Welcome to MOUSOU World!

オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

魔性のオトコⅠ ④ ※18禁🔞

    第四章 それぞれのイケナイ夜


 食堂にある食卓のひとつを卓球部の七人が独占して座り、夕食の時間が始まった。
 楽しみにしていた食事だが、胸に重いものを抱えてしまったせいか食欲が湧かない。『美味しいお刺身』を前に、箸が進まない大和を見て、隣の椅子に腰かけていた素直が問いかけた。
「大和くん、どうしたの? 部会の時はお刺身、お刺身って楽しみにしていたのに」
「うん、ちょっと食欲不振で」
「具合でも悪いの?」
「すぐに治るって。心配かけてごめんな」
 それでも大和の不調は皆に伝わり、つと立ち上がったのは津凪で、彼は珠子に胃腸薬があるかと訊ねたが、あいにく切らしているとのことだった。
「ここから薬局まではちょっと遠いのよ。車はお父さんが乗って行っちゃってるし」
「じゃあ、オレが買いに行くから、チャリ貸してくれない?」
 その行動力はピカイチの津凪、彼は珠子の自転車を借りると、瞬く間に宿を飛び出していった。
 珠子の話では、自転車なら街まで往復五十分以上かかるという。さすがにそこまで待てないため、残った者は食器を厨房へと運び、何人かが食器洗いの手伝いを、あとの者は順次入浴することにした。
 率先して皿洗いを買ってでた大和はそのあと津並に「風呂、先に入ってや。ワイが待っとるから」と告げた。
「そんなに心配しなくてもいいよ。知らない土地だから少しは迷ってるかもしれないけど、兄さんは野蛮人だから野性の勘がスゴイんだ。そのうち戻ってくるよ」
「でも、ワイのために薬買いに行ってくれたんやし、やっぱり待っとるわ」
 このまま自分だけが風呂に入ってのんびりくつろぐわけにはいかない。
 大和は「ちょっと様子を見てくる」と言って表に出た。じつのところ、さっきからの体調不良は悪化する一方で、夜風にあたれば少しはマシかとも思ったのだ。
「今夜は満月やったんや」
 やけに空が明るいと思ったら、丸々と太った月が夜空を照らしている。
 しばらく門のところに佇んでいると、わびしい小さな光が向こうから近づいてきた。それはもちろん自転車のライトで、津凪はそこに大和がいたのを見て驚いたらしい。
「こんなところに立っていて大丈夫なのか? まさかオレを待っていたとか」
「う、うん、まあ」
 津凪の帰りが気懸りで、だったのだが、大和が切羽詰まっている、一刻も早くと薬を所望している、そう思い込んだらしい津凪は慌てて自転車から降りると、栄養ドリンクの宣伝が描かれた小さな紙袋を大和の前に突き出してみせた。
「ほら、これを飲めば一発で治るってさ。薬局のオヤジのお墨付き」
「ありがとう」
 ふと見ると、津凪のジャージの裾が泥まみれになっている。どうしたのか訊くと、途中で派手にスッ転んだらしい。
「えっ、転んだって……怪我は?」
「大丈夫、大丈夫。これぐらい心配するなって。それより早く薬飲めよ、そっちの方が心配だぜ」
 キュンッ、と何かが大和の心臓をつかんだ。それを誤魔化そうと、
「あ、お金払わんと。いくらやった?」
「金? そんなのいいって、オレ様にとっちゃ、はした金だし」
「でも……」
 すると津凪は「それじゃあ御礼に、ホッペにチューでもしてもらおうかな」などと、冗談めかして言った。
 頬にキス? 
 いや、でも、諸外国の人々は相手が老若男女問わず挨拶代わりにやっていることだ、御礼の意味を込めてならおかしくない。
 そんな理屈をこじつけ、自分を納得させた大和は津凪の頬に軽くキスをした。
「えっ……!」
 驚きのあまり、目を大きく見開く津凪が見える。がさつで乱暴者かと思われていた彼の顔はずっと優しく、どこかあどけなさを残していて、こんなにも魅力的な表情をするのかと、大和はときめきを感じていた。
「……やっぱホッペじゃアカンかな?」
「そ、そういうわけじゃ」
 ここで次にいってしまうあたりが「魔性のオトコ」だ。相手は自分より長身である。うろたえる津凪の両腕を両手でそれぞれつかみ、自分の身体を支えながら背伸びをした大和、今度は唇に触れて──
「ん……ん」
 初めてのキスがディープだったため、そうするものだと思い込んでいた大和は津凪に激しいキスを仕掛けてしまった。舌を絡められて目を白黒させ、身体を震わせる純情男、
「やっ……オレ、もう我慢……」
 するとそこへ「兄さーん」と呼ぶ声とともに足音が聞こえてきて、二人は慌てて身体を離した。津並も様子を見に来たのだ。
「薬屋さん、開いてた?」
「お、おう。ぎりぎり間に合った……」
 そう取り繕った津凪はそれからギクリとした表情になり、右手に持っていた薬の袋を大和に渡しながら左手で顔を覆った。
「どうしたの?」
「ちょ、ちょっとヤバい……」
「えっ、鼻血? なんで鼻血が出たの? とにかく止血しなきゃ、早く上向いて寝た方が……大和くん、悪いけど自転車頼む」
「わ、わかった」

    ◇    ◇    ◇

 津並は兄を部屋へ連れ帰り、そのあと珠子に冷却剤を貰いに走ったらしい。
 大和は自転車を元の場所に戻してから『ウミウシの間』に入り自分の寝床に赴くと、津凪から渡された薬を枕元に置いてあったペットボトルの水で飲んだ。
 胃腸薬が効くはずもない、これは恋の病なのだから。しかし、津凪の想いがこもった薬だ、気休めでもいいから飲んで、心を落ち着かせて……できるわけないか。
「早く入らないと、お風呂終了になるよ。疲労感半端ないから、悪いけどボクたちは先に寝るね、おやすみ」
 照にそう急かされ、大和は大浴場に向かった。一人で湯船に浸かりながら思いを巡らす。
 津凪を好きになったのだろうか、だからあんなキスを……そうかもしれないと考える一方で、あれは彼の行動に感激しただけだと否定する気持ちもある。
 そうだとしたら、却って津凪の好意を踏みにじる結果になるし、酷いことをした、傷つけてしまったのではと思い、またしても胸が痛んだ。
 出会った時の悪印象のまま、ずっとイヤなヤツでいてくれればよかったのに、兄を気遣う津並には申し訳ないけれど、いっそ嫌いになれたら、どんなにか気が楽なのに……大和は血が滲むほど唇を噛みしめた。
 部屋へ戻る廊下の窓から門の辺りが見える。満月に照らされて思いのほか明るい。何気なくそちらに目をやった大和は外に出て海辺の方に向かう人影に気づいた。
 紫のTシャツ、その背中は文殊だ。『青少年健全育成の会』会長の存在のお蔭で、タバコが吸えずにいた彼がこっそりと吸いに行くつもりなのでは、と思い込んだ大和は慌ててサンダルを履くと、あとを追った。ここで喫煙なんて、宿の夫婦にも照にも申し訳がたたない、なんとか止めさせなくては。
 そろそろ足を止めてタバコを取り出すのではと思いつつ、つかず離れずの距離であとをつけていたものの、文殊は一向に立ち止まる気配がない。それどころか、波打ち際まで進み続け、そのまま波の中に入っていこうとしたのだ。
「えっ、まさか!」
『入水自殺』の恐ろしい四文字が脳裏にちらつく。大和は思わず「何やってんねん!」と呼びかけた。
 振り向いて、そこで初めて大和が後ろにいたと気づいたらしい文殊だが、彼は一言もしゃべらないまま、再び沖へ進もうとした。
 驚いた大和は傍に駆け寄り、文殊の右腕を力一杯引っ張ると、波がかからないところまで戻り、それから彼の身体を揺さぶって「こんな真夜中に海水浴かいな、溺れて死んでも知らんからなっ!」と怒鳴った。
 すると文殊は彼らしくもない、虚ろな目をして答えた。
「親父が呼んでる気がして……」
「オヤジって?」
「オレの親父は海で死んだんだ。海釣りに来て、溺れた子供を助けようとして……オレの高校合格が決まる前の日だった。有り得ねえ、そう思った」
 思わず息を呑む大和、黒部家は超がつくほどではないがそれなりに由緒のある家系で資産家でもある。父である当主の突然の死を巡って、一族にはいわゆる骨肉の争いが勃発したらしい。
「それからのことは思い出したくもねえ、薄汚いヤツらのせいで反吐が出るような毎日だったぜ。あの時、ヤツらを殺さずに済んだのが不思議なくらいだ。とにかく、親父が死んで以来、海が怖くなって、なるべく近づかないようにしていたんだが」
 抑揚のない声で話し続ける文殊、父の死が彼の心に影を落とし、その後の親族内のいざこざやら何やらによってすべてが歪められ、やさぐれてしまった今の彼があるのだと大和にも想像がついた。
 それから、合宿準備のための部会の時、文殊が浮かない顔をしていたのは腹が痛かったから、などではなく、合宿を行なう場所が彼にとってはトラウマであり、恐怖の対象でもある海、海辺の民宿であると知ったからだともわかった。
「ましてや夜の海に、なんて……だけど、あんまり眠れないものだから、ちょっと外に出てみようと思ったのが間違いだったな」
 父の魂が息子を呼んでいたとでもいうのか、文殊は夢遊病者のようにふらふらと夜の海岸へ向かったのだ。
「行かなきゃいいのに、立ち止ることができなくて……ここまで来る間、何度も思った。大和、おまえに会いたい、オレを止めて、助けて欲しい……勝手な言い分だな、情けない話さ」
 文殊は苦笑いをしたが、大和は真剣な眼差しのまま、
「で、ワイが気いつかんかったら、引き止めんかったら、おまえはどうなっていたんや?」
「沖で浮いているか、サメに喰われたか、朝には浜に打ち上げられて、カモメの餌にでもなってたかもな」
 文殊の言葉を聞いて、大和はまたしても胸が潰れるような痛みを感じた。体調不良の症状は悪化の一途をたどっている。
 次の瞬間、大和は文殊の懐に飛び込み、その胸板を両の拳でバシバシ叩いて罵倒した。
「バッカやろう、ふざけんなーっ! そんな簡単に『死んでもいい』みたいな言葉、口に出すもんやないっ!」
 大和の拳をまともに食らい、ふらつきながら文殊はそれを受け止めた。
「自分の父さんが死んだってわかった時、どう思った? 辛くはなかったんか? もしここで死んだら、お母さんにも、ワイらみんなにも、同じ思いをさせることになるんやぞ。それがどんなに酷い仕打ちなのか、わかって言うとんのかっ!」
 文殊はこわごわ問いかけた。
「……オレのために泣いているのか?」
「あたりまえや! それ以上つまらんこと言うたら……」
 文殊はなおも叩き続ける大和の身体を強く抱きすくめると、右肩に顔を埋めるようにした。シャツが濡れるのを感じる。文殊が、皆に番長と恐れられる男が泣いている。
「ありがとう、大和」
 彼が誰かにこんな弱みを見せるのは初めてだろう。辛いこと、悔しいことを胸の内に閉じ込め、強がって、イキがって生きてきた文殊は大和に出会い、自分の弱さをさらけ出せるようになっていた。そんな彼を愛おしいと思うけれど──
 潮の香りに包まれ、静けさの中に打ち返す波の音だけが響いている。満ち潮の波はからかうように、彼らの足元をかすめ去った。
 二人はどちらからともなく唇を合わせた。長いキスのあと、文殊は照れ笑いをしながら「今夜は噛みつかないんだな」と言った。
「もう……せんから。あの時は堪忍」
 その胸に身体を預け、髪を撫でられながら、大和はまたしてもキスをしてしまった、どうしたらいいのかわからない自分を持てあましていた。
 文殊が大和を好きだという気持ちに嘘はないだろうが、大和自身はただそのペースに巻き込まれているのか否か。文殊の辛い過去を聞いて、彼らしくない弱みを見せられて同情しているだけなのか。それとも夜の海の危うい雰囲気に呑まれ、酔いしれているせいなのか。何もかもわからなくなってきた。
 大和を抱きしめたまま、文殊は言った。
「大丈夫、死んだりしねえさ。生きていなけりゃ、こうやっておまえを抱けないからな。まあ、眠れない原因はおまえだったんだが、こんな夜中に、オレを追っかけてきてくれたんだ。結果オーライ、チャラにするか」
「原因がワイ? なんで?」
 問いかける大和に、文殊はさらにキスを浴びせた。
「おまえの具合を心配していたヤツは津凪だけじゃないってことさ」
 しかも、大和に薬を渡した直後、鼻血を出した津凪が部屋に運び込まれたのだから、同室の文殊は大和と津凪の間に、何かがあったと推察したのだろう。
「えっと……その」
 津凪ともキスをしたなんて言えるはずもない。言い淀む大和に、
「何も言わなくてもいいし、謝らなくてもいい。オレの傍にいてくれれば……」
 しばらくそのまま抱き合っていた二人だが、初夏の海辺は思ったよりも冷え込み、大和がくしゃみをすると、文殊はようやく腕を緩めて「そろそろ部屋に戻るか。大事なおまえに風邪をひかせたら大変だし、コトブキ部長のはりせん攻撃の的にもなっちまうしな」と名残惜しそうに言った。
 それから彼はごく自然に大和の手をひいて海岸をあとにした。大和は文殊のエスコートを黙って受けており、つないだ指の温もりが伝わって、肌寒いはずなのにドキドキして、頬はずっと熱いままだった。
 年徳はまだ帰っていないらしく、玄関が施錠されていなくて助かった。部屋の前まで戻ると、文殊は大和の額にキスをして「おやすみ」と告げた。
「……おやすみ」
 うつむきながら答える大和だが、彼の右手は無意識のうちに文殊のTシャツの裾を握っていて──そこが「魔性のオトコ」たる所以だ──それに気づいた文殊は何を思ったのか再び大和を抱き、頬を寄せた。
「どしたん?」
 甘く危険な囁きが大和の耳をくすぐる。
「やっぱり決めた。朝までおまえといる」
「えっ、朝まで一緒って? それってかなりヤバい……」

    ◇    ◇    ◇

 躊躇する大和にはかまわず、文殊は彼を連れて廊下を進むと、ウミウシ、フジツボと並ぶ部屋、『イワノリの間』のドアを開けたが、そこは誰も宿泊しておらず、今夜は空室であることを彼は承知していた。
「勝手に入ったらアカンちゃうの」
「オレが明日掃除するから、少しぐらい使ってもいいだろ」
 文殊のことが嫌いならばキスしたりはしないと思う。むしろ好意を持っているから、だが、出会ってひと月、こんなにも早々に深い関係になっていいものだろうか? 
 ためらう大和を半ば強引に引き入れた文殊はドアを閉めると暗がりの中、手探りで小さなライトを灯した。
 頼りないオレンジ色の光がふたつの影を浮かび上がらせ、やがてそれはひとつに重なった。さっきの海辺での優しい抱擁とはまるで違い、文殊は激しく狂おしいほどに大和の身体を抱き、貪るように唇を吸った。
「ん……」
 ねっとりと舌を絡められて息がつけず、大和はじたばたと手足を動かした。すると畳の上に押し倒すように寝かされ、白いシャツが瞬く間にはぎ取られた。
 自分の上に覆いかぶさる男を見ると、その端正な顔は上気し、息づかいも荒く、こちらを見つめている。恥ずかしくてつい、視線を逸らしてしまった。
「大和……キレイだ」
「それが男に対する殺し文句かいな?」
「ああ。本当だからそう言ったまでだ」
 文殊は自分もTシャツを脱いだが、広い肩幅に引き締まった身体つきは惚れ惚れするほどで、思わず見とれてしまった大和はそんな自分に気づき、またしても慌てて目を逸らした。男の裸体に見とれてドキドキしているなんて、もう立派な同性愛者だ。
 大和と重なるようにして素肌を合わせた文殊は次に、露わになった大和の首から胸元までキスの嵐を降り注いだ。
「やっ……マークつけたらあかんっ」
「わかんねえ、ついちまったかも」
「このー、アホ」
 番長をアホ呼ばわりできるのは大和の特権だ。気にするでもなく、文殊は目の前の裸体を嬉しそうに眺めた。
「おまえは色白だからここは当然ピンク色なんだろ、次は天然色で拝みたいものだな」
 文殊が口に含んだ小粒の突起を舌で転がすと、大和は「あっ」と小さな叫びを上げた。
「相当感じているみたいだな、ウィークポイントってやつか」
「あ、あ……や、やめ……」
 文殊の手から逃れようと、大和は身をよじらせたが、腕力は断然向こうが上、がっちりと捕まえられて無駄な抵抗に終わった。
「おまえは男とは思えないほど感じやすいようだ、最高の身体だな」
 それこそが「魔性のオトコ」体質、これまでの生活の中で、大和自身はまったく自覚がなかったが、彼の身体はお相手を虜にする魅力を秘めていたのだ。
「そんなぁ……恥ずかしいって」
 左右の突起を舌と指で交互に愛撫、ウィークポイントを攻められ続けた大和は次第に力が抜け、もうどうでもよくなってきた。
 ささやかな抵抗すらもやめた大和、目がとろんとしてくるのが自分でもわかる。すると大和の空色のスウェットを下ろし、トランクスに手をかけた文殊は男が一番感じる部分に触れてきた。
「わっ、な、なに」
 あれはオムツ替えだったか、自分以外の人に触れられるのは十数年ぶりだろう。手を上下に動かす文殊の行為にうろたえる大和だが、その快感には勝てない。わずかに扱かれただけで果ててしまい、申し訳なさそうにしていると、相手がソレをきれいに舐め尽くしてしまったため、茫然とした。
「……そんなんバッちくない?」
「別に。大和のだからな」
「でもマズくない? てゆーか、味なさそう」
「たしかに美味いもんじゃないな」
「それ飲むと健康にいいって聞いたこともあれへんし。蛋白質は豊富かもしれんけど」
 男同士でこういう状況にあることの気恥ずかしさを誤魔化そうとするせいか、いささか多弁の大和を微笑ましく見つめる文殊だが、その手を放さずにいたお蔭で、大和の子息は再びむくむくと元気を取り戻した。
「あちゃー」
「おまえ、あんまり抜いてないだろう。溜め過ぎると身体に毒だぜ」
 自慰をすることはほとんどなく、寝ている間に、というのが大半だ。しかも、よく「女性とのエッチな夢」を見るなどというが、それにも当てはまらない。どれだけ縁遠いのか、やはりこっちの体質だったというわけか。
「お、大きなお世話。そういう……」
 そこまで言いかけて、大和はそれが愚問だということに気づいた。
「察しのとおりだ。おまえにはほぼ毎晩、世話になっている」
「おかずってヤツかいな」
 しれっとした顔で言ってのける文殊を直視できない大和だが、愛息を『人質』に取られて身動きがとれない。
「それが今夜は実物と、だ。夢なら覚めないで欲しいぜ」
 またもや興奮の波が押し寄せてきて、文殊は大和の股間に顔を埋める格好になり、その舌使いに大和は悶え、隣室に聞こえないよう声を押し殺すのに必死だった。
 陶然とした大和の息づかいが静まる間もなく、文殊の一物がボクサーブリーフの下から顔をのぞかせていて、彼はそこに大和の手をあてがって言った。
「今度はオレのを何とかしてくれよ。早く出せって、さっきから訴えてるんだが」
「そ、そんな、ワイ、慣れてないも何も、初めてやし」
 自分の持ち物よりもひと回りぐらい大きく、立派にそそり立つモノをつかまされて嫉妬する気持ちもあるのか、大和のイマイチな反応に、文殊はやや失望したようだ。
「いきなり口は無理か。だがオレももう、おさまらないんだ」
 耳から頬へ、唇へと軽くキスしながら、文殊はもう一度大和のモノに触れた。再び快楽の虜になりつつある大和の太腿のあたりを熱いモノが掠めたかと思うと、彼の身体はうつ伏せにされ、腰を浮かすような体制にされた。
 ふと我に返った大和は自分が四つん這いの格好になっているのに気づいた。
「これって、もしかして?」
 とある光景が彼の脳裏にフラッシュバックし、それが口をついて出た。
「ウチの隣の家で飼ってるチャッピー(♀)がこの前、ノラのオス犬とヤッてた格好やんか! あのノラ公ときたらって、オバさん怒りまくって」
「おまえの話はいちいち萎えてしまいそうだな。入れる場所は違うが、このチャッピーのポーズは身体を圧迫しなくてやりやすいんだ。初心者のおまえにはその方がいいだろう」
 中腰の文殊は熱いモノを大和の臀部に押しつけながら、その奥の部分へと指をやった。
 触れられたとたんにビクリと身体を震わせた大和、これから何が行なわれるのか、いくらかオクテの彼でも充分承知している。だが、『そんなところ』へ入れられたら──
「いいいっ、痛いっ! 痛いって!」
「静かに、もっと力を抜いてリラックス……」
「そんな、できないって~」
 涙目になる大和だか、文殊の方も止められない。それでも初心者を気遣ってか、なるべくゆっくりと腰を動かしていると、この行為がもたらす感覚の変化が訪れた。
「はっ……あ……ん」
 入口付近の痛みは次第に鈍化し、その代わりに内側が敏感になっているのがわかる。文殊が中で動くたびに壁をこすられるいいようのない感触、下腹まで広がる心地よい響きがたまらずに思わず声を出してしまい、大和の様子が変わったのを見て文殊は「どうだ、少しはよくなったか?」と訊いた。
「ん……イイ、かも」
「そうか、オレも最高にイイぜ。おまえ、かなりの名器だな」
 大和の嬉しそうな反応に俄然やる気が出てきたのか、文殊はおろそかになっていた大和子息への刺激を再開、右手でしっかりと握りながら腰の動きを早めると、大和は嗚咽にも似た声で喘ぎ、文殊自身も息を切らしつつ、掠れ声を洩らしていた。
「い……一緒にイ……こう」
「あ、もう……ダメ」
「大和……」

    ◇    ◇    ◇

 身も心も蕩けた状態のまま、二人はしばらく抱き合い、身動きひとつしなかった。
 とんだ合宿になってしまった。やはり、ひとつ屋根の下は危険だったのだ。次々に事件勃発、そっちの対策は何ら効果もなく、風紀を乱しまくった罪で自分たちは『はりせん百叩きの刑』に処されるだろう。
 文殊の胸に抱かれながら、大和はぼんやりとそんなことを考えていた。先程大活躍だった下の部分がピリピリと痛む。
「……何を考えてる?」
「別に何も……」
 そう言いかけてから、大和はふいに意地の悪い言葉を返した。ずっと気になっていたことだ。
「ワイはこういうの、もちろん初めてやけど、そっちは絶対そうやない。めっちゃ手慣れとるな」
「さあな。あ、それってオレの過去に嫉妬してるってことかな。大和に妬いてもらえるなんて、光栄の至りだ」
 こちらの質問を逆手に取る文殊の対応に、イラッとした大和は突き放すように言った。
「そんなつもりないけど」
「心配しなくても、今はおまえ一筋だからな」
「だから心配してへんし」
 嘘だ、本当はかなり気にしている。それだけ文殊のことを好きになってしまったのか、自分でもよくわからないが、好きでなければ普通は男同士で、身体の関係に及ぶはずもない。
 文殊がいつ、どこで、どんな相手と「男同士の味」を覚えたのか、その時の相手は今、どうしているのか……
 津凪とキスしたことを後ろめたく思ったくせに、文殊の過去を責めるのは自分勝手だと承知している。つまらない嫉妬に振り回される醜い自分になる前に、冷静になってこの場を離れた方がいい。
 再びのキスを避けるようにした大和の目に、文殊の左手首にはめられた腕時計が映った。
「今、何時?」
「一時過ぎ……かな」
「えっ、そんな時間? 戻らなあかん」
 起き上ろうとする大和の身体を引き止めた文殊は「朝まで一緒って約束だぜ」と不服そうに言った。
 それはそっちが勝手に言い出したことだと思いつつも、
「そういうわけにはいかへんって。朝になってここから出るのを誰かに見られたら、どうするんや? オジさんたちの許可なく勝手に部屋を使ったわけやし、第一、二人で一緒にいた理由、なんて答えるんやって」
 反論する隙を与えず、散らばった服を集めて身繕いする大和を淋しそうに見ていた文殊は「あいつのことも気になるしな」と皮肉を込めて言った。
「あいつって誰?」
「津凪なら心配いらないぜ、出血多量でとっくにダウンだ。もう一人、そっちの部屋にいる陰気なヤツさ」
 大和はわざと聞こえないふりをした。
「とにかくワイは戻るから。ここで寝ちゃうと風邪ひくから、ちゃんと布団に入った方がええってば」
「はいはい、わかりました」
 肩をすくめた文殊はしぶしぶ衣服を身につけると「もう一度だけ」と言って、大和を背後から抱きしめた。
「またこうやって……くれるよな?」
「……うん」

    ◇    ◇    ◇

 抜き足差し足忍び足、とはまさにこの状態である。大和はコソ泥気分でウミウシの間のドアを開けると、こっそりと中に入った。
 連日、随分と悩まされた照のイビキだが、今はおさまっているらしく、豆球だけが灯る薄暗がりの室内はしんと静まり返っている。ホッとした大和がさて寝るかと、上布団をめくっていると、
「夜中にコソコソしているのはゴキブリだけかと思ったが……」
 そう咎める声が聞こえ、さらに起き上る気配が感じられると、大和の全身の汗腺から冷や汗がドッと吹き出た。
「起こしてもうた? わりィ、トイレに行ってて……」
 しかし、トイレに行っていたなんて、ヘタな言い訳が通用する相手ではない。
 近づいてきた武流の表情を盗み見る大和の血圧は緊張のあまり急上昇、おそらく心臓にはかなりの負担がかかっているだろう。
 傍に腰を下ろし、こちらを眺めた武流は「首に赤い痕がついているぞ、そいつがキスマークというやつか」と言った。
「えっ、どっ、どこに?」
 慌てて首筋をこする大和を見て、武流は冷たい笑みを浮かべた。
「この程度の灯りで、そんなものが見えるわけないだろう」
 謀られたと思った大和が武流を睨みつけると、彼は大和の右手首をつかんで自分の方へグイッと強引に引っ張った。
「な、何するんや?」
 大和が顔をそむけて抵抗すると、相手は低い声でさらに凄んでみせた。
「ヤツとはできて、オレとはできないのか?」
「だから、それは」
「そこまで許したとなれば、ヤツを選んだ、本命だと考えるのが当然だろう。そしてもう一人は遊びか同情、そんなところか。どちらにしてもオレは論外、相手にならないというわけだ。まさかあんな連中に負けるとはな」
 武流はすべてお見通しのようだった。いつも無表情な彼が文殊と津凪への嫉妬を露骨に示し、それでもあきらめがつかずに、やり切れなさに身を震わせているのが伝わってくる。
 ふいに大和の脳裏に甦ったのは、あの占い老婆の「多角関係に気をつけろ」という忠告だった。あれは今の状態を示していたのだと彼は合点した。
 彼らの卓球部入部のきっかけを作ったのは自分だが、仲間同士の結束がこんな形でこじれてしまうのも自分のせいだと思うと、なんともやるせなく、泣きたくなってきた。
「……あのさ、おまえ、なんでワイなんか好きになったんや。だいたいさ、クラスの自己紹介の時にワイのこと、シカトしたやん。あんな対応されたら、嫌われているとは思うても、好きになる要素ゼロやろ」
 それを聞いた武流は目を伏せて「あの時は悪かった。オレは元々人づき合いが苦手で、なるべく人と関わらないようにしていた。おまえに限らず、クラスの誰とも話す気にならなかったんだ。そのせいで嫌な思いをしたなら謝る」と言った。
「そっか。そうやったならええけど……でもまあ、あの二年二人は番長とか野蛮人とか呼ばれて、女子にも相手にしてもらえへん、可哀想な不良ちゃんやけど、おまえには立派なファンクラブがあるやないか」
 いつぞや女子生徒が大挙して乗り込んできた事件を思い出した大和はさらに続けた。
「テニスをやらんたって、卓球に変更したって応援してくれるやろ、きっと。ワイなんかほっといて、ふつうに女の子とつき合って、まっとうに青春した方が身のため、そうしろって」
 すると武流は思いがけない反論を始めた。
「まっとうな青春か。じゃあ、おまえはどうしてそうしないんだ? 今でこそ世間で認知されるようになったが、未だ同性愛は茨の道とでも考えているのならば、なぜ、同性を拒否してでも異性の恋人を探そうとしない?」
「えっ、それは……」
 言葉に詰まる大和に「同性か異性か、男か女かではなく、その人が好きだから」と言ってのけた武流はいつになく饒舌になった。
「卓球部に入ろうと考えたのはおまえがクラスの連中に、自分たちの力で一から始めようと力説しているのを聞いたからだ。自分が求めていた部活動がそこでならできると思った。だが、自己紹介の一件で、おまえのオレへの印象は最悪だっただろうな。そんなオレが入部するしないで揉めた時、おまえはオレにも、あいつらにも頭を下げた。自己紹介で不愉快な思いをさせた、最悪のクラスメイトのために、だ」
 仄暗い室内、深い眠りに落ちている照や素直の姿は闇に溶け込んで、大和と武流はまるで二人きり、二人だけの世界だ。
「こんなオレのために、卓球部やみんなのために、いつも一生懸命なおまえを見ているうちにオレは……おまえを好きになったことは恥ずかしくないし、茨の道だとも思わない」
 あの佐門武流が、自分でも言っていたように、人づき合いが苦手で無愛想な彼がここまではっきりと、自分の想いを告げてきたのだ。
 またしても胸のあたりがキュンッと痛くなって息苦しく、頬は燃えるように熱い。揺らぎそうになる自分を押さえて、
「そんなふうに思ってもらえてたなんて知らんかった。ありがとう」
 そう答えたあと、大和は「でもさ、ワイ、おまえとは友達でいたい」と続けた。
「あいつらは先に卒業するけど、おまえとは三年間一緒やろ。友情の枠を超えてまで踏み込みたくない。臆病かもしれへんけど、それしかできん」
「オレだって、あの二人の存在がなければそうしていた」
 武流はいくらか自嘲気味に言った。
「おまえとはクラスで、部活で、いい友達で終わらせる。この気持ちは秘めたままで、というやつだ。それがベストだと、言われなくてもわかっている。だが、あいつらはおまえとの距離を縮め、着々と関係を深めている。オレができないことを楽々とクリアしているんだ。それを思うと悔しくて……」
 ギリッと歯ぎしりをする武流、大和は彼が初めて見せたオスの顔に、ギラギラとした雰囲気にドキリとした。学年一のイケメンにワイルドさが加わって、ファンクラブの女子が見たら卒倒するだろう。
 こんな美形を独占しているのだと思うと、嬉しくもおこがましい。女子たちに知られたら八つ裂きは免れない。
「指をくわえて見ているだけなんて、もう御免だ。ダメ元でも、友情が壊れてもいい、オレはおまえに……」
 武流はつかんだ手をもう一度引き寄せた。
「こんなオレは嫌いか?」
「嫌いやなんて、そんなわけない」
「じゃあ、好き?」
「…………」
 何も言えなくなって目を伏せると、武流はそっと唇を重ねてきた。舌を絡めたりはしない、優しいキスだ。
「武流……」
「初めてだな、名前を呼んでくれたのは」
「えっ、そう?」
「嬉しいよ」
 大和を抱き寄せた武流はもう一度キスをした。遠慮がちに舌を差し入れてくるので、軽く噛むと引っ込めるあたり、文殊にはとても及ばない初心者だとわかる。おそらく彼もこれがファーストキスだろう。
 それでも果敢に挑み続ける武流は大和の首筋に唇を這わせた。彼は紳士だから、というのは照の見込み違いだったのか。
 こういった方面には淡泊というかストイックだと思っていたのに、こんなふうにさせてしまったのは「魔性のオトコ」のせいかもしれない、いや、そのせいだ、断言できる。
「キスマークはオレがつけてやるから」
「そ、それは勘弁して」
「じゃあ、こっちを……」
 次に耳朶を優しく噛む武流、息を吹きかけられて蕩けそうになる。
「あっ……んん」
 照と素直を起こしたらまずいと我慢していたのに、つい、喘ぎ声が漏れてしまった。またしても発見されたウィークポイント、どうしてこんなにも感じやすいのだろうと、大和は自分を呪った。
 想像以上に色っぽい反応に、興奮してきたらしい武流は大和を彼の布団の上に押し倒すと、Tシャツの上から突起を摘まんだ。
「そ、そこ、ダメ」
 文殊に散々いじられた場所だ。これ以上触られたらおかしくなってしまう。
 ところが、ダメと言われて余計にいじりたくなったらしい、Tシャツをたくし上げた武流は突起を口に含むと先端を舌の先で愛撫し、大和は声が漏れないようにするため、枕カバーを噛んだ。
「んー、んーっ」
 悶える大和の姿に興奮がさらに高まり、息づかいが荒くなってきた武流は大和の手を自分の股間に導いてトランクスの上から触れさせた。しっかりと固くなっている部分が脈を打ち、同じリズムでこちらもドキドキする。
「どうすればいい?」
「どうしよう」
「オレは……」
 ところが、
「貴様らーっ!」
 突然の照の怒鳴り声に、二人は心臓が止まるほど驚いた。
「風紀を乱したヤツは『はりせん百叩きの刑』だーっ!」
 もしや『イケナイ行為』を見られていたのかと焦る大和と武流、ところがそれは寝言だったらしく、しかも、その隣の布団で寝ていた素直が「うるさいっ」と叫んで、照の布団にボスッと蹴りを入れた。
「ぐはっ」
 蹴りが命中すると、照はそれっきり静かになり、素直も再び眠ったようだ。
 ホッと胸を撫でおろした大和たちだが、今の騒ぎで二人ともすっかり萎えてしまい、さっきの続きを行なう気にはなれなかった。またいつなん時、照が叫ぶかわからない、この部屋での行為は不可能に近い。
「……おとなしく寝ようか」
「ああ」
 せっかくあそこまで盛り上がったのにと、残念そうに自分の布団へ戻った武流だが、それでもあきらめきれないらしく、布団ごと大和の傍へ移動させてきた。
「せめて寝顔が見たい」
「ワイの寝顔? マヌケな顔して寝てると思うけど」
「見せてくれ」
 並んでそれぞれの布団に入ると、武流は右手を伸ばして大和の左手と繋いだ。
「今夜はここまでとするか」
 そう口にしながらも、しばらくすると武流は大和の布団の中に入ってきた。
「やっぱり、もう少しだけ」
 これは抜いてしまわないと収まらないのかもしれない。こちらは何回か抜いてきたけれど、彼は溜まった状態なのだから。
 後ろから抱きしめられつつも、じつのところ大和はかなり疲労しており、とてもじゃないがもう、盛り上がれそうにない。
 それはそうだ、昼間は年徳監修の卓球の猛特訓、夜は津凪とのキスから始まって、文殊の『入水自殺』騒ぎに『イワノリの間』の秘密の行為と続き、部屋へ戻ってさらに武流を相手にしているのである。
 今からではとてもセックスなんてできない。体力を使い果たして、明日は動けなくなってしまう。これはもう、一人でイッてもらうしかない。大和は武流の方へ向き直ると、自らディープなキスを仕掛けながら、手で彼の持ち物を扱いた。
 相手を翻弄するとか、遊びとか、そんなつもりはまったくなく、こういった行動に悪気など何もない。誤解を恐れずに言えば事務的にやってしまうあたりが「魔性」なのだ。
 驚いた様子の武流だが、次第にうっとりとしてくるのがわかると、大和は布団の内部に潜り込み、武流のモノをトランクスから解放して口に含んだ。文殊ほど大きくはない、これなら何とかなりそうだ。
「えっ……」
 頭上で戸惑う気配がする。それはそうだろう、いきなりフェラされるなんて彼の想像の中にはなくて当然だからだ。
 文殊にされた時のように、ストローで吸うような感じで口をすぼめ、棹に舌を小刻みに這わせから先端の窪みに入れる。それを何度か繰り返していると、武流の小さく喘ぐ声が聞こえてきた。
 照たちを警戒しながらの行為はスリルもあいまって、なかなかに刺激的だ。文殊のような上級者ではない、大和の拙いテクニックでも、武流は早々にイッてしまった。
(うわー、文殊のヤツ、ようこれを飲んどるな。まあ、思ったほどマズくはないけど)
 果てたモノを収納して布団から顔を出すと、深海から上がってきた気分だった。大和を見て、いったんは恥ずかしそうに目を逸らした武流だが、すぐに抱き寄せると「ありがとう」と囁いた。
 大和は早くイカせたい一心だったのだが、武流にとっては大和が自分のために尽くしてくれたと思ったのだろう。感激のこもった目で見つめながら、
「大和……愛している」
 愛している? 
 そこまで言ってもらえるとは思っていなかった。ドギマギする大和、そして武流はとうとう大和を手放さず、大和も疲れがピークに達して、武流の腕の中でそのまま眠ってしまったのであった。

                                ……⑤に続く