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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

PROMISEHERO009(覚醒編 BLVer.)②

    SCENE №002
 ビルの裏側にある駐車場まで来ると、尊は自分の車に乗るよう、隼人を促した。
 漆黒の車体、スポーツタイプのクーペは黒ずくめの美男子にこれ以上ぴったりな車はないという車種である。隼人がおずおずと助手席に乗り込むと、車は軽やかに発進した。エンジン音はさほど大きくない、このテの車にしては静かで落ち着いた乗り心地だ。
 尊がカーステレオを操作すると左右のスピーカーからジャズが流れてきて、こんな気障っぽい演出も彼ならでは。
 黙って運転を続けている相手に話しかけることもできず、隼人は仕方なく景色を眺めていたが、繁華街を抜け、住宅地にさしかかったところで、思い切って口を開いた。
「あの……交通安全のアレ、って何ですか」
「保育園や幼稚園の園児を対象に行なう交通安全教室だ。協会からの委託を受けて、園ごとに実施している」
 交通安全教室と聞いて、隼人はホッとしたような、肩透かしを食らったような気分になった。
(だからイベント補助なのか、なあん だ。ヒーロー派遣って、その程度の内容かぁ)
 幼稚園に通っていた頃、両親にせがんで連れて行ってもらった遊園地でのヒーローショーが──当時テレビで大人気だった五人のヒーローが遊園地の特設会場で悪者を相手に闘う、お馴染みの場面だ──隼人の脳裏に思い浮かんだ。
 いや、あそこまで凝った内容ではなく、もっと簡単なはずだ。そうでなければ高校生に務まるとは思えない。
「それで保育園に……どんなことをやるんですか?」
「車を怪物に見立てて、飛び出しをしない、信号を守るといった交通ルールを教える。もっとも初歩的な業務だ」
「海城さんもやったことは?」
「ある」
 この無愛想な男が小さな子供たちを相手に、どうやって交通ルールを教えたのだろうか。何だか想像がつかないが、予想していたよりも簡単そうな仕事だと安心した隼人はとたんに饒舌になった。
「いつからバイトしてるんですか」
「高一、だったかな」
「他にはどんな内容の仕事があるんですか」
「多岐にわたっているから、一言では説明できない。難易度のランキングがあって、初心者はDクラスかCクラス程度から始めるのが通例だ」
「交通安全は?」
「Dにも及ばない、Eクラスだな」
 尊はにべもなく答えるとウィンカーを操作し、車体は左へと曲がった。
「その仕事のランキングって、エナジー指数の値によってどれができるとかできないとか決まるわけですね」
「そうだな。おおよその目安はあるが、最終的には本人の希望を優先する。指数が高いからといって大変な仕事ばかりをやらされるわけではないから安心していい。逆に、指数の低いヤツが難しい仕事をやりたいというのは内容によって却下されるが」
「なるほど」
 納得していると、尊は横目でチラリとこちらを見やって呟いた。
「見たところどこにでもいそうなガキなのに、おかしなものだ」
 それは見かけによらず隼人の指数が高かったことへの疑問なのか。これまで最高値だった自分の記録が抜かれたために、この新入りの存在が気に入らないのかもしれない。
 そんなの知ったこっちゃない。思わずムッとして、
「わっ、悪かったですね。エナジー指数がどうのこうのなんて、今日初めて聞かされたのに、高さの理由がオレにわかるはずないじゃないですか。それに、見た目は関係ないって社長さんが……」
 ねめつけてみると、尊は「済まない、失礼した」とあっさり謝り、その態度が隼人を拍子抜けさせた。
「そんな、別に謝らなくても」
「指数を決める要因が何かわかるか?」
「えっ? さ、さあ……社長さんは年齢や性別では判断できないって説明してましたけど、海城さんは知ってるんですか」
「運動神経の優劣はそれほど影響しないが、ベルトを装着する時間が長いほど体力を消耗するという点では若い男の方がいいんだろうな。あとは当人の性格や信条、物事に対する考え方といった精神的な部分が大きいとされている」
「精神的か。よくわかんないけど、何が決め手になったんだろう」
 気の弱い性格から、立花や真奈に押し切られてバイトを始める羽目になったほどである。精神的に強いとか、取り柄があるとは思えない。首をひねりながら、隼人はぶつぶつと独り言を口にしていた。
「オレってどっちかって言えば内気だし、電車の中で席を譲るのも勇気がいって……」
「席を譲ってどうしたんだ?」
 聞かれていたのかと焦りながら、隼人は高校まで電車で通学していること、車内でどう見ても老婆と思える人に進んで席を譲ったら「私は老人じゃない」ときつく断られた事件がトラウマになり、それ以来座席に座れなくなったのだと語った。
 席に座っていれば誰かに譲る場面にも遭遇するが、最初から座らなければその心配もなくなるからだ。
「座席に座ってる若い人の前におじいさんが立っていて、オレならすぐに譲るのにと思いながらも、どうすることもできないシーンは何度もありました。だったらトラウマを克服すればいいんでしょうけど、また叱られたらイヤだなって思うとなかなか……気が弱いんですよ、なのにどうして指数が高いんだろ。もっと強い精神の持ち主じゃないと、って思うのに」
 そうか、とだけ答えて、尊は車を道の左側に寄せた。
「着いたぞ」
 到着した先は門のところに『ふたば保育園』という看板を掲げた、壁をミントグリーンに塗った二階建ての建物で、周囲はアルミ製のフェンスに取り囲まれていた。園庭では交通安全教室のイベント真っ最中で、園児たちの賑やかな声がここまで聞こえてくる。
 そこには道路に見立てた白線が引かれ、横断歩道や信号機までがセッティングされている。信号機は順番に色が変わる、かなり本格的なものであり、今はその横断歩道を園児が渡ろうとしている場面だった。
「午前中はここでのイベントということになっている。とりあえずどんな様子なのか、見学してみるといい」
「あ、はい」
 車を降りた二人は物陰から成り行きを見守ることにした。
「あっ、コワーイ怪獣がやってきました、みんな、気をつけて!」
 ガオーッという効果音が聞こえる。
「横断歩道を渡らなかった悪い子は誰だ?」
「おまえだな、よし食べちゃうぞ」
「……きゃあ、危ない!」
 ヒステリックな声で叫んでいるのは若い女の保育士で、信号を守らなかった園児の一人が車の形をした怪物に襲われるというシーンが繰り広げられているが、子供たちは恐ろしがるよりもキャアキャアと喜び、はしゃぎまくっていた。
(あんなんで交通ルールを守る気になるとは思えないけど……この頃のガキはスレてるからなぁ)
 怪物が園児を連れ去ろうとした時、「待てっ!」という掛け声と共に現われた三人組を見て、隼人はギョッとした。
 さっき鏡で見た、自分と同じスーツ姿だ。いや、色が違う。黄、青、そしてオレンジ。
(そうか、高校生バイトの三番と四番と八番があいつらだな)
 青は自分と似たような体型だが、オレンジは肥満体で、黄色は女だ。個人によってエナジーカラーが違うというから隼人自身は赤、彼らも各自の色を持っているのだ。
 ならばこの人は……と、隼人は傍らの尊を見上げた。
(黒、しかないよなぁ)
 当の尊は相変わらず無表情で、黙ったまま三人の活躍ぶりを眺めている。
「その手を離しなさい!」
 怪物を諌めたのは黄色、
「何だ、おまえらは」
 敵役の怪物たちが三人に向かって吠えると、
「オレたちは正義のヒーロー、交通戦隊シグナルレンジャーだっ!」
(シグナルレンジャー?)
 青いスーツの男がポーズをとって決めゼリフを吐いたが、あまりのダサさに隼人は目眩をおぼえてしまった。せっかく派遣されたのはいいけれど、特撮の世界のようにはいかないのが現状なのだ。
 それでも子供たちは大歓迎、と思いきや、一部からブーイングされている。オレンジ色では信号にならないという理由らしい。
「何言うとんねん、わては赤や、シグナルレッドやで」
 肥満体のオレンジが関西弁でまくし立てているのを見て苦笑した隼人はそれから、赤・イコール・シグナルレッドに値するのは自分だと気づいて愕然とした。
(次はあの役をオレにやれ、ってこと?)
 まさか何の練習もなしに、それはないだろうと思いつつも不安がよぎる。
 シグナル三人組は派手な立ち回りで怪物たちを蹴散らしたあと、改めて交通ルールのポイントを順番に説明し始めた。
「……だから、信号が青に変わっても、すぐに渡ろうとするなよ」
「右を見て、左を見て、車が止まってくれたのを確認してから渡りましょうね」
「ボールなんかを追っかけての飛び出しは絶対にやったらあかんで」
 そんな指導がしばらく続いたあと、園児や職員たちの拍手に送られて、三人は建物の裏手に消えた。
 観客たちが園舎へと引っ込むと同時に、数人の学生風の男たちが現れて信号機などの撤去に取りかかったところで、隼人は「あの人たちは?」と尊に尋ねた。
「機材の準備や怪物役などを引き受けているM&Gプロダクツのメンバーだ」
 なるほど、と隼人はてきぱきと片づけを進める人々の様子をもう一度眺めた。彼らは怪物の着ぐるみを脱いで、大道具係に転じるのだった。
「皆さん、大学生のバイトですか?」
「そうだな。あそこで指示を出している、メガネをかけた背の高い男が三崎といって、M&Gの正社員だ。大抵の場合、あいつがイベントを取り仕切っている」
 交通安全教室はいつもこの要領で行なわれているらしい。三崎をリーダーとしたM&Gプロダクツメンバーのチームが会場をセッティングしたところへ、PHカンパニー側からシグナルレンジャーが派遣されるという形になるのだ。
「あの連中のことだが、エナジー指数が足りなくてM&Gに回されたというヤツが多いから、俺たちにコンプレックスを持っている。ヒーローになり損ねたひがみから厭味を言ったり、嫌がらせをしたりするかもしれないが、まともに取り合わないよう、冷静に対応するんだな」
「そんな……面倒っちいなぁ」
 誰だって怪物すなわち敵役より、正義の味方を演じたいという気持ちはわかるが、それを聞かされて、隼人はうんざりとした。
 ところで、舞台裏ならぬ建物の裏に引っ込んだ三人はどうしたのだろうか。気になってそちらを見ていると「あいつらは次の場所へ移動した。俺たちも行くぞ」と言われた。
「片づけとか、手伝わなくてもいいんですか? 保育園の人に挨拶も……」
「それは三崎たちの役目だ。俺たちは一般人に素顔を見せてはいけないという決まりになっている」
 EやDクラスではさほど支障はないが、上級クラスの仕事になってくると、正体がバレるのはまずい、大きな問題になるのだと尊は説明した。
 そのとたん、自分がとてつもなく危ない世界に首を突っ込んでしまったのではという危惧が隼人の中で渦巻いた。
(まさか本物のヒーローみたいに、生命の危険に晒される、なんて仕事をやらされるんじゃないよな? 断ってもいいって話だけど、オレって気弱だから、すぐに引き受けちゃいそう……)
 不安げにたたずむ隼人をジロリと見ると、尊は「早くしろ」とせっついた。
「あ、す、すいません」
 慌てて車に乗り込む隼人、黒い車体は再び移動を始めた。

    ◇    ◇    ◇

「少し早いが昼食にしよう。一時より開始だから、十二時半には到着しておかないと困るからな」
 尊が車を停めたのはコンクリートの壁も屋根も金色に塗られた、奇妙な建物の敷地だった。この平屋建ての建造物はどうやら喫茶店らしく『SC』という文字が描かれた、言い訳程度の看板が駐車場の隅の方にちょこんと置いてある。
 Sはシークレット、Cはカンパニーの頭文字を取っていると聞いて、隼人はげんなりとした。建物と同様に奇妙な名前で、とても儲かりそうな店ではない。
「社長の行きつけ、というより、会社で経営している店だ。ここなら領収書をもらうだの何だの、煩わしい処理をしなくてもいいところが楽で、利用する機会も多い」
「それでシークレット・カンパニーか。安直なネーミングって気がするけど」
 尊自身は何度も出入りしているらしく、扉を開けて中へ入ると慣れた仕草で新聞を手に取り、それから奥のテーブルへ勝手に着席したのだが、隼人もそちらへ行こうとして、慌てて近くの柱に足をぶつけてしまった。
「痛てて……」
 このけったいな店には窓というものがほとんどない。二人が着いたテーブルの周りも怪しげな絵画がひとつ飾られているだけで味気ない雰囲気である。
 店のマスターとおぼしき人物が氷水の入ったグラスとメニューを持ってきたが、この男も店内同様に愛想がなく、ムスッとした顔でそこに立っている。隼人たち二人以外に客はおらず、昼時にこの入りでは経営が成り立つのかと心配になるほどだ。
 尊がメニューを見ようともせずにカレーライスを頼んだので、隼人も同じものを注文してからキョロキョロしていると「少し落ち着いたらどうだ」と咎められた。
「え、ええ、でも……」
 こんな不気味な店で気分が休まるはずないじゃないか。そう反論したいのはやまやまだが、口には出せず、氷をガラガラいわせて水を飲む。
 尊は英字新聞を広げて紙面の記事に目を通している。帽子を取った姿を見るのは初めてだったが、すっかりくつろいでいる様子で、それが彼らしくない、不思議な感じがした。
 しばらくしてマスターがカレーを盛った皿を運んできたので、新聞を折り畳んだ尊はさっさとそれを食べ始めた。
 あまりにも美形なこの男はまるでマネキンか何かのようで血が通っている気がしない、およそ人間味に欠けた印象だったが、そんな彼が見せた、食事をするという『生物的行為』に、隼人はようやく親しみをおぼえるようになってきた。
「どうした、食べないのか」
「は、はい、いただきます」
 スプーンを動かしながら、隼人はまたそろそろと探りを入れた。
「今からさっきの三人に会うんですよね。いつもチームを組んでやるんですか」
「それは内容によって様々だ。俺の場合は単独行動が多いがな」
「追加の仕事って、社長さんがおっしゃってたけど、じゃあ、今は勤務明けってこと?」
「昨夜からの仕事が一段落して、さっきは報告書を書きに来たところを捕まった」
 それでは徹夜明けではなかったのか。なのに、自分の初仕事に付き合わされてしまったわけで、申し訳なさを感じた隼人は思わず「すいません」と頭を下げた。
「謝る必要はない」
「でも……」
「社長の言ったとおり、ここまで指数の高いヤツは初めてだ。俺もおまえに興味があるから、今日一日付き合うことにした」
「えっ、オレに?」
 冷たい印象を受けていた人から思いもよらない言葉を聞かされた上に、随分と親しみのこもった眼差しで見つめられた隼人は当惑し、相手が男であるにも関わらず、ドキドキしてしまった。
 それにしても、事務所ではどうでもいいような返事をしていたくせに、興味があるとはいったいどういう心境の変化だろう。さっきの車の中でも「どこにでもいそうなガキ」などとバカにしていたではないか。何が彼の態度を変えたのか。
「きょっ、興味って、どんな?」
 急き込んで尋ねると、ハッとした尊はいくらか戸惑った様子で「思ったより暑いな」と言い、右手で額の汗を拭うと、黒い長袖シャツの襟と袖口のボタンをはずした。
 勝手に話題を変えて、何て独善的なんだと呆れながら、相手の手元を何気なく見た隼人はそこにうっすらとした傷跡のようなものがあるのに気づいた。
 こちらの視線を感じたのか、尊は「これか」と言いながら左の袖をまくってみせた。確かに傷跡だ、傷のひきつれが手首から二の腕にかけて長い直線を描いている。
「十年前、交通事故に遭ってな。ここと背中と、首の後ろにも残っている」
「それで髪を……」
 尊の服装と髪型は傷跡を隠すためのものだとわかったが、今さら話題にするのも憚られて、隼人は沈黙してしまった。
「医学の道を志したのも事故がきっかけだった。もっと進んだ医療技術があればと……なんて、つまらない話をして悪かったな」
「そ、そんなことは」
「さて、そろそろ行くぞ」
「えっ、ちょっと待って! まだカレーがぁ」
 カレーライスは皿に半分近く残っている。慌ててかき込み、既に立ち上がった人のあとを追った。
(まったく、強引なんだから!)
                                ……③に続く