第九章 素直になれば
けっきょく一睡も出来なかった。出来るわけがない、太助が戻ってこなかったのだから。
東の空が明るくなるのを見た俺はすぐに行動を開始した。とにかく太助を探す、何が何でも連れ戻してみせる。
ザックを持って動くのは大変なので、わかりやすい場所、ほこら小屋の辺りにでも置いておこうと傍まで行くと、奇妙な物体のある光景が目に飛び込んできた。
「何だろう?」
恐る恐る近寄ってみて仰天、人の足だ。まさか死体? 殺人事件か?!
次の瞬間、死体の足が動いたために、俺は恐怖のあまり飛び退いたが、それは死体などではなく、生きた人間の足、見覚えのあるヤツのものだった。上半身が陰に隠れて、そうだとわからなかったのだ。
ほこら小屋の中にはシカさんチームの二人がいるとわかっているため、小屋の陰で雨露をしのぎ、そのまま寝入ったらしい。俺はその身体を揺さぶり、声をかけた。
「太助、おい、起きろ!」
ううん、と眉をしかめた太助はゆっくりと目を開け、俺の姿を認めて顔色を変えた。
「け……謙信」
「勝手にいなくなったから心配したぞ」
「ゴメン、夜の山なんて思いっきり危険だったよね。山登りのきまりについてレクチャーしたくせに自分が守らないなんて、恥ずかしいよ……」
「いや、謝るのは俺の方だ。昨夜はひどいことを言って悪かった」
ひねくれ者を返上し、ようやく本心を口にした俺を見て、太助は目をますます大きく見開いた。
「素直になれなかったけれど、今、やっと言える。俺もおまえが……好きだ」
「……ホントなの?」
「ああ。だから、その……これまでの俺をどうか許して欲しくて」
「でもオレの……オレの身体、穢れているよ、それでもいいの?」
「そんなの構わないよ。俺が好きなのは今のおまえだ、過去は関係ない」
もう涙は捨てた、絶対に泣かないと誓った太助の瞳がみるみるうちに海になった。俺の胸に飛び込むと、彼は「嬉しい」と、何度も繰り返した。
「どんなに悲しくても泣かないって決めていたけど、嬉しいときには泣いてもいいよね?」
返事の代わりに、俺はその身体を抱きしめた。シャツに涙が滲みる。愛しさに髪を撫で、唇に触れると、太助の体温が伝わってきた。
「……暖かいな、って、ちょっと熱過ぎやしないか?」
顔が赤いのは興奮し、照れているせいかと思ったがそうではない。太助の額に手を当てた俺はそこがもの凄く熱いのに驚いた。
「おまえ、熱があるんじゃないのか?」
「そ、そうなのかな。ちょっとだるいかなとは思っていたけど」
ホームレス生活のお蔭で野宿には慣れているはずなのに、こんなところで風邪をひいてしまうなんて、と、太助は自分の不甲斐なさを嘆いたが、夏場とはいえ山の夜はけっこう冷えたし、シュラフなしの身には堪えたに違いない。
元はといえば俺のせいだ。あんな仕打ちをしなければ、太助は風邪をひかずに済んだのではと思うと、いたたまれずに唇を噛む俺を見て、彼は「謙信のせいじゃないよ」と慰めの言葉をかけた。
「オレが飛び出さなければ良かったんだ。だから気にしないで」
「とにかく、あの保養所へ帰って休んだ方がいい。山を下りよう」
「でも、宝探しは? 蜂須賀のお宝、持って帰らなくていいの?」
俺は苦笑いをした。
「元々やる気はなかったから、見つからなければ、それはそれで構わないさ。ただ、おまえと、おまえの母さんのために見つけてやりたかったけどな」
四日目の朝、俺たちは櫛形山を下り、市川大門駅、そして下部温泉駅まで戻った。
こうしてウサギチームのお宝探しはあっけなく幕を閉じた。
◇ ◇ ◇
元保養所の一○四号室に帰り着いて部屋へ転がり込むと、荷物を下ろすのも早々に、俺は太助をそこに寝かせ、風邪薬を飲ませてから、ゆっくり休むよう命じた。
その言葉にうなずいた彼は瞼を閉じると、やがてとろとろと眠り始めた。
水で冷やして絞ったタオルを太助の額に乗せてはまた水で冷やす。何度か繰り返しているうちに熱も下がり、一安心した俺にも睡魔が襲ってきた。昨夜は一睡も出来なかったのだから無理もない。
うとうとしているうちに時間が過ぎて、気がつくと夕刻になっていた。しばらくして目を覚ました太助が「看病してくれたの、ありがとう」と礼を言ったが、それに応えるのは照れ臭いので、俺は無言のまま、帰り道に駅前の店で買った弁当を差し出した。
インスタントや非常食ばかりの食事が続いたので、久しぶりに食べる弁当はとても旨く、二人揃ってそれをがっつく。
静まり返った建物内にいるのは相変わらず俺たちだけで、他の連中が戻ってきた気配はない。ということは、どのチームも、今日も収穫はなかったと考えるべきなのか。
そのことを口にすると、太助は「みんな明日の朝ギリギリまで探すつもりなのかなあ」と言った。
「恐らくそうだろうけれど、今さら見つかるとも思えないな。捜索範囲は広すぎるし、そのくせヒントは少ないときている。まったく、天下の笹之介先生が太鼓判を押したわりには御粗末な企画だったな。とんだ茶番だ」
俺がいくらか自嘲気味にそう言うと、太助は「でも、オレは見つけたよ」とニコニコしながら答えた。
「見つけた、って何を?」
「オレ、謙信に出会えて最高に嬉しかった。この探検隊の話がなかったら、東京にいるオレと、徳島に住んでいる人と、なんて、一生出会うこともなかったでしょ? だから、それがオレにとってのお宝」
自分の目の前にいる、痩せて貧相な身なりの、それでも心は天使のように純粋な男を俺は優しく抱き寄せた。
「じゃあ、おまえは俺にとってのお宝だ」
甘い雰囲気に酔う二人はすっかりその気、だが、俺がキスをすると、太助は「……風邪がうつるよ」と心配そうに言った。
「それは構わないけど、おまえこそ病み上がりで大丈夫か?」
「オレは平気だよ、早く抱いて」
舌を絡めて互いの蜜をすすり、そのまま畳の上に倒れ込む。古びた保養所の一室はムードもへったくれもないが、この際そんなものはどうでもよかった。ひたすら太助が欲しくて、そして彼も俺を求めていた。
だが、あっという間に終わった昨夜は初めての経験で仕方ないとしても、二度目のチャレンジ、またもや自分だけが満足したのでは申し訳が立たない。
昨夜、シカチームの二人の様子を観察したお蔭で、男同士の場合はどういうコトをすればいいのか、頭では学習済、あとは実践あるのみだ。今日こそ太助をしっかり歓ばせなくては、と俺は気合を入れた。
俺の唇を全身で受け止める太助が強く反応した場所、胸の突起を舌で集中的に攻めると、彼は善がって大きな声を上げた。
「あっ、そこ、ダメ! 感じすぎてダメだったら……ああ」
その激しさ、乱れ具合に俺の興奮はますます高まったのだが、一気に攻め入るのをこらえて、今度は下の部分を重点的に攻撃する。
まわりから徐徐に、そして先端へと舌を使うと、太助は歓びとも悲鳴ともつかないような声で俺を歓迎してくれた。
「あっ、あっ、謙信ったらそんなところ……もう我慢できない、イッちゃう」
絶叫と共に、彼のモノは白い液を噴射して萎れてしまったが、ここでリタイアされたのでは困る。再度それを愛撫し、元気を取り戻したのを見届けると、今度は俺の番だ。
「そろそろいいか?」
「いいよ、きて」
ゆっくりと、そして厳かに、俺が中に入ると、全身をビクンと震わせた太助は俺の首に腕をまわしてしがみつき、彼の肉壁も俺の棹にまとわりついた。
暖かく、そして柔らかく締め付けてくる、この感触は何度味わってもたまらなくいい、病み付きになりそうだ。同性愛が廃れない理由がまたひとつ見つかった。
「……謙信のモノ、立派だよね。それがオレの中にいるって最高。すっごく気持ちいい、とろけちゃいそうだよ」
「そいつはお互い様だ。おまえ、俺を持っていこうとしているな。終わらないように踏ん張るのが精一杯だよ」
太助は人一倍感度がいいんじゃないかと思われるフシがある。経験が浅いどころか、皆無に等しい俺にこうも反応するなんて、こちらのテクニックのなさをカバーしてもらっているのが面映くもあった。こうなったら、とことん感じさせてやろうじゃないか。
俺は太助を四つん這いにさせると、その背後から壁を強く、激しく突いた。
「あっ、なっ、中がおかしくなっちゃう!」
「じゃあ、おしまいにするか?」
「そんな意地悪言わないで。謙信のが欲しいんだ、もっと、もっと、強くして!」
髪を振り乱し、身体を左右に振って悶える太助を左手でがっちりと支えながら、俺はさらに腰の動きを早めた。それから空いた右手で彼のモノをしごき続けた。激しい動作、ピストン運動のし過ぎであとから腰が痛くなりそうだが、とにかく夢中だった。
「はっ、あっ、そんな、良すぎるぅ。もうダメだよ、気絶する」
「気絶するにはまだ早い。イクなら一緒だからな、あと少し……」
「でっ、でも、ああっ!」
この腕の中で太助の肢体が崩れ落ちると同時に、彼の中にいた俺も果てて、ひとしきりの興奮が過ぎ去ったあと、太助は涙を浮かべて言った。
「ありがとう、謙信。オレのこと好きになってくれて、こんなに優しくしてくれて。オレ、一生忘れないよ」
大袈裟な物言いに苦笑しながら、俺は彼の髪を撫で、満足感に浸っていた。
その時の俺はまだ、何もわかっていなかったのだった。
……⑩に続く