Ⅹ
意識が朦朧とするとはこの状態だ。以前にも味わったことがある。
あれは何の飲み会だっけ? そう、あの時のコンパは荒れたよな。たしか金田が悪酔いして暴れて、それをオレと水島で抑えていたら、いつもは穏やかな土屋までが泣き上戸になって、ここで泊まるなんて言い出して……あれ、ここは畳敷きじゃなかったかな? こんなにふわふわした場所じゃないはず……これってベッド?
過去と現在、虚構と現実の狭間をさまよっていた一眞はようやく正気を取り戻しつつも未だ頭が鉛のように重く、身体はだるくて全ての神経が麻痺してしまったようだった。
それでもいくらか首を左右に動かして、何とかまわりを見てみる。
やや地味目の色合いのインテリアに二つのベッドが並ぶシンプルな設計の部屋は一眞にとっては見覚えのない場所だった。
「ここ、どこ?」
彼のつぶやきを聞き漏らさずにいた黒い人影、あちらのソファに腰掛けた健児が声をかけた。
「気がついたか。具合はどうだ」
「うん、なんとか……」
すると健児は呆れたと言わんばかりの口調で告げた。
「おまえとは長いつき合いになるが、こんなに酒癖が悪かったとは今の今まで知らなかったぜ。泣くわ、暴れるわ、道端にしゃがみ込んで、ここに泊まると言い張るわ、しまいには吐いて大変だった」
「ええっ!?」
それでは、悪酔いして泣いたり暴れたりしたのは金田たちではなく、オレだったのか?
驚いて飛び起きた一眞の様子を楽しむように眺めていた健児はニヤリと笑って「嘘、冗談だ」と言った。
「ここに泊まると言い張ったのは本当だけどな。道路に泊まるわけにはいかないから、このホテルまで御足労願った」
さっきの店からいくらか行ったところにシティホテルがあったのを思い出し、見覚えのない場所の正体はそのホテルの一室だったのかと一眞は合点した。
「フロントまではしっかりしていたはずなのに、部屋に入ったとたんに倒れて、動かなくなってさ、こうなったら救急車を呼ばなきゃならないのかとさすがにアセッたが、何とか回復したみたいだな」
「ごめん……迷惑かけて」
自分がどういう状態で、何をしでかしたかなんて、まったく記憶になかった。
これで本当に最後だと別れを決めた夜に、無様な姿を晒して相手を困らせてしまった。
引き際は大人の態度でカッコよく、じゃなかったのか?
あまりにもみっともない結果にしょぼくれる一眞に、家に連絡しなくていいのかと訊いた健児は電話機を投げてよこした。
「さっき上着のポケットから落ちた。失くすと困るだろうと思って預かっておいたけど」
「ああ、ありがとう」
何の疑いもなくそれを受け取ると、一眞は母に電話をかけた。
「あ、母さん? 一眞だけど……うん、水島の下宿にみんなで泊まることになったから。連絡が遅くなってごめん」
偽りの報告は特に咎められるわけでもなく、親子の会話は終わった。
すると、煙を吐きながら一眞の一連の行動を見守っていた健児はおもむろにこう言った。
「片瀬愁、か。思い出したぜ、廊下で擦れ違うたびに睨まれた覚えがある。ちょっとばかりイイ男なのを鼻にかけて生意気な一年だと思ったけど、あいつ、まだおまえをあきらめていなかったんだな」
健児の突然のセリフに、一眞はガツンと殴られたような衝撃を受けて愕然とした。どうしてその名前を?
そうか、携帯だ。そこには愁の名前が入ったメールがどっさり詰まっている。そして、健児はあのころ既に、愁の気持ちを知っていた。何もわかっていなかったのは自分ひとりだけ……
「中を見たのか?」
その問いには答えず、タバコを消した健児は立ち上がると、こちらに近づいて腰をかがめ、怯えたような目で見上げる一眞の顔を覗き込んだ。
「あいつにどんなふうにされたんだ?」
一眞はさらに怯え、目を見張った。
「なっ、何言って……」
「気持ち良かったのか、なあ、どうなんだよ」
「どうも何も、さっきの時点でオレたちはもう、そういう関係じゃないだろうが」
「良かったのかどうか訊いているんだ、答えろよ、ほら」
いきなり一眞の上にのしかかり、彼をベッドに押しつけた健児はまず、言葉でいたぶりながら、次に首筋に顔を埋めると、セーターの下をまさぐり始めた。
「な、何するんだ、やめろ!」
そう喚きながら一眞は必死でもがいたが、酔いが身体に残っていて抵抗しきれない。
瞬く間にシャツが剥ぎ取られると、健児自身も服を脱いで互いの肌を密着させつつ、耳元でささやいた。
「かわいい顔して真面目そうで、それでいて淫乱なんだよ、おまえは」
「いっ、淫乱だとっ!」
「そうだろう? 片瀬のヤツともヤッて、今はオレとこうしているんだからな。なあ一眞、さっきから訊いてるじゃないか、教えてくれよ。あいつとオレと、どっちが上手いのか、どっちがより感じさせてくれるのかを、さ」
愁からのメッセージにそういうあけすけな内容はなかったのだが、健児は二人の間の出来事を察し、一度は切り捨てたはずの男が惜しくなったらしく嫉妬のあまり、執拗に愁との比較を口にした。
「いい加減にしろよ、おまえにそんなことを教える必要なんか……」
「あいつとヤッた、と認めたな」
墓穴を掘ってしまった、もう何も言うまいと口をつぐむ一眞を見る健児の表情から、彼が次第に苛立ってきたのがわかった。
「だったら、オレの方がいいって泣きつかせてやる。あいつなんかよりずっと、おまえの身体をわかっているオレの方が、な」
いつも独りよがり、今まではベッドの中で一眞を置いてきぼりにすることの多かった健児が一眞の首から胸、腹の部分までも撫で回しながら舌を這わせて、何とかその反応を引き出そうと躍起になっている。
彼がここまで熱烈に愛撫するのはしばらくぶりであり、それほどまでにライバル・愁への対抗意識、嫉妬心を燃やしているのかと慄いた一眞だが、持ち主の気持ちとは裏腹に、だるくて動けなかったはずの身体に火がついてしまった。
二つの突起に触れられたとたんに声を出してしまい、そんな反応をみせる自分を呪っていると、健児は次に一眞の下半身へと手を伸ばし、ジーンズのチャックを下ろすのももどかしげにその隙間へ指を入れた。
「さ……触るな!」
「何を今さら、こんなになってるじゃないか。感じている証拠だぜ」
トランクスの中身が張り詰め、はち切れんばかりになっているのが悔しくてならない。健児の手によって引きずり出され、晒されたものはざらつく舌の洗礼を受けて、さらに大きくなり、天を仰いでいる。
「も、もう、やめて……」
「心にもないこと言うなよ。今やめたら怒るだろ? 気持ち良くなってしまえよ」
その言葉通りに快楽の滴を放出してしまい自己嫌悪に陥る暇もなく、健児は含んだ滴を一眞に口移しで与えた。
「さあ、自分のやつを味わってみた感想は?なかなかの美味かい?」
「や、やだ、やめてく……れ」
「お楽しみはこれからだろう」
全裸にされ、あられもない姿になりながらもかぶりを振る彼の後ろに手をまわした健児の、その指が触れると、一眞は声にならない声を上げた。
固く閉じているはずの部分なのに、あろうことか健児の指は内側にするすると入っていく。
辺りの肉壁を刺激されて喘ぐ一眞、しばらくその姿を楽しんでいた健児はやがて厳かな儀式のように、己のものをゆっくりと差し入れた。
「あっ、ああ……」
どうしてこんなに善がってしまうのだろう。このまま消えてなくなりたいとまで思いつめる一眞の上で激しく動き、息を荒くつきながらも、健児は彼の神経を逆撫でるのを忘れていなかった。
「ほら、やっぱりおまえは淫乱だ。イヤだと言いながらオレのものを欲しがり、しっかりくわえ込んでいるじゃないか」
「言うなっ!」
「男なしにはいられない身体なんだな。これじゃあ結婚だとか、女とは無理かもしれないぜ。オレがときどき慰めてやらないと……」
「黙れ、それ以上……はっ、ん……ああっ」
「おまえのそんなところにそそられるから、オレも手放せずにいたのさ。さあ、もっとよくしてやろうか」
散々に弄った挙句、健児は悠々と一眞の中に精を放ち、それでも飽き足らないのか再び彼を抱き寄せて、その絶倫ぶりを見せつけた。
ようやく一眞が解放された時、時刻は夜中の三時をまわっていた。気づかれないようにベッドからそっと降りると、窓に歩み寄った彼はカーテンをわずかに開けて外を眺めたが、どんよりと曇り、真っ暗な空には星ひとつ見えない。
「ここには蒼い夜はない……んだよな」
かすれた声でそうつぶやき、一眞はカーテンの裾を強く握りしめた。
(愁……もう会えそうにないよ、オレ……)
……⑪に続く