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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

魔性のオトコⅠ ③

    第三章 直前強化合宿


 ディック杯は五月の連休後の第三日曜日、五月二十日に実施される。
 大会前にたっぷりとれる休み、すなわちGWを利用して『直前強化合宿』を行おうと提案したのは照であった。
 それは彼の叔父が経営する海辺の民宿に泊まり込み、朝から晩まで卓球ずくめというヘビィな企画だった。
 照の叔父、寿年徳(ことぶき としとく)という人は無類の卓球好きで、照が卓球を始めたのも彼の影響だった。いつかは世界の檜舞台に立てる選手に、と夢を追っていた年徳だが、それも叶わず実家の民宿の後継ぎとなった。
 だが、彼は卓球をやめてしまったわけではない。いつでも練習できるようにと庭の一角に卓球用の練習場を増築し、希望者には自らコーチを引き受けるという、合宿を行なうにはもってこいの場所なのだ。
 海水浴シーズンにはまだ早いとはいえ、甥からの依頼を快く承諾した年徳は連休という書き入れ時に宿を安く利用させてくれることになったのである。連休前の部会でその企画を聞かされた部員一同は卓球の練習に行くのであって、遊びに行くのではないとわかっていても、すっかり浮かれ気分で、
「ねえねえ、カニなんかが獲れる場所? それとも刺身が美味いんかいな」
「部長、大和くんはさっきから食べ物の話しかしていませーん」
「困るなあ。時刻表のチェック、さっさと済ませて欲しいんだけど」
「はーい、質問。温泉は出るんですか?」
「津凪くん、真面目にやってください。ちなみに温泉ではありません」
「ちぇっ、つまんねーの。骨休めにもならねえじゃねえかよ」
「兄さん、そういうジジ臭いことを言うのはやめてよ。目的は湯治じゃなくて、練習なんだから」
 廃部を免れたばかりの弱小運動部に部室があてがわれるはずもなく、部会もプレイセンターで行われる。
 わいわいがやがやと賑やかにしゃべる仲間たちを尻目に『卓球上達必勝ブック』と睨めっこをしているのは武流、そして文殊はといえば、さっきから物憂げな顔をして黙ったまま、ぼんやりと廊下を眺めていた。
 そんな彼の様子が気になる大和だったが、声をかけるのもどうかと二の足を踏み、さらに、たぶん腹でも痛いのだろうと決めつけ、ついそのままにしてしまった。

    ◇    ◇    ◇

 合宿へ出発する日がやってきた。
 早朝、荷物を抱えて集合した卓球部一行はローカル線に乗り込み、地方の小さな最寄り駅で列車を降りると、白いワゴン車を駅前のロータリーに停めたその横で、年徳と思われる人物が手を振っていた。
「照、こっちだ」
「あ、叔父さん。迎えにきてくれたんだ」
 寿年徳は照によく似た好人物で「ようこそいらっしゃい」と部員たちに声をかけた。
「どうもお世話になります」
 率先して頭を下げる素直と大和に続いて、残りのメンバーも会釈をする。
 宿のワゴン車に乗り換えてしばらく行くと、車窓に眩しい海辺の景色が広がった。
 本日は晴天なり、青い空に浮かぶ真っ白な雲、エメラルドグリーンの海原にはこれまた真っ白な波頭が立っている。
 沿道には椰子が植えられ、南洋を思わせるムードがいっぱいで、一行はすっかりリゾート気分であった。
「すっげー! ええ景色やなあ。ワイ、海パン持ってきたで」
 大和がそう言うと「じつはオレも」と津凪が言い、照は呆れ返った。
「あのね、まだ海開きしてないんだよ」
「いいじゃん、固いこと言うなって。なあ、大和、オレと一緒に泳ごうぜ」
「おまえ一人でサメにでも喰われてろ」
 なれなれしく誘う津凪を文殊が牽制する。この間の憂鬱そうな表情は消えており、やはりあれは腹が痛かったんだろうと、いくらか安心した大和が真ん中の席を見ると、相手も振り返ってニヤリと笑い、それからとんでもない発言をした。
「オレなんか、大和とひとつ屋根の下って考えただけで、昨夜は一睡もできなかったぜ」
「ひとつ屋根の下~!」
 言われてみればそのとおり、二人は、いや二人きりではないが、部員全員が同じ建物内に宿泊するわけで、いろんな意味からも──他の部活動ではあまり見られないであろうBL的問題点──かなり危険である。
「そうかぁ、考えてみればそうなんだよな。あー、なんかオレ、鼻血吹きそう。想像しただけでイッちゃうぜ」
 今頃その事実に気づいたらしく、津凪は文殊と共に、大和に熱い視線を送り、ライバルたちの不穏な動向に、武流が目を光らせる。
 こいつら揃って何を言い出すのやら、ガツンと一言かましてやりたいが、運転席に座る年徳の手前もあって大和が答に困っていると、照は自分のカバンの中から『はりせん』を取り出して、助手席から後ろへと手を伸ばすと、津凪と文殊の頭をパンパンッ! と張り倒した。
「痛ってぇ~、こらコトブキ、何しやがる!」
 津凪の威嚇にビクともせずに、照は威風堂々として二人を見据えた。
「叔父さんは地域の『青少年健全育成の会』の会長をやっているんだから、飲酒喫煙はもってのほか、風紀を乱す人と、部長命令に逆らう人はこのはりせんでお仕置き。そのつもりでいてもらうよ」
 以前は不良組の彼らを恐れていたものの、毎日の部活動で接触しているうちにそれにも慣れ、どうすれば連中を操れるかの『猛獣使いの術』を会得した照はおごそかに告げた。
「四人一部屋だけど、キミたちは大和くんとは別室、お風呂も別に入ってもらうからね」
 風紀を乱す要因への対策も万全である。
「ええーっ、マジかよ? せっかくのチャンスなのに……」
「津凪、控えろ。このままじゃ、大和と同じテーブルでメシも食わせてもらえなくなるぞ。それでもいいのか?」
「ちぇっ、わかったよ」
 文殊が憤慨する津凪を制すると、しぶしぶ引き下がった彼は面白くなさそうな顔で押し黙ってしまった。
 ようやく民宿の建物が見えてきた。淡いブルーの壁にグレーの屋根、想像していた日本家屋とは違う、どちらかといえばペンションのような建築物である。
 それでも宿の門には『民宿 寿』の看板が掲げられており、そこから二百メートルもいかないうちに白浜が広がっていて、眺めは抜群だった。
 門前で車の到着を出迎えたのは叔母の珠子(たまこ)で、彼女は若者たちの到着を労いながら部屋へと案内した。
「この『フジツボの間』と、隣の『ウミウシの間』を使ってね。トイレと洗面は廊下の突き当たりよ、あとは照ちゃんに任せるから」
 そう言ったあと、珠子は照に囁いた。
「あんたのチーム、イケメンが揃ってるわね。卓球やるよりもアイドルグループでデビューを目指した方がいいんじゃないの?」
 それから照は部屋割りを決め、『フジツボ』には文殊と高須兄弟、『ウミウシ』には残りの四人──照、素直、大和、武流──というように割り振った。武流が大和と同室になったことで不満の声が上がったが、彼は紳士だからという部長の判断によって、抗議は即座に却下された。
 照にとっては勝手知ったる叔父の家であり、彼は荷物を各自の部屋へ置くよう命じると、仲間たちを食堂へ案内し、珠子が用意してくれた遅めの昼食を摂った。
 さて、もうすぐ食事が終わるという頃、年徳がポロシャツとジャージに着替えて現れ、若者たちを見回したのだが、その表情はさっきまでの温厚な宿の主人ぶりとは打って変わって、まるで阿修羅のごとき形相だったのである。
「それでは今から特訓開始!」
 気合いを入れて叫ぶ年徳の姿に、皆ポカンとして、この中年男性を見上げた、
「何をぐずぐずしている! 試合まで時間はない、ここでみっちりしごいてやるから覚悟しろ。手始めに浜辺をランニングだっ!」
「えっ、マ、マジッ?」
 狭い食堂内に悲鳴がこだまする。
 いきなりスパルタコーチに変貌した年徳といい、ディックに豹変する照といい、これこそ寿一族に受け継がれた遺伝なのだと納得した大和たちであった。

    ◇    ◇    ◇

 けっきょく午後の間中、年徳にしごかれた部員たちはボロ雑巾のようにくたくたになり、夕食と入浴を済ませたあと布団に倒れ込むと、どんなに体力に自信のある者でも、朝まで起き上れなかった。
 翌日も早朝からしごきのメニューが待ち受けていて、だが、そのお蔭で彼らの卓球の腕は格段に上達したのである。
 さて、三日目は海水浴場付近の民宿連合と地元自治体が共同で主催する海上花火大会の打ち合わせが公民館で行われるため、年徳はそちらに出向き、彼のしごきタイムは早めに終了した。
 助かったと胸を撫で下ろす一行だが、年徳がいない分、宿は忙しくなる。宿代を安く提供してもらっている卓球部員たちは珠子をサポートして食事その他の準備を手伝うことにし、照はそれぞれの役割分担を決めた。
「じゃあ、文殊くんと津凪くんは風呂場の掃除、武流くんと素直くんが料理の手伝いと配膳ね」
 照自身は夕食材料の魚の手配を任せている近所の漁師のところへ出向く役を仰せつかっており、その御供に指名されたのは大和と津並だった。
 それから三人は揃って出発、目的の漁師宅で照が魚を貰い受けている間、滅多に会話することのない津並から大和に話しかけてきたのである。
 彼はいくらか言いにくそうに「あの……兄さんのことなんだけど」と切り出した。
「な……なんや?」
「元々やんちゃで、中学でも部活なんてやらなかったし、まさか高校で卓球を始めるなんて思ってもみなかった。でも、あんなに一生懸命な兄さんを今まで見たことないんだ。ああ見えて純情で、一途なところがあって……好きになった相手が男のキミだなんて、ボクとしては納得いかないけど、それでも兄さんを応援したいと思う。つき合ってやってとは言わないから、どうか嫌わないで欲しい」
 兄をよろしくと頭を下げる弟の姿に、その真剣な表情に、大和は胸を突かれたようでハッとした。
 何かとちょっかいをかけてくる彼らに対して、とりあえずは適度にあしらって、なんとか試合当日まで持ち込めばいい。そんな感じで、彼らの想いから、のらくらと逃げてきたのは認めざるを得ない。
 今こそ真剣に向き合わなければならないのではないか。そもそも適度にあしらうだなんて失礼な扱いだ、そんなつもりはないにしろ、弄んでいるのと変わらない。
 反省しきりの大和はそれから我が身を省みた。はたして自分は彼らをどう思っているのだろう。
 出会った当初は反発もしたが、今ではみんな卓球部の大切な仲間だ。嫌いなヤツなんていないし、嫌う理由もない。
 しかし、彼らの望むような『卓球部のチームメイトとしての友情を越えた特別な感情』をあの中の誰かに抱くなど、有り得るのかと問われれば……有り得ない。いや、わからない、もしかしたら……? 
 高校入学までの十六年、自分はノンケだと思っていたし、異性愛以外の選択肢はなかった──はずだった。占い師の老婆に「魔性のオトコ」だと言われてもピンとはこなかったし、多少反発心さえ抱いていた。
 だが、三人に求愛される事態になった今、「魔性のオトコ」は現実なのだ。それでも頑なにノンケを貫く気持ちがあるかと問われれば、じつのところ自信がない。文殊、津凪、武流──三人三様に魅力的な男たちだ、このままいくと、誰かに揺らいでしまいそうな自分が怖い。あの中の誰かを選んでも、誰を好きになっても、あとの二人を傷つけてしまうことになるのに──
 胸が痛くなる。今まで体験したことのない痛みだ。それでも大和は津並を安心させようと「大事な仲間なんやし、嫌いになったりなんかせんから大丈夫」と告げた。
 ホッとした様子の津並に、痛みが増幅する。どうしたらいい、どうすれば……

                                ……④に続く