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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

魔性のオトコⅠ ⑥(最終章)

    第六章 必勝! ディック杯


 波乱の強化合宿が終了して二週間、今日はいよいよディック杯当日である。
 市の体育館を借りて行なわれるこの卓球大会に参加するのは高校生の卓球部だけではなく、地区の卓球愛好家なら誰でも可、というわけで、下は小学生から上はシニアクラスまで、様々な年代の人がいる。
 よって、体力や技術その他に差が生じるゆえに、男女別はもちろんのこと、大まかな年代別ブロックに分かれて競技を進め、そのブロック毎に優勝チームを決めるという取り決めになっていた。
 佛真高校卓球部は男子の部・十五歳から三十五歳までのブロックに含まれているが、そこには高校生や大学生の他に、社会人でも若手と呼ばれる人たちが参加しており、同好会や有志のチームも多数あった。
 この体育館は大和の自宅からそう遠い場所ではなかったので、彼は電車やバスを使う仲間たちとは別行動をとり、自転車を飛ばして現地に駆けつけたのだが、今日、例の選択に決断を下さなくてはと思うと気が重かった。
 もちろんそれはダブルスの相手に誰を選ぶかということである。彼ら三人と均等に練習を行なってきたが、試合で組むのは一人だけ。勝ち進めば交替してもかまわないだろうが、勝てる可能性は低い。
「一人に絞るやなんて、そんなんできっこないやないか」
 誰が一番なんて決められない。浮気な、多情なヤツだと思われても甘んじて受けとめよう。三人とも好きなのだから。
 駐輪場から建物へ向かう大和の歩みはついつい、ゆっくりになってしまい、そんな彼の目の前に懐かしのトンガリ帽子が現れた。
「よう、また会ったの」
「あっ、バ、バアさん!」
 まさかここまで占いのツケを取りに来たのか、居場所がわかるなんて千里眼かと感心したがそうではなく、この体育館内にあるトレーニングルームのひとつで行なわれている太極拳講習に参加するのだという。
「太極拳なんかやっとるん?」
「占い師も身体が資本じゃからのう。で、そなたは卓球の大会かの」
「う、うん。まあ」
 大和の物憂げな表情にすぐさま気づいた老婆はおもむろに例の水晶玉を取り出し、何やらムニャムニャと呪文を唱え始めた。
「……その三人のうち、誰かを選ばなくてはならない、か。なかなかの難題じゃ。魔性のオトコとしてのさだめを受け入れたはいいが、悩みは尽きないようじゃの」
「えっ、わかるんかいな?」
「さんざん占わせておいて、今さら何を言うか。これでも占いの館では御指名ナンバーワンじゃぞ」
 そんなにスゴい占い師だったんだと感心している大和に対し、老婆は話を続けた。
「問題なのはそなたの気持ちじゃが、世の中、すぐさま結論が出ることばかりではないのに若い者はせっかちでいかん。焦らんでよい」
「でもさ、今日の試合は? ダブルスの相手を決めなきゃあかんのやけど」
「試合なんぞはどうにでもなる。実力伯仲で決められないから、ジャンケンにしてくれとでも言えばよろしい。ただし、それで本命の相手を決めるわけではないと釘を刺すのを忘れずにな」
 老婆の言うとおり、ダブルスの相手が大和の本命というのは彼らが勝手に決めたルールであって、あくまでも卓球の試合は試合、そうと割り切れば何のことはないのだ。
「サンキュー、バアさん」
 いくらか気持ちが軽くなった大和の表情に笑顔が戻ってくると、老婆は労わるように、彼に語りかけた。
「モテるオトコも大変じゃが、それはそなたに人間としての魅力があるからじゃろう。そして、その三人にもそれぞれにいいところがあって、誰と決めかねるのも無理はない。まあ、今すぐ一人に絞る必要はないし、三人を同時に好きになったところで大罪というわけでもあるまい。ゆっくりと時間をかけて自分の心を見定めればよい」
 よっこらしょとガマ口バッグを右肩に掛け、左の肩にはアディ○スのロゴ入りスポーツバッグを掛けて、老婆は歩き出した。
「あれ、ツケの払いは?」
「一人に決まった時にまとめて払っておくれ。またどこかで会おうぞ」
 老婆を見送ってから、時計に目をやった大和は集合予定時刻ギリギリなのに気づき、慌てて走り始めたが、体育館内部の更衣室へと向かう廊下の曲がり角で、反対から歩いてきた人物と鉢合わせしてしまった。
 すると、ぶつかった相手は大袈裟なポーズをつけながらその場にスッ転び、はずみで手に持っていた箱が次々に落下、ガシャガシャン! と凄まじい音を立てた。
「……きゃあっ! 何するのよっ!」
 大和とぶつかった相手、金切り声を上げたのはなんと、あの布袋井里矢だった。
「ちょっとあなた、この始末、どうしてくれるのよ!」
 井里矢は柳眉を逆立てて大和を睨み、激しく責め立てた。
 箱の中に入っていたのは今大会で各ブロックの優勝チームに贈られる副賞のひとつであり、優勝カップの代わりに授与される予定の、ボールとラケットをかたどったクリスタル製のオブジェだった。なんでまたクリスタル製にしたのか、落下の衝撃で粉々に砕けてしまったのである。
 布袋物産㈱という会社を経営する井里矢の父親と増田産業㈱の社長は旧知の仲で、互いのスポーツ振興に協力しあおうという話になり、増田産業は布袋物産が主催したテニスの大会に、そして布袋物産側はこの卓球大会にそれぞれ副賞を提供したのだが、その副賞の運び役が井里矢だったらしく、彼は大和に弁償するよう迫った。
「この大会用に作らせた特製のオブジェなのよ。すーっごく高かったんだから。でも、アタシの見たかぎり、チームもあなた自身も貧乏っぽいし、とても弁償できる金額じゃないけどね」
 顔面蒼白になってしまった大和を散々に侮辱した井里矢は次に、とんでもない交換条件を持ちかけてきた。
 このディック杯に有志で参加している布袋物産の若手営業マンチームは大和たちと同じブロックにいるのだが、彼らとの試合で負けたら、オブジェを弁償する代わりに武流をテニス部に入れろというものであった。
「そ、そんなアホな! 責任はワイにあるんやろ、あいつは関係ないやないか!」
「メンバーの責任はチームの責任、連帯責任というやつね。団体で戦ってるんですもの、当然でしょ」
 大和の抗議を鼻であしらった井里矢はさらに、文殊と津凪もよこせ、卓球部は廃部しろと詰め寄り、勝ち誇ったように笑った。
「もちろん勝てばチャラよ。さっきトーナメント表を見てきたけど、ウチのお兄さんたちとは第一試合であたるみたいだし、さっさとカタがついてちょうどいいわ。それと、もうひとつ条件をつけようかしら? あなた抜きで、残りの六人で戦ってみてよ」
 チームの精神的な要は大和であると見抜いた井里矢は彼をあえてはずして揺さぶりをかける作戦をとった。大和自身も自らが試合に出られない状況の中で、自分のせいで苦戦する仲間を見るのは苦痛に違いない。そう考えたのである。
「さあさあ、友情パワーとやらを見せてごらんなさいな。それとも愛情なのかしら? あら、やーねー、オホホホホ」
 はたして卓球部の運命はいかに? 

    ◇    ◇    ◇

 これまた津凪の親戚の好意で貰った真っ赤なユニフォームに身を包んだ六人は落ち着かない素振りで辺りを見回していたが、ようやく大和が姿を現したので安堵したようだ。
「もうハラハラしちゃったよ。入学式にも遅刻した前科者だからね、大和くんは」
 素直の冗談混じりの厭味に、いつもなら漫才もどきの返事をする大和の様子がおかしい。文殊が「どうした?」と訊ねると、さっきの井里矢との経緯を聞かされて、部員たちは愕然とした。
「そいつは絶対、ヤツの策略だ。社長の息子がそんな雑用をやったりするものか。大和が来るのを見計らって、わざとぶつかるよう仕向けたに違いない。あの野郎、許せねえ! ブッ飛ばしてやりたいぜ」
 文殊は怒りを露わにしながらそう言い、他のメンバーも同意したが、オブジェが壊れてしまったのはたしかだし、挑戦に応じなければこの先さらに、あの手この手の嫌がらせを受ける羽目になるのは目に見えている。
「……やるしかなさそうだよね」
 照は手元のオーダー表を見つめた。これは試合に出る選手の名前を順に記した用紙で、試合直前に提出するのだが、大和の決定を聞いてからなので、まだ未記入である。
 彼の予定では一番が照自身、五番が素直で、大和とのダブルスに漏れた二人が二番と四番に入るのだが、大和が出られないとなると、この順番は大いに狂ってしまう。
 思案顔の文殊はふいに武流の方を見ると「ダブルスは練習をして慣れているヤツの方がいい、オレとおまえで出るぞ」と言い、さらに一番は津並、二番が津凪、四番を照に変更しようと提案した。一番は強い選手を配置する場合が多いから、補欠の津並に負けを承知で対戦してもらい、照を四番にして確実に勝利を狙う作戦だ。
 それにはもちろん、二番のシングルスと三番のダブルスを落とすわけにはいかないが、皆、その考えに異存はなかった。
「よっしゃ! 大和のためにも、オレたち全員のためにも絶対負けられねえ。てめえら、肝に命じろよ!」
「オレたちの底力を思い知らせてやろうぜ」
 津凪と文殊がそうと気合を入れる。全身に気力が漲ってきた、彼らは力強く頷いた。
「みんな、ありがとう」
「これはおまえだけの問題じゃない。大丈夫、必ず勝ってみせるから、安心して観ていろ」
 そう言って武流が大和の肩をポンと叩く。
 使い古された表現で恐縮だが、あえて使おう。戦いの火蓋は切って落とされようとしていた。

    ◇    ◇    ◇

「……只今より、布袋物産リーマンチーム対佛真高校卓球部チームの試合を行ないます」
 審判員に促されて恐る恐る位置についた津並の前に立ちはだかる緑色のシャツの男は短髪に均整のとれた身体つきで、スポーツ万能をウリにした体育会系である。
 卓球は趣味でやっているとはいえ、彼らは相当鍛えているらしい。ましてや津並の相手はチームの中で最強、レシーブをほとんど返せないままに最初のシングルスは終了した。
 この試合は捨てていたとはいえ、津並には申し訳ないことをしたと思った大和だが、彼は清々しい顔をして、次に出場する津凪に「兄さん、頼むよ」と声をかけていた。
「次は津凪さんか。何とかいけそうですよね」
「相手に野次でも飛ばさなきゃいいけど。彼の場合は試合よりもバッドマナーで退場の方が心配だよ」
 だが、照の心配は無用だったようである。津凪は持ち前の運動神経の良さと凄まじいほどの気合いで勝ちをもぎ取り、チームは勝利に沸いたが「やったぜ、大和!」と叫びつつ、抱きつこうとした行動が文殊らに阻止されたのはいうまでもない。
「さて、オレたちの番だな。足引っ張るなよ」
「それはこっちのセリフだ」
 立ち上がった文殊と武流、大和を巡ってライバル関係にある二人がこうして協力し合うことになるなんて、大和としては複雑な、それでいて嬉しい気持ちでもあった。この二人が組めば最強だ。
 長身で美形の上に迫力満点のコンビが登場したため、相手チームの二人は社会人にも関わらず、試合前から高校生に気迫負けの様子である。
 彼らとのラリーを続けながら、文殊と武流は目と心の声で会話をしていた。
『どうやら未だに大和をあきらめる気はなさそうだな』
『当然だ。一度や二度の過ち、どうってことはない。それぐらいで勝ったと思うな』
『その様子ではキスもまだらしいが……』
『そう見えたのか? だったら、オレも大和も演技はアカデミー賞候補だな。同じ部屋という、地の利を生かしていないと思ったか』
『なるほど、迂闊だった。とんだジェントルマンだな。やはり、朝まで大和を引き止めておくべきだったか』
『そんな勝手な真似はさせない』
『だが、オレが勝っているということは、そっちは最後までいっていないんだろう? この差を縮める自信はあるのか』
『早い者勝ちじゃない、最後に選ばれた者が本当の勝者だ』
『自信過剰だな。まあいい、どこまでオレたちに迫れるか、御手並み拝見といこう』
 リターンされる球の勢いは次第に激しくなり、コンビネーションよりも二人のパワーで押しまくるダブルス戦、そんな彼らにリーマンチームはタジタジで、応援席にて卓球部の惨敗を楽しみにしていた井里矢を苛立たせ、彼はすごすごと戻ってきた自社の社員たちを大声で叱り飛ばした。
「あんな素人同然の連中相手に何やってんのよ、まったくもう! パパに言いつけて、夏のボーナスはカットにしてやるから!」
 二連勝した佛真高校、次で勝てば部の目標である一回戦突破で井里矢との取引もチャラ、意気も揚がるというものだが、調子づいた部員たちの「よーしっ! 部長、シメは頼むぜ」「これでキメてくれよ」などという励ましは却って照を緊張させてしまった。
「ボ、ボクが勝てばチームの勝利だけど、もしも負けたら……?」
 緊張のあまり、照は手を小刻みに震わせながらラケットを握ったのだが、次の瞬間、あの恐るべき事態が起こった。
「ウオォォォォーッ! ディック参上っ!」
 いうまでもなく、照は左手にラケットを持っていたのだ。狂ったようにサービスを打つ彼に、相手の選手も審判も唖然としている。
「……あーあ、やっちゃった」
「スコア宣告前じゃねえか、どうすんだよ」
「レット、ってことでとりあえずは大丈夫ですけど……」
「ノーカウントか。やれやれ、命拾いしたな」
 審判員に制止されて、ようやく正気に戻った照だが、しかし、そのあとの彼のプレイはガタガタで当然ながら大敗、みんな頭を抱えてしまった。せっかくの二連勝も水の泡、卓球部廃部の危機は足音を立てて迫っている。
 しょぼくれる照を責めるわけにもいかず、あとは素直の勝利に望みを繋ぐしかないが、決意を固めた大和は素直の前に立ってこう告げた。
「ワイの不注意でこんなことになってもうて、堪忍な」
「大和くん、そんな」
「あのガラスの置物はワイがバイトでもなんでもやって、なんとか弁償する。それから武流たちを引き抜くとか、廃部は勘弁してもらうよう土下座してでも頼みにいくから、心配するなって言うても無理かもしれんけど、おまえには気負わずに、自分の納得がいく戦いをやって欲しいんや」
 その真摯な言葉に応えるように、素直は大和にハイタッチをした。
「わかった。ボクはボクのベストを尽くすよ。観ていてね!」
 まるでスポ根のような、この「オレたち青春しているぜ」的な展開、『ラブ・オール』が宣告され、いよいよ最終決戦だ。
 以前は決して上手くなかった素直だが、GWの合宿での、年徳鬼コーチによる特訓が功を奏したらしく、彼は持てる力を十二分に発揮して、相手が打ち込んでくる球を受け損ねることなくレシーブし続けた。そんな素直らしい、地道な戦いを繰り広げたのちに、とうとう粘り勝ちしたのである。
 佛真高校卓球部の勝利が言い渡されると、部員たちは互いに肩を叩き合い、喜びを分かち合った。興奮の渦の中で、素直は大和に握手を求めて「ありがとう」と言った。
「勝ったのはおまえの実力や。御礼を言うのはワイの方やで」
「たしかに、最初に卓球部に誘ったのはボクだけど、ここにいるみんなは大和くんが集めたようなものでしょ。いろんなことがあったけど、同じ卓球部の仲間になって、こうして試合にも勝った。大和くんがいたから、今日までやってこられたんじゃないかな」
 大和が照れ臭そうに「ワイのお蔭やなんて、部長に悪いって」と答えると、今度は照がしみじみと語った。
「本当に大和くんには感謝しているよ。キミと出会えてよかった。キミがいなかったら、ボクと素直くんは今でもあそこで、二人きりで淋しく練習していたと思うよ。今日は大失敗して迷惑かけちゃったけど、こうして大会に出る夢を叶えることができたんだ」
「部長……」
 大和の睫毛が涙に滲んで、そんな彼を見守るみんなの胸にも熱いものが込み上げてきた。
「入部してよかったぜ、なあ」
 感激屋の津凪が鼻をすする姿に、最初はあんなに嫌がっていたくせにと苦笑いしながらも、文殊は「そうだな」と相槌を打った。
「この調子で二回戦も突破しようぜ。今度こそ、大和とダブルスだ」
 その時、感動に浸る大和たちの傍に井里矢が歩み寄ってきたため、またまた因縁をつけにきたのかとみんなで戦闘態勢をとると、彼はなんと「大和くん、お願い!」と、すがるようなポーズで哀願した。
「どうやったらそんなにモテるのか、アタシにも教えてちょーだい! ねっ、ねっ?」
「は、はあ~?」
 井里矢の突然の申し出に驚く大和、
「そのモテモテの秘訣はなんなの? もしかして海外製の秘密の媚薬か何か使ってんでしょ、どこで売ってるの? 教えて~っ」
「そんなもん、使うてへんって!」
「嘘よ! そうでなけりゃ、こんなにイイ男ばっかりにモテるわけないじゃない。白状しなさいよーっ!」

    ◇    ◇    ◇

 井里矢に追いかけ回される羽目になった大和を見やり、文殊はふっと笑みを漏らした。
「秘密の媚薬か……敢えて言えば『魔性のオトコ』かな。あいつのすべてが媚薬だ」
「同感だな」
「気が合うようだが、大和は渡さないぜ」
「それはオレのセリフだ」
 再び火花を散らす文殊と武流の間に割って入ったのは津凪、
「おい、てめえら、オレを忘れてもらっちゃ困るぜ。大和はオレがいただくから、そのつもりでいろよ!」
 財前大和・もうすぐ十六歳の波乱万丈の高校生活はまだまだ続くのだった。

                     〈結成! 新生卓球部の巻 おわり〉