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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ラジカル・ミラクル・サバイバル ⑩(最終章)

    第十章  本当のお宝

 こんなにハマるとは思ってもみなかった。性的欲求とか願望に関しては淡泊だったはずなのに、太助とのセックスにすっかり溺れてしまった俺と、そんな男に毎回嬉しげに付き合ってくれる太助、当初の目的・お宝探しはどこへやら、である。

 今のこの保養所なら、まわりを気にする必要もなく大声を上げて、好きなだけ思いっきり出来る、というわけで、夜遅くまで『愛の営み』を続けていたせいか、すっかり寝坊した俺たちが目を覚ますと時刻は正午。部屋の外の気配が慌しくなっていた。

 今日は探検隊の最終日、他のチームの連中が建物に戻った上に、あのナビゲーターが到着したらしい。急いで服を着た俺たちは久しぶりに聞くキンキン声の呼びかけに応じて食堂へ向かった。

 この場所に全員が集合するのは五日ぶりのことだが、どの顔も憔悴しきっている。宝は誰の手にも入らなかったと考えてよさそうだ。

 チーム毎に腰掛けて待っていると、キンキン声女は開口一番、「皆さん、本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げ、平謝りに謝った。いったい何事だろう、首をかしげていると、彼女は化粧の濃いやつれ顔をこちらに向けて、こう続けた。

「じつは大変な事態が発覚しまして、と申しますのは、お宝の在り処を綴ったという例の巻物を解読したのは笹島笹之介先生ではなく、当社の社員だったのです」

「ええーっ?!」

 場がいっせいにどよめいた。皆、顔を見合わせては、思いもよらない展開に対して、どう反応していいものか戸惑っている。

「笹島先生にお願いしたのはたしかですが、何しろ御多忙なお方なものですから、Dコースの実施日に間に合いそうもないということで、いくらか目の利く者が代わりに解読した、というのが真相なのです」

 一息ついた女は辺りを見回したあと、気持ちを奮い立たせるように首を振った。

「その件について、私共はまったく知らされていませんでした。そして昨日、本物の笹島先生が改めて解読した結果、宝の在り処はここではないと……」

「ちょっと待てよ!」

 クマさんチームのフリーター氏が声を荒げた。見るからに気の短そうな彼は今の話を聞いて、すっかり頭にきたらしい。

「じゃあ、オレたちはニセ笹之介の情報に惑わされて、ありもしない宝を探し回っていたわけか。ふざけるなっ!」

「お怒りはごもっともですが、私共も笹島先生からの連絡で、初めてわかった次第でして」

 本物の笹之介の説明によれば、霊峰というのは『その社会において神聖とされる山』と定義されており、何も富士山に限ったことではなく、全国に存在するのだそうだ。が、東京在住のアート・コレクター社社員にしてみれば、イコール富士山と考えてしまうのは仕方がない。

 ともかく、巻物に記された霊峰が富士山ではないとすると、捜索の基準は根本から違ってくる。これではいくら探しても見つかりっこないわけだ。

 ヒントの中身について、やけに的が絞りきれていないと感じたのはそのためだったのだと俺は納得した。

 それでは本当の霊峰はどこの山なのか、となると、この巻物の内容だけではわからない。もしかしたら別の資料、ヒントが書かれた巻物のようなものは二つ以上存在するのではないかというのが笹之介の見解だった。

「現状ではこれ以上打つ手はないということで、当社といたしましても、このDコースについては企画を打ち切る所存です。皆様には大変申し訳ありませんが、そういった事情を汲んでいただきたく思います。これに懲りることなく、次回の企画にも参加をよろしくお願い申し上げます」

 ここまで言われてしまってはどうしようもなく、十名の探検隊隊員は慰謝料とでもいうべき手当、金一封を貰って解散、と相成った。

 この五日間、この地で過ごした探検の日々、それらはいったい何だったのか。いや、夢を追い、希望に燃え、その儚さを知るための青春企画、ビバークありの山登り体験ツアー、五日間短期集中アルバイト、そんなふうに思えばいい。滅多にない経験をさせてもらったんだし、ものは考えようだ。

 一人、また一人とその場を去って行く中、キンキン声女は俺を手招きすると、紫の風呂敷に仰々しく包まれた物を差し出した。

「これはお返しします」

「お返し、って、何ですか、これ」

「あなたの御自宅、尾上家の土蔵から骨董屋が譲り受けた品のひとつが今回使用された巻物だったのですよ」

 その話を聞かされて俺は唖然とした。先月親父が質屋と骨董屋に売り払った土蔵の品々の中に、この人騒がせな巻物が含まれていたのだ。事の発端はそこからだった、なんたるお粗末。

「連絡を受けた当社がそれを買い取ったのですが、こういう結果になったため、お返しした方がよいのではと笹之介先生がおっしゃったのです。もちろん、当方にも異存はありません。どうかお納め下さい」

 骨董屋が買った値段以上に値打ちがあった巻物、俺が探検隊に参加した目的はそんな巻物を取り返すためだと考え、また、相方の太助の件で参加を取り消ししようものなら、どんな因縁をつけられるかわからないと、女は思っていたらしい。初日に見せた不審な言動はそのせいだったのだ。

 何の収穫もなく、手ぶらで終わるよりはマシだと、俺はそいつを有難く受け取った。じいやへの、せめてもの手土産になるだろう。

 それにしても奇妙な五日間だった。日常の中に入り込んだ非日常を過ごした建物を感慨深く見上げたあと、俺たちは駅までの道程を歩き始めた。シャトルバスの用意はさすがになかったからだ。

 少し前を行くのは岩田、松本の両氏で、人目も憚らずイチャイチャしながら歩いている。宝が見つからなくとも、彼らには大きな収穫があったといえるだろう。そして俺は……

 下部温泉駅に着くと、太助はいくらか寂しげに、それでも笑顔でこちらを見つめながら右手を差し出した。

「オレは甲府に出て、中央線で東京まで行くから、ここでお別れだね」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 そうだ、俺はやっと帰れるのだ。早く帰りたいと願っていたその場所、四国へ、我が故郷・徳島へ……

 だが、それは同時にさよならの時でもあった。どうして今の今まで、その事実に気づかずにいたのか。

 昨夜の太助の発言、彼はあの時、既に俺との別れを覚悟していたのだ。それを大袈裟だ、などと考えていた俺は何とおめでたいヤツなのだろう。

 顔色が青ざめ、唇が震えるのがわかる。しかし、じいやたちの庇護を受けている、たかが高校生にとってこればかりはどうしようもない。俺は自分の不甲斐なさを突きつけられ、思い知らされた。

 そして、こんな世間知らずのエセ若様よりも、太助はずっとずっと大人だった。

「オレ、誰のお荷物にも、足手まといにもなりたくないから、何とか一人で頑張るよ。そしていつか、たくさん儲けてお金ができたら、徳島に会いに行くからね」

「……そ、そうだな。そのときまで……元気で、な」

 上ずった声で、気持ちとは裏腹のセリフを口にしつつ、俺は差し出された手を握った。

 列車到着のアナウンスが流れると、太助は大きく手を振りながら、やがて車中へと吸い込まれていった。

 取り残され、呆然と見送る俺の耳に、今度は富士方面行き到着の案内が聞こえてきた。虚しさに襲われ、ずたずたになった心と疲れた身体を引きずりながら、俺は富士駅前の街中を行く宛もなく、さまよい歩いた。

 四国に向かう下りの夜行が到着する時間まで、何をどうして過ごせばよいのか、まったく考えられずにいたのだ。

 大きな目に涙をいっぱい溜めながら、それでも精一杯の笑顔で別れた太助、辛い時も決して泣くまいと誓い、その通りにここまで頑張っていた彼に比べて、俺自身の何と脆いことか。足はもつれ、今にも崩れそうだ。

 こんなに辛い思いをするぐらいなら、出会うべきではなかったのかもしれない。お宝探検隊などという企画に乗らなければ良かったのだ。何もかもが運命のいたずら、無常な仕打ち、いったい俺が何をしたというのか? 犯した罪はそんなに重いのか、教えてくれ、お願いだ……

 魂を剥ぎ取られた抜け殻はそれでも残った理性で状況を把握し、サンライズ瀬戸・出雲が入る少し前にホームへと舞い戻った。

 もうすぐ日付が変わろうとする時刻に列車は駅へと滑り込んできた。行きと同じゴロ寝の車両に乗ったが、他の乗客はほとんどいない。横たわって天井を見つめる俺の頬を涙が伝って流れた。

「太助……」

 その名をつぶやいた時、「呼んだ?」と、どこからか声が聞こえて、俺は思わず跳ね起きた。今のは何? 空耳か? 悲しすぎて耳までおかしくなったのかもしれない。

 すると、逆さになって上の段から「ばあー」と茶目っ気たっぷりに顔をのぞかせたのは誰あろう、太助本人だった。

 驚きのあまり声が出ない俺の目の前で、彼はスルスルと下に降り、次にちゃっかりと、こちらのスペースに入り込んできた。

「お、おまえ、なっ、何やって……」

「東京駅に着いてからしばらく時間を潰して、この電車がホームに停まっているところを探しちゃった。前に寝台特急で来たって話を聞いていたでしょ? 謙信はこれに乗って徳島に帰るんだ、そう思ったら、いても立ってもいられなくて、貰ったお金で切符を買って、それで……」

 そこまで一気にまくしたてた太助は俺の顔を覗き込むようにして「でも、やっぱり迷惑だよね? 足手まといだよね?」と心細そうな声で訊いた。

「そんな……そんなこと、あるわけないだろ!」

 俺は太助を抱きすくめ、その唇を塞いだ。彼が追いかけてきてくれた、共に行く道を選んでくれた喜びに、俺の身体はうち震えた。

 そして長い口づけのあと、その瞳を見つめてこう言った。

「これで東京に帰ったって、また独りきりのホームレス生活に逆戻りなんだろ? そんな真似、させられるはずないじゃないか」

「それはそうだけど……」

「大丈夫。おまえの身柄は俺が必ず何とかするから、安心してついて来いよ」

「ホント? ホントにいいの? オレ、掃除でも洗濯でも庭の草むしりでも、謙信と一緒にいられるのなら、何だってするよ。本当はずっと傍にいたいんだ、離れたくなかったんだ。だから……」

「ああ、絶対に離さないって」

 二人はさらに固く抱き合った。懸命に堪えていたであろう太助の笑顔が歪み、ぽろぽろと落ちる涙が俺の肩を濡らした。

 別れる間際、太助は徳島までついて行きたい、と言いたかったに違いない。だが、誰かのお荷物になるのを何よりも恐れていた彼は自分の存在が俺に迷惑をかけるのではと考え、自ら去って行こうとしたのだ。

 そんな太助にもう二度と寂しい思いをさせたくはない、悲しませたくはない。俺はたかが高校生かもしれないが、言い訳したり諦めたりせずに、自分が好きになった人一人ぐらいは何が何でも守ってやりたい。

 その時ふと、あることを思い出してハタと膝を打つ俺を見た太助は首をかしげて訊いた。

「どうかしたの?」

 そこで、じいやたちの夢枕に立った祖父のお告げに、蜂須賀家の宝探しと、俺の伴侶探しの二項目が課題として挙げられていた話をすると、太助は目を丸くした。

「伴侶……探し?」

「そもそも、ウチの土蔵にあった巻物が今回の探検隊のきっかけになったわけで、これには先代の意図が働いている。そこでおまえに出会ったんだ、おまえが男であることなんてこの際関係ない、これは先代の差し金で、伴侶としておまえが選ばれた。そう主張して、家に置いてもらえるよう頼んでみるよ」

 かなり無理のある理屈だが、そいつは十分承知の上だ。ゴリ押しだろうが何だろうが構わない。絶対にじいやたちを説得してみせる、と俺は心に誓った。

 とは言っても同性の伴侶を連れ帰ったとなると、じいやはびっくりして腰を抜かすに違いない。寝込んだりしなければいいが。

 そうそう、ばあやの乙女チックな予感、探検隊での出会い説は当たった。ただし、「可愛らしい方」は男、だけど、あのばあやなら、あっさり受け入れるかもしれない。

 それから俺はさっきの風呂敷包みを取り出すと、返却されたお騒がせ巻物を手にした。受け取ってすぐにしまい込んだから、実物を拝むのはこれが初めてだった。

 紐をほどいて、その場に広げてみる。あれ? この表装、何だか懐かしい。どこかで見た覚えが……

 それが菊の間の床の間に掛けられた汚い掛け軸と同じものだとわかると、俺は仰天した。巻物と掛け軸には関連性がある。つまり、本物の笹之介が存在を指摘した別の資料とはあの掛け軸で、祖父が後生大事にしていた理由はそれだったのだ。

 俺は掛け軸に描かれた絵を思い出してみた。三角の山に湖、鳥居、もうひとつの山。これらの景色がどこの場所を描いたものなのか、興味を持った小学生の頃、じいやに詳しく訊いたことがあったっけ……

 わかった! 霊峰の正体、それは、富士は富士でも讃岐富士、その呼び名で知られる香川県の飯野山だ!

 そしてもうひとつの山は近くにある城山、鼓岡神社と、巻物にあったヒントはこの地域を示していたのではあるまいか。霊峰から見て西あるいは西北ではなく逆の見方、城山からその方角に霊峰があるとすれば位置もぴったり、これなら納得がいく。

 蜂須賀の宝はそこにある。俺が当初疑問を感じたように、宝は遠く本州の富士山付近などではなく、もっと間近に、同じ四国の香川県、隣の県に埋められていたのだ。当然といえば当然、俺が殿様だったら絶対にそうする。

 これらを説明すると、太助はますます目を丸くした。

「じゃっ、じゃあ、お宝は四国に?」

「ああ、間違いない」

 俺は胸を叩き、自信満々に言い切った。

 これで首尾よく宝が発見出来れば『幸運の女神?』として、太助のことも認めてもらえるかもしれないし、彼の母親への援助、そして尾上家の財政難もと、すべての問題が解決するじゃないか。

 こりゃあ万々歳だ、なんて、お気楽な発言。太助の脳天気が伝染したかもしれないと俺は苦笑いした。

「よし、目指すは讃岐富士だ、帰ったらすぐに探しに行くぞ!」

「うん!」

 列車は夜の列島を西へとひた走る。俺たち二人の夢と希望を乗せて……

                                  END