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イブの夜に男同士でホテルにチェックインするというのは何とも具合の悪いものである。
愁がサインを済ませたのを見計らって、一眞は小走りにエレベーターへと向かい、追いついた彼と共に乗り込むと大慌てでボタンを押した。
乗員は二人きりの状態で扉が閉まると、やれやれと息をつく。
「オレたち、何アセッてるんだろうな。もっと堂々としていればいいのに、潜伏先でうろうろしている犯罪者みたいで、きまり悪いっていうか」
「まあ、そんなに後ろめたく思う必要はないけど、さっきのフロントだってまわりはカップルと家族連ればっかりだもの。早く済ませようと思ったら余計に手が震えて、字が書けなくなっちゃって困ったよ」
そこで顔を見合わせた二人はどちらからともなく、吹き出して笑った。
真冬だというのに、額にうっすらと汗をかいている。暖房が効きすぎているとは思えない、焦ったり慌てたり、走り回ったせいに違いないのに、一眞は「さっき食べた中華料理に入ってた薬膳の効果かなあ」などという、とぼけた発言をしてみせた。
そして洋服が汗ばんでいるのに気づいた愁は部屋に入るとすぐ、一眞に「先にシャワーを使って」と何気なく勧めた。
うん、と返事をしかけた一眞はふと動きを止めると、愁を上目遣いに見た。
「一緒に……入ろうか」
「えっ?」
いくらか暗めの、ペールオレンジの灯りの下でも、愁の顔が赤らむのがわかった。
「い、いいの?」
「背中流してやるよ」
平然とそう言ったつもりの、一眞の声も上擦っている。
先にバスルームに入った一眞が服を脱いでいると、愁があとから恐る恐る、遠慮がちにドアを開けた。
「お邪魔します」
「おまえが予約した部屋だよ」
「それはそうだけど……」
一眞の裸体に目を奪われているせいか、愁の返事は上の空である。
「なんだかドキドキする」
恐縮したようにつぶやく愁、この間の大胆さはいったいどこへ行ったのだろうか、すっかり鳴りを潜めている。
もっとも、あの時は場合が場合なだけに、二人ともかなりムードに酔っていたのだろう。今はお互いにどこかぎこちなく、一眞も無言のままでボディソープを泡立て始めた。
約束どおりに一眞が愁の背中を流してやると、交替で今度は愁が、当初はまるで銭湯にいるかのように和やかな雰囲気だったのが、しばらくするうちに、遅まきながら大胆さが戻ってきた。
「前も洗ってあげる」
「えっ、恥ずかしいな」
「ボクと一眞の間にそんな遠慮はなしだよ」
一眞の肌にタオルを滑らせて泡まみれにしたあと、互いの身体を密着させながら愁は彼の唇を吸った。
唇から耳元、首筋へとキスされる度に一眞は吐息を漏らし、彼がみせる反応にさらに、愁の興奮が高まった。
愁の固くなった下の部分が腰のあたりに触れると一眞は言った。
「オレ、される方ばかりであんまり慣れてないから、上手くないと思うけど」
シャワーのコックをひねり、温かい湯が全身に降り注ぐ中、一眞はその場に屈みこむと愁の股間に顔を埋め、彼のものを愛しむように口に含んだ。
「かっ、一眞……そんな、あっ」
二つのソレから棹の部分、一眞はすべてを絶え間なく刺激する。思いがけない行為にうろたえながらも、愁は上気した顔でその快感を受け止めた。
「い……いい、すごく気持ちいい」
ついに先端の部分に舌が入ると、愁の身体はビクンッと反応した。
「あっ、ダメだよ。このままイッちゃう」
「いいよ、イッても」
「だって……」
「若いんだろ、すぐ元気になるって」
白くとろりとした液体が透明な湯に混じりながら排水口へと消える。
肩で息をつきながらこちらを見る愁に、一眞は「この前、おまえによくしてもらったから、今夜はオレが、って思ったんだ」と言い、照れくさそうな顔をした。
「ありがとう。一眞のそんなところが好き、好き、大好き……」
一眞も、そして、彼を抱きしめる愁の髪もすっかり濡れて肌に張りついているが、それにはかまわずに今度は愁が一眞をバスタブの縁へと座らせた。
「じゃあ足を開いて」
一眞のものもしっかり上を向いていて、そこに愁のねっとりとした舌が絡みついた。
「は……あ、やっぱりおまえは上手いよ。とてもかなわないな」
「何言ってるのさ、ちゃんとボクをイカせたじゃない」
「そう、かな……あ、あ、ん……」
シャワーの音に混じって、身をよじる一眞の艶めかしい声がバスルーム中に響く。
一眞が果ててしまったあとも愁はしつこく彼を愛撫し続け、とうとう堪えきれなくなったのか、「もう我慢できない」と訴えた。
「欲しい、早くあなたが欲しい」
だが、この場所で行為を行うには少々狭すぎる。全身びしょ濡れのままベッドにもつれこもうとする愁を何とか押しとどめ、一眞は意味ありげな顔をしながら諭すように言った。
「慌てなくても大丈夫。夜は長いし、時間はたっぷりある」
バスタオルで滴を拭うと、悠々とした足取りでベッドの前まで進んだ一眞の後ろからついてきた愁は目の前の身体を抱きしめ、柔らかな波の上へと横たえた。
それから重なるように身を置くと、一眞の髪をかき上げ、頬に、唇に触れた。
「愛している……」
それが合図だというのか、とたんにキスの雨を降らし始めた愁は一眞の肌に残る水滴をひとつ残らず吸い上げ、そのあと突起の片方にも舌を絡めて強く吸い、もう片方を指で優しく撫でた。
「は、あ……」
感じる部分を集中的に攻められて、一眞は善がり声を上げた。
バスルームで放出したばかりなのに、一眞も愁のものもすっくと立ち上がっている。それを再び刺激しながら、愁はついに一眞の中へと入ってきた。
「あっ……」
小さく叫ぶ一眞を見て、愁は妖しい笑みを浮かべた。
「やっぱりイイ、一眞のここは最高だよ」
言葉でも感じさせようと、愁はゆっくりと腰を動かしながら、一眞の耳元に甘くささやき続けた。
「暖かくて、ギュッと締め付けてきてさ。壁がボクにぴったり張りつくんだ、この快感、たまらない」
「やめっ、恥ずかしいこと言うなって」
散々善がっているくせに相手を諌めようとする一眞だが、今の愁は一筋縄ではいかず、さらに大胆発言を繰り返した。
「どうして? 本当だもの。ねえ、もっと感じさせて、ボクもそうするから」
愁の動作に呼応する一眞、肌はバラ色に染まり、シャワーのかいもなくじっとりと汗ばんでいる。その乱れた姿を目にした愁の腰の動きはさらに早くなり、中を強く突き上げた。
「オレって淫乱?」
喘ぎながら一眞はそう尋ねた。
「いきなりどうしたの、そんなこと言い出すなんて」
「いや、その……」
「一眞は一眞だよ、ボクの大切な最高の人。いいよ、淫乱だって。それだけ感じてくれているんだから、ボクは嬉しいよ」
愁の言葉に安堵した一眞は貪欲に彼を求め、快楽に身を投じた。
「そこ、もっともっと強く突いて……メチャクチャにしてくれよ……ああっ」
「はっ、あっ、スゴイ。スゴイよ、一眞」
髪を振り乱した一眞がしがみつくと、愁の息づかいはこれまで以上に激しくなり、二人の興奮は最高潮に達した。
「一眞、もう……い……」
「お願い、オレを置いて…いかない……で」
「もちろん、一緒さ」
「愁……愛している」
何度抱き合ったかわからない。一糸まとわぬ姿のまま、ようやく落ち着きを取り戻した二人はシーツの温もりに包まれていた。
髪を撫でる愁の手に指を絡めながら、一眞は「クリスマス・イブか……」とつぶやいた。
「クリスマスって、ツリーの飾りのせいかな、赤と緑と金、今日街中で見かけた色はそれがほとんどだし、あとはホワイトクリスマスっていうぐらいだから、雪が降って白いイメージだよな」
無邪気に語る一眞に微笑みかけながら、愁は相槌を打った。
「そうだね」
「でもさ、青も悪くないって思うけど」
ベッドを抜け、窓辺に立ってカーテンを開けた一眞は夜空を眺めた。
「今夜はこの前よりももっとキレイに見える気がする」
「幸せだからだよ」
彼の後ろに立った愁も窓の向こうを見つめながら、言葉を続けた。
「一眞……これからはずっとボクのものだよね、ずっとずっと、そうだよね」
もちろん、という返事の代わりに、一眞が愁の頬にキスをすると、愁はあの夜と同じように両腕で愛する者の身体を包み込んだ。
「ボクは……ボクはあなたを絶対に離さないから」
愁の胸に身体を預け、抱きしめる彼の体温を感じながら一眞はそっと瞼を閉じた。
壁を乗り越えるなんて本当は不可能で、もしかしたらこの幸せは永遠ではなく、いつかはお互いに別々の道を歩み、過ちを繰り返したと悔やむ日がくるかもしれない。
それでもいい、今は二人でいよう。一緒に歩いていこう……
蒼い夜空に青白い星が無数に瞬いていた。
おわり