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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

魔性のオトコⅠ ②

    第二章 卓球部始動


 紆余曲折を経て、佛真高等学校男子卓球部は一人前の運動部として、本格的な活動を開始した。問題児二人が部員として名前を連ねているという不安材料はあるが、それでも新たな一歩を踏み出したのである。
 練習場所は今までどおりプレイセンターを使用。また、最初の部会にて、副部長には素直が選ばれたのだが、二年生二人がガラではないのだから妥当だろう。
 まずは筋力アップのトレーニングと基礎練習を並行して行い、増田産業主催の卓球大会で──社長がやはりディック・グリーンバッグ選手のファンなので、ディック杯と名づけられている──一勝をあげることが当面の目標に掲げられた。
 それにしても、クセ者揃いのメンバーを何とかまとめているのは部長の照ではなく大和であり、神経を擦り減らす日々に、くたくたになりながらも、彼は今朝も気合いで学校へと向かっていた。
「おや、この間の若者じゃないかい?」
 そんな呼びかけを耳にして、そちらを向いた大和は「あっ、占いバアさん!」と叫んだ。
 相変わらず魔女ふうのファッションに身を包んだ老婆は「ほほほ」と笑うと、例のガマ口バッグを引きずりながら、大和の傍らに寄ってきた。
「お蔭でこの前は遅刻してもうたんやけど」
「そりゃそりゃどうも。で、どうだえ?」
「どうって、何が?」
 首を傾げる大和の顔をジーッと見つめた老婆は「かなり疲れておるの。やはり男難のせいじゃな。同情するが仕方がない」などと、まことしやかに述べた。
「あのさ、ワイは部活で疲れ……」
「そなたの周りを取り囲む男の数がここ数日の間に、一気に増えたりしてはおらんか?」
「周りを取り囲む男?」
 首をひねった大和はそれから、それはもしや、卓球部の連中のことではと気づくと「あっ!」と声を上げた。
 なるほど、彼らからあれこれ災難を受けているこの状況が男難なのだ。そう合点した大和は「そうなんや、疲れることばっかりで」と言い、肩をすくめた。
「これからますます激しくなる。酷なようじゃが、そなたのさだめとして受け入れるしかないのう」
「えー、そんなぁ」
「男を惹きつける色香と魔性を持ち合わせている限り、さだめには逆らえんのよ」
 老婆の言葉の指し示す意味が単に卓球部内の人間関係の調整ではないとわかると、大和は怪訝そうに「この前もマショウがどうこう言うてたけど、それってどういう意味かいな?」と訊き、今度は老婆の方が怪訝な顔をした。
「相当鈍いようじゃの。男にセマられたりしてはおらんのか?」
 そう訊ねられて真っ先に思い浮かんだのは文殊との出来事だった。
「キス……された」
「ほう、さっそくそんなことがあったか」
 自分の占いがズバリ的中したとあって、大和の困惑した表情とは対照的に、老婆はしごく満足気である。
「先にも申したように、そなたは男でありながら男を惹きつける色香、フェロモンを常に他の男たちに対して振り撒いておるのじゃ。さしずめ、魔性の女ならぬ魔性のオトコとでも呼ぼうかの。それゆえ男にセマられる羽目になる」
「まさか?」
「まあ、せいぜい三角、四角関係がこじれんよう注意することじゃ」
「えっ、三角四角って……セマってくるのは一人だけちゃうんか?」
「一人では男難とまではいかんじゃろ。そなたは何かのきっかけで魔性ぶりを発揮して男たちを翻弄した挙句、そなたに惚れた男同士の色恋沙汰に巻き込まれてしまう。それが男難の意味するところなのじゃよ」
「マジでか……」
 途方に暮れる大和を気の毒そうに見やりながら「おっと、急がねば」と、老婆はそわそわし始めた。
「そろそろ出勤時刻じゃ」
「出勤?」
「シルバー人材センターから占いの館へ派遣されておるのじゃよ。そなたが気の毒ゆえ、お代は今回もツケにしておいてやろう」
 そう言い残して、占い老婆はまたしても風のように消え去った。
「はあ~」
 思わず溜息がついて出る。男を惹きつけるこの身、それは避けようのない現実らしい。
 女の子にモテたくてたまらないと執着してはいない、むしろ淡泊な方だが、だからといって男にモテたいわけではないのに……
 老婆の言うように、このままでは済まないのならば、文殊以外にもそういう相手が現れるはず。自分に関わるすべての男にその可能性があるといえるが、とりあえずはクラスか部活動での関わりになるだろう。
「せやけど、今のところ他のヤツにはそんな素振りもないしなぁ……」
 それならその方がいいに決まっている。文殊だけでも充分持てあましているのに、これ以上は勘弁して欲しい、このまま平和に過ごしたいと思いつつ、教室のドアを開ける。
 既に登校していた武流が今日の授業の予習なのか、ノートに何やら書き込んでいる最中だった。
 今までは「シカト返し」をしていた大和だが、同じ卓球部員になった以上、知らん顔をするわけにはいかずに「おはよう」と声をかけると、弾かれたように顔を上げた武流は「あ、お、おはよう……」と言葉を詰まらせながら答えた。その表情はいつもの冷静な彼らしくもなく、うろたえているようだった。
(ワイが挨拶したぐらいで驚かんといて欲しいわ。同じ部活になったからってんで、こっちは大人の対応をしてやっとるんや。それが気にいらんちゅーならシカトでも何でもしてみろっての)
 大和は武流に冷ややかな一瞥をくれると、机の中を片づけ始めた。すると背後から話しかけているのか独り言なのかわからない声がして、再びそちらを見ると視線が合った。
「何か言うた?」
 イタズラが見つかった子供のようにバツの悪そうな顔をした武流は「い、いや、なんでも」と言ったあと、言い訳するかのように「練習用の服ってどうした?」と訊いてきた。
「服? 家にある適当なTシャツとジャージを持ってきたけど。試合じゃないから何でもええって、部長がそう説明したやろ」
「そう……だったな」
 それが取ってつけた質問だったことは明白であり、こいつは何を考えているのかと大和は訝しく思ったが、それ以上は何も言わずに片づけを再開した。

    ◇    ◇    ◇

 ついに卓球部が部活動らしい活動を開始、めいめいに好き勝手な服装で登場した部員たちは照の指揮下、柔軟体操から始まるトレーニングをこなしていた。
 紫色のド派手なタンクトップに同色の短パン姿の文殊も、青のTシャツとカーゴパンツ、スポーツというよりは土木作業をするような格好の津凪も思った以上に、真面目に取り組んでいる。
 体操のあとはいよいよラケットを手に持っての基本姿勢、照は六人を前に講義を始めた。
「この、握手するように握るのがシェークハンドラケット、ペンを持つように握るのがペンホルダーラケットと呼ばれているんだ。今の主流はシェークだけど、自分の好みに合った方を選べばいいよ。それから、ラケットを持った方の手はラケットハンドで、あいている方はフリーハンド。ボールはその手のひらの上に乗せて……」
 そんな練習をしばし行なってみると、彼らののみ込みは予想以上に早く、指導者照にとっては驚きと喜びの連続だった。これなら試合だって「参加することに意義がある」止まりではなく、目標の一勝、いや、それ以上勝ち進むことも夢ではないかもしれない。
 しばらくして休憩時間になり、プレイセンターの床に座り込んだ文殊が照に話しかけた。
「なあ、卓球の団体戦って、どういう形式でやるんだ?」
「形式ねぇ。四単一複に六単一複でしょ、それ以外にもあるし、コービロンカップみたいなバリエーションもあるけど、今回のディック杯に限って説明すると……」
 そう言いながら、照は手持ちの紙にSやWといった記号と数字を書いてみせた。
 ディック杯の形式は一チーム六人の四単一複、すなわちシングルスの試合が四戦にダブルスが一戦かつ三番目の三戦先取だ。
 四単一複では一チームを四人の選手として、そのうちの二人がシングルスに出場した上にダブルスを組むというパターンもあるが、ディック杯出場選手は六人と決められているため、照は六人集めることにこだわっていたのである。
「じゃあ、一、二番のシングルスと三番のダブルスで負け越したら、四と五番目のシングルスの試合はなし、ってことになるんだな」
「そうだね。だから最初に強い人をもってくる作戦をとるチームが多いんだ」
「ふうん。そうなると一番と二番は決まりだ。唯一の経験者のおまえと、元テニス部の誰かさんってところだな」
 たしかに武流はテニスの経験者だったからか、六人の中でも、もっともスジがよく、照としてもその意見に異存はなかったが、大和は不服そうな顔をした。
「テニスやってたからって、卓球が上手いとは限らんやろ? ラケットやボールの大きさだって全然違うやないか」
「いや、そういう問題ではなくて……」
 宥めようとする照の言葉を遮ったのは津凪だった。彼はいきなり大和の手を取ると、上気した顔で「じゃあ、オレたちでダブルス組もう!」と爆弾発言したのである。
「えっ、えーっ!」
 素っ頓狂な声をあげた大和、とりあえずは平穏に活動していると思ったのに、早くもトンデモな展開が彼を待ち受けていた。
 子分の突然の背信行為に親分が黙っているはずはなく、文殊は津凪の手を払い、肩を突いてその身体を大和から引き離すと、恋敵を睨み据えて噛みつくように怒鳴った。
「津凪! 貴様、どういうつもりだ!」
「フン、オレは自分に正直なだけさ」
「自分に正直、だと?」
「オレは大和に惚れた、こんな気持ちは初めてだ。好きなヤツと組んで、一緒に試合に出たいと望んで当然じゃねえか」
 あまりにも大胆な告白、津凪らしいといえばそうなのだが、大和に熱い視線を送る彼はそれを阻止しようと揉み合いになった文殊を睨み返した。
「いつまでもてめえに従ってると思ったら大間違いだ。大和は誰にも渡さない、早い者勝ちなんてヤボも文句も言わせねえからな、わかったか!」
 まくしたてる津凪の様子に、みんな呆気に取られたままで、目眩を覚えたらしい照と素直はその場にへたれ込んでしまい、当事者の大和も穴があったら入りたい気分だった。
 魔性のオトコのお相手・その二は津凪だった。昨日、彼に親しく話しかけた、あの一瞬のお蔭でこうなったのかと思うと、男を魅了する己の威力に我ながら感心し、困惑を通り越して脅威さえ感じた大和、周りの反応はおかまいなしに、文殊と津凪の言い争いは続いていた。
「ダブルスを組むのはオレだ、大和に手出しするヤツは誰であろうと容赦しない!」
「それはこっちのセリフだっ!」
 これでは練習どころではない。気を取り直した照と素直で文殊を、津凪を津並がそれぞれに取り押さえようとしている中で、気難しい顔をした武流はその場面を眺めていたが、突然そこにボールを投げ込み、驚いた人々が自分に集中したのを見計らって「決着はそいつで決めよう」と提案した。
「そいつって、ボール?」
 素直がそう訊き返すと、彼は頷きながら「ダブルスってのはどれだけ互いの息が合うかがカギだ。試合までの練習の中で、誰が一番息を合わせることができるか……」と言い、チラリと大和を見た。それではダブルスの片方は大和に決定したのも同然だが、誰も異論を唱える気配はない。
「そんなん勝手に決めるな!」
「みんなの要望だ」
「みんなって……」
「オレも立候補する」
「えっ……?」
 魔性のオトコのお相手・その三。新たなるライバル参上に、いち早く気づいた文殊はシニカルな笑みを浮かべて毒づいた。
「なるほど、そういうわけか。だが、おまえはエースとして、シングルスで活躍した方がチームのためになるんじゃないのか?」
「それを言うなら、そっちがシングルスに出ればいいだろう。運動部で引っ張りだこだったと聞いているが、どうなんだ?」
 文殊の『口撃』に負けてはいられない、武流は冷静に切り返した。
 眉目秀麗の上に文武両道で中学時代から有名だった文殊は入学当時、多くの運動部からの誘いがあったと武流の耳にも入っている。もっとも、やさぐれてしまった彼はその勧誘のすべてを断っていたが。
「大層な口をきいてくれるが、オレにスポーツをやる資格を問うたのは誰だ? その当人が言った矢先から趣旨を変える気か?」
「なんとでも言えばいい、組むのはオレだ」
 ダブルスでの出場権争いは大和の奪い合い、ペアを組む者が大和のハートを射止めた者、そんな意味合いになってしまい、しかも、まともだと思っていた武流までが参戦してしまったのだ。
 頭を抱える照に、素直がそっと訊いた。
「部長はゲイに寛大じゃなかったんですか?」
「一人だけならともかく……」
 武流が名乗りを上げたことに大和も戸惑っていた。いくらか鈍い彼にもその意図には気づいていた。さすがにこいつだけはないだろうと妙な安心をしていたのに、それもこれも自分が「魔性のオトコ」だから……
「こら、一年。オレを無視して進めるんじゃねーよっ! 誰がてめえらなんかに大和を渡すもんか、てめえらみんなシングルスにしろ!」
 文殊対武流の構図に腹を立てた津凪が喚き散らす。ほとほと困り果てた大和は「あ、あのさ、試合の順番はやっぱジャンケンか何かで決めたら」と進言した。
「一人余るわけだし、なんならワイ、補欠でええし」
 これ以上のいざこざは勘弁してもらいたい、その一心で提案した時、プレイセンターという名の修羅場にバタバタと遠慮のない足音を響かせてやって来たのは布袋井里矢だった。目を血走らせた彼は開口一番「武流くんったらヒドイわっ! こんなヘッポコ卓球部に入部するなんて信じられない、今からでもいいからテニス部に戻ってちょうだいよっ!」と怒鳴り散らしたのである。
 ヘッポコという言葉が部員たちの感情を逆撫で、さっきからのゴタゴタのせいで、ただでさえ気が立っている彼らの攻撃の照準は井里矢に、一斉に向けられた。
 指をポキポキ鳴らしながら、津凪が「誰がヘッポコだと?」と凄む様を見た井里矢は彼がここにいたことに驚き、また、自分の立場がすこぶるマズイと気づくと、慄きながらも媚を売るような口ぶりで言った。
「あ、あら、高須津凪くんじゃない。も~う、アタシに内緒で部活動やるなんてズルイわぁ」
「いちいちおまえの承諾が必要なのか?」
 今度は文殊が睨みを効かせる。かつて井里矢はこの運動神経抜群な二人をテニス部に勧誘したのだが、けんもほろろに断られていた。
「ま、まあ、黒部文殊くんまで。スポーツなんてやらない主義じゃなかったの?」
 すると文殊はいきなり大和の肩を抱き寄せて「こいつのお蔭さ。オレも津凪も、おまえのお気に入りのスーパールーキーも。残念だったな」とのたまった。
「それ、どういうこと?」
 呆気にとられる井里矢、
「あっ、オレの大和なのに、出し抜くなんてズルイぞ」
 津凪が文句を言い、彼らが大和目当てに卓球部にいると知った井里矢はまじまじと、当人の全身を眺めまわした。
「こんなガキんちょのどこがいいわけ?」
 自分でもそう思う反面、面と向かって言われるとムカつく。
「ねえ、武流くんってば、目を覚ましてよ。ほんとバカバカしい、卓球なんてお遊びじゃないの。テニスよ、テニス。あなたみたいなイイ男はテニスをやるために存在するんだし、そこのガキよりもずっと大人でステキなアタシがいろいろ教えてあげるからぁ」
 卓球がお遊びだと? オリンピックの正式種目にもなっている競技に対して失礼千万、カチンときた大和は井里矢の前に立ちはだかると、鼻先に右手の親指を突きだした。
「他の競技をこきおろすヤツにスポーツをやる資格はない!」
「なんですって?」
「テニスが楽しい、やっぱり続けたいと思わせてこその勧誘やろ。それができへんくせにケチをつけたり悪口を並べたり、それでも部長かいな? ちゃんちゃらおかしい、ヘソが茶沸かすわ」
「何て失礼な子なの!」
 憤慨し、地団駄を踏む井里矢は鬼の形相で「あなたたち、よーくおぼえてらっしゃい、タダでは済まないから!」と捨てゼリフを吐いて去っていった。
「やるじゃん、大和」
 みんなの称賛の声に、
「いや、そんな……あの言い方がなんや腹立ったから」
 井里矢撃退がイライラの解消になったせいか、大和を巡る部員同士の諍いはとりあえず収束したが、照は不安そうに「だけどさ、布袋さんの捨てゼリフ、ボクとしては気になるよ。何か企んでなければいいけど」と言い、それはのちに現実となるのだった。

    ◇    ◇    ◇

 井里矢を退けて一件落着とはいかなかった。卓球部の前途には新たなる敵が出現したのである。
 放課後、いつものようにトレーニングを始めた部員たちはペアになって柔軟体操を行い、大和が照を、素直が津並の背中を押している最中だった。
 残りの三人はそれぞれに用があるらしく遅れていたが、彼らがいないとこんなにも平和に練習できるものなのかと照が本音を漏らし、その言葉に皆、ついつい笑ってしまった。
「でも部長、あの三人抜きでは試合には勝てませんよ」
「それは充分承知しているよ。たしかに三人とも運動神経は抜群だし、布袋さんがテニス部に欲しがったのもよくわかるね。あれなら今度の大会でも大活躍するんじゃないかな」
「ワイらが足を引っ張らんかったらな」
 いくらか自嘲気味に大和がそう言うと、素直と津並が申し訳なさそうに目を合わせて、同意を示した。
 抜群とまではいかないが、そこそこの大和はともかく、あとの二人は運動オンチの部類に入り、どちらか一人は補欠確定だ。
「まあまあ、そんなにいじけなくても」
 取り成そうと照が何か言いかけた時、大勢の人間が近づいてくる足音と姦しい声がして、振り向くとそこに多数の女子生徒の姿があった。大和たちには見覚えのある一年A組の女子を中心にかなりの数の一年生、二年女子も何名か混ざっている。
 ズカズカとプレイセンターに踏み込んできた彼女たちはその場にずらっと並び、呆気にとられている四人を一斉に睨みつけ、震え上がらせた。
「ちょっとあんたたち、どういうつもり?」
「は? どういうつもり、って……」
「よりにもよって、佐門くんを卓球部なんかに勧誘するなんて、冗談じゃないわよ!」
 この集団のリーダー格らしい女子生徒がそう叫ぶと、残りのメンバーも「そうだそうだ」と口々に非難を始めた。
「佐門くんは中学テニスのスターだったのよ。高校でも彼のカッコいいプレイが見られると思ったのに、もう」
「卓球なんてダッサいスポーツ、やらせないでよね。何考えてるのよ」
「アタシたちのヒーローを横取りしないで、返してちょうだい!」
 どうやらテニス部入部を断られた井里矢がその腹いせに、武流が卓球部に入ったと言いふらしたらしい。武流ファンはA組のみならず大勢おり、彼女らは徒党を組んでプレイセンターに乗り込んできたのだ。
 ギャーギャーと喚く女子たち、そのやかましさといったら、とてもじゃないが口を挟む余地などない。反論できずにタジタジになっていると「なんだか賑やかだが、セミでも集団発生したのか?」などと言いながら現れたのは遅れてきた文殊と津凪だった。
 校内でも札付きの二人が登場したとあってその場は異様な緊張感に包まれ、大騒ぎしていた女たちはシンと静まり返った。
 彼らを知らない者はいないが、まさか卓球部に入部していたとは思わなかったらしい。制服ではない、それらしい格好にそうだとわかると、ヒソヒソと噂する声があちらこちらから聞こえてきた。
「ウッソー、やっだー」
「あんなのと一緒なの?」
 頭の切れる文殊に比べて、単純でいささかボンクラの津凪は状況が飲み込めずにいたが、女たちのバカにしたような反応にようやく気づき、腕まくりをすると今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴った。
「なんだ、てめえらは? とっととここから出て行きやがれっ!」
「キャー、野蛮人!」
 悲鳴を上げる彼女たちに追い打ちをかけようとする津凪を制して、文殊は皮肉たっぷりに言った。
「応援団のせっかくのお出ましだ、手荒な真似はするな」
 切れ味鋭い刃物を彷彿させる彼の雰囲気に一瞬、誰もがゾッとする恐怖感を味わう。
「部長、遅れて悪かったな。いつもの柔軟からやればいいのか?」
 そう問われて我に返った照が頷くと、文殊は津凪に合図をして、淡々とストレッチを始めた。
 そこへようやく登場したのは武流で、彼は女子生徒が居並ぶ光景に首を傾げていたが、その姿を見て俄然、勢いを取り戻した彼女たちに、あっという間に取り囲まれた。
「ねえ佐門くん、本気で卓球やるの?」
「あの連中に脅かされたんでしょ」
「お願い、テニス部に入ってよ」
 懇願する女たちを前に、事態を把握した武流は落ち着き払って言った。
「オレが卓球部に入部したのは自分の意思で決めたことなんだ」
 しばしの沈黙のあと絶望の溜息が漏れて、それでもあきらめきれない誰かが「そんなぁ、テニスはやらないの?」と訊くと、
「今は卓球に賭けてるから」
 大和たちは互いに顔を見合わせた。「卓球に賭ける」というその答は聞いていた彼らにある種の感動を呼び起こしていた。
 やがて残念そうにその場を去る女子たちが見えなくなると、気まずいムードから解放されて皆、ホッとした表情になった。
「やれやれ、疲れましたね」
「ゲリラの捕虜になった気分だったよ」
 すると、一人で柔軟体操を始めていた武流に向かって、津凪が厭味っぽく「何もそうまでして卓球やるこたぁねえんだぜ」と言い、ジロリとそちらを見た武流をもろともせずに攻撃を続けた。
「テニス部に入部し直したらどうだ? ファンクラブのおねーさま方の期待を裏切っちゃかわいそうだろ。こっちは六人残って、試合の人数にはこと足りてるんだしな」
 そんな津凪の攻撃に待ったをかけたのはなんと、文殊だった。
「やめろ、津凪」
「なんだよ文殊、おまえ、こいつの肩持つ気なのか? あんなふざけた女どもにちやほやされやがってさぁ。こいつのせいでこっちはすっげームカつく思いしたんだぜ。それに、この機会に辞めてくれりゃ、ライバルも減るってもんだしよ」
 そんな暴言に抗議するでもなく、黙ったままの武流をチラリと見たあと、文殊は落ち着いた口調で言った。
「卓球に賭ける、か。いいこと言うじゃねえか。この頃オレもそんな気になってきた」
「あ? 何言い出すのかと思ったら……」
「最初は不純な動機で入部したが、スポーツをやる楽しさがわかってきたような気がするし、試合で他のチームと対戦して、自分たちがどれだけ上達したのかを知りたいと思うようになったぜ。おまえはどうだ、津凪。卓球をバカにしていたわりには、近頃練習に気合いが入っているように見えるが?」
 文殊の指摘を受けて、津凪は決まり悪そうにもじもじした。
「ま、たしかに」
「それに、せっかく集まった仲間同士、協力して活動しようという約束のはずだ。そうだったよな、大和」
 ここまでの展開に口を挟めずにいた大和が「そ、そのとおりや」と答えると、文殊は満足そうに微笑んで仲間たちを見回した。
「誰一人抜けることなく、七人全員で大会に行こうぜ。みんな、今後もよろしく頼む、って、これじゃまるで部長のセリフだな」
 照れ笑いする文殊、先程氷の刃のような凄味を効かせた人物とは同一とは思えないほどの優しさと温かさに満ちた、そんな彼の言葉に全員が感動した。
 今日のハプニングを乗り越えた部員たちの間にはこれまで以上の強い結束が、仲間同士の深い友情が生まれつつあった──だが、このお話はスポ根ではなくBL、友情云々でおさまるはずもなかったのである。

                                                                                               ……③に続く