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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

魔性のオトコⅠ ⑤

    第五章 それぞれの朝──合宿終了


 午前六時。目を覚ますと、室内には薄日が差していた。しばらくぼんやりしていたが、昨夜の顛末を思い出した大和は「やべっ」と起き上り、辺りを見回した。
 武流は自分の布団に戻っていた。大和が寝ている間にそうしたのだろう。ホッしてさらに窺うと、照も素直も未だ布団の中で、やれやれと息をつく。
 トイレを済ませてから洗面所へ、鏡に映った自分は明らかに疲れていた。やつれていると言ってもいい。
「マジであの婆さんの言ったとおりになってもうたな……」

『これからますます激しくなる。酷なようじゃが、そなたのさだめとして受け入れるしかないのう』
『そなたは男でありながら男を惹きつける色香、フェロモンを常に他の男たちに対して振り撒いておるのじゃ。さしずめ、魔性の女ならぬ魔性のオトコとでも呼ぼうかの。それゆえ男にセマられる羽目になる』
『そなたは何かのきっかけで魔性ぶりを発揮して男たちを翻弄した挙句、そなたに惚れた男同士の色恋沙汰に巻き込まれてしまう。それが男難の意味するところなのじゃよ』

 溜息が口をついて出る。フェロモンを振り撒いたとか、男たちを翻弄したとか、自分ではそんなつもりはないのに、巻き込まれまくった挙句がこの体たらくだ。
 一斉にそれぞれと踏み込んだ関係になってしまって、この先どうしたらいいのだろう。まずは今からどんな顔をして彼らと会わなければならないのか。気まずい、きまりが悪い、しかし、どうしようもない。
 それでも今日はいよいよ三泊四日の合宿最終日、午後にはこの地を去ることになる。名残惜しい半面、安堵する気持ちもあった。
 部屋へ戻って着替えをしていると、素直が身体を起こした。
「あ、大和くん、おはよう。胃腸の具合はどう? 今朝は御飯食べられるかな?」
「う、うん、大丈夫やと思うわ」
 武流も起きたらしく、背後から視線を感じるが、気づかないふりをする。
「部長、部長ったら。朝ですよ!」
 素直に揺す振られて「うう~ん」と唸り声を上げた照がもぞもぞと動いた。
「みんな起きるの早いなぁ……なんだか、ちっとも寝た気がしないんだけど」
 ぶつぶつ言いながら起き出した照はそれから、脇腹が痛いと言い出した。
「特訓でガタがきたんじゃないですか?」
「いや、これは筋肉痛じゃないよ。何かにぶつけたみたいな……あれ? 青ずみができてるけど」
 素直が照にキックをかました、昨夜の事件をどちらも覚えていないらしい。あれは強烈だった、大和は吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。
 照も素直も、武流の布団の位置が変わったことには気がつかないらしく、朝食の準備の手伝いに向かう。
 やや遅れてついて行く大和の背中に「本当に具合はいいのか?」と声がかけられた。いろんな意味での具合のようだ。
「大丈夫や、ありがとう」
 素っ気ないと思われたかもしれないが、ベタベタするわけにもいかない。武流との間に何かあったらしいという気配を他の五人に悟られるような真似だけは避けなくてはならないし、それは別の二人に関しても然りだ。こいつはかなりの演技力を必要とするだろう、アカデミー賞が獲れるかもしれない。
 食堂には既に別室の三人がいて、配膳を手伝っていた。最初の朝はなかなか起きてこられなかった彼らにしてみれば進歩である。
「おはよう、みんな早いね」
 照が声をかけると、挨拶をした津並はそれから「大和くん、調子良くなった?」と訊いてきた。
「心配かけてごめんな、もう平気やから」
 すると津並は嬉しそうに「兄さんの買ってきた薬が効いたんだね。兄さん、チャリでブッ飛ばして、鼻血まで出した甲斐があったね」と津凪に言った。兄の頑張りを大和にアピールする狙いがあるとみえるが、鼻血を出した理由を知らないから始末が悪い。
 津凪は居心地が悪そうに「あ、ああ」と答えたが、こちらを見ようとはせずに作業を続行している。余裕で落ち着き払う文殊とは対照的、大和を直視できないようだ。
「鼻血って、それ初めて聞いたよ。大丈夫なの? 悪い病気とかじゃないよね?」
 不安にかられたらしい照が訊ねると、何も答えない兄に代わって津並が言った。
「野蛮人は血の気が多いから、少しぐらい出血した方が身体にいいかもってネタにしていたけど」
「いや、それも程度問題だよ。津凪くん、いつもより顔色悪いし」
 たしかに、体調不良や病気とは無縁そうな元気印の津凪が青白い顔をしているのは滅多にない。
 あまりにもみんなが心配そうにするのを見て、ようやく「疲れ過ぎて却って寝られなかったんだよ。テスト前とかによくあるだろ?」と津凪が答えると、
「兄さんがテスト勉なんてしたことないけどね。要は鬼の霍乱ってやつでしょ」
 すかさず津並がツッ込む。二人のやり取りは照&素直化していた。
 そこへ珠子が味噌汁の入った椀の乗った御盆を持ってきたので話は中断、朝食が始まったが、平静を装いながらも、大和の気分は針のムシロだった。
 しれっとした顔の文殊、いつもの無表情の武流、病人風情になってしまった津凪……何も知らない照・素直・津並のノーマル三人組はふっくら御飯が嬉しいとか、卵焼きが美味しいとか、漬物の風味が最高とか、たわいのない話を楽しそうにしている。
「大和くん、この味噌汁に入っていたアオサ、なかなかイケるよ。飲んでみた?」
「う、うん。ホンマや、美味い」
 話を合わせつつも、大和の脳裏にはいつぞやミステリ映画で観た光景が甦っていた。
 場所は元貴族だか華族の御屋敷、広くて豪華なダイニングルームの大きなテーブルで、メイドや執事の給仕を受けながらディナーを食するセレブな人々。そこには遺産相続を巡る陰謀が渦巻いており、一見和やかにオペラや絵画の展覧会の話をしながらも、じつは互いに腹の探り合いをしている──
 食べているのはディナーではなく民宿の朝飯で、話題のネタはオペラではなくアオサだが、各自思うところがあって、しかしそれを表に出すことはなく、淡々と食事を続ける様子が極似しているのだ。
(うわー、これ、きっつい)
 こいつを二、三日続けたら今度こそ胃腸をやられるのは確実で、それにしても気になるのは調子の悪そうな津凪、鼻血が原因だとしたら責任の一端は自分にある。
 食後の片づけを終えると、大和は思い切って津凪に声をかけた。
「あの……さ」
 ギクリとしたらしい津凪は大和を直視できずに目を泳がせた。
「ワイを心配して薬を買ってきてくれたのに、そのせいでそっちが具合悪くなるやなんて、責任感じてもうて……ごめん」
「そそそそんな、せせせ責任なんて、かかか感じなくていいから」
 緊張しまくる津凪、出血を止めるために興奮を抑えようとするが、大和の顔がちらついてまたカーッとなる、その状態を繰り返してさすがの体力自慢も疲弊してしまったのだ。
 さて、大和が津凪を心配している様子なんぞ面白くないのはこちらの二人、
「自分の体力を過信するとはアスリート失格だな」
 元・中学テニスのスーパースターが何気に厭味を言えば、
「鼻血程度の量でヤバいなら、年末にやった献血、四百採らなくて正解だったじゃねえか」
 一年時からの腐れ縁がそう笑い飛ばした。
「献血って?」
 大和がそちらを向いて訊くと、
「学校に献血車が来てさ、こいつ、張り切って四百㏄採血するって申し出たはいいが、年齢制限でアウトだったんだよ」
 今さら説明するまでもないが、献血できる量は二百㏄の場合、男女とも十六歳からだが、四百㏄になると、男性は十七歳以上、女性は十八歳以上と決められている。
 高二ならば十七歳を迎えた者もいるが、昨年末はまだ高一、十六歳の二人は二百㏄を献上する結果になった。
「二百㏄は採ったんだ」
 すると津凪は「まあな。こんなオレでも少しは社会貢献できるかなって思って」と、鹿爪らしく答えた。
 社会貢献──このテの話を聞かされるとすぐに感動し、感激してしまう大和は目をキラキラさせた。
「立派な社会貢献やんかっ!」
 すると、津凪だけが貢献したのではないと言わんばかりに文殊は「大和、オレもやったからな」と念を押した。
 あくまでも任意であり、強制ではない。協力を拒否する生徒も多い中で、番長・野蛮人と呼ばれていた二人、皆に敬遠されていたであろう二人が率先して献血したのだ。彼らを見る目がまた変わった。
「そっかー、もうすぐ誕生日で十六になるし、次はワイもやろうっと」
「もうすぐ誕生日だって?」
 大和の言葉を聞き逃さず、すかさず喰いついてきたのは文殊、
「何日だ? それで血液型は?」
「血液型も?」
「献血するんだろ」
「あ、そうやな。誕生日は五月二十五日。血液型はO」
 大和のパーソナル情報をゲットして意気が揚がってきたのは文殊よりも津凪で、青白かった頬に、瞬く間に赤味が差してきた。
「二十五日って、試合の五日後だよな。つーことは金曜日……」
 何やら考えを巡らせていた津凪は「それじゃあ、ディック杯優勝の打ち上げと大和の誕生日をその日に祝おうぜ」と提案した。さすがお祭り男、イベントを企画したとたんに活き活きとしてくる。さっきまでの不調はどこへやらだ。
「そりゃあいいや。勝利の美酒に酔うか」
 調子に乗る文殊に、大和が「未成年やろ、お酒はNG」とダメ出しをする。それに万が一、酔ってとんでもないことを口走られては破滅の一途だからだ。
 それにしてもディック杯で優勝はおろか、一勝できるかも微妙なところだが、ようやく調子を取り戻してきた津凪の様子に安堵の息をついたのは照だった。
「やれやれ。津凪くんが元気になったようでホッとしたよ」
 素直も頷きながら「そうですね。ところで部長はやったんですか、献血」と訊いた。
「もちろん行ったよ。でもさ……」
 そこで照はやるせないといった顔をした。
「あらかじめ血液の成分とかを調べるだろ? そうしたら採血不可になっちゃったんだ。何が悪かったんだろう?」
 それは寿一族の遺伝子が作用したに違いないと、六人の見解が一致した瞬間だった。

                               ……⑥に続く