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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

蒼い夜 S-Ver. ⑧

    Ⅷ

 仲間とは別行動となり、教育学部の建物の外に一人で出た一眞はそこで黒い服を着た男の姿を見つけたとたんに足がすくんだ。

「やっと会えたな」

 黒のロングコートにサングラスという怪しげないでたちの男だが、その長身といい、研ぎ澄まされた美貌といい、大学生というよりはモデルか俳優ではないかと考える方が相応しく、今も彼の傍をすり抜けた女子大生たちがヒソヒソ噂している様子が見える。

 否でも人々の注目を集めるこの色男に、一眞は刺々しい言葉を投げかけた。

「まさかこの場所まで来て、御丁寧に待ち伏せとはね。おまえから出向いてくるのは初めてじゃないのか」

 別行動にして助かった。見知らぬ男、その正体は『元彼女』ならぬ元彼氏、そいつが待ち受けていたなんて、あの三人に知られたらたまったものじゃない。

「土曜の三限は必修科目だから、終わらないとそっちには行けない、が口癖だったのを思い出したのさ。だったらその時間にここに来れば確実だからな」

 渡健児は以前と変わらない口調、取り澄ました顔で平然と話す。

 あれだけ酷い仕打ちをしたくせに、何事もなかったかのようにいけしゃあしゃあと姿を現すなんて……

 胸の内がムカムカしてきたが、彼の前で動揺したり、取り乱したりしてはならないと自分に言い聞かせた一眞は何と切り返すべきかを必死で考えた。

「それは、それは、遠路はるばる御苦労様。もっとも、オレはいつもそれをやっていたけどな」

 またもや嫌味っぽいセリフを吐いてしまった、それこそ心の乱れを告白しているようなものではないか。

 後悔する間もなく、健児はなぜ返事をくれなかったのかと訊いた。

「おまえだって、オレが送ったうちの三回に一回ぐらいしかよこさなかったじゃないか。とやかく言われる筋合いはないだろ」

「だから三回、いや四回送った」

 この期に及んでもオレをバカにしているのかと一眞は苛立ったが、何とか冷静さを失わないよう努めた。

「ああ、そう。それで?」

「メールに入れたとおりだ。言い訳を聞いてもらおうと思って……」

「ふうん。でも、残念ながらオレには話をする暇も余裕もないんだ。今からバイトに行かなきゃならないし。悪いな」

 腹立ち紛れに消してしまったメールに何が記述されていたのかわからず、内心焦る一眞だが、それを見抜かれないように、また、厚かましく目の前に現れた相手に対して、ほとほと愛想が尽きているのだという様子を演じてそう答えると、健児は眉をぴくりと動かしたが、やはり表情に変化はなかった。

 いかなる場面においても、ポーカーフェイスを崩さない健児の、冷静を通り越して冷酷とさえ感じられる部分がこれまでどんなに恨めしいと思ったことか。だが今こそ、その彼に復讐してやるのだ。

 勢い込む一眞をジッと見つめた健児は「土曜日はバイトはなし、じゃなかったのか」と不審そうに尋ねた。

「土曜って店が忙しいわりに、バイトのヤツらはみんなやりたがらないから店長が困ってて、入ってくれって前から頼まれていたんだ。もうスケジュールを空けておく必要もないから、いいですよって返事した、そういうわけ」

 我がまま気まま、いつ会えるのかどうかもわからない相手に合わせて自分の予定を空けておいたり、曲げたりしなくてもいい。何て気楽なのだろう、そう言いたげに胸を反らした一眞は「じゃあな」と捨て台詞を吐き、その場から立ち去ろうとした。

(ざまぁみろ!)

 してやったり、これで溜飲が下がったと足取りも軽く歩く一眞の後ろを健児は黙ってついてきた。

 どうするつもりなのか、だが、振り向いて問いかけるなんて、相手の行動を気にしている証拠だし、そんな未練たらしい行為が出来るわけはない。

 大学前のバス停から駅まで向かうバスが出ており、バイト先のコンビニはその途中で下車、帰りには再びそこから乗って駅へ、というのが一眞の通勤経路である。

 車両の中ほどの席に座ると、健児も同じバスに乗り込み、一番後ろの座席に腰掛けるのが見えた。あきらめて駅へ向かうのか、それとも……

 現時点では判断できないし、もしもコンビニまでついてくる気でいるとしても、彼の尾行をまくほどの時間の余裕が一眞にはない。

 イライラと落ち着かない気分で、それでも健児の存在に気づかぬふりをしながら揺られていると、車内アナウンスが目的のバス停への到着を告げた。

 ギリギリまで素知らぬ顔をしておいて、寸前になって席を立った一眞は大股で前のドアに近づき、定期券を運転手に示しながら飛び降りるように車外へ出た。

 これなら健児は追って来られないだろう。たとえここで降りたとしても、一眞の行く先がわかったとしても、店の中にまで乗り込むなんて、いくらなんでも出来ないはずだ。

 それに、彼はバイトがいつ終わるのかを知らない。終了時刻もわからないまま、これから四時間もの間、待っていられるものかどうか……

 あのワガママ男にそんな辛抱強い真似が出来るわけはない。絶対に出来っこないと思う一方で、万が一ということもある。

 複雑な気持ちを抱えながら、一眞は一直線に店へ飛び込むと、それからしばらくは職務に没頭した。

 レジにて金を貰い受け、次々に訪れる客をさばきながら納品の業者の応対、その合間をぬって商品の陳列をする。

 文字通り目の回るような忙しさで、四時間は瞬く間に過ぎた。

「あとお願いします、お先に」

 交代を済ませた一眞はすっかり暗くなってしまった辺りを見回し、健児とおぼしき人物の姿が見当たらないのにホッとしたような、それでいて肩透かしを食らったような気分になった。

 やはりここでは降りずに、駅へと向かったのだろう。今頃はとっくに自宅へ着いているに違いない……やれやれ。

「結構遅かったな」

 突然、暗闇から声をかけられて、心臓が止まったかと思われるほど驚いた一眞はそちらを見た。黒のコートが闇に溶け込んでいて、その存在がわからなかったのだ。

 健児は慣れた手つきでタバコに火をつけるとそれをふかしながら、「向こうの喫茶店でしばらく粘ったんだが、二時間も居たらさすがに睨まれちまって、その辺をうろついていた。変質者がいる、なんて通報されやしないか、ビクビクものだったぜ」と言ったが、その表情は例によって平然としていた。

 即座に切り返すことが出来ずにいる一眞の前で健児は灰を足元に落とし、それを見た一眞は渇ききった喉からようやく言葉を発した。

「そこ掃除するの、オレたちなんだけど」

「ああ、悪い」

 健児は店先の灰皿でタバコを揉み消した。

「さてと、どこへ行くかな。駅の近くに知っている店はあるのか?」

 とうとう観念した一眞は覚悟を決めると、健児の後ろを歩き始めた。

                                 ……⑨に続く