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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

Cancan spitzと呼ばないで ③

    第三章  キノコちゃんの秘密

 送別会兼歓迎会の日。

 ただし、来宮さんの場合、本社に栄転するという理由からか、送別会というよりは祝賀会の意味合いが強いので、今回の催しは各開発部単位のささやかなイベントではなく、全社挙げての行事になるらしい。

 よって、社長などのお偉方を始めとした全社員が集結。ふだんは披露宴などに使われるホテルの宴会場で行うが、それでも手狭なのか、立食パーティー形式とのこと。

 開始時刻は午後六時になっているが、配属されて間もない新入社員はもちろん五時半にさっさと定時退社。

 会社から歩いていける距離とあって、オレは不破たちと街ブラしながら、ゆっくりと会場に向かった。

 この四人で飲みに行くのはしょっちゅうだが、他の新人や先輩たちと酒席を共にするのは久しぶりだ。

 来宮さんに至っては引き継ぎのスケジュールがハードで連日残業と聞いた。いつぞやはオレたちに快くつき合ってくれたけど、今はとても飲みに誘える状況じゃない。

 会場のホテル前に着くと、白いスーツ姿の森下友美さんが次々にやって来る社員たちを誘導していた。

 来宮さんや椎名さんと同期で、同じく新入社員研修を担当していた森下さんは元々総務課にいたために、ビジネスマナー講座などが専門だが、オレたち新人とはすっかり顔馴染みだ。

「お疲れさま。宴会四人組の御到着ね」

 研修の頃、何度か一緒に飲みに行ったことがあるし、もっぱら新人同士の飲み会をセッティングしていたためか、オレたちはお酒大好き四人組から進化、宴会四人組という、ありがたいグループ名を頂戴している。

「これはこれは、お出迎えありがとうございま~す」

 森下さんファンだという興和が相好を崩して照れ笑いをすると、

「いつものノリで飲み過ぎちゃダメよ」

 などと釘を刺された。

「ヒドイな~。そんな、毎度ベロベロに酔っ払ってるわけじゃないっスよ」

「そうですよ。なんたって今日はキノコちゃんとのお別れ会なんですから、こう、しんみりと……」

「あら、やだ。しんみりとなんて、お通夜じゃないのよ。お祝いなんだから」

 縁起でもないことを口走った不破を笑いながら睨んだあと、森下さんは何かを懐かしむような顔をした。

「それにしても来宮くんが本社になんて、榎並さんたち以来よね。あのときもここのホテルでお祝いパーティーをやったっけ」

「榎並さんって?」

「ああ、あなたたちは知らないわよね。私たちが新人のときに第三開発課にいた人で、吾妻さんって人と一緒に引き抜かれて本社に移ったの。そのあたりの事情は椎名くんが詳しいから訊いてみるといいわ」

 森下さんは榎並さんとやらに憧れていたようだ。

 頬を染める様子に、おもしろくないらしい興和は「あー、そんなこと言っちゃっていいんですか? あの人にチクッちゃいますよ」と、余計なことを言い出した。

「え、あの人って?」

「富山さんに決まってるじゃないですか」

「だから、それって誤解よ」

「ノンノン。嘘をついてもダメですよ。最近お二人が急接近したって、もっぱらの噂ですからね」

 すると佐藤までもが身を乗り出した。

「オレも聞きましたよ。富山さん、八年つき合った彼女にフラれたって。それで森下さんに乗り換えて……」

「まったくもう。乗り換えたなんて失礼な言い方ね」

 業務課の教育担当チームリーダーの富山聡さんは入社七年目で、年齢はまだ二十八と若いが、設立されてさほど経っていないこの会社の社員ではベテランの部類に入る。

 いつぞやの飲み会では、そのフラれた彼女と結婚まで考えているという話をしていたが、つい最近になって、破局を迎えてしまったらしい。

 で、これまた彼氏と別れたばかりの森下さんと……というのが、新人たちの間で噂になっているのだが、それよりもオレは「椎名くんが詳しい」という言葉に引っかかった。

 この前の堂本の言い草といい、椎名さんには何か秘密がありそうだが、それがオレの想像しているものなのか、確証は持てない。

「三階の『鳳凰の間』が会場だから間違えないように。そこを入ってすぐのエスカレーターに乗ってね」

 このホテル、一・二階にはロビーやラウンジの他にも本格中華のレストランやエステサロンなどが入っているので、宿泊や宴会以外の客も数多く訪れている。

 さすがに迷子になるヤツはいないだろうが、森下さんに言われたとおり、真っ直ぐにエスカレーターを目指したオレたちは三階に降り立った。

 臙脂色のカーペットが敷かれた廊下を進むと、幾つかある宴会場のうち、扉が左右に開け放たれた鳳凰の間の前で、総務課美女軍団が人々を待ち受けていた。

「出席者名簿に丸をつけて、中へお入りくださ~い」

 いつもよりさらに胸元の開いたブラウスで巨乳強調しまくりの藤沢さんが媚を売るようなポーズでみんなを出迎える。

「席とか、決まってないんですか?」

「さあ。どこでもいいみたいよ」

 自由席とあらばしめたもの。オレたちはアルコールブースにもっとも近い場所を陣取った。

「おっ、ビールにワインにウィスキー、焼酎もボトルで置いてあるぞ」

「こっちにはポットやレモンの薄切りも用意してあるぜ」

「お湯割りから、ソーダ割りから何でもありだな」

「やった、ハイボールできるじゃん」

「ラッキー!」

 どんな酒が取り揃えてあるのか、四人で嬉々としてチェックを入れている間、部屋の隅にひっそりとたたずむ人物を目にして、オレはハッとした。

 成海だ。いつからそこにいたのか、腕を組んだポーズをとり、黙って窓の向こうに見える景色を眺めている。

 その、憂いを帯びた表情が宴席には似つかわしくないからか、誰も声をかけようとはしない。もっとも、新人の間でもつまはじきだった彼とまともに会話するヤツなんて、いないんだけど。今年の新人イケメンナンバーワンの称号に相応しく、以前は彼を取り巻いていた新入社員の女の子たちも、今では避けて通ってるぐらいだ。

 口を開けば憎らしい野郎だけれど、あんなにも寂しい顔をされたんじゃ、気になってしょうがない。一緒にOJTをやるよしみもある、話しかけてみようかと思ったが、天敵同士の不破が傍にいるので断念した。

 と、そこへ、

「えーっ、やっだー、マジで?」

「マジもマジ、大マジだって」

「うっそー。信じられな~い」

 キャピキャピって言葉は死語なんだろうか。しかし、そうとしか表現できない雰囲気の会話を交わしながらやってきたのは……

 えっ、堂本? 

 三人の女の子に取り囲まれながらやって来たのは間違いなくヤツだった。ヘラヘラと笑い、くだらないギャグを飛ばしている。デレッと鼻の下を伸ばしまくった顔がイラつくったらない。ここ数日の間に、いくらか上昇しつつあった彼の株価は円高円安に関係なく、一気に下落した。

 三人の女の子というのは、オレたちの同期である新人の女子たちなのだが、いつの間に仲良くなったんだとムカついているうちに気づいた。

 三人のうちの一人で、モデルばりの美女だの何だのと騒がれている露土美咲が第三開発課の第二グループにいるのだ。

 あとの二人とはそのツテから接触したのだろうが、こういうのって、手が早いと表現していいんだろうか。

「もーう。堂本さんったら、最高にオカシイの」

「さっきのモノマネ、もう一回やってよ」

「ほら、アンコール!」

 すっかり人気者ですねと、イヤミのひとつでも言ってやりたいが、妬んでいると思われるのもシャクなので無視を決め込む。

 その気持ちはみんな同じと見えて、わざと知らん顔をする人続出だったが、

「やあやあ、皆さん御苦労さま」

 何もわかっていないらしい、堂本はそこかしこにいる人々になれなれしく声をかける。こいつ、ホントに空気読めてないな。

 そりゃあ今日の主役の一人だけど、あまりにもVIP気取りなのが鼻について、オレのイライラ指数が急上昇してきた。

「よーう、村越くんも御苦労、御苦労」

 ムッカー! 

 イライラ指数のバロメーターがとうとう針を振り切った。

「別に堂本さんのために、ここへ来ているんじゃありません」

 ポカンとする相手を睨みつけ、オレはキャンキャン吠えまくった。

「今日はお世話になった来宮さんの送別会であって、あなたは単なる付け足しなんですから、身のほどをわきまえた方が賢明だと思いますけど」

 周りにいる不破たちが引いている、気まずい雰囲気を感じる。かなりキツイ物言いだと自分でもわかったが、この暴言は止められない。

 これではさすがの堂本も怒るか、居直るか、はたしてどういう態度をとるかと身構えていたら、

「そっかー。俺は付録かー。マイッたな、おとなしくしておこう」

 相変わらずの飄々ぶり、その手応えのなさに、オレのイライラは治まるどころか悪化する一方で、そんなオレを不破たちが「いいから落ち着け」と、なだめにかかる。

 しかしながら、コトはこれでは済まなかった。

 何も反論しない堂本に対して、物足りないと感じたのか否か、新人女子たちがオレへの攻撃にまわったのだ。

「へえー。村越くんって可愛いタイプだし、見た目おとなしそうだけど、けっこーキツイんだ」

「意外ねー」

「あら、おとなしそうとか、物静かなタイプってクセ者なのよ。ネコかぶりの誰かさんみたいにね」

 このセリフは露土美咲のもの。彼女はいったい誰を念頭に置いて、イヤミを述べているのか。それにしてもイヤな感じだ。

「誰かさんって?」

 ウフフと含み笑いをした露土は質問には答えず、

「それとも一緒にOJTやってる人の悪影響かしら。あの人って最悪だもんねぇ」

 などと言い出した。

 彼女は間接的に且つ、聞こえよがしに成海を批判している。

 二人の間に何があったのか、詳しくは知らないが、一時期、彼女が成海につきまとっているのを見たことがあるから、おおかたフラれたか何かだろう。

 そんな腹いせの悪口はここから遠くはない位置に立つ成海本人の耳にも届いていると思われるが──

 シカトしていた。

「美咲ったら、そこまで言う?」

「だってホントのことじゃない」

 ケタケタと笑うその態度は不愉快千万。入社した頃から気に食わなかったけど、やっぱりヤな女だ。

 成海の肩を持つ気はないが、この女に最悪呼ばわりされるのは気の毒だ。一言意見してやろうと思ったその時、

「ほらほら、人の悪口言ってると、せっかくの美人が台無しだよ」

 堂本がやんわりと嗜めたのだ。まさか、ここでヤツがそんなふうに言い出すとは予想もつかなかった。

「えーっ?」

 思わぬ人物に注意されて、露土は不服そうだが、彼はお構いなしだ。

「おめでたい席だからね、楽しくいこうよ。ほら、向こうにデザートのコーナーがあるから、あの辺りの席にしたら」

 なおも不満げな露土の肩を軽く押すと、堂本は三人の女子の誘導を始めた。

 呆気に取られて見送るオレ、三人をエスコートしつつ、堂本はこちらを振り返ると「任せておけ」と言いたげに、ニッコリ笑った。

 あいつ、いったい何のつもりだろう。

 もしかして露土美咲対オレとの、あるいは成海との衝突を回避しようとして、この場からの移動を促した、そこまで気を遣っていたのだろうか。

 思わず成海に目をやると、彼も堂本の後ろ姿を見ていたが、これといった感情を表す様子もなく、むしろ無表情だった。

 そうこうしているうちに宴が始まった。社長らの挨拶に続いて、本日の主役二人の紹介、乾杯と続く。

 次はお決まりの「それでは、ごゆっくりと御歓談を」という時間だが、来宮さんの周りには彼に言葉をかけようとする人がたくさん集まっていたため、とても話しかられける状況ではない。

 そのうちに姿が見えなくなり、キノコちゃんがいないと騒ぐ不破を尻目に、いい調子で飲んでいたオレは多量のアルコールと水分摂取の結果、小用を催してきた。

「村越、どこ行くんだ?」

「ヤボなこと訊くなよ。あ・そ・こ」

 しかし、これだけ大勢の人間が集まっていると、たとえ男子トイレであっても──しかもこの会社、社員の九十パーセントを占めるのは男性──混み合うのは当然の結果だ。

 待ち切れなくなったオレは二階のトイレを利用しようと思いつき、階段のところまで行ったが、そこで考えを変えた。

 人間の習性と呼んでいいのかどうか、人間工学などとして、どこかの大学で研究されているのかもわからない。

 ただ単にオレの思い込みだろうけど、ヒトには「三階のトイレがダメなら二階へ」と考える傾向があると思う。

 つまり、その場所から下りる方を選択しがちなのだが、皆さん考えることは同じときた上に、二階フロアにいるトイレ利用者も含めれば、結果として三階以上に満杯になっている可能性大。

 そこで、人間工学の裏をかいて四階へ上ってみようと思いついたのだ。

 かなりアマノジャクだが、これなら絶対に空いていると自信満々のオレは勢いをつけて階段を一段飛ばしに駆け上がった。

 四階フロアは会議室、小宴会場に新郎新婦の控室といった構成だが、本日の使用予定はないらしい。節電推奨の折か、天井の灯りも半分が消されて薄暗くなってしまった廊下はシンと静まり返っている。ちなみに補足すると、このホテル、客室は五階から上で、最上階には横浜の夜景が楽しめるバーがあるらしい。

 自分の選択が正しかったと満足したオレはガラ空きのトイレで用を足したあと、内側から廊下へ出る扉を押そうとして立ち止った。なんと、堂本が入ってきたのだ。

 コイツも来宮さん同様、いろんな人に取り囲まれていたため、オレは宴会の間中、一言も話をする機会はなかった。

 いや、関わりたくはない、敢えて近寄らなかったというのが正解だ。

「あれー、奇遇」

 堂本は大きな目を細めて微笑みかけてきたが、それを無視してドアをすり抜ける。

 せっかくのアマノジャク作戦、その選択がヤツと一致したなんて、何ともいえず苛立たしい。

 階段へ戻ろうとしたところで、背後から話し声が聞こえてきた。

「……お願いだから、そんな無理を言わないでくれよ」

 聞き覚えのある声に、思わず立ち止まる。この声はまさか……来宮さん? 

「ほら、騒ぎになると困るから、そろそろ戻らないと」

 相手をなだめているみたいだけど、いったい誰と、何の話をしているのか。

 もっとも、みんなには内緒にしたい内容に違いないけど。そうでなければ、わざわざアマノジャクな四階に移動する必要はない、宴会場で話せばいいことだからだ。

 覗き見という罪悪感にかられながらも、好奇心に勝てなくなったオレは回れ右をすると、足音を忍ばせながらソロソロとそちらに向かった。

 勝手に立ち入りできないように、各部屋には鍵がかかっているので、彼らのいる場所は二つの控室に挟まれた給湯室らしい。

 まさにスパイか探偵か。扉のない給湯室の壁際に身を添わせると、腰をかがめたオレはそっと中を覗き込んだ。

 来宮さんの姿が見える。思ったとおりだ。そんな彼と対峙するように、こちらに背中を向けているのは──まさか、成海? 

 この二人といえば因縁の関係だ。ヤバい気配に心臓がドキドキしてきた。

 研修中、講師の来宮さんに突っかかってばかりいた成海がとうとう彼を階段で突き落とし、その結果、来宮さんは入院してしまったという事件、真相は来宮さんが足を滑らせただけだったのだが、そのせいで成海は何日も欠勤する羽目になった。

 そんなこんなで会社の上層部からも睨まれてしまった成海が未だに来宮さんを恨んでいて、この機会に落とし前をつけようとしていたら……

 これって来宮さんのピンチかも。状況によっては助けに入るつもりで身構えていたオレは次の展開に茫然とした。

 来宮さんを抱き寄せた成海が彼にキスをしたのだ。しかも、さらに驚くべきことに、来宮さんは成海を受け入れていた。

「やっぱり離れたくない」

「だから……」

「このままじゃ帰さない」

「……基」

 給湯器の低い唸り声が響くだけの室内に甘い時間が流れる。

 オレは金縛りに遭ったように、ピクリとも動けなかった。

 目の前で起きている出来事が理解できずに、頭が混乱しているせいだ。

 なぜ、どうして来宮さんと成海が……いったいどうなってるんだ? 

                                ……④に続く