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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

Holy nightを御一緒に ②

    第二章  歓迎会as合コン

 この会社には社員食堂がないため、昼食は弁当持参か、近くの店でランチタイムということになる。

 持参したマグカップに緑茶を入れ、自分の席でコンビニの弁当を広げていると、榎並さんが声を掛けてきた。

「隣、いいかな?」

 いつもは吾妻さんと連れ立って外へ出かける彼が珍しくレジ袋を提げているのを見て、オレは首を傾げた。

「ええ、かまいませんけど。吾妻さんはいいんですか?」

「ちょっとヤボ用だって」

 ヤボ用って何なんだ? 

 モテ男の吾妻さんのことだから、また女絡みかもしれないな。

 榎並さんはオレの隣の空席に座ると、袋からサンドイッチとペットボトル、それに雑誌のようなものを取り出した。

「それよりあの合コン計画だけど、椎名くんたちの歓迎会が名目なのに、幹事押し付けられただろう。何だか申しわけなくて」

「はあ、でも新人ですから。何とかやってみますよ」

「だったら店を探すのだけでも手伝おうと思って、これ持ってきたんだ。お昼が終わったらチェックしてみようよ」

「ありがとうございます」

 彼の手にはさっきの雑誌──飲食店の紹介が載った情報誌が握られていた。さっすが榎並さん。優しいし、気がきくよな~。ホントにいい人だ。

 ペットボトルのミネラルウォーターを一口飲んだあと、榎並さんは何を思ったのか「この会社の社員って我が道を行くというか、すぐに反応が返ってこない人が多いでしょう? その点、椎名くんは返事が早いし、フットワークもいいから、吾妻はキミのことを評価しているんだよ、信じられないかもしれないけど」などと語った。

「そ、そうなんですか。だとしたら光栄です」

 榎並さんの言うとおり、ここの社員に限らず業界全体の傾向として、コンピュータプログラマーは自分の世界に引きこもっての、孤独な作業を好む傾向がある。

 死語になってるかどうか知らないけど、オタクとかアキバ系とか呼ばれるような、そういうタイプの人が大半を占める中で、明るくて社交的と言われるオレは異質な存在かもしれないが、派手で格好のいい吾妻さんと榎並さんの存在も異質なんじゃないか。

 そんな彼らがどうしてこの仕事に就いたのか、工学部卒にこだわらなければサービス業界や営業職などの方が向いているのではと尋ねたところ、榎並さんは苦笑いをした。

「吾妻なら何をやらせても、そつなくこなすだろうけれど、僕はね、人と接するのが苦手なんだ」

「えっ、そんなふうに見えませんけれど」

「よく言われるけど、本当にそうなんだ。機械を相手にしている方が、気持ちが楽でね」

 好感度の高いルックスに柔らかな物腰、嫌味のない話し方は接客業に適したタイプと思われがちだけど、そんなイメージとは逆に、榎並さんの本性はアキバ系に近いらしい。

「今年の新人の中で、一番話しやすい椎名くんがウチに配属されて良かった、僕はそう思っているよ。仕事の面も大丈夫、自信持っていいからね」

 何とありがたいお言葉。吾妻さんはともかく、榎並さんだけでもここまでオレを評価してくれるとは後輩冥利に尽きるではないか。

 昼メシを終えたオレたちは情報誌の誌面の中から幾つかの会場候補を選び出した。それから二人で手分けをして、あちらこちらに電話をかけた結果、歓迎会会場はトロピカルドリンクと南洋風料理が売りのポリネシアンバーに決定。ここなら味にうるさいおネエ様たちも納得するだろう。

 それが波乱の宴会になるとは、その時のオレは知る由もなかった。

    ◇    ◇    ◇

 今週末の金曜日はいよいよ歓迎会という名の合コン当日だ。

 午後五時半、定時かっきりに仕事を終えたオレは一足先に店へと出向いた。ここからは幹事の仕事が待っている。

 横浜駅から徒歩五分ほど、目的のポリネシアンバーに着いたオレは店員に「十人で予約した椎名ですが」と名前を告げ、テーブルの位置を確認した。

 入り口ではそそり立つ二本のトーテムポールが両脇で客をお出迎え。椰子の木やらブーゲンビリア、ハイビスカスの花が咲き乱れる店内はまさに南洋の雰囲気で、バリ島あたりを彷彿させる。南洋の島現地から調達したという、素朴な民芸品を使ったインテリアがトロピカルムードをさらに盛り上げ、今や若い女性たちに大人気の店なのだ。

 今日の出席者は第三開発課からは三人のみ。他の男たちは刺身のツマにされるのはゴメンだとパス、藤沢さんも誘ったけれど、ヘソを曲げて行かないと言い張り、あとの七人はすべて総務の女性で全員参加だった。

 しばらくしてその七人が姿を見せたのだが、一番若い森下友美さんから、上はお局と呼ばれている浅田淑恵(あさだ よしえ)さんまで、華やかなる美女軍団に囲まれたオレはその、派手な衣裳と香水の匂いにクラクラしながら会費を受け取り、彼女たちをテーブルへと案内した。

 それから十分と経たないうちに、今日もイタリア製スーツでビシッとキメた吾妻さんと、ノーネクタイでカジュアルなジャケット姿の榎並さんが連れ立って現れた。直接顧客と接する仕事ではないので、オフィスでの服装については、かなり寛容な職場なのだ。

 二人の登場に女性たちは大はしゃぎ、拍手で出迎えた。それから彼らの隣の席をゲットしようと、二人がどこに座るかで揉めたのだが、長椅子の一番隅・幹事席にいたオレの左側に吾妻さんがとっとと腰掛けたため、その向こうに三人の女がずらずらと並んだ。

 テーブルを挟んで向かい合わせの席の真ん中には主役の森下さん、彼女の右に榎並さんが座り、彼らを挟むように残りの三人が座ったが、森下さんは榎並さんの隣を先輩に譲るべきだと冗談半分に言われていた。

 これでは誰が主役なのかわからない、とオレは内心ぼやいたが、気持ちを奮い立たせると、皆にビールを注ぐよう合図をし、グラスを持って支離滅裂な挨拶を始めた。

「えー、今日もお勤め御苦労様でした。今夜は私たち新人二人の歓迎会ということで、大変有難く思います。どうかごゆっくり、楽しんでください」

 歓迎される側が幹事というのは何とも具合が悪いが、そんなことはとっくにお構いなく、女たちはさっさと乾杯すると、吾妻さんと榎並さんのグラスに競ってお酌をした。

「吾妻くーん、飲んで飲んで」

 バストを強調したファッションの成果があったのか、吾妻さんの左隣を勝ち取った近江さんが流し目をしながら勧めると、少しネクタイを緩めた彼は「それじゃあ遠慮なく」と言いながら、ビールを一気に飲み干した。

 かなりイケるクチらしい、そんな彼に「おまえの歓迎会なんだから飲め」と強要されたオレは大学を卒業して以来のイッキ飲みを行ったが、空腹のせいであっという間に、全身にアルコール成分が行き渡ってしまった。身体は火照り、頭に血がのぼったせいで、顔が熱くてたまらない。

 フルーツサラダに乾焼蝦仁、焼ビーフン、イカのココナッツ焼にサテ・マチャンと呼ばれる串焼の盛り合わせ、といった料理の乗った大皿が次々に運ばれてきて、テーブルの上にところ狭しと並ぶ。

「榎並くんはどのお料理がいいの?」

「あ、すいません。それじゃあイカとビーフンを少し」

 ぐぁあーっ! オレの存在って、いったい何なんだよ! 

 取り皿に料理を盛って、かいがいしく給仕する浅田さんといい、さっきの近江さんといい、二人の男に女が群がるこの光景はまるで銀座のクラブか何かのようで、予想はしていたけれども憤りを覚えて仕方がなかった。

 これだけモテモテならば遊んでいて当たり前で、吾妻さんがつき合っている女は社内外合わせて、片手では足りないと言われているが、榎並さんの方はどういうわけか、浮いた噂ひとつなかった。

 もっとも本人の弁にあったように、人と接するのが苦痛となれば、女を相手にするのも苦手なのかも。彼ほどのイイ男がもったいないという感じもするが、生真面目な性格ゆえに浮気などするようなタイプではないし、この人だけ、と決めて真剣につき合っているから、噂にならないのかもしれないな。

 ビールが一段落すると、次は各自が好みの飲み物や追加の料理を要求するが、金曜の夜とあって店内は満席。店員も大忙しで、なかなか注文を訊きに来てはくれない。

 その手配をしたり、何度も確認したりと、酔った身体を酷使して走り回るオレの姿を見た森下さんは同期のよしみからか「椎名くん幹事任せちゃってごめんね、何でも手伝うから」と言ってくれた。

「あ、ありがとう。でも、森下さんはゆっくり飲んでいていいからね」

 そんなオレたちの様子を、タバコをくゆらせながら見ていた吾妻さんはいくらか酔いも手伝ってか、からかうように訊いた。

「ふうん、椎名は森下さんとデキてるのか?」

「ちっ、違いますよ!」

 妙な勘違いをされては困るし、森下さんにも迷惑がかかる。慌てて否定すると、近江さんが「椎名くんのタイプは亜矢ちゃんじゃないの?」などと鋭いツッ込みを入れてきた。

「あっ、赤くなった。図星ね。あの子、新人の男の子たちにもすっごく人気だから、そうじゃないかと思ったのよね」

 得意気に語る近江さんの言葉を聞いて、吾妻さんはカカカと高笑いした。

「なんだそうか、藤沢亜矢がタイプか。だがな、悪いことは言わん、あの女はやめておいた方が身のためだ。あれはなあ、魔性の女だぞ。ウチの会社でも何人泣かされたか、わからないくらいで……」

 職場では厳しいビジネスマンの顔、酒席では遊び慣れたモテ男の顔を見せる吾妻さんだが、どちらも押しが強く、傍若無人なのは確かなようだ。

「ちょっと吾妻、ここにいない人の悪口はやめようよ」

 榎並さんが親友を嗜める声が聞こえたが、その彼はどういうわけか、布巾でテーブルの上を拭いていた。酔って赤くなるならともかく、心なしか顔色が青く見えるのは妙だ。

「何やってんだ、おまえ」

「グラスひっくり返しちゃって……」

「悪酔いでもしたか?」

「手がすべったんだよ」

 そう言い訳する榎並さんを浅田さんたちがハラハラした様子で見守っている。

「私がやるから、榎並くんは座っててくれればいいのに」

「いえ、僕の責任ですから」

 吾妻さんがチッと舌打ちした。

「またいい子ぶってるな、榎並。だいたい、おまえは女を知らなさ過ぎるんだ。俺がせっかくセッティングしてやっても、つき合う気はないとか何とか言いやがって。もう二度と紹介してやらねえからな」

 えっ? それじゃあ榎並さんには彼女がいないんだ。

 だから噂にのぼらないのかと、オレは彼をまじまじと見た。お仲間じゃないかと、なんとなくホッとした気分になる。

「今は僕の話じゃないだろう」

 さすがに榎並さんが不愉快そうな顔をすると、二人の間に入った近江さんは「吾妻くんこそ、会社の女の子を何人泣かせているか、わかったもんじゃないわ。最近社外にまた別の新しい女ができて、その人を追っかけ回してるって聞いたけど、それってホントなの?」と逆襲した。

「ええーっ、初耳だわ。OLなの? どこの会社の人? それとも大学生、まさか女子高生なんじゃ」

「ひっどーい、信じられない」

 皆さんますますエキサイト、吾妻さんの派手な女性関係へのブーイングがひとしきり行われたあと、

「誰が本命なのか、今日こそ本人の口から教えてもらいたいわよ、ねぇ?」

 みんなで近江さんの言葉に頷く、ということはこの中に、彼に泣かされた相手が何人も含まれているというのか? とんでもない話に目眩すら覚える。

「そうよね、いい加減はっきりして欲しいわ」

「上手いこと言って、誤魔化さないでね」

 総攻撃に形勢不利とみたのか、吾妻さんは突然、両手を胸の前に組むポーズを取った。

「いや、キミたちの怒りはもっともだ。ここに俺は自分の罪を懺悔する。おお神よ、この罪深き男を許したまえ」

 芝居がかったセリフにウケるどころか呆気に取られていると、吾妻さんはいきなり右手でオレの肩を抱き、自分の方に引き寄せた。

「もう女はやめたんだ。今日から俺は椎名とつき合うから、そのつもりでいてくれ」

「……はあ?」

 一瞬にして場が凍りついたが、数秒と経たないうちに、笑いの渦が巻き起こった。

「吾妻くん、それって、女遊びやめて男にするって意味なの?」

「やっだー、冗談キツイ」

 そうだ、この冗談はキツすぎる。

 いくら酒の席とはいえ、いくらオレがお調子者とはいえ、これだけの吾妻穣二ファンを前に「ボクを選んでくれてぇ、とっても嬉しいですぅ」などとほざいて、彼のノリに従うわけにはいかないじゃないか。

 だからといって、先輩の腕を振り払う失礼な真似などできない。オレはとんでもないジレンマに陥っていた。

「冗談なんかじゃないぜ。俺はなあ、椎名が気に入ってるんだ。こいつは素直だし、ホントに可愛いんだよ」

 かなりリップサービスが入ってると思うけど、吾妻さんはオレを褒めたたえ、自分がいかに入れ込んでいるかを強調した。

「吾妻くんったら相当酔ってるみたい、もう飲むのはよした方がいいわ」

「ほら、椎名くんが嫌がってるじゃない、放してあげなさいよ」

 女たちは口々にそんなことを言って吾妻さんを説得しようとし、この展開に困り果てたオレは肩をすぼめて恐縮するばかりだった。

 すると、近江さんたちとの押し問答を続けていた吾妻さんは「な、椎名。幸せにするから、俺についてこいよ」などと無茶なセリフを口にした挙句──

 えっ、オッ、オレってば、いったい何されてんだぁぁ? 

 あろうことか唇にキスしてきたのだ。

 触れた瞬間、思ったよりも柔らかい感触に戸惑いを感じると、自分を見失わないよう堪えていたものが一気に解放されて、アドレナリンの分泌は急上昇、目の前が真っ白になってきた。

「キャー、イヤッ!」

 悲鳴、怒号、嘲笑が遠くでこだまする。

 気を失いかけたオレは榎並さんの罵声でいくらか正気を取り戻した。

「吾妻、悪ふざけも大概にしろよっ!」

「またそんなに怒っちゃって。ジョークだぜ、ジョーク。シャレのわからないヤツはこれだから困る」

 温和な榎並さんがここまで声を荒げるのは滅多にないと思うけど、そんな非常事態にも関わらず、おちゃらけた態度を改めようともせずに、軽くかわした吾妻さんはオレの肩を解放するどころか、ますます強く抱いた。

 男には珍しいフローラル系のコロンと整髪料の香り、クセの強いタバコの匂いが入り混じり、彼の胸にもたれかかるような格好になってしまったオレの鼻孔をくすぐる。これが吾妻穣二という男のフェロモンか? 

 なぜだろう、男にキスされたのに、イヤだという感じがしない。

 そうか、完璧に酔ってるんだ。疲れや緊張から酔いの回りは普段より速いし、飲まされた量はハンパじゃなかった。ベロベロに酔っ払ってるから感覚が麻痺して、だから何をされても平気でいられる、きっとそれに違いない。

「ほらいい加減にしないと、椎名くん、顔色がすごく悪いじゃないか」

「ひぇ、らいじょうぶでふから」

 榎並さんの心配そうな声がフェードアウトして、その代わりにオレの頭の中でパンパーカパーン、と結婚式の定番ソングが鳴り響き始めたけど、これって幻聴? さっきまで賑やかに聴こえていたはずのポリネシアンの民族音楽はどこへ消えたんだよぉぉ! 

『汝は吾妻穣二を夫とし、悩める時も……』

 うわぁぁ、オレってば絶対に変っ! 幻覚まで見えてきたぞ。

 いきなり結婚式シーンに突入、吾妻さんが「幸せにするからついてこい」なんて言ったせいだ。

「だからいい加減にやめておけ、って。おい、吾妻、聞いているのか!」

『永遠の愛を誓いますか?』

『はい、誓います』

 おいおい、神父さんの前で宣言しちゃって、次は指輪の交換だって、マジで? 

「その手を放せって言ってるだろうっ!」

 榎並さんの言葉がくぐもって耳に届かない。今のオレは完全に判断力を失っていた。

『皆さん、祝福の言葉をありがとう。オレは吾妻さんと結婚します。結婚して幸せになります。それから彼の祖国のイタリアに戻ってイタリア国籍になりますから、どうか暖かく見守ってやってください……』

──けっきょくオレは幹事の仕事を全うすることはできなかった。

                                ……③に続く