第十二章 寄せて重ねる……
最新の設備を誇る高級マンションの、玄関のロックを解除したあと、ロビーを抜けてエレベーターの前まで進む。
中へと乗り込む総一朗に続いた創は高鳴る鼓動が聞かれはしないかと、さっきからシャツの胸の部分を押さえていた。
階数を表す黄色のランプが『7』を示す。先に立って歩く総一朗はやがてドアの前で立ち止まった。
「ここだよ。さあ、どうぞ」
灯りをつけると「そこのソファに座って。今コーヒーを淹れるから」と言いながら、総一朗はキッチンへと入っていった。
窓の向こうに繁華街の夜景が広がる2DKのゆったりした室内はカーペットも家具もカーテンもモノトーンで統一された、モダンで落ち着いた雰囲気だった。
赤、青、黄、緑に紫、普段はケバケバしい原色の、演歌歌手かマジシャンのような衣裳をまとい、スパンコールをきらめかせて歩くオカマ課長は仮の姿、素顔の総一朗はこういった色合いを好むのかと、室内を見やった創はそんなことをぼんやり考えていた。
そこへ芳ばしい香りを漂わせながら、カップを二客手にして戻ってきた総一朗が「大通りの傍にしちゃ、静かだろう」と話しかけた。
「ああ。何だかオッシャレ~な雰囲気だよな。オレの小汚い部屋とは大違いだ」
総一朗は創と向かい合わせに腰掛けた。テーブルの上に白いソーサーが並ぶ。
「モカでよかったかな。キリマンジェロか、マンデリンもあったけど」
「何でも。よくわかんないし」
そう言いかけて、創は慌てて付け加えた。
「コーヒーの銘柄も勉強しておくよ」
「そんなに気を張らなくてもいいよ」
総一朗は静かに微笑したあと、もう一度立ち上がり、壁際のコンポのスイッチを入れた。ボサノヴァのメロディーが静かに、低く流れ、愛を語るムードを否応なく盛り上げる。
「十九も年下の新入社員に興味を抱くなんて、自分でもどうかしていると思ったけど、あの夜からキミが気になって仕方なくて……本当はイイ男に育てるなんて、どうでもよかった」
カップを持つ手を止めて、創は目の前の男を見つめた。
「ルックスは合格だけど、中身はペケじゃなかったっけ? だから好みの男に教育するって」
「そうだったね。そんなことを言ったな。それはキミが粗野で、女性に関しては、ちょっとだらしがない感じがしたから……」
たしかに彼の言うとおりではある。が、ズバリと指摘されるのも面白くない。
創が不服そうに唇を尖らせると、総一朗は「ゴメン」ととりなした。
「まあ、女にだらしがないってのは当たってたけど」
「そう卑屈にならなくてもいいよ」
「だってさ……」
「年上で、開発部の管理職でもあるボクがどうやったら、よその部署の新人に近づけるのか。他にいい方法が思いつかなくて、あんな提案をしたんだ」
小さく溜め息をつくと、総一朗はタバコに火をつけた。
「キミという人物と接するうちに、自分の目に狂いはなかったとわかった。乱闘騒ぎは誉められたものじゃないけど、でも、キミはボクが思っていた以上に素晴らしい男だよ」
買いかぶりだと思っても嬉しい。弾む気持ちを抑えながら、次のセリフを待つ。
「そんなキミと……課長だの平社員だなんて気にせずに、ただ一緒に居たかった。週末のキミを独り占めしたいという、ボクのワガママだった。さぞ迷惑だったと思う。許して欲しい」
総一朗の遠まわしな告白に、照れ臭さで身体中が熱くなる。
彼の言葉に応えたいと、創は「イイ男教育、すごく楽しかったぜ。そりゃあ、最初は抵抗もあったけどさ、途中からはずっとポーズ。カッコつけてただけ」と吐露した。
「喜んでもらえてたんだね」
「もちろん。だからオレも……あんたと、ずっと一緒に居たいって」
紳士たるもの、ガッつくなかれ。
とは言うものの、ついつい奥の部屋のベッドに目をやってしまう。
そんな創の心境がわかりきっているのだろう、総一朗は「先にシャワーを使うかい?」と勧めた。
「あ、う……うん」
いよいよか。肩に力が入ってしまう創に、総一朗は告げた。
「大丈夫。時間はたっぷりあるよ」……
用意されたバスローブに着替えたあと、グレイのカバーがかかったセミダブルのベッドの端に腰を下ろした創は何とも落ち着かない素振りで、彼が出てくるのを待った。
こういう場面で、こんなに緊張しているのは初体験の時以来だと思う。下の部分ははち切れんばかりになっている、少しでも触れたらイッてしまいそうだ。
「……そこのライトをつけてくれるかな?」
慌ててベッドサイドのルームライトのスイッチをひねると、ドアの傍に立っていた総一朗は天井の灯りを消した。
柔らかいペールオレンジの光だけが室内を薄く照らして、あとは闇に包まれる。
「もしかしてアガッてる?」
「じょっ、冗談」
「ボク自身は……かなり緊張していると思う。久しぶ……どうでもいいことだね」
そこで言葉を切った総一朗は創の傍らに腰かけた。
ボディソープの匂いが鼻孔をくすぐって、唾をごくりと飲み込んだ創はそれから、おずおずと肩に手を伸ばした。
重なり合うように、ベッドに倒れ込む。バスローブをとってしまうと、互いに何もまとってはいない。
熱い肌を触れ合わせながら、創は総一朗にキスをした。
「ん……」
先に舌を絡めてきたのは総一朗の方だった。こちらの頬を両手で押さえて、それから唇に歯の裏と、いたるところを刺激する快感に創は陶然とした。
キスだけで、こんなにも感じさせるなんて。そのテクニックはさすがというしかない。
さんざん絡んでいた舌がねっとりと透明な糸を引いて、それから彼は「次、どうする?」と訊いた。
「どうする、って……」
「順番からいくと、胸かな」
そうだった。ふくらみがないからピンとこなかったけど、感じる部分は同じらしい。胸の上にある小さな粒はそれが男のものとは思えないほど可憐なピンク色で、片方を舌で、もう一方を指でつまむと、総一朗は甘い吐息を漏らした。
「ああ……」
彼のテノールを聞いただけで昇天しそうだが、こんなに早く終わるわけにはいかない。
舌を使う度に、総一朗は敏感に反応した。かなり感じやすいタイプらしく、耳に息を吹きかけただけでも善がり声を上げる。
「はあ、んん」
なんて色っぽい……ヤバイと思った時既に遅し。ビンビンだった創のペニスは総一朗の腹の辺りに液をブチ撒いていた。
「ゴ、ゴメン……」
「しばらく抜いていなかった?」
「そ、そうでもない……けど」
愛撫を中断されても怒る様子もなく、総一朗は身体を起こして後始末をした。
これこそ大人の余裕というべきなのだろうか。若い女ならこうはいかない。少なくとも創がつき合った女たちはカンカンに怒ったはずである。
いきなりの大失敗に脱力した創がベッドの上にぺたんと座り込んでいると、向かい合わせの位置にいた総一朗はポーズを変えて座り直すよう告げた。
彼に言われるがまま、創はベッドに尻を着け、両腕を後ろに下ろして身体を支える姿勢になった。
「じゃあ、脚を広げてみて」
「えっ、マジで?」
股間大公開という、恥ずかしいポーズに躊躇する創、すると総一朗はウェットティッシュを取り出し、すっかり萎れてしまったモノを丁寧に拭き始めた。
「終わっても立派だなあ」
持ち物を具体的に誉められるのは初めてであるが、それにしても、ここまでしてもらえるなんて感激だ。
ごろりと寝転がったまま、こちらが動くまで何もする気のない、いわばマグロ女たちとはこれまた大違いである。
嬉しさと恥ずかしさがない交ぜになって、戸惑いながらも下を向いていると「もう少しキレイにしようか」と言うや否や、総一朗は前屈みになって、手にしたペニスをすっぽりとくわえた。
「ええっ?」
突如始まったフェラに驚く創にはお構いなく、彼は上手に舌を駆使して、感じる部分を次々に、丹念に刺激した。
まずは奥から先にかけての裏側の筋に沿って、丁寧に何度も舐め上げる。それから、ストローを使うように棹を吸い込んだあと、笠のぐるりとした部分に舌を這わせた。
自分の股間に総一朗の頭がある。
伏せ目がちの、艶めかしい表情をしながらそそり立った赤黒いモノをくわえている。
その様子を見るだけでも充分に刺激的なのに、彼から与えられる快感といったら、生半可なものではない。
「ふっ……うっ、あ」
くわえられた時からしっかりと復活し、勃ち上がっていたペニスは強い快感によって、またもやはち切れそうになっている。
総一朗の舌が先端の割れ目へ突入すると、創は自分でもびっくりするほどの声を上げてしまった。
「あっ、すげっ、イイ」
男が感じるツボを心得ている舌がチロチロと上手い具合に動くと、腰が勝手に浮いてきてしまう。
シーツをギュッとつかんだ創は身体を小刻みに震わせた。
「やっ、やべえよ、また出ちゃう」
出してもいいよと、目で合図を送りながら総一朗はくわえたものを離そうとはしない。
だが、このままでは彼の口の中に……
いくら何でも、最初からそれは……
「……ダメだ、限界」
噴き出したはずの生暖かい液体はそのまま総一朗の口中に飲み込まれていた。
「あっ……」
またやってしまった。
だが、総一朗は嬉しそうに「やっと飲めた」と言った。
「えっ、オレのなんか、飲みたいと思ってたわけ?」
「まあね」
「物好き……絶対マズイと思うけど」
「そりゃあ美味しいものじゃないよ。でも、キミの……創のだから、ずっと前から飲みたかった」
そう言って薄く頬を染める総一朗は初めて見る表情をしていた。
おネエ言葉を連発しながら明るく振る舞う、快活で頼もしい総一朗は、それはそれで魅力的なのだが、好きな男の前で恥じらう姿もまた、いじらしく見えて、創は胸の奥がキュンとせつなくなった。
相手は四十を過ぎた男である。それなのにこんなにも可愛いと思えるのは、恋は盲目、その成せる業なのか。
いや、可愛いものは齢が幾つだろうと可愛いのだ。
「すっげーカワイイ。最高」
抱き寄せて、キスをするところからやり直しをする。
「カワイイだなんて……この歳でそう言われるのは恥ずかしいよ」
「オレが納得してるんだから、それでいいの」
身体を重ねて横になると、創は突起への愛撫を再開した。しつこいぐらいにそこを刺激したあと、下の部分に手を伸ばす。
総一朗のモノは程よい大きさで、肌が白いせいか、そこの色もあまり赤黒くはなく、薄い肉色をしていた。
創の手が触れ、ゆっくりとさすり始めるとまたしても甘い吐息が漏れる。
「ふ……ん」
「オレのこと考えながら抜いた?」
「ど……どうだったかな……は、あ」
「オレはあるよ。あんたのこと思い出して、何度も」
「嬉しい……よ」
扱く手を早めると、総一朗は痙攣したように身体をピクピクとさせ、やがて果てた。
自分で始末しようとするのを押しとどめて、創はさっきのウェットティッシュを持ち出すと「オレがやるから」と言った。
ぐったりとした総一朗とは対照的に、二度も出したにもかかわらず、創のペニスは三回目の復活を遂げている。
「ほら、どうだ」
「やっぱり若いなあ」
「だろ? 一晩に五回、いや、七回はイケたと思うぜ」
「七回も……」
いくらかたじろぐ総一朗を尻目に、創はベッドの周りを見回した。
「で、アレが必要なんだろ」
「え? あ、ああ」
のろのろと身体を起こした総一朗はサイドテーブルからゼリーのボトルを取り出して手渡そうとした。
「えっ、ゴムじゃなくて?」
「……そうか。キミは思った以上に紳士なんだね、感心感心」
男は妊娠しないよと言われて、創は「あっ」と声を上げた。
「そうだっけ」
「でも、つけておいた方が、後始末が楽でいいから」
「じゃあ、そうする」
改めて避妊具をつけると、いよいよゼリーの出番。右手の指にたっぷりと取ったそれを問題の場所に塗りつけるが、初めての行為に緊張する創の指はスルリと中に入ってしまった。
「あっ、ゴメ……」
「いいよ。そのまま、動かしてみて」
総一朗の言うとおりに指で中を引っ掻くと、彼はゆるゆると悶え始めた。
「あ……はあっ……」
「ここって感じるんだ」
調子に乗った創は指の数を増やしてさらに強く掻き回し、その動きに合わせて、総一朗はのたうつように全身をくねらせた。
「イ……イイ」
とうとう我慢できなくなったらしく、彼はすがるように訴えた。
「は……創、早く、きて……」
ついに──彼の中に入る時がきた。
指を抜いた創はそこにいきり立ったモノを挿入した。熱く柔らかい襞に包み込まれ、強い快感が押し寄せる。
「ああっ!」
その声を聞いた刹那、激しく興奮した創はこれ以上にない勢いで腰を動かした。
「ふっ、うっ、んん」
身体の下で総一朗が髪を振り乱し、狂ったように喘いでいる。彼をオカズにした時の想像以上に、その乱れ方は扇情的だった。
ペニスを強く締めつけられて、終わってしまいそうになるのをいったん引き抜くことによって堪える。
この方法で何とか持ちこたえるのを繰り返していると「イッてもいいよ」と下から声が聞こえた。
「ボクは……満足だから……」
──ひと息ついてタバコをくわえた創は「なあ、オレのどんなとこが気に入ったの?」などという愚問を投げかけた。
一方の総一朗は疲れた身体を横たえたまま、それでも茶目っ気たっぷりに答えた。
「えーと、そうだなぁ。鈍感で単純で、無愛想で、要領が悪くて……」
「それ、マジで気に入ったところかよ。真面目に答えろよな」
ねめつける視線をさらりと受け流して、総一朗は「あとは優しくて、一生懸命なところ、かな」と付け足した。
「ふーん」
「なんてね。あれもこれも、何もかもひっくるめて、創の全部が好きだよ」
「全部、って……嘘つけ」
「嘘なんかついたってしょうがないよ。ホントに大好きなんだから」
そんなふうに素直に言われると、照れ臭くて、恥ずかしくて、相手をまともに見られなくなる。
吸殻を揉み消して、クルッと後ろを向いた創の背中に自分の身体を寄り添わせると、総一朗は「こうやっていられるの、とても嬉しい」と囁いた。
七回以上オッケーの創がまたまた復活するのは当然の成り行きだった。
……⑬に続く