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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

PROMISEHERO009(覚醒編 BLVer.)⑥

    SCENE №006
 また連絡すると言ったにも関わらず、この数日間、尊からの電話はなかった。
 毎日でも会いたい、せめて声を聞きたい。そんな気持ちは強まるばかりだが、何かと忙しい人に対して、こちらからかけるのは気が引けるために、そのままにしている。
 隼人の生活はバイトを始める前と同じサイクルのまま、今日も平凡な一日が終わろうとしていた。
 風音とは学校で顔を合わせたが、お互いに視線で合図を送るだけで、会話をするには至らない。学園アイドルと親しげに話すだなんて、彼女のファンに袋叩きになってはかなわないし、PHカンパニーについて、外部で話題にするのは避けた方がいいだろうと考えてのことだった。
 ところが翌日の昼休み、とうとう風音の方から隼人に話しかけてきた。わざわざ二組まで出向いた彼女は開口一番、「ねえ、隼人くん知ってる?」と訊いた。
「な、何を?」
「土曜日にワタシたちが行ったひまわり保育園の近くに叔母が住んでいて、昨日電話で聞いたんだけど、あのあと、あそこで火事騒ぎがあったんですって」
「ええっ!」
 驚いた隼人はついつい大声を出してしまい、慌てて口を押さえた。
「それで被害は? 子供たちは無事なの?」
「事件が起こったのは夜で、もちろん無人だから怪我をした人はいないけど、園舎の一部が焼けてしまったそうよ」
 火事に気づいた近所の人の通報により全焼は免れたようだが、自分の活躍を一生懸命に応援してくれた園児たちが不便な思いをしているのではないかと考えると、気の毒やら腹立たしいやらで苛立ってきた。
「誰もいないのに、どうして火事に……」
「どうやら放火らしいのよ」
「マジで? 犯人は捕まった?」
「それがまだなの。目撃情報なんかは何もないって。それでね……」
 さらに何事かを話そうとした風音だが、周囲のやっかみ混じりの視線を感じてか、声をひそめた。
「あのケータイ貰った?」
「あ、う、うん」
「じゃあ、あとでメールするわ」
 ──のちに風音から届いたメールによると、ひまわり保育園に火をつけた犯人は近頃出没している連続放火魔ではないかという噂があるらしい。
 その一週間前にも同様の手口で、あるコンサートホールの裏の物置で火事が発生したのだが、驚いたことに、そこにはPHカンパニーのメンバー二人が警備担当として派遣されていた、そのあとでの出来事だったのだ。
『二度あることは三度ある、なんて考えたら怖くなっちゃった』
 風音からの通信はそんな言葉で結ばれていたが、その文面を前にして、隼人は考え込んでしまった。
(二度あることは……偶然? 本当にそれだけなのかな?)
 そこで放課後、隼人は寄り道をすることに決めた。学校を出るとPHカンパニーの事務所に向かったのである。
 あれ以来、立花には会っていない。尊に託した伝言と電話の受け取りに対する確認、とする連絡を貰っただけなので、一度顔を合わせて謝る必要があると考えていたし、調べたいこともあった。
 最寄りのバス停に向かう途中、パチンコ屋の看板に目を留めた隼人はそこがいつぞや尊のお蔭で強盗退治がなされた店だというのを思い出した。
(そうか、こんな近くにあったんだ)
 ここで尊は犯人から人質を奪い返し、見事逮捕に結びつく活躍をしたのだと思うと、我が事のように誇らしい。
(バトルモードを使ったんだよな。カッコ良かっただろうな、見たかったなぁ)
 建物の傍を通り過ぎようとしたところ、反対側から歩いて来た主婦二人組の会話を耳にして、隼人は思わず立ち止まった。
「……ですって。強盗の次に放火じゃ、お店の人たちも大変よねぇ」
 放火、という言葉にドキリとし、隼人は反射的に問いかけていた。
「あの、ちょっとお尋ねしていいですか」
 見知らぬ高校生がいったい何の用だろうと怪訝な顔をして振り返る主婦たちには構わず、彼は「このパチンコ屋、放火されたんですか?」と訊いた。
「ええ、そうですけど」
「いつ頃?」
「強盗が入った事件のあとですよ。裏のドアの辺りが燃えていたんですって」
 強盗事件のあと……? 
「ボヤで済んだからいいけど、事件続きで踏んだり蹴ったりだって、店長さんがぼやいていましたよ」
 主婦たちに一礼すると、隼人は急ぎ足になった。得体の知れない不安が渦巻き、迫ってくる。早く行かなくては!
 ──事務所内は相変わらず静まり返り、パソコンの画面に向かう園田真奈の姿があるだけだった。
「こんにちは、十文字ですけど……」
「社長なら出掛けています」
 例によって事務的に答える真奈に、隼人はこれまでの業務日誌か、日程表みたいなものがあれば見せてくれないかと頼んだ。
「何の必要があるのですか? そんなことよりも貴方は先日の報告書の提出が済んでいませんけど」
「そうだった。すいません」
 この女に目的を話しても埒は明かないだろう。隼人は仕方なく報告書の書き直しを始めたが、これで終わってしまっては急いで来た甲斐がない。
 焦る気持ちから何度も書き損じて、訂正印だらけの書面に対して厭味を言われているところに、立花社長がようやく戻ってきた。
「やあ、隼人くん。よく来てくれました」
 今日のスーツはグレー、緑とベージュのストライプのネクタイを締めた立花はにこやかに話しかけた。
「ど、どうも。この前は失礼しました」
「そう何度も謝らなくてもいいですよ。どうですか、家庭教師の成果は?」
「え、ええ、お蔭様で」
「それは良かった。海城くん自ら申し出てくれたんですが、私もそいつはいい考えだと思いまして、彼の言葉に乗ったわけですよ。勉強面も仕事面も自分が責任を持つから、キミを辞めさせないでくれと言い出しましてね。いや、随分と気に入られたものですね、彼がここのメンバーの誰かに入れ込むのは初めてじゃないかと思いますよ」
 尊が自分を気に入っているというセリフに、隼人は両の頬が熱くなるのを感じた。そこには特別な感情が入っているのだろうかと、否応にも期待が高まってくる。
 立花は手に提げていたアタッシュケースを机の上にドカッと乗せた。何が入っているのか、やけに重そうだ。
「海城くんは登録してこの方、ほとんど一人で仕事をしていたから、指数の近い仲間が欲しかったんでしょうね」
「えっ、仲間……」
 さっきの期待はあっという間に消え失せて、失望が胸の内に広がる。
 本人から直接言われたわけでもないのに、おまえなんぞは仲間以上の存在ではないと通告された気がした。
 だったらあのキスは──今考えても、どうしようもないことだけど──
 隼人の呟きを聞き咎めた立花は「何か言いましたか?」と訊き返した。
「いえ、別に」
 それ以上突っ込む気もないのか、立花はアタッシュケースの中から取り出した書類を広げてチェックを始めた。
 社長兼営業マン、総務から何から一人で全部を受け持っている形だが、子会社の悲哀は感じられない。業務の内容が内容だけに、少人数で取り組む方がいいのかもしれない。
「そうだ、再来週の日曜日に隣の市で宿場街道祭りという企画があるのですが、この仕事に三名から五名ほどの人員が要請されているんですよ。霧島さんたちシグナルのメンバー三人にも声を掛けますが、隼人くんも一緒にどうですか」
「は、はあ……」
 昔、外様大名が江戸へ向かう際に当時の宿場だった商店街に逗留したという話から、毎年行なわれているこの祭り、要は衰退する商店街を盛り上げるための町興しである。
 メインイベントはそれらしい扮装をした人々が街を練り歩く大名行列と、悪代官対忍者が戦いを繰り広げるステージで、忍者の正体がじつは変身ヒーローという、よくわからない内容の舞台出演が今回、PHカンパニーに依頼された仕事だった。
「時間にはまだ余裕がありますから、出るか出ないかは自分の予定と照らし合わせて、ゆっくり考えてくれれば結構ですから」
「わかりました。それで、ひとつお訊きしたいことがあるんですが……」
 隼人の真剣な眼差しを受けて、立花はこちらへと向き直った。
「土曜日に交通安全教室を行なった、ひまわり保育園が放火されたと霧島さんから聞きました。その前にも放火があったようですし、さっきここへ来る前にパチンコ屋も被害に遭ったと聞いたんですけど、これって単なる偶然なんでしょうか?」
「偶然ではない、とすると?」
「何らかの意思が働いている、そう思えてならないんです。そこで最近の部分だけでもいいので、これまでの仕事の一覧みたいなものを見せていただけたらと」
 大きく頷いた立花はアタッシュケースから今度はクリアファイルを取り出すと、不愉快そうな表情で見守る真奈には構わず、日程表を机の上に広げた。
 そこには何月何日、何時から何時まで、どこの場所でどういった業務が行なわれたかが記載されている。派遣されたメンバーも登録番号で──ふたば保育園の欄は3・4・8、ひまわり保育園の欄には2・3・4・8・9という具合に──記してあった。
「霧島さんの話では、保育園に火をつけた犯人が近頃出没している連続放火魔ではないか、ってことなんですけど、立花さんは全部同じ犯人だと思われますか?」
 そう問われて、立花は別の用紙を引っ張り出したが、それには彼の手書きの文字で日時と場所が順に書いてあった。
「私も気になりまして、ちょっと調べてみました。報道のあった放火事件を二、三書き留めてみたんですよ」
「じゃあ、オレと同じ意見で?」
「ええ、キミはなかなか勘が鋭いですね。それも能力のうち、指数の高さはそういうところからもきているのでしょう」
 立花は自分が記した放火事件の記録にパチンコ屋とひまわり保育園を書き入れ、日程表の中でも最近の依頼分を照らし合わせてみせたが、それらの場所がすべて一致したため、隼人は思わず息を呑んだ。
「一、二……全部で五件か。これだけ合えばほぼ確実だ。睨んだ通りですね」
「ふたば保育園の他にも被害に遭わなかったところが若干ありますけど……我が社に仕事の依頼があった場所を狙っていると考えて間違いないでしょう」
「じゃあ、放火魔のターゲットはこの会社ですか? でもなぜ、こんな真似をするんでしょうか。ここのビルや系列の喫茶店を狙うならともかく、仕事をやった場所なんて、犯人の狙いが理解できないのですが」
 立花はいつになく難しい顔をして、腕を組んだ。
「敢えて言えば……当社にイベントなどを依頼すると、あとで必ず放火されるという噂を作り上げて、顧客が依頼を取り止める方向に持っていくようにする。つまり、当社の評判を落とすのが目的ではないでしょうか。まわりくどいやり方ではありますけどね」
「なるほど、それなら説明がつきますね。イベントのあとはもれなく放火のサービスつきなんて、シャレになりませんよね」
 そう言ってから、少し不真面目だったかなと隼人は反省したが、立花は気にしていない様子で、さらに何事かを考えていた。
「こうなると、犯人が逮捕されない限り放火は続くでしょう」
「次の宿場街道祭りも危ないんじゃないでしょうか。祭りが終わったあと、商店街のどこかが放火される危険性は……」
「充分ありますね」
 それにしても犯人は──連続放火魔は──この会社がそれらの業務を請け負ったと、どうやって知り得たのだろうか。
「この日程表は立花さんがいつも所持しているんですか?」
「ええ、必ず持ち歩いています。これを元に新しい仕事を誰に割り振るか考えたり、連絡をとったりする参考にしますから」
 詳しい内容は立花にしかわからないはずの依頼の情報が犯人側に流れている不可解さに、隼人は首をひねった。
 狙われた依頼に関して、日時に場所、内容にこれといった法則性はなく、どれもバラバラである。
(パチンコ屋は海城さん一人だった)
(自主制作映画のスタントマン、これも海城さんか。あっちもこっちも、って大変だな。燃やされたのはロケ用の小屋、と)
(コンサートホールの警備は五番と六番。会ったことないけど、どんな人たちだろ?)
(熟年お見合いパーティーって、何だこれ。こんな集まりにも警備が必要なのかよ。あ、大岩さんが派遣されてる。あとは六番さんか……あれ?)
 6・8の数字のあとに、2という文字が追加で記入されていたのだ。
「熟年お見合いパーティーの警備に海城さんが行ったんですか?」
「ああ、それはですね、会場で泥棒騒ぎが発生したんですよ。何しろパーティーの参加者というのがお金持ちの方ばかりで、そこを狙われたらしいのですが、大岩くんたちだけでは心もとないので、急遽海城くんに応援を頼んだわけです。もちろん、見事に泥棒は捕らえられましたよ」
「さすが、エースですね」
「おっとそうだ、忘れていた」
 立花はボールペンを手にすると、隼人の前にある紙に何かを書き足そうとした。
「ここのコンサートの仕事……このときも海城くんに車で行ってもらったんですよ。忘れ物を届けただけなんで、特にチェックしていなかったのですが、2を書いておかなくてはマズイですね」
 隼人は思わず叫びそうになるのを堪えながら、大きく目を見開いた。
(じゃ、じゃあ、狙われた五件はすべて海城さんが関わっている、ってことに?)
 逆にその合間の、放火されていない場所へは尊以外のメンバーの誰かが行っていた、それを確かめると、隼人の胸中に不安と恐れが一気に広がった。
(海城さんが行った場所は必ず放火される、って、あの人と犯人との間に関わりがあるとでも? そんな、バカな)
 尊を疑うような真似はするなと、隼人は自分を戒めた。
(オレの大好きな、かい……)
 大好きな、などと臆面もなく独白した自分に照れながら、隼人はもう一度紙を眺めた。
 その傍で覗き込むようにしていた立花は唸るような声を上げると「そうか、海城くんの行った先々で放火が起きたわけですね」と、隼人にとっては痛いところを突いてきた。
「お言葉ですけど、たとえ悪気はなかったとしても、どこかで仕事の内容を漏らすか何かで、結果的には犯人に情報を流すような軽率なことを海城さんがすると思いますか?」
 一瞬とはいえ、さっきは自分も疑っていたくせに、隼人は責めるような口調で立花にそう尋ねた。
「もちろん、海城くんに限ってそれは有り得ないと断言できます。彼の場合は会社の外で仕事の話をする機会もないでしょうし」
 尊自身が情報源でないとしたら、こんな偶然が働くものだろうか。おかしい、これには何か裏があるはずだが、その何かの正体がわかるはずもなく不安を感じた。
(自分が関わった先々で放火が起こるなんて、このままじゃ海城さんは何の仕事もできなくなっちゃうじゃないか)
 まさかクビにはならないだろうが、万が一を考慮して開店休業になる可能性はある。尊を欠いた状態で会社の営業がどこまで成り立つものか、業務全般の問題にも発展するかもしれない。
(もしかして、それが犯人の目的?)
 尊をクビに追い込むことと会社への営業妨害、一石二鳥の嫌がらせは当の尊への恨みに端を発しているのではないか。だが、滅多なことは言えず、立花にも黙ったまま、隼人は考えを巡らせた。
 こうなったら何としても犯人を見つけるしかない、チャンスは次の宿場街道祭りだ。尊のためにも放火魔の尻尾をつかんでやると彼は決意を固めた。

    ◇    ◇    ◇

 宿場街道祭りについての詳細が決まった。忍者まがいのショーに出演するのはシグナルの三人で、隼人と尊は現場の警備として参加するため、事前に該当者が事務所に集まり、当日の詳しい説明を受けることになった。
 あのあと立花と協議した結果、放火魔の一件については尊だけに話して、隼人と共に警備にあたってもらう作戦になったわけだが、尊が参加した時だけ狙われるという部分は本人にも伏せておいた。つまり、本当の計画を知っているのは立花と隼人のみである。
 放火魔がPHカンパニーのイベントを狙っていると聞かされた尊は「そうか」と言って隼人を見つめた。久しぶりに会った想い人の視線を受けて、隼人の心臓の鼓動は恐ろしいほど早くなっていた。
「連続放火か。よく気がついたな」
「霧島さんからのメールに二度あることは三度あるって書いてあって、それでピンときたんです。本当にただの偶然なのかなって」
「メールか。おまえたちはそれを使ってコミュニケーションを取っているわけか」
 今度は少しばかり憮然とした尊を見て、隼人は困惑した。いつも無表情な彼のわずかな変化が読み取れる自分も大したものだが、尊が不愉快そうな顔をしたのはなぜだ。
「そういう手もあったな……」
「あの、どうかしたんですか?」
「いや、何でもない。それにしても犯人はこの会社が請け負っているイベントの計画をどうやって知り得たんだ」
「さ、さあ、オレにもよくわかりませんけど」
 口ごもる隼人に一瞬、鋭い視線が注がれてヒヤリとする。さすが頭の切れる男だ、突っ込みどころも鋭い。
 そんな会話をしているところに残りの三人がやって来たのだが、北斗は「さっそく002と一緒にお仕事か。さすが、指数の高いヤツは違うな」と隼人に嫌味を言った。
「それ、どういう意味?」
 風音が問いかけると、
「だからショーの方をパスしたってんだろ。オレたち三人と忍者ごっこなんて、バカバカしくてやってられないってこった」
「そういうつもりはないよ」
 隼人は弁解したが、彼らにはそれ以上詳しい話はできないために言葉を濁した。どこから作戦が犯人側に漏れるかわからないのだ、用心するに越したことはない。
「隼人くんには隼人くんに適した仕事があるのよ。北斗くんったら何かと目の敵にするけど、ワタシたちは仲間なんだし、もっと仲良くして協力しなきゃ。ねえ、大岩さん」
「せや、せや」
 風音が肩を持ってくれるのはありがたいが、彼女が自分を庇えば庇うほど、北斗の機嫌が悪くなるのがわかる。
 北斗は風音に気があるらしいというのはこの前のバイトで何となく感じられたが、彼だけでなくメールの件で尊までもが不機嫌になるとは──
 それはもしや尊も風音を、というよりその逆で、同じ高校、同級生のよしみで隼人が風音と仲良くしていることに対しての嫉妬、隼人に女を近づけたくないのでは?
(うわー、オレってばメチャメチャ思い上がってる)
 彼が自分のことで嫉妬しているなんて、いったい何を自惚れているのか。まったくもって自意識過剰、考え過ぎだ。恥ずかしい。
 そんな彼にはお構いなしに、
「別にオレは協力する筋合いなんてねえよ。与えられた仕事をやりゃあいいだけさ」
「もう、北斗くんっ!」
「るせーな、ったく」
「ああもう、二人とも喧嘩はやめなはれ」
 ふて腐れる北斗のセリフに怒る風音、止めに入る俊平と、言い合いを始めた彼らのせいで、隼人の危ないゲイ的妄想は消し飛んでしまった。
 ようやく顔を見せた立花が説明を始めたので、仲間同士の喧嘩はそこで中断されたが、隼人にとっては何とも後味の悪い展開になったのであった。

    ◇    ◇    ◇

 宿場街道祭り当日を迎えた朝、緊張のあまりよく眠れなかった隼人は目をこすりながら着替えを済ませると、リュックにベルトが入っているのを確認して隣の市へと出発した。
 どこの街にも見受けられる、よくある商店街の真ん中に設けられた会場──といっても通り沿いの駐車場を使って舞台と客席をあつらえた場所で、そこには既に立花と尊が到着しており、祭りのスタッフとおぼしき人々と打ち合わせをしていた。
 尊はいつもの黒い格好で、彼と隼人は祭りの間、腕章などはつけずに一般の観客を装って警備にあたるが、放火云々の話は主催者側には伏せたままのようだ。
 隼人の姿を見て立花が手招きした。挙動不審な客として怪しまれては困るので──黒ずくめの長い髪の男はどう見ても不審者だ──会場警備を担う商店街自主防犯組織のメンバーに対して、隼人と尊の紹介がなされた。
 その場において二人はどこにどういう店があるのか、あるいはどの辺りで祭りに関する出店をしているのかが一目でわかる商店街の全体地図をもらい受けた。これがあれば放火魔が狙いそうな場所を把握できる。
 祭りにはうってつけの爽やかな晴天の下、大通りを大名行列が練り歩き、出店は大勢の客で賑わっている。ステージにおいては本日最初のショーが始まり、登場した風音たちシグナル組が忍者の扮装で悪代官を相手に奮闘しているのが見えた。
 放火騒ぎさえなければ、自分もあそこに立っていたかもしれない。そんなことを考えながら、隼人は絶えず周囲に気を配っていた。
 疑いだせばきりがなく、すべての人が怪しく見える。果たして犯人はここに尊がいるのを確認しに来るのだろうか? それとも既に承知していて、火を点けるタイミングを狙っているだろうか? 
 尊自身を付け狙うのではなく、彼が行った場所をあとから、というこのパターンはやりにくい。尊の周囲を見張っていれば済む問題ではないからだ。
(盗聴でもしていればともかく、わざわざ見にくるってのも信じられないけどなぁ、よっぽどの暇人じゃないか)
 先日、事務所のどこかに盗聴器が仕掛けられているのかもしれないと言ったところ、定期的にチェックをしているので、その可能性はないと立花は言い切ったが、信じていいものかどうか、安心はできない。
(そうだ、盗聴……)
 ふと違和感をおぼえて、隼人は考え込んでしまったが、そんな彼の様子を気にしていたのか、当の尊が近寄ってきた。
「何をぼんやりしている?」
「あっ、いえ……すいません」
「気を抜くな」
 二度目のバイト、しかも隼人にとっては初めての警備──危険を伴うかもしれない仕事である。日常茶飯事でこなしている尊にしてみれば、この後輩の態度は危なっかしいとしか見えないのだろう。
 怒られちゃったと恐縮していると、尊の携帯電話が鳴り始めた。
「はい、海城です。ええ、特に異常はありませんが、そっちにまわった方がよろしいでしょうか」
 立花からの連絡らしく、電話機を片手に会話する彼の様子を見ていた隼人はそこでハッとした。
「海城さん、電話は使わない方が……」
 思わずそう口にすると、尊はまたしても鋭く隼人を見据えた。
「おまえ、俺に何か隠しているな」
「えっ、べ、別に何も」
「嘘をついても無駄だ。説明しろ」
 詰め寄られた隼人は放火に遭った場所と、尊が派遣された仕事との関連をとうとう話してしまった。
 自分の行動が犯人側に筒抜けになっていると知らされた尊の表情はこの上なく険しくなり、しばらく考え込んだ。
「おまえにしろ、社長にしろ、この前の説明のときから態度がおかしいとは思っていたんだ。そうか、俺の行く先が狙われていたというわけか……」
 これまで関わったイベント会場その他が放火されていたなんて今まで気づかなかった、PHカンパニーを背負うエースとして不覚を取ったという意識からか、尊は追い詰められたような顔をして「この仕事は俺一人でやる」と言い出した。
「そんな、どうして」
「高校生のおまえを危険な目に遭わせるわけにはいかない。それに、俺が出向かなければそれらの場所は放火されなかったというのなら、俺の責任だ」
「海城さんが責任を感じることじゃないよ」
「おまえが気づかなかったら、俺は何も知らないままだった。自分が許せないんだ」
 隼人はこれ以上何を言っても無駄だと感じた。自分が面倒を見ていた後輩に指摘された悔しさもあるだろうと思うと、口出しするのも憚られた。
 太陽が傾き、影が長く伸びたかと思うまもなく、辺りに夕闇が迫り始めた。
 お祭り騒ぎは夜まで続くらしいが、ステージの方は終了とあってシグナル組はとっくに退去、立花と尊、隼人だけが残った。
「とりあえずおまえは家に帰れ。俺は警備を続ける。わかったな」
 有無を言わさず決めつける物言いに反発をおぼえながらも、隼人は黙って頷いた。
 一緒に頑張ろう、などと言ってはもらえないとわかりきっているが、やり切れない思いが湧き起こる。
「私も徹夜で見回りに加わりますから、キミはそんなに心配しなくてもいいですよ」
 高校生を遅くまで働かせるわけにはいかないと、立花も帰宅を勧めた。
(こうなったら、オレはオレのやり方でやってやる! このまま引き下がってたまるもんかって)
 帰り際、隼人は立花に「あとでメールします」と告げた。
 その思惑がわかったのか否か、相手は意味ありげに目配せした。

    ◇    ◇    ◇

 家に戻った隼人は夕食もそこそこに二階の部屋へ引っ込んだ。
 明日は早起きして、登校前に勉強に取り組みたいから早く寝るのだという言葉を信用したのか、母は特にコメントしなかったが、もちろん本当に勉強するはずもなく、彼は机の前でじっと考え事を始めた。
 断片的な出来事がひとつの方向に結びついていくにつれて、あやふやだったものがはっきりとした形を現し始めたのがわかった。
「そうか……そういうことなんだ」
 そうとわかればシグナルレッドオリジナルの作戦開始だ。彼はさっそく立花へのメールを打ち込んで送信した。
『このメッセージを受け取ったら返事をください。返事を確認したら電話をかけますから、話を合わせてください』
 数分と経たないうちに立花からの返信が届いた。
『わかりましたが無茶はしないように』
「無茶をしなけりゃ、事件は解決しないって」
 隼人は黒装束のつもりの黒いシャツとジーンズに着替えると、ベルトを腰につけてからあらかじめ隠し持っていた靴を履いて、部屋の窓を開けた。
 快晴だった昼間とは違い、星ひとつなくどんよりと曇った空の下、階下の庭はまるで暗黒の世界、地獄が大きな口を開けて待ち受けているかのように見える。
 ゴクリと唾を飲み込み、冷汗を拭って気持ちを奮い立たせた。
「大丈夫、オレは指数三百二十七のスーパーヒーローなんだ!」
 黄色のボタンを押してスーツ姿になった隼人は次に赤のボタンを押した。
「細胞のひとつひとつに命令を出して」
 戦い以外の高度なスタントでもバトルモードを使用するが、それを試す時がきたのだ。
「頭と身体で感じとれ!」
 屋根を踏み切ると、身体がふわりと空に浮いた。よし成功だ! 
 そのまま跳躍を続けた彼は瞬く間にさっきの祭りの会場へと到着したが、ステージ付近には誰もいなかった。
 出店も店じまい、観客たちも引き揚げ、商店街のスタッフたちはお疲れ様の打ち上げに繰り出したのだろう。
 自分が行動を起こす前に放火が起きては元も子もないが、未だ発生していないようだ。何とか間に合ったと安堵した隼人は誰かに見られてはまずいのでいったん変身を解除し、電話を取り出すと000をコールした。
「はい、立花です」
「十文字です。今、東通りにいます。特に異状はありません。社長はどちらにいますか? ああ、西でしたね。それで海城さんは南ですね? えっ、もう合流したんでしたっけ。それじゃあ残るは北通りですけど、そちらに回った方がよろしいでしょうか」
「そうですね。では我々も北通りへ向かいますので、今夜はそこで終了としましょう」
 さすが社長だ、何の打ち合わせもなしに最高の答えを返してくれた。
 さて、あとは相手が罠にかかるのを待つだけだが、果たして自分の思惑どおりに運ぶのかどうか不安になってきた。ヘタをすればまたしても放火事件を招く羽目になるのだ、失敗は絶対に許されない。
(目指すは西か東か、いや南だ)
 昼間貰った地図のお蔭で、この地域の地形やら道路、街並みその他はすべて頭に入っている。
 再びスーツを装着した隼人はまたしても大きく跳び上がると、民家の屋根に音もなく舞い降りた。それから屋根伝いに商店街の南通りと呼ばれる場所へと向かった。
 ざっと通りを見渡すと、放火をするにはおあつらえ向きの所があった。材木店の裏口に廃材が積まれているのだが、通りからは見えづらい位置になっているし、自分が放火をするなら間違いなくここを選ぶだろうといった感じの場所である。
 その材木店が監視できる位置である隣の店の屋根に潜んだ隼人は息を殺して、敵が現れるのを待ち受けた。
 五分、十分……時が無常に過ぎる。もしかしたら見当違いだったのかもしれないという不安が彼を襲った。
(別の通りに行っちゃったんじゃ……それとも今夜は現れないつもりなのかな)
 立花に連絡すべきか、いや、電話を使うわけにはいかない。そんなことをしたらすべてが水の泡だ。じりじりと焦りが募る。
 やはりここではないのか、急いで他へ回るべきかと身体を起こしかけたその時、人気のない通りを誰かが近づいてくるのが見えた。
 せかせかと足早に歩く、いかにも怪しい人影だが、街灯の薄ぼんやりした灯りでは通常の人間なら黒っぽい上着を着た男という程度の確認しかできないだろう。
 怪しい男はきょろきょろと辺りを見回すと廃材の陰に屈み込んだが、この距離においてもヒーロースーツを着用した隼人にはその人物の顔が、また彼が手にしている物もはっきりと見えたし、僅かな物音も、発せられた臭いまでも嗅ぎ分けることができるのだ。
(決まりだっ!)
 瞬間を現行犯で捕えなければ意味がない。獲物を狙う肉食獣のように神経を研ぎ澄ませた。掌に汗が滲む。
 シュボッというライターの音が──もちろん常人には聞き取れない──したその時、隼人はバトルモードのボタンを押して、素早くターゲットに踊りかかった。
「わっ、なっ、何だぁ!」
 闇夜の空から音も立てずに降ってきた真っ赤な男、思いがけない刺客の登場に素っ頓狂な叫びを上げる犯人、薄ぼんやりした街灯に照らされたその人物は高森洋一だった。
 高森は自分を押さえつけている相手が赤いスーツ姿だと見ると「お、おまえは……」と唇を振るわせた。
「やっと尻尾を捕まえましたよ、高森さん。あなたが連続放火の犯人だったんですね」
 悔しそうな表情をしながらも高森は隼人に向かって噛みついた。
「何の話かさっぱりわからないな」
 どこまでも図太い男だ。左腕を捻じ曲げたまま、彼の右手にあるライターと足元の小さなポリタンクを示しても「だから何だ」と言いたげなふてぶてしい態度だった。
「できるなら暴力は振るいたくないんだ。おとなしく警察へ行ってください」
「暴力? そうだったな。おまえはエナジー指数が高いのが御自慢で、そのパワーでオレを吹っ飛ばしてくれた。あのときの傷が未だに痛むぜ」
「あのときの傷って、交通安全教室の? 嘘だ、怪我はなかったって」
「言ってなかったがな、腕のこのへん……」
 それらの言葉に怯んだ隙を突いて、高森は隼人のベルトの黄色いボタンを素早い動きで押した。
 たちまち変身が解かれ、ただの高校生に戻ってしまった彼を突き飛ばすと、その目の前から悪賢い放火魔はすたこらと逃げ出した。
「しまったっ!」
 慌てて追うにも普段の隼人は取り立てて運動能力が高いわけではない。それどころか、足がもつれて走れない。
 高森はポリタンクの中身をぶち撒けた。ガソリン臭が充満し、ポケットから取り出したマッチの火が投げ込まれて辺りは火の海になった。
 炎に遮られて足がすくむ隼人だが、このまま取り逃がしてなるものかと、もう一度黄色のボタンを押す。
「あれ、変身できない?」
 焦る隼人を嘲笑いなから、高森の足音が遠ざかる。
「ちっきしょー!」
 だが、悪辣な放火魔の命運はそこで尽きた。彼の前方から現れた黒のスーツががっちりと行く手を阻んでいた。
「海……城?」
「観念しろ」
                                ……⑦に続く