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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

PROMISEHERO009(覚醒編 BLVer.)①

    SCENE №001
 育ち盛りは腹が減る。話題に乗り遅れないように、マンガ雑誌に目を通さねば。お気に入りのCDも、新しいゲームソフトも欲しい。みんなと盛り上がるためのカラオケボックス、携帯電話の料金は自分の小遣いで支払えと母のお達し。高校生だって何かと物入りだ。
 先月まで勤務していた書店が閉店となり、目下失業中の隼人はその日、自分の部屋でアルバイト情報サイトを検索している最中に、ある求人広告に目を止めて思わず呟いた。
「『誰にでもできる仕事ですが、やりがいもあります』って、何か矛盾してないか?」
 依頼の主は株式会社PHカンパニー。まったく聞いたことのない社名である。
      ✰ 記 ✰
 ◎正社員・契約社員・アルバイト募集。経験不問、十六歳以上、四十歳位まで。(高校生、大学生も可)
 ※業務内容はイベント補助その他、能力に応じて割り当てる。
 ※休日と勤務時間は業務に準ずるが、本人の希望を優先する。(ただし、時間帯によっては年齢制限あり)
 ※契約形態により各種保険(健康保険・雇用保険・介護保険・厚生年金等)加入。傷害保険は全員加入。(全額当社負担)福利厚生施設完備。
 ※時間給は千円より。各種手当て給付の上、二千円以上も可能。通勤手当支給、交通費全額支給。

 記事は「若い力求む!」の一文で締めくくられていた。
 読めば読むほど奇妙な話だ。提示された条件に於いて、今ひとつハッキリしない表現の仕方には首をひねるばかりだが、なぜかこの内容に惹かれるものを感じてしまう。それに、高校生のバイトで時給が二千円以上貰えるかもしれないのは垂涎モノだ。
 何度も読み返しながら、とりあえず行ってみて、ヤバそうな仕事だったら辞退すればいいと安易に考えた隼人は記された番号に電話をかけた。
 夜十時まで受付可能というその電話に──いつもそんな時間まで残業しているのかという不安を感じつつも──ツーコールで出た相手は大喜びで、今度の土曜日にでもどうですか、と面接の約束を取り付けてきた。
 もちろん異存はない。こうして謎の会社、PHカンパニーに関わることになった隼人、それが彼の人生を一変させるとは、無論知る由もなかった。

    ◇    ◇    ◇

 次の土曜日の午前九時、隼人は駅前の繁華街へと向かった。
 そこにある五階建てビルに事務所があるとかで、見上げると真っ先に目についたのは看板の合間に設けられた電光掲示板だった。
本日のニュースが黄色の光を放ちながら流れる。国会の決議案、連続強盗犯人の逮捕、為替相場、お天気エトセトラ……
お蔭で肝心の看板が目に入らず、特に白地に黒の文字、至って地味なデザインのPHカンパニーの看板は見落とされてしまう率が一番高いだろう。
 一階のガラスのドアから中に入るとすぐのところに階段とエレベーターがあり、薄暗く静まり返った建物の壁は灰色に塗られ、テナント一覧の案内が掲げられていた。目的の場所は最上階にある。
 エレベーターに乗り込み、パネルの5を押す。下りて少し廊下を行くと、クリーム色の扉に入った磨り硝子に『株式会社PHカンパニー』の文字が見えて、そのとたんに緊張感が隼人を襲った。
 初めての場所で、見知らぬ相手と会うのは誰でも緊張するものである。いったん立ち止まると気持ちを奮い立たせるように、頬をパンパンと叩いてみた。
(……よしっ、突撃だ!)
 一歩、足を踏み出したその時、背後から音もなく近づいてきた黒い人影が彼の脇をするりとすり抜けると一足先に、しかもノックもなしにドアノブへと手をかけたため、隼人はせっかくの勢いを削がれてしまった。
 人影は黒い帽子に黒いコート、全身黒ずくめの男だった。身長は百八十ほどの長身、年齢は二十歳前後か、長い黒髪を無造作に、ひとつに束ねている。
 ぽかんとしてこちらを見ている若者に気づいた男はチラリと冷たい眼差しを向けたが、その恐ろしいほど整った顔立ちに、隼人はドキリとして立ちすくんだ。
(すっげー美形! こんなイケメン、現実に生息しているんだ、驚きーっ)
 いくらか尖ったフェイスラインに高い鼻筋、切れ長の目。整いすぎて作り物のようにも見える。黒ずくめの怪しいファッションも、背中を覆う長い髪も、凡人ならば滑稽になってしまうが、彼ほどの美男子ならサマになるところが憎いほどだ。
 男は隼人に一瞥をくれると、何も言わずに事務所の中へと入っていった。
 ここの社員なのか、あんな色男を雇って、いったいどういう業務に就かせているのだろうか。目の前の会社に対する謎がますます深まるが、ぼんやり立っていても埒は明かない。今度こそノックを……と、それより先に扉が開いて、スーツ姿の紳士が顔を覗かせた。
「十文字隼人(じゅうもんじ はやと)くんですね」
「はっ、はい」
「お待ちしていましたよ。さあ、お入りください」
 笑みをたたえた紳士に促されて、隼人は恐る恐る足を踏み入れた。
 内部は一見、普通のオフィスだった。天井には昼白色の管状蛍光灯、窓にはブラインドが下がり、ずらりと並んだ事務机の上はどれも整然と片づけられている。
 一番端の机にさっきの黒ずくめの男が座っているが、他には誰もいない。彼が訪問者の存在を紳士に告げたのだろうか。
 帽子を被ったまま、何やら書類を書いている様子が奇妙で、つい、そちらに気を取られた隼人は紳士の「こちらへどうぞ」の言葉にハッとし、急いで声のする方へ向かった。
 室内の一角を衝立で区切ったその場所が接客スペースらしい。座るよう勧められ、隼人が紺色の布張りのソファに腰掛けると、紳士は焦げ茶色のスーツの胸ポケットから名刺を取り出して隼人に手渡した。
「申し遅れました、私は社長の立花と申します。よろしく」
 名刺の紙面には『㈱PHカンパニー 代表取締役』の肩書きと共に『立花昭二(たちばな しょうじ)』という名前が記されていた。
「えっ、社長さんだったんですか。失礼しました」
 隼人は慌てて頭を下げた。
 この立花社長、年齢は三十代半ばぐらいか。スマートなインテリという印象を与える好男子だが、腰まで長く伸ばしたストレートヘアーがちょっと、いや、かなり異様だ。黒ずくめの男といい、ここで働く者は長髪が原則なのではと考えてしまう。
 それにしても社長自ら面接にあたるとは、そういえば電話の応対に出たのも、声の感じから彼だった気がする。
 事務机が幾つも並んでいるところからして、他にも社員がいると思えるのだが、みんなどこへ行ったのか。今日は本来なら休み、二人だけ休日出勤しているのだろうか。
「もうすぐ事務の者が帰ってきますから、そうしたらお茶でも淹れましょう」
 こちらの心理を見透かしたようなことを言う立花に、隼人はギクリとした。
「い、いえ、おかまいなく」
「キミは高校生としては礼儀正しいですね。いや、感心感心」
 その口ぶりからして「礼儀正しくない高校生」がバイトにきているのかもしれない。そんなヤツでも採用しなければならないほど、ここは人手の足りない会社なのかと勘ぐりたくなった。
「久しぶりのバイト希望者なんで、私も興奮気味で……」
(やっぱり人手が足らないんだ)
「まずは書類を拝見しましょうか」
 そう促されて、隼人はリュックの中から履歴書を取り出すと、向かい合わせに座る立花に手渡した。
「十文字隼人くん……ああ、我が社にぴったりの名前だ。ルックスもイケてますよ、朝のお茶の間にも通用しそうなほどにね」
 二重瞼に大きな瞳の持ち主はなるほどイケメンの範疇に入るが、白いTシャツにジーンズを履き、髪はウルフヘアにしているものの染めてはおらず、ごくごく普通の高校生である。
(名前とか、お茶の間って、一体何の話?)
 しみじみと、そして嬉しそうに呟く立花を見て、隼人は不審に思った。
「県立羅斐田(らいだ)高校の二年生ですか。あそこは進学校だから勉強も大変でしょう」
「ええ、まあ……」
 ギリギリで合格したはいいが、ついていくのがやっとの、落ちこぼれ気味の生徒は頭を掻いた。これ以上成績が下がったらアルバイトどころではない、即やめさせて塾へ通わせると母に宣告されているのだ。
 思わずそんな愚痴をこぼすと、立花は「そうですか」と言い、気の毒そうな顔をした。
「じつは他にも羅斐田高の生徒さんがバイトに来ているんですよ」
「えっ、そうなんですか」
「いずれ顔を合わせるでしょうから、楽しみにしていてください」
 思わせぶりにそう言うと、立花は「それでは我が社の概要について」と切り出した。
「このPHカンパニーには親会社がありまして、そこが資本金を百パーセント出資した子会社です。ですから㈱は社名の前につきます、お間違いなく」
 ㈱が前か後かなんて、隼人にはどうでもいいことだが、立花は力を込めて強調した。
 親会社であるドリームクリエイト社は立花の父親が経営していて、その息子が子会社を任されている。会社も経営者も親子の関係、というあたりがギャグっぽくて、別におかしくも何ともないのに、隼人は笑いがこみ上げてしまい、それを誤魔化すために、わざと渋面を作ってみせた。
「当社には色々な方面から仕事の依頼がきます。アルバイトの皆さんにはまず、当社への人員登録をしてもらい、業務内容、場所や時間などが御本人の希望と能力に合えば、その仕事を担当してもらう形になります。人材派遣業と同じ要領ですね」
「はあ、なるほど」
「業務にあたっては親会社が開発したある物を使って仕事をすることになりますが、その前にキミのエナジー指数を測らせてもらってもよろしいですか?」
「はっ? 何ですか、エナジー指数って」
「勤務する上でとても大切なことなんです。数値が規定に満たない場合は採用不可となってしまう、いわば適性検査とでも思ってください」
 ますますワケのわからない会社である。隼人はバイトの申し込みを後悔し始めていたが、今さら引っ込みはつかない。
立花はつと立ち上がり、指数計測に使用するらしい機械をロッカーから取り出してくると、それをテーブルの上に置いたのだが、現物を見た隼人は「えっ?」と首を傾げた。
「これって血圧計じゃないですか」
 なるほど、上腕にグレーの不織布のようなものを巻いてスイッチを入れると、その布が腕を締めつけて血圧や脈拍を測るというアレにそっくりなのだ。
「この機械もドリームクリエイト社の製品なんですよ。まあたしかに、血圧計によく似ていますがね」
 立花は布を手際よく隼人の右腕に巻きつけた。まるで健康診断でもしているような、神妙な面持ちで隼人は腕をそっと下ろした。
「ではスイッチを入れますので、そのまま動かさないでください」
 ピピッ、という機械音がすると、布がギュウギュウ締めつけていくあたりもほとんど血圧計である。デジタル数字の表示する値が次第に上がっていくと、最初は平静だった立花の表情が変わってきた。
「三百を超えた……こ、これは……スゴイ! 今までの最高記録だっ!」
 高血圧とみなされるのは上の値が確か百三十か、百四十からだったと記憶している。
 自分が超・高血圧になったようで隼人は複雑な気分だったが、そんな様子にはおかまいなしに「即、採用しましょう。隼人くん、是非とも我が社で働いてください!」と立花は上ずった声で懇願した。
「えっ、いきなりそんな……」
 すると立花は何を思ったか、戸惑う隼人から視線を移した。その先には黒ずくめの男がいる。さっきから一言もしゃべらないまま、黙々と書類を書き続けていた彼に向かって「海城くん、この数値を見て」と促した。
 黒ずくめの男・海城はどういう反応を示すのだろうかと、隼人もそちらを見たが、立花の盛り上がりとは対照的に、彼は興味のなさそうな顔で振り向いた。
「エナジー指数が三百以上になった人はキミ以来ですよ。これは快挙だと思いませんか」
 ところが、海城は低めのよく通る声で、そんなのどうでもいいと言わんばかりの、気のないセリフを返した。
「三百……ああ、そんなもんでしたっけ」
(なあんだ、大袈裟に騒ぐことじゃなかったのかも)
 立花とは大違いである。海城の冷たい反応に、隼人はいくらか失望感をおぼえた。
 すっかり白けてしまった、そんな雰囲気が漂う中、バツの悪そうな顔になった立花は「気を悪くしたら申し訳ない。彼はいつもあの調子なんで、気にしないでください」と、隼人だけに聞こえるような小声で言い訳をした。
「容姿端麗にして頭脳明晰。抜群に優秀な男ですが、あれでもう少し愛想があれば、と思うんですけどね」
「社員の方なんですか?」
「いえ、大学生です。キミと同じアルバイトですよ」
 アルバイト──あの男もここでバイトをしているのか。いったいどんな仕事を──肝心な業務内容を聞かされないままの隼人はますます苛立ちを感じた。
「あの、それで仕事の内……」
 その時、ドアの開く音がして、二十二、三歳ぐらいの若い女が入ってきた。薄紫色のベストに同色のタイトスカートという事務服を着ている。スラリと背が高く細身で、なかなかの美人だ。
「社長、ただ今戻りました」
「あ、園田さん。ご苦労さま」
 園田と呼ばれた女は手にした茶封筒を机の上に置くと、こっちをジロリと見た。
 きっちりとまとめた髪にフレームの小さなメガネをかけたキャリアウーマンふうの容貌はなるほど美人なのだが、どこか冷たい印象を受ける。
「帰ってきたばかりで申し訳ないけど、お茶を淹れてもらえますか」
「はい、承知しました」
 すぐさま湯呑みをふたつ、盆に乗せてやってきた女を立花が紹介した。
「こちらは園田真奈(そのだ まな)さん。ウチの事務一般を取り仕切っていますから、手続きその他は彼女の指示に従ってください。園田さん、この十文字隼人くんの登録と、仕事の手配を頼みましたよ」
 当人が口を挟む間も隙もなく、手続きはどんどん進められていく。園田真奈は引き出しから書類を取り出すと、ボールペンを添えて隼人の前に置いた。
「そちらに必要事項を記入してください」
 こんにちはとも、初めましてとも言わずに無表情のまま職務を遂行する真奈の態度に、隼人は唖然とした。
(なんつー、無愛想な女!)
「……住所、氏名、年齢と、複写式になっていますから強めに書いてください。携帯電話の番号とメールアドレスも記入して、氏名の横には捺印をお願いします。それから右端には捨て印を忘れずに」
 機械的な口調は何だか自動販売機がしゃべっているようだ。いや、近頃は「いらっしゃいませ」などと挨拶する分、販売機の方がよっぽど愛想がいい。
 有無を言わさぬその態度に、黙って従うしかない隼人が登録用の書類を書き終えると、真奈は次に細長い箱を持ってきた。
縦は十五センチ、横三十センチ、高さは十センチぐらい。カステラの箱ほどの大きさで、蓋に9という数字が振ってある。
「こちらを貸与しますので、その使用許可書にも記入してください」
「これは何ですか?」
 真奈に押されっぱなしの隼人がさすがに気の毒になったのか、立花は箱を開けて中身を取り出した。それは銀色に輝く、金属製のベルトのようだった。
「先程お話ししたドリームクリエイト社の製品で、我が社の仕事には欠かせない物です。ちょっと腰につけてもらえますか」
 立ち上がった隼人はベルトをウエストの周りに巻きつけ、バックルをはめた。
「こう……ですか?」
「それから、そこに並ぶ黄色いボタンを押してください」
 ベルトの真ん中には何やら記号が書いてあり、その横に赤・黄・青のボタンが並んでいる。言われたとおりに押すと、その瞬間、信じられないことが起こった。
 シューッという激しい隙間風のような音がしたかと思うと、キーンと金属音が響き──
「これって……何?」
 Tシャツとジーンズを着ていたはずの彼の身体は不思議な感触のする赤い生地に覆われていた。海に潜る時のウェットスーツ、あれに似ていると思えばいい。
 そればかりではなく、顔全体がマスクですっぽりと包まれ、目の部分だけがゴーグルをかけたように透明な素材でできており、そこから外が見えるようになっているが、意外に息苦しさは感じられなかった。
「ほう、素晴らしい! さすがに指数が高いだけあって、色は赤になりましたね」
 隼人の変身を見て立花が感嘆すると、素っ気ない態度をとっていた海城までもが振り返って自分を見ているのがわかった。
「オレはいったいどうなってるんですか?」
 戸惑う隼人の鼻先からあちらへと、立花の指が弧を描いた。
「鏡を御覧なさい」
 応接スペースの隅に置かれた鏡の前に走り寄る隼人、彼が目にしたのは鏡の中の真っ赤な人物──赤いスーツに銀色のライン、赤いマスクにも稲妻のような銀の模様とスモークのゴーグル。幼い頃夢中になり、その存在に憧れた変身ヒーローの姿だった。

    ◇    ◇    ◇

 PHカンパニーの主な業務は「ヒーローを派遣する」こと。この場合のヒーローとはスポーツの試合などで用いる、優勝の立役者などとは異なり、特撮ドラマに登場する、超人的な力で悪を倒す存在を意味する。
 Pはプロミスすなわち契約で、Hはもちろんヒーロー。隼人の、いかにもそれらしい名前が歓迎された理由はそこにあった。
 そこでヒーローといえばスーツに身を包み、顔にはマスク、腕は手袋、足元はブーツといういでたちが基本で、さらに腰に武器をぶら下げたりしているものだが、その時使用するのがこのベルトだ。
 すなわち、ベルトはスーツ装着装置とでも呼ぶべき代物で、着用している衣服を原子レベルにまで一瞬にして分解、別の素材の分子へと再結合させスーツを作り出して云々と立花は説明したが、隼人にしてみれば当然、ちんぷんかんぷんの内容である。
「えっ、そんなんできるんですか」などと、喜劇役者のようなコメントを発するのが精一杯だった。
 ただし、同じベルトを使っても──貸与されるベルトはナンバーが振ってあるだけで、すべて同じ製品である──個々の持つエネルギーによってスーツの色はそれぞれ違ってくるらしい。エナジー指数とはその人のエネルギーの量や質を表わすのだ。
 再度黄色のボタンを押して、その変身を解いた隼人は再びソファに座って立花に問いかけた。
「それはわかりましたけど、こんな格好をして、いったいどういう仕事をするんですか? ヒーローを派遣すると言われても、オレにはどうもよくわかりませんが」
 日本の一企業にこのような優れた技術があったなんて、と驚かされたが、奇妙なベルトや血圧計もどきの機械を開発するその親会社といい、ヒーロー派遣などという、けったいな業種の子会社といい、あまりにも怪しすぎる。事と次第によっては登録をやめさせてもらおうと彼は思った。
 しかし、立花は相変わらずにこやかな笑顔で「ヒーローになれるなんて、素敵だとは思いませんか?」などと訊いてきた。
「あのですね」
 隼人はムッとして立花を睨みつけた。
「幼稚園児のなりきりセットじゃあるまいし、まさか、この齢になってそういうのを喜ぶとでも思ってるんですか」
いきり立つ隼人に対して、立花は澄まして答えた。
「そのまさかですよ。ここの業務はエナジー指数の数値が一定以上の人しか就けない仕事なんですから、選ばれた者としては光栄でしょう」
「誰にでもできる仕事、の謳い文句に矛盾していると思いますけど」
「あれは勧誘用のハッタリですよ。どこの誰が高い指数の持ち主か、なんてわかりませんから、とにかく面接の数をこなすしかない。景気もいいですし、人集めにもいろいろと工夫がいりますね」
(求人広告でそんなのアリかよっ)
 エナジー指数が規定値を超えないと、ベルトの機能は作動しないようになっている。社員やアルバイトを採用する際に指数の測定を行なうのはそのためで、適性検査という表現に嘘はなかった。
 規定値は百以上で合格となっているが、これは年齢性別、身体能力の優劣には関係がない。見た目で判断できないというところがやっかいであると立花は述べた。
 いくら人を募っても、指数の問題があるから、その中に規定値を満たす者が少ないから、慢性的な人手不足なのだ。
 残念ながら指数が満たなかった者に関してはお引取り願うか、ドリームクリエイト社のもうひとつの子会社を──M&Gプロダクツという社名だ──紹介するらしい。
 さてさて今回、久しぶりの大当たりは指数三百以上の男子高校生。隼人という人材を渇望するのも無理はない。
「我が社ではこれまでに八人が登録を済ませています。キミのようなアルバイトもいれば正社員の仕事をしながら副業としている人、派遣社員としてフルタイムで働いている人など様々ですが、皆、この仕事に誇りを持っています」
 そんなモノ好きが八人もいるなんて、と内心呆れていたら、ずっと沈黙していた真奈が冷静に言い放った。
「十文字さんは九番目の登録なので、これからは九番と呼ばせてもらいます」
(きゅっ、きゅうばん? なんだよそりゃ、カッコ悪すぎ……)
 呆然とする隼人を尻目に、真奈は立花に問いかけた。
「社長、今日は手始めに、三番と四番、八番が派遣されている保育園の仕事に行ってもらう、でよろしいですね。今から彼らに連絡を取っておきますので、直接現地に向かっていただければと」
「ああ、あの三人が行ってるアレですね。そうそう、そのつもりでいたんだ。隼人くんがレッドでちょうど良かった」
 立花は両手で膝を叩くと、大きく頷いた。
「百聞は一見にしかず、ですよ、隼人くん。とにかく現場に行ってみればいい。キミと同じ高校生を派遣していますから、彼らの仕事ぶりを見れば納得行くでしょう」
 そこで立花は海城をこちらに手招いた。
「改めて紹介しましょう。こちら海城尊(かいじょう みこと)くん。泉泰(せんたい)大学医学部の二回生で登録ナンバーは二番。我が社のエースともいうべき人です」
 紹介を受けて隼人は目をむいた。
(えーっ! 泉泰大学って、あの超難関校の、それも医学部だと? そんでもって、めちゃイケメンなんて、そんなヤツがこの世に存在していいのかよって)
 天は二物どころか、何でもかんでも与え過ぎではないのか、許せない。
「買いかぶりすぎです、社長」
 超エリートにしてウルトラ美男子・海城尊はニコリともせずに答えた。
「海城くんのお父さんはドリームクリエイト社の研究員で、ベルトの開発にも携わっていた人でして、その縁で我が社にバイトの登録をしているんですよ」
「はあ……」
「で、こちらは今日からバイトに入った十文字隼人くん。初心者ですから、先輩として懇切丁寧な指導をよろしくお願いしますよ」
 ペコリと頭を下げた隼人を見やると、尊は「よろしく」とだけ言った。
「そうだ、お疲れのところ申し訳ありませんが、追加の仕事をお願いできますかね。今日は諸星くんたちが交通安全のアレに行ってるんですよ。それで隼人くんを連れて、とりあえず午後の部までに間に合うように、会場にて合流してもらいたいのですが」
「わかりました」
 初対面の気難しそうな男と一緒に行くなんて、気詰まりするのは目に見えている。一人で行けるからと、同行を辞退しようとした隼人だが、とても言い出せる雰囲気ではない。
 そんなこんなの経緯により、強引な社長と強力な事務員に丸め込まれ、送り出された隼人はクールな美青年・海城尊と共に事務所を出発し、ヒーロー派遣という、謎のバイトに挑戦する羽目になったのである。

                                ……②に続く