいる様子だ。
 面接に落ちたと隼人が嘘を言ったのは差し障りのない理由を告げたのだろうと早苗は合点したが、この息子の、どのあたりが重要な人材なのかについては考えが及んでいないようだった。
「そこで社長からの提案なんですが、私が隼人くん専属の家庭教師を務めさせていただくということで、御承知願えればと」
「家庭教師、ですって?」
「はい。それが私自身の仕事になりますので、こちらには何の負担もありませんから御安心ください」
 泉泰大の医学部生が家庭教師をしてくれる、それもタダで。タダという言葉に弱い主婦はイチもニもなく承知し、その間、隼人はすっかり蚊帳の外だった。
「それでは御承知していただけたということで、社長へ報告致します。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
 早苗にバカ丁寧な挨拶を済ませると、尊は再び会釈をして表に出ようとした。
「あっ、待って!」
 隼人は慌ててあとを追い、何事かと振り返る尊に「家庭教師だなんていったい、どういうつもりですか」と詰め寄った。
「これは社長命令だ。将を射んとせば先ず馬を射よ、というやつだな」
 バイトを辞める理由として『息子の成績の低下を心配した母親の反対』を挙げた隼人に対し、立花の取った手段は『家庭教師をあつらえて息子の成績を向上させ、母親にバイトの続行を承認させる』ときた。
 しかも、その家庭教師は美形の医大生だ。直接当人と対面させれば主婦はイチコロ、作戦は大成功。あの社長には敵わないと隼人は舌を巻いた。
「社長命令……それで海城さんは仕方なく引き受けたんですね」
 今日一日の出来事に加え、最後の最後に尊の淹れてくれたコーヒーをこぼしてしまった失敗の後味の悪さも手伝って、隼人は厭味たらしく訊いた。
「自分の任務だけでも大変なのに、オレなんかの家庭教師なんて」
「命令を受けたのはたしかだが、最初に提案したのは俺だ。俺自身の意思で決めたわけだから『仕方なく』ではない」
 俺自身の意思──自ら隼人の家庭教師を務めようと考えた──そこにはいったいどういう思いが働いているのだろうか。
(オレを辞めさせたくないってこと? どうして海城さんがそこまで……)
 有り得ない事実を想像しながらも気持ちが高揚してくるのがわかる。
 隼人の視線を避けるように、明日の朝十時に来るから、勉強道具一式を用意しておくよう告げて、尊はその場から立ち去った。
                                 ……⑤に続く