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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

Masquerade ②

    第二章 ゲレンデのプリンス

 翌朝は一転して快晴だった。

 ペンションを出発した航の仲間たち一行は彼氏が運転するSUV車にそれぞれの彼女が乗るという方法でゲレンデの入り口まで移動し、駐車場で荷物を降ろすと、そこからゴンドラに乗った。

 青空が高く、果てしなく広がり、空気は冷たく張り詰めていて心地よい。紺地にシルバーのラインが入ったウェアをまとった航はスキー板とストックを片手で持ち、眼下に広がる銀世界をサングラス越しに眺めた。

 赤、青、黄色にピンク、雪の上に鮮やかな花が咲き、それぞれが楽しげに歓声を上げている。

 流行りの歌謡曲から、スキー場ではお馴染みのゲレンデラブソングまで、あちらこちらに設置されたスピーカーから流れる音楽は頂にこだまし、平素は静かな山間も繁華街のような賑わいだった。

「おーい、航。オレらと峠坂たちはこの上の中級コースへ行ってみるけど、おまえはどうする?」

 仲間の一人、平山の問いかけに「もう一回ここを滑ってからそっちへ行くよ」と返事をして、航は板を回し、リフトへと向かった。

 何度も一緒に来ているのに、なかなか上達しない玲華は今もへっぴり腰で、のろのろと初級コースを下っている。

 途中で彼女を置いてきてしまった航がコースの終点にあるレストハウスの前で到着を待っていると、賑やかな声が聞こえてきた。

 そちらを振り向くと、若い女や子供を含んだ十名ほどの集団がスキー板を担いでぞろぞろと歩いていたのだが、その先頭に立つ男の姿に、航は思わず目を奪われた。

(あいつだ!)

 昨夜、水島梓海と名乗った、自分にキスをしてきたあの青年だ。

 あれから逃げるように部屋へ戻った航はしばらくの間動悸が治まらず、ベッドへ潜り込んでみたものの何度も寝返りを打って、すっかり寝不足状態になってしまった。

 そんな一夜が明けての今朝方、朝食の席では裏方に徹していたのか、問題の美青年は姿を見せず、航はホッとしたような、それでいてヤキモキとした気分を味わいながら食事を続けたのである。

 真っ白なウェアに上級モデルの板を履いた梓海は慣れた様子で、あとに続く人々に声をかけていた。

「それではまず、ここから向こうに立っている赤い旗のところまで歩く練習をしましょう。両足のスキーを交互に、滑らせるように前に運びます。そのときにストックを雪面に突いて、身体を前に押し出すようにします」

 いかにもスキースクールのインストラクターらしく、説明を交えながら生徒たちに自ら手本を示している。

 白いウェア姿のイギリス系美青年はまるで ゲレンデに舞い降りた王子様だ。そんな彼の教えに従って、初心者の集団はきゃあきゃあと声を上げ、危なっかしい身振りで練習を開始した。

「ストックを振り回すと危険ですから、気をつけてください」

 注意を促す彼の言葉が終わらないうちに、一人の女性が「水島さぁん、ユウコが転んじゃったの」と助けを求めた。

「大丈夫ですか?」

 助け起こす若者を見つめ、ユウコとおぼしき女が嬉しそうに頬を染める。

 そんな光景を目の当たりにすると、航の中に嫉妬がメラメラと燃え上がり、どす黒く渦を巻いた。

 梓海に女が近づくのは許せないと思う、この気持ちは何なのだ。

 出会ったばかりの男に、それもはずみでキスをしただけの相手に強い恋心を抱くなんてどうかしている。

 自分にゲイの資質があるとは考えてもみなかったが、だからといって梓海に対する感情を否定することはできず、航は悶々とした思いを抱えて戸惑うばかりだった。

 白い雪の上、白い服、白い肌の美青年。その美しい姿にすっかり魅了されてしまい、けっきょく玲華が帰還するまで、彼は梓海の動きを目で追い続けた。

「……お、待、たせ」

 ここまで滑るのがやっとの玲華がはあはあと息を切らせながら呼びかけてきたが、梓海に気を取られていた航は飛び上がるようにして振り向いた。

「あ、ああ、お疲れ」

「どうかしたの?」

「いや、別に」

「あー、もう、くたびれちゃった。あそこでコーヒーでも飲みましょうよ」

「そうだな」

 はたして彼はここに昨夜の男がいると気づいているのだろうか。

 梓海の様子を横目で窺いながら、航は板とストックをレストハウス傍の所定の場所に立てかけ、玲華の分も同じように置いた。それから彼女を促すように建物内に入り、自動ドア越しに再びそちらを見た。

 スキースクール一行はぼちぼちと初心者コースの方へ移動しており、白いウェア姿も小さくなってしまった。落胆と安堵の入り混じった思いでテーブル席に着く。

「ワタシ、カフェラテにしようかな。航は何がいい? ……航?」

「あ、ブレンドで」

 心ここにあらずの航の様子に、さすがの玲華も不審そうな顔をした。

「待ってる間に何かあったの?」

「何か、って、こんなところで何も起きるわけないじゃないか」

「でも」

「寒いからなぁ。思考回路が鈍っているのかもしれない」

「疲れたなら宿へ戻りましょうか?」

「いや、もう少し滑ろう。せっかく天気が良くなったのにもったいないよ。明日も晴れるっていう保証はないし」

 本当に大丈夫なのかと言いたげな様子の玲華だったが、特に反論はしなかった。

 もう少し滑りたい、というより、もう一度梓海を見たいというのが本心だった。彼があの白いウェアで颯爽とゲレンデを駆け抜ける姿が見たい。それから……

 そうだ、ペンションに戻ったあとはまた食後に会えるのだろうか。彼と二人きりになるために、玲華をさっさと部屋へ追いやらなくてはならないが、どういう手段を講じたものか。

 だいたい、彼は自分のことをどう思っているのだろう、そもそもゲイなのだろうか。自らキスを仕掛けてきたぐらいだから、こちらに好意を持っていると信じたいが、彼女と泊りにきている男にちょっかいを出して、からかってみただけなのかもしれない。だとすれば、次は拒否される可能性もある。

 楽観的と悲観的、相対する考えがひとつ浮かんではひとつ消える。玲華の不安げな視線を感じる余裕など、全くなかった。

                                 ……③に続く