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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

Cancan spitzと呼ばないで ⑤

    第五章  無責任な噂話inナポリの酒房

 堂本の心配は無用のものになった。

 鳳凰の間に戻って五分と経たないうちに、どうやって成海を説得したのかわからないが、来宮さんが戻ってきたのが見えた。

 それはいいけど、たちまちお偉方に取り囲まれる来宮さん。オッサンの包囲網なんてイヤだよな。

 一方の成海はと見れば、心なしか目が赤い。傲慢不遜で感情を表に出さない、あの成海基が泣いていたというのか。見ているこっちまで胸が痛くなる。

 やがて宴席がお開きとなった。

「皆さん、ありがとうございました」

 自分の送別会とあって、気遣いの人・来宮さんは周囲の人々にペコペコしていたが、やがてお偉方のオッサンたちに連れ去られてしまった。どうやらオヤジ限定の二次会につき合わされるらしい。合掌。

 彼が拉致されるのは承知していたようで、成海は早々に宴会場から出て行った。その後ろ姿はいつになく寂しげだった。

 そんな彼らを見送っていると、ポンと肩を叩かれた。

「村越くーん」

「は?」

 振り返ると、堂本がニコニコしながら立っていた。

「さっきの約束、忘れてないよね?」

「は、はあ」

 二次会あるいはカフェか。

 ところがそこへ、

「あー、堂本さん、いたいた」

「二次会、行きましょうよ」

「もちろん奢りねー」

 なんと、新人女子『かしまし』三人娘が堂本の傍に駆け寄ってきた。すっかり気に入られたらしい。

 女の子たちに囲まれて、またまた鼻の下を伸ばすのかと思いきや、堂本は困ったような表情を見せた。

「いやー、明日は本社の方に出なきゃならないから、早く帰……」

「えーっ! そんな、ひどーい」

「アタシたちのお誘いを断るんですかぁ?」

 最後まで言い訳などさせるはずもなく、間髪入れずに女たちの反論が炸裂する。

 次の瞬間、堂本とバッチリ目が合った。弱り切った顔の彼は救いを求めるように、こちらに視線を投げかけた。

「あ、あのさ、それが」

 何やってんだ、ハッキリ言えよ。

 ヤツの曖昧な態度に、プチッと何かが切れた。堪忍袋の緒なのか、それとも血管か。

「どうしちゃったんですか? ねえ、行きましょうよー」

 プチプチッ。

 クソったれめ。話したいことがあるとか言っておきながら何だよ、この状況は。

 ま、こいつは女の子大好きなんだし、モテモテで超ハッピーなこの展開。断ったり、文句言ったりしたらバチが当たるってもんだ。

「その……ね、村越」

 プチプチプチッ。

 まどろっこしい口調が耳につく。

 ったく、オレにどうしろってんだよ。そもそもだ、てめーで招いた展開なんだから、てめーで始末つけろっての。

 ムカつきとか、イラつきとか、そういった種類の負の感情がオレを揺さぶり、本心とは正反対の言葉が飛び出した。

「堂本さん、彼女募集中だって。カッコつけてるだけだから、ホントは嬉しいんだから、どんどん誘ってあげて」

 何を言い出すんだと、目を丸くする様子など、見て見ないふりをする。

 けっきょく女三人に拉致される堂本を見送った不破が「おまえ、マジであの人のことキライなんだな」と呟くように訊いた。

「トーゼン。ああいう浮ついてるヤツってムカつくんだよ」

「でもさ、同じグループだし、椎名さんが抜けたあとは直属の上司みたいなもんだろ。それって大丈夫なのか?」

「仕事は仕事、割り切ってるから」

 嘘だ。割り切ってるわけない。

 それにしても堂本のヤツ、明日の休日出勤をお断りの理由にしていたけれど、だったらどうして最初にオレを誘ったんだ? カフェがどうこう言ってる場合じゃないだろ。翌日が心配なら、さっさと帰って寝ればいいのに。

 何を考えているのかさっぱりわからず、イライラだけが募る。

 オレの顔を探るように見たあと、不破は自分たちも二次会に行こうと言い出した。

 いつもの四人でブラブラと歩いていると、前方に見覚えのある男女の後ろ姿が見えた。今や噂の的、富山さんと森下さんだ。

「よー、お熱いこって」

 いつの時代のオヤジだよみたいな冷やかしの言葉を興和がかけると、振り返った富山さんが「おまえらも行くか?」と訊いた。

「行くって、どこへですか?」

「決まってるだろ、二次会」

「この先にイタリア居酒屋『ナポリの酒房』ってお店ができたのよ」

 イタリアで居酒屋? 

 イタ飯レストランとはどこがどう違うんだろうか。

 オレの疑問をよそに不破たち三人は大乗り気で、けっきょく六人の集団となってイタリア居酒屋へと向かう。

 パスタとピザを広島風お好み焼きに見立ててみたり、カルパッチョの味つけが和風だったりと、イタリアンでも和食でもない、和洋折衷というか日伊折衷な料理を前に、もちろんイタリア産ワインで乾杯。

 二次会の席は社内の無責任な噂話で──その大半が恋バナというやつだ──大いに盛り上がっていた。噂話大好きなオバちゃんモードに突入ってところだ。

 社内の誰と誰が怪しいというところから始まって、お局と呼ばれているベテラン女性社員がお見合いしたらしいとか、第二開発課の課長が不倫しているとか、これでもか、これでもかと話題が出てくる。

 無謀にも藤沢さんにアタックして撃沈したオタクな先輩の話になると、社内事情通の佐藤がしたり顔で、

「藤沢さんは一流の男しか相手にしないって豪語したみたいですよ」

「うへー」

「そういえば吾妻さんのファンだったわよね」

「ああ、吾妻か。同期にあいつがいるってのもシャクだよなー」

「そんなにカッコイイ人なんですか?」

「パリコレのモデルみたいなヤツ。会ったらビックリするぞ」

「私は榎並さんの方がいいと思うけど」

「あー、まただ。森下さんは榎並さんって人のことばっかり話すんですよ。悔しくないんですか?」

「えっ、それ、オレに訊いてるの?」

「そうですよ。今カレなんでしょ?」

「は? いつの間にそういう話になってるんだ、マイッたな」

「また誤魔化しちゃってぇー」

「ああもう、それよりキノコちゃんですよ、キノコちゃんのいない会社なんて……」

「ほら、始まった。隆クンは今日の送別会の間ずっとこの調子で、オレらとしては慰めようもなくて」

「不破くん、かわいそう」

「そーでしょ、そーでしょ? ああ、神はなんという試練をお与えになったのか」

「まあ、そう言うなよ。本社栄転は来宮にとっちゃ名誉なんだから。それに、地球の果てに行っちまうわけでもなし」

「川崎の工場って思ったより近いわよ。堂本くんなんか、向こうに寄ってからこっちに来ること多いけど、そんなに時間はかからないって言ってたし、椎名くんも一時期テストで通ってたのよね」

 店に入ってこの方、ずっと聞き手に徹し、黙って飲み続けていたオレは堂本の名前が出てきてギクリとなった。

「堂本くん、なーんて、ずいぶん親しげですけど、あの人は本社採用でしょ。森下さん、知り合いなんですか?」

「ううん、こっちの勤務になってから話をする機会も増えたんだけど。椎名くんと友達だって聞いて、じゃあ私とも同期ねって盛り上がって」

「さっすが。女と見れば誰でも、か」

「村越がね、あの人の軽さがイヤだって」

 こ、こいつ、余計なことを! 

 すっかり酔っ払いの興和が口を滑らせ、富山さんと森下さんの視線がオレに集中した。

「そうかー。二人は同じグループだっけ。村越は正義感が強くて真面目だし、チャラ男の堂本じゃ、相性悪いかもな」

「でも、思ったほど軽薄じゃないっていうか、いいかげんな人じゃないわよ、彼」

「ああ見えてキレ者だってよ。本社じゃ、けっこう評判いいらしいぜ」

 教育担当者たちはオレに堂本の真の姿、本当は素晴らしい彼の人間性をアピールしようとしてか、口々にフォローを始めた。

「あ、いや、堂本さんを嫌ってるとか、そういうつもりはありませんから」

 何で慌てて弁明してるんだ、オレ。

 オレがあいつをどう思っていようが、それをどう捉えられようが、何だっていいじゃないか。

 混乱するオレをよそに、

「そうだ、今日の主役はお偉いの二次会に誘われてたけど、堂本も行ったのかな?」

 富山さんの問いかけに、佐藤が答えた。

「いえ、新人女子たちと行きましたよ。何だかモテモテで」

「はあ? 何だそりゃ。やっぱあいつはチャラ男だ。許せんな」

 さっきのフォローは取り消しだな。

「堂本くんはイケメンだし、優しくておもしろいから、女の子にウケるタイプなのよ」

 森下さんの言葉に、その場の男全員がブーイングを始めた。

「えー、マジっスかあ?」

「森下さーん、それはないっしょ」

「オレも村越と同盟組もうっと。チャラ男なんてブッ潰せー! だ」

 いや、潰してどうするんだって。そもそも何の同盟だよ。

「あら、社内の男性に人気の露土さんもすっかり堂本くんのファンじゃない」

 森下さんの言葉に、富山さんは意外だというような反応をした。

「へえー、あの露土さんが堂本をお気に入りとはね」

 ズキリ。

 露土の肩を押す堂本の姿が、帰り際に腕を引っ張られていく彼の背中が脳裏にフィードバックして、オレはキリキリとした胸の痛みにさいなまれた。

「そうそう、我が社のアイドルっていえばずっと藤沢さんだったけど、今は露土さんに王座を奪われたって、誰か言ってたな」

 富山さんが話を振ると、みんな顔を見合わせた。

「露土美咲っスか? オレ、あいつはパス」

「オレもパス。根性悪い上に男の趣味もわりーもん」

 興和と不破がほとんど同時に露土を否定した。何となくホッとする。

「男の趣味って、堂本のこと?」

「その前に成海だったんですよ。研修中、あいつにつきまとってたのは新人全員が承知してますから。フラれたみたいですけどね」

 不破は苦々しげに吐き捨てた。

「私も聞いたことがあるわ。成海くんには他に好きな人がいたらしいって」

 それ、来宮さんですって、言えないのがもどかしいけど……絶対に言えない。超マル秘事項だ。

「露土さんは第三開発課だよな? えっ、成海と一緒……っていうか、村越、おまえ、スゴいメンバーに囲まれちゃってないか?」

 オレは「はあ」と頷き、首を縮める動作をした。

 堂本、露土、成海──今、噂になったスゴいメンバーは皆、同じ部署にいる。

「ああ、でも、露土さんとはグループ分かれてるから、やりづらいってほどでもないでしょ?」

「え、まあ……」

 どうにもコメントしづらくて曖昧に答えると、富山さんは勝手に納得していた。

「そうだよな。できればグループ全員と仲良くやってくれよ。それがオレたち教育担当の願いってやつさ」

「仕事はチームワークが大切ですもんね」

 同じグループだから、上司と部下だから、仕事仲間だから。

 本当にそれだけなのか。

 オレとあいつの間にあるものはそれだけなのか──わからない。

                                ……⑥に続く