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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ムーンライトダンス ②

    第二章

 次の日、クラスメイトの中でも情報通の富田をとっ捕まえて聞いたところによれば、宇都木のジイさんが──宇都木善司(ぜんじ)という名前も初めて知った──この大学の理事長だという話はけっこう有名で、ほとんどの学生が知っているらしかった。
 会社でいえば社長、学校法人暁学園という法人のトップなわけで、もちろんそれなりに資産もあるお金持ち、いわばセレブだ。
 セレブなんつー、ムカつく言葉で語られる理事長の孫という立場。宇都木に向けるみんなの眼差しにはそれに対する憧れや恐れなんかも混じっているのかもしれない。
 そういや、ヤツが身につけている服とか小物、シンプルだけど質が良さそうだったし、部屋に置いた家具類もそこらの安物なんかじゃなく、センスが良かった。
 やっぱりあいつは金持ちのおぼっちゃま、セレブなんだと実感すると、昨夜からオレの中に僅かばかり芽生えていた、ルームメイトに対する親しみの情ってのがしゅるしゅるとしぼんでいくのがわかった。
 えっ、その親しみって何なんだ? 
 ずっといけ好かないと思っていたはずの宇都木がタオルケットを貸してくれたというだけで、親しみなんてーのを抱いていたのか。そんな自分の気持ちの変化に、ちょっとばかり戸惑ってしまう。
「……それで、理事長なんだけどさ、寄る年波には勝てないってよく言うじゃないか。今年に入ってからどこかの病院に入院しているんだって」
「入院って、病気なのか?」
「ああ。肝臓が悪いらしいぜ」
 ところが、病床にあっても息子つまり、宇都木の父親に理事長職を譲る気はないっつーことで、息子は仕方なく理事長代理という肩書きで大学の運営に携わっているらしい。
「そこらの事情はわかったけど、何で孫が学生寮なんかに入ってるんだよ? 理事長様御一家ともなれば、大きなお屋敷にでも住んでるのが当然じゃねーか」
 口に出すとなおさら、宇都木との非情な格差を──父親に死なれた貧乏な学生と、大学の理事長の孫というセレブな学生──実感してしまう。
 きっちりと分けられたあの部屋の真ん中に大きな溝がある、そんな気がして苛立つ気持ちが抑えられずについ、語調が荒くなる。
「小井出、何イラついてんだよ」
「イラつきたくもなるぜ。金持ちのくせにわざわざ貧乏人と一緒の寮に入るなんて、あてつけがましいったら」
「あてつけ……ねぇ」
「おい、理由を知ってるのか知らないのか、はっきりしろって!」
「そんな、怒鳴らなくてもいいだろ。じゃあさ、ここだけの話にしてくれよ」
 声をひそめて富田が語ったのは「理事長は別の文系の大学に通っていた孫を無理やり退学させると、今年度に改めてこの大学に入れた上、入寮させて学生寮内を見張らせているらしい」という疑惑だった。
 二度目の一回生ってことはあいつ、オレとタメだったんだ。
 見張らせるってゆーのは、要はスパイか。それでいつも寮にいるのか。
 バイトをしている様子もないし、サークル活動をしているふうでもない。寮生宛の書留や宅配便の受け取りなんかも主になってやってると聞いたし、まるで管理人代理だと思ったら、そういう理由があったんだ。
「見張りって何のため?」
「そりゃあ、寮をぶっ潰すためだろ」
「ぶっ潰すだと?」
「寮を廃止にする話が出たってのは知ってるよな。それがバブルのときに入寮する人が増えちゃって、潰す機会を逃したっての」
 いくらオンボロとはいえ、いやオンボロだからこそのお荷物、寮の運営を維持するのにそれなりの費用がかかるけど、大学側としてはそういった施設に金をかけたくない。
「つまり、少しでも早く潰したいわけだな」
「そう。ところが、管理人制度をやめて学生の自主管理に切り替えたせいで、学校側の都合で『出て行け』なんてこと、寮生に言えなくなっちゃったんだ」
「なるほど。そこで、住んでるヤツらを見張らせて悪事のシッポをつかみ、そいつをネタに潰しにかかるって魂胆か」
 二十歳を過ぎたヤツらに酒やタバコじゃ、悪事にはならない。あとは女を引っ張り込んだとか、そんなネタぐらいか。
 そうだ、昨夜は一歩手前で踏みとどまった、学生同士の乱闘なんてのは寮生たちにつけ入ることのできる格好の材料だ。
 寮内での喧嘩を処罰する形で「こんな騒ぎを起こすなら、ここは潰しますよ。文句は言わせません」ってんで、廃止に追い込むパターン。だから長峰は宇都木に忠告を……
『ここで我々が問題を起こしたら、その後どうなるのかは宇都木、キミが一番承知しているはずだ。そうだろう?』
 まてよ、あのセリフっておかしくないか。長峰は宇都木に対して「見逃してくれ」と懇願することはあっても「おまえが気をつけろ」ってニュアンスはないだろう。いったいどうなってるんだ? ワケわかんねー。
 とりあえずその疑問は横に置いて、オレは残りの質問をかました。
「あ、あとさ、夕映え荘って名前の建物、知ってる?」
「それって、先に潰された女子寮のことじゃないかな」
 あかつき荘と瓜二つの夕映え荘とは女子寮だった。管理人制度を廃止して学生に管理を委ねるという方針になった際に、男子はともかく女子寮は防犯面に不安がある、学生たちの安全が確保できないという結論に達して、男子寮だけが残ったわけだ。
 とにかくこれで、オレの疑問の数々はとりあえずの解決をみた。せいぜいシッポをつかまれないように、スパイには用心しよう。それには部屋にいないのが一番だ、うん。

    ◆    ◆    ◆

 あかつき荘の玄関は午後九時に施錠するのが基本なんだけど、男子大学生の門限にしちゃ早いと思っていたら、全員に合い鍵が渡されていて、何時になろうが出入り自由。実質的には門限なしだ。
 その代わり、自室の鍵はしっかり閉めておかなきゃならない。誰かが玄関を閉め忘れる危険性もある、自分の部屋は自分で守れってことだ。
 オヤジが病気になる以前からいくつものバイトを掛け持ちしているオレだが、その中でも一番主に続けているのが居酒屋の店員の仕事だ。
 長時間勤務で時給も高いし、髪の色とかをうるさく言われない、ありがたい職場だけど深夜まで営業しているから、週に何度かは遅番で入ることになる。
 この日は入寮後初めての遅番で、徹夜勤務は何度も経験しているのに、生活環境が変わったせいか、ハードに感じられた。
 寮に戻ったのは深夜もかなり過ぎた、丑三つ時というやつで、眠気と疲れで足はフラフラするし、頭もぼんやりしている。玄関前に立ったはいいが、うっかりするとこのまま寝ちまいそうだった。
 鍵を取り出す前に施錠をチェックすると、玄関はきちんと閉められていた。
 なあんだ、ちゃんと管理されてるじゃないか。まさか掛け忘れてはいないだろうと思ったけれど。
 何度も出入りするのはさすがに気が引けるので、そのまま風呂に寄ってシャワーを浴び、部屋の鍵を開ける。薄暗がりの中、宇都木の動く気配がした。
「……今、帰ったのか」
 ヤツがいたのはベッドの上ではなく、どうやらテーブルのところでうたた寝をしていたようだ。
 てっきり寝入っていると思っていたから、何のセリフも用意していない。ああ、とだけ答えると「バイトか」と呟く声がした。
 起こされて不愉快に思っているのかと邪推したとたんに、イラついてきたオレは「起こして悪かったけどさぁ、迷惑だって文句があるなら、はっきり言えよ。これでも気ィ遣ってんだ」などと噛みついた。
「いや、別に」
 別に、だと? 何なんだよ、それ。
 相手の半端な返事が苛立ちを増幅させ、その苛立ちをぶつけるかのようにオレのマシンガントークが炸裂した。
「オレの入寮の理由、聞いてんだろ? オヤジが胃ガンで死んじまったからだよ。つまり、バイトで生活費の全額を賄ってる、かわいそーな苦学生ってやつだ、自慢するつもりはねえがな。そうでなきゃ、誰が好き好んでこんな寮なんかに入るかよって」
 返事はないがヤツは承知しているはず、なのに言葉が止められない。
「夜中に帰って来る不規則な生活のヤツとは一緒にいられないってんなら、部屋を別にしてもらうよう、上にかけ合うんだな。何てったって理事長の孫なんだし、安眠妨害だからって言えば、そのぐらいの要求は聞いてもらえるだろ」
 ああ、部屋の真ん中の溝がどんどん深くなる。そこにハマリ込んだような錯覚をおぼえて、胸が痛いほどに苦しくなった。
 オレってば、言わなくてもいいことまで口にしている。一言どころか二言も三言も多い、いつもの悪いクセだ。
 すると宇都木は落ち着いた声で「文句なんて……ただ、心配だったから」と答えた。
「……はあ?」
 思いがけない言葉に、オレは間の抜けた反応をしてしまった。
「それじゃあ、ずっとオレの帰りを待ってたとか……まさか……」
 それで寝巻きにも着替えないまま、うたた寝を? 
 宇都木が目を逸らした、なんて、はっきり見えているわけじゃないけど、そんな無言の肯定に、オレはどうしていいのかわからず混乱した。
「バイトだとは知らなかった。どこへ行ったのか全然わからないし、ケータイの番号も知らないから連絡の取りようがな……」
「あ、あのさあ、いちいち心配してたら身体がもたないって。とりあえず番号とメアド教えておくけど、オレのことは気にしなくていいから、先に寝ていてくれよ」
「……わかった」
 ちょっとばかり気まずい沈黙が漂う。
 そこまでオレを気遣っていたなんて、気が利かないと思っていたけど、案外神経が細やかなんだな。箇条書きの記述を訂正しなくちゃ。せっかく心配してくれていたのに、さっきの言い方は悪かったと思いながら、
「目ェ覚めちまったみたいだし、電気点けていいか?」
 相手の返事を待たずに、天井の灯りのスイッチを押して着替えを済ませると、帰りに立ち寄ったコンビニのレジ袋から缶ビール一本と缶チューハイを二本取り出した。
 ラムネハイ、じゃなくて一番好きなグレープフルーツハイ。徹夜の仕事のあとの、ささやかな楽しみだ。
「ビールとチューハイ、どっちが好き? ほら、客に酒を運ぶばっかりで自分は飲めないからストレス溜まっちまってさ。心配かけたお詫びに一本奢ってやるよ」
 そう言いながら缶を差し出すと、
「ありがとう。でも今はいい」
「あっ、そう」
 無理に勧める気もないので、プルを引いて勝手に飲み始める。宇都木はそんなオレの様子をじっと眺めていた。
「あー、うめぇ。金はなくても酒はやめられねーな。なあ、おまえだって飲みに行くことぐらいあるだろ? 徹夜で飲み明かすなんて経験ねえのかよ」
「酒はあまり飲まないんだ」
 うわー、やっぱり面白味のないヤツだ。毎日ひきこもりみたいな生活で、いったい何が楽しみで生きているんだか。
 すると宇都木はやや恥ずかしそうに、
「酒よりは甘いものの方が好きで……団子とか汁粉とか」
「な、なんだそりゃ?」
 スイーツ好きな乙女男子が増えているとは聞いたけど、団子じゃあ乙女っつーよりオバア男子じゃねえか。
 団子の話で盛り上がるはずもなく、オレは話題を変えようとして、またしても余計なことを言ってしまった。
「ま、まあ、バイトも大変だけど、理事長命令に従うのも苦労があるよな。クラスのヤツに聞いたけど、前の大学辞めさせられた上にここでスパイする命令受けてるんだって? ほとんど部屋にいるもんな、それってつまんなくねえ?」
 反省ができない、サル以下のオレ。
 一瞬にして空気が張り詰めたが、今さらあとには引けない。酒の勢いも手伝ってか、必要以上に舌がペラペラと回る。
「オレみたいに、部屋へまともに帰ってこないヤツは寮生の悪い見本だろうな、問題ありで報告されても仕方ないや。なあ、いっそ、そうしちまったらどうだ? 『問題の多い人がいるんで男子寮は潰します』ってことになって寮がなくなりゃ、おまえだって家に帰ってゆっくり寝られる。寮にかかる費用で奨学金でも出してくれれば、今住んでる連中も文句は言わねえだろうしな」
 オレの暴言を黙って聞いていた宇都木はゆっくりと口を開いた。
「祖父の命令で住んでいるのはたしかだけれど、それは寮を潰すためじゃない」
「じゃあ何だよ」
「その逆だ。ここが廃止に追い込まれないように見張っている」
 予想外の返事を聞いて、オレはえっ、と目を剥いた。
「どういう意味?」
「経営陣の動きは知っているだろう? だから、寮の存続に不利な情報が外に漏れないように監視しているんだ。何かあればすぐに祖父に報告するといった、ホットラインの役目も果たしている」
「ホットラインかぁ……」
「理事長の孫が住んでいるとなると、寮生を追い出すといったような行動を起こすのはそう簡単にいかない。いわば砦とか防波堤みたいな役割もあるな」
「防波堤ね、なるほど」
 宇都木の父親を筆頭にした大学の経営陣は男子寮の廃止を全員一致で求めているらしいけど、ただ一人反対しているのが現理事長というわけだった。
 しかも寮の廃止を皮切りに、少子化時代対策として、学生ウケするためのオシャレなキャンパス造り、つまり敷地全体の改造計画が持ち上がっているらしい。
「曽祖父はわりあい早くに引退したから、祖父は四十代で理事長に就任した。それからすぐに大学のキャンパス移転と寮の設立に着手したとかで、あかつき荘には思い入れがあると話していた」
「それで理事長職の譲渡も渋ってるんだ。息子が理事長になったら、真っ先に寮を潰しちまうだろうからな」
「そういうことだ」
 頷いたあと、宇都木は次に亡くなった祖母の話を始めた。
「俺の祖母は三年前に他界したけれど、優しい笑顔は今でもよく覚えている。祖母もかつてはここで学んでいて祖父と出会った。理事長職を受け継いだ夫を支え、移転のときに何かと苦労したから、このキャンパスにはたくさんの想い出がつまっている、そんなふうに語っていた。あかつき荘と夕映え荘の外観のデザインに携わったのも祖母なんだ」
 昔を懐かしむ、その口ぶりからして、宇都木はかなりバアちゃん子だったみたいだ。
 大好きなバアちゃんからキャンパスにまつわる想い出を聞かされて育った辰哉少年はジイさん命令というより、自分の意思でバアちゃんの想い出を守りたいと思ったらしい。
「よって、俺にはおまえを問題ありと報告する義務はないから安心してくれ」
 そう言い切った宇都木の声は包み込むような暖かさに満ちていて、オレはガラにもなく照れてしまった。
 ずぶずぶと深まりつつあった溝がやっと埋まっていくような気がして安堵する。
「ふ、ふーん。それじゃあ、事実とはまるっきり正反対じゃねーかよ。スパイだなんて、ひでえ誤解だな」
「詳しい事情を知っている人はほとんどいないから仕方ないけど、時々虚しくなることもある……かな」
 どちらが正しくて、どちらが悪いとは決められないけれど、寮を潰したいオヤジと、存続させたいジイさんとの板挟みになって、何かと大変なんだろうと察しはついた。
 自分と対立するジイさん側に味方し、そっちに協力している息子の辰哉に対して、オヤジはどんな態度をとっているのか。一向に名前の出てこない母親は夫の側についているのか、それとも中立なんだろうか。
 無口で陰気なヤツという印象も、家族間の諍いに巻き込まれた上に、その犠牲となってせっかく入学した大学を辞め、寮に放り込まれたせいかと思えば気の毒になってくる。
 いくらセレブで金持ちでも、こいつにはこいつなりの苦労があるんだ。そう納得して、改めてそっちを見やる。
 テーブルの上には海の写真が飾ってあったが、よく見ると実物を写したものではなく風景画を撮ったのだとわかった。こいつの専門の油絵じゃない、水彩画のようだ。
「それ、絵を写真に撮ったのか」
 宇都木は苦笑いを浮かべた。
「本物は買えないから、画廊のチラシを切り抜いて……これはシキト・マシェリの作品で、タイトルを日本語に訳すと『海の溜め息』。日本ではほとんど無名だけど、俺はこの人の作品が気に入っているんだ」
 シキ何某は最近脚光を浴びている新進画家とかで、その作品は精確なデッサン力に裏づけされ、鮮やかでいながら柔らかい、優しい色使いをしていた。
「吸い込まれそうな海だな、いい色出してんじゃねえか。ここの紫色の使い方がいい、構図もキマッてるし」
「同感だ。こういう色が出せたら最高だと思うけれど……」
 オレの言葉を聞いた宇都木は自分が褒められたかのように嬉しそうに同意したけど、この寮に来てから、こいつがこんなに感情を露わにするのは初めてじゃないかな。無表情でいる時よりもずっと好感が持てる顔じゃねえか。イケメン扱いを認めてもいいかなと妥協してしまう。
「俺には才能がないってあきらめていたから別の道を選んだつもりだった。それがこうして絵筆をとっているなんて、運命とはわからないものだ」
 それから宇都木は油絵と水彩画、それぞれの絵画についてぼちぼちと語った。
 オレが色使いやら何やらを褒めたせいで、マシェリ作品の理解者が現れたと喜んでいるのだろう、普段のこいつに比べればかなり饒舌で、しかもなかなか興味深い話だった。
 オレの専門は彫刻だけど、絵画も嫌いじゃないっつーか、そこそこ興味はある。何より、これまで未知の人物だった宇都木の、彼なりの考えを聞くのは面白かった。
 アパート暮らしで四年間を過ごしていたら、学科の違うこいつとは親しくなるなんて絶対になかっただろうな。そう考えると、何だか嬉しいような、ほんわかした暖かい気持ちになった。寮生活も悪くない。
 アルコールがまわったのか、話が一段落すると急に眠気が襲ってきた。
「さてと、今日の講義は二限からだし、一眠りするかな」
 未だに布団を持ってこられないオレが床に転がろうとすると、
「俺のベッドで寝るといい」
「……えっ?」
 いきなりの発言に眠気が吹っ飛ぶ。
 思わず耳を疑い、問い返すオレに宇都木は「ベッドで寝ろ」と再度強調した。
「オ、俺のベ、ベッドって、なっ、何だよ、それ?」
 平穏な夜明けにおける、崇高なる芸術論が一転して怪しい雰囲気の会話になっちまったじゃないか。言葉に詰まりまくって、まともな返事ができない。
 ひとつのベッドに二人の男。決して広くはないセミダブルで身体を密着させ……うわっ、ヤバイ、ヤバすぎ。
 もしやこいつって、そっち系の趣味アリなのかと、疲れ切った頭の中をいかがわしい想像がぐるんぐるんと回る。
 ああ今宵、オレは宇都木にバックバージンを捧げる羽目になるのか。でもまあ、これだけの美形だし、こいつなら別にいいかも……
 えっ? オレってば、男相手オッケー? そっち系はオレの方? ああもう、いきなり飛躍しすぎだっての。
 すると宇都木はまたしても平然とした様子で「そこに寝たんじゃ疲れが取れないだろう。俺が床で寝るから」と答えた。
「あ……そう」
 なーんだ、そういう意味か。親切のつもりで提案しただけなんだ。何だか損した気分、ますます疲れてしまったじゃねーか。
「ご親切はありがたいけど、遠慮しとく。人のベッドなんて気ィ遣って、余計に眠れなくなっちまうからさ」
「……そうか」
 気分を害した様子もなく、宇都木はそのままベッドに潜り込んだ。
 で、オレはといえば、疲れているはずなのに今の騒ぎのせいでやっぱり眠れなくなってしまった。
 何がバックバージンを捧げる、だ。お疲れモードだ、マイッたな。

                                ……③に続く