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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

Holy nightを御一緒に ①

    第一章  新入社員の受難

 入社して二ヶ月、配属になって一週間。環境に慣れてくるのと比例して疲れが出たのか、出社早々、大欠伸をしたオレに吾妻さんの雷が落ちた。

「こら、椎名。何だ、そのダレた態度は」

「あ、す、すいません」

 首をすくめて恐縮のポーズをとる。

 彼は腕組みをして「緊張感が足らん。近頃の新人はこれだから」と、若者のモラルの低下を嘆くご老体のような調子で苦言を呈してくれた。

「はあ……」

「いつまでも学生気分が抜けないらしいな。子供っぽいのは見た目だけにして欲しいものだが」

 周囲の失笑にますます身を縮めるオレ、もう、みんなしてそんなに笑わなくてもいいじゃないか。たしかにパッと見は大学生、いや、高校生でも通用しそうなんだけどさ……

 髪型こそ流行りのカットにしているけれど、ぱっちりと大きな目に丸い輪郭、誰に会っても可愛らしい顔立ちだと言われるオレはこの、スーツを着ていないと十代に見られる童顔が不満のタネだ。

 入社したての頃、私服で駅の喫煙所に立っていたらば、数人の小学生に「あのお兄ちゃん、タバコ吸ってる。大人じゃないのに」と指摘された経験があり、それを機に禁煙したという情けない経緯まである。

 それに引き換え、吾妻さんの大人っぽくてカッコいいことったら、絶対に職業間違えてると思うけどな。

 オレが勤務するこの株式会社システムソリューションズ、通称FSSは横浜市中区に自社ビルを構える、プログラム開発を業務とする会社だ。

 パソコンから大型コンピュータに端末、周辺機器までも製造するコンピュータの国内最大手企業である親会社、FBL株式会社が百パーセント出資した子会社で、同社の周辺機器関連のソフトウェアを専門に開発するのを目的として設立された。

 つまり、同じコンピュータを扱う仕事といっても、流行りのIT関連業界とは業種が違うし、個人や企業、各種団体向けソフトウェア作成を請け負う一般のプログラム開発会社ともちょっと違うってわけだ。

 全従業員数は約八十名。開発に従事する七十人のうち、十六人が開発部第三開発課に所属。さらにファイリングシステムという、新規に発足した機種のプリンタ部を担当する第一グループと、スキャナ部担当の第二グループに分かれている。

 オレが配属された第一グループの吾妻穣二(あづま じょうじ)といえば泣く子も黙る若手のホープ。武田課長やリーダーである田辺さんを差し置いて、その名を社内に轟かせているツワモノだ。

 一流大学の工学部をトップの成績で卒業後、是非我が社にと誘いを受けて、叔父さんが取締役を務めるこの会社に就職し、入社三年目にして早くもサブリーダーの地位を獲得。

 それだけでもスゴイのに、この人ときたら飛び切りのイケメンなんだな、これが。百八十以上ある長身を武器に、パリ・コレのモデルをやっても充分通用すると大評判、二流大学出身かつ標準サイズのオレからすれば天は二物も三物も与えすぎ、あまりにも不公平だ。

 キレイに撫でつけた漆黒の髪に、日本人離れした精悍で端正、彫りの深いマスクはイタリア系伊達男を思わせ、イタリア製の高級スーツがこれまた似合う。イタリアづくしの彼をオレは密かにイタリア人と呼んでいる。

「椎名英(しいな すぐる)よ、眠気覚ましにいいことを教えてやろう」

「な、何ですか?」

「今日はエレベーターの点検日だ。一階までリストを取りに行くのはいい運動になるぞ」

「えっ、ええーっ」

「わかったらさっさと行ってこい!」

 鬼、悪魔、人でなしっ! 

 そう罵倒したいのを堪えて、オレは三階の部屋から廊下へ飛び出した。

 大理石に似せた模様の、美しく磨き抜かれた廊下に出てすぐのところに給湯室があり、その反対側はトイレとエレベーターだが、今回は突き当たりにある階段を真っ直ぐに目指してダッシュ。さっさとリストを取ってこないと二発目の雷を食らう羽目になる。

 リストとは開発中のプログラムの記述やら結果をプリントアウトした用紙で、どこの階から作動させても、一階の機械室にある大型プリンタで印刷されて出てくる。

 やっかいといえばやっかいな代物で、そいつを自分たちの部署まで運ぶのが各開発課に配属された新入社員のお仕事。第三開発課の分はたった一人の新人であるオレが担当するしかない。

 機械室のドアのセキュリティシステムをカードキーで解除して中へ入ると、そこにいたのは第二グループ・サブリーダーにて先の研修でもお世話になった榎並春人(えなみ はると)さんだった。

 四月の入社式が終了したのち、新入社員は四階のスペースにおいて、先輩社員から選抜された講師数名による新人研修を受けたんだけど、その講師陣の一人が榎並さんで、同じ第三開発課に配属されてからはますます親しく話すようになった。グループは違っても毎日声をかけ、何かと親切にしてくれるので、オレはこの優しい先輩にすっかり甘えてしまっている。

「おはようございまーす」

「やあ、おはよう」

 榎並さんはメガネの奥の優しい瞳でこちらを見て微笑んだ。

「リスト運びも大変だね。僕の用事は済んだから手伝おう」

「それは……悪いですよ」

「いいから遠慮しないで。どうせまた吾妻が『早く取ってこい』って怒鳴ったんだろ。苦労をかけるね」

 ベージュ色のソフトな風合いのスーツを着た榎並さんはその袖をたくし上げるとリストの束を持ち上げ、そんな彼の姿を見たオレは何ていい人なんだと涙ぐみそうになった。どうしてオレを第二グループに入れてくれなかったのかと恨めしく思ったのは今に始まったことじゃない。

「それにしても榎並さんと吾妻さんって、ホントに対照的ですね」

 榎並さんと吾妻さんは同い年、つまり同期入社ってこと。静と動の好対照で、おまけに大学の同級生だからライバルとして比べられる機会も多いけど、学生時代からのつき合いで親友と呼べる関係らしい。

「対照的か、そうだね。それなのに仲がいいって不思議に思うかい?」

「いえ、性格が正反対なのが却って幸いしてるんじゃないですか。なんて、生意気なこと言ってすいません」

「そんなことはないよ」

 榎並さんはまたしても優しい笑みを浮かべてオレを見つめた。少し長めで鳶色の柔らかい髪、顔立ちは整っているのに冷たい感じがしないのは温和な人柄が滲み出ているからだと思う。彼も吾妻さんと同じくかなりの長身で、男でもうっとりするほどカッコいい人だ。

「あっ、ヤベ。早く持って行かないと、また吾妻さんに怒られちゃう」

「そうだね、急ごう」

 オレたちが揃って廊下に出ると、

「あっ、榎並くん!」

 甲高い女の声が響いて、彼はたちまち数人の女子社員に取り囲まれた。ド派手な衣裳とメイクが御自慢の総務女性軍団だ。

 ここでこのビルの内部を説明すると、一階は機械室の他に総務部、役員室など。四階は研修や全体集会に使われるスペースに会議室、二階と三階の部分が全部で四つある各開発課のオフィスとして使われている。

 機械室の向かいに総務部の部屋のドアがあって、榎並さんはいいタイミングで捕まったというわけだ。

「あの計画、ちゃんと話してくれたの? 全然連絡こないけど」

「あ、ゴメン。吾妻にはもう一度確認をとるから、少し待っててよ」

「すぐに電話ちょうだいね、お願いよ」

 総務のキレイどころに、いったい何をお願いされているのかな。

 ちょびっと羨ましい、と思ったオレの視線を感じたのか、榎並さんはバツの悪そうな顔をした。

「歓迎会の計画の確認をしてくれって頼まれちゃったんだ」

「歓迎会って、誰か来るんですか?」

「いや、歓迎会という名の合コンなんだけど」

「社内で合コンですかぁ?」

 ますますきまり悪そうな様子になる榎並さんにそれ以上質問できず、オレたちは肩を並べて、階段を昇り始めた。

 三階に着いて、これまたセキュリティシステムを解除、揃って中に入る。アイボリーの壁、床に青いカーペットを敷きつめた内装は近年に建てられた建物なだけあって、随分とシャレている。ところどころに観葉植物も配置して快適なオフィス空間とやらを演出中、もちろん禁煙。

 そこでは社員たちがデスクでキーボードを叩くカタカタという音や空気清浄機が稼動する音、時折、内線電話の呼び出し音が響くだけで、不気味なほどに静まり返っているが、すべていつもの見慣れた光景だ。

 オレの顔を見た吾妻さんは「遅いぞ、何をやっている」と睨みつけ、そんな彼を榎並さんが諌めにかかった。

「また朝っぱらから大声出して、新人を脅すような真似をしちゃダメだよ。椎名くん、ごめんね。昨日の全体会議で叩かれてから、吾妻はずっと御機嫌斜めなんだ、気にしないで座っていいよ」

 恐縮しながら自分の机に向かうオレの背中に、吾妻さんの冷めた視線が突き刺さる。

「そうやって新人を甘やかすような発言はやめてもらいたいね、榎並クン」

 肩をそびやかして意見する吾妻さんを「はいはい」と軽くあしらう榎並さん、さすが親友、扱いが上手い。

 オレは机上にあるデスクトップのパソコンを再起動して社内メールを閉じたあとに、膨大と呼べる量の資料を広げ始めた。

 今回担当する業務とは別の、現在稼動しているシステムのプリンタにおいて、現段階で使われているプログラムの解析がオレの当面の仕事だ。流用する都合上、そこでの処理の流れを理解しなければ新規の作業に入れないとあって、そのリストとにらめっこする毎日が続いていた。

 吾妻さんの傍らで榎並さんはさっきの総務女性軍団の話を持ちかけていたが、そこで耳に挟んだ歓迎会の計画とは総務部と第三開発課限定のいわば『有志』の飲み会、すなわちこれ合コンであるとわかった。

 総務に配属になった森下友美(もりした ともみ)さんと第三開発課のオレ、新人二人を歓迎するというのは表向きの理由で、要は総務の女性たちが吾妻さんと榎並さんという社内屈指、いや、唯一ならぬ唯二のイケメンと御一緒したい、そのための企画だったのだ。

 開発部に配属されている社員はほとんどが男で、それに比べて総務部は各開発課所属の事務担当と合わせて十一人が女性、業務内容からいえば偏るのは仕方ないけれど、男女雇用機会均等法やら何やらには逆行している。

 より取り見取りの環境であるにも関わらず、女性たちが狙う男はただ二人、と言っても過言ではなく、叔父さんがここのお偉いである吾妻さんは彼自身の父親も親会社のFBLの重役で、いわば「いいとこのおぼっちゃま」。

 榎並さんのお父さんも手広く事業をやっているというし、金持ちで一流大学出身、仕事ができて将来性もルックスも抜群なエリートを狙わずしてどうする。他の男は皆カボチャ、相手にされなくて当然だ。

 話を聞かされた吾妻さんは面倒臭そうな顔をして「また近江か。あの女もよくよく懲りないな、これで何度目だよ」と、なげやりな口調で答えた。

 近江瑤子(おうみ ようこ)さんは先程榎並さんに話しかけていた総務女性軍団の中心人物で、彼ら二人とは同期入社だ。男好きのする、スラリとした巨乳美女で評判だが、どちらかといえば部長などのオジサマに人気があり、若い連中には不評だった。

「ええー、吾妻さん、近江さんたちとまた合コンするんですか? この前やったばかりじゃないですか、なんかヤだぁ」

 吾妻さんの向かいの席から不満の声を上げたのは第三開発課事務担当の藤沢亜矢(ふじさわ あや)さんだった。彼女もまた二人と同期だが、短大卒なので年齢はオレと同い年である。ふくれっ面も可愛い、アイドル系の藤沢さんは近江さんとは正反対のタイプで、若い連中の絶大なる支持を受けていた。

 かくいうオレもちょっとばかり気になる女性だったため、藤沢さんのセリフを聞いてギクリとし、丸めていた背中をピンと起こしてしまった。

 彼女は吾妻さんと近江さんが酒席を共にするのが不愉快らしい。ということはつまり、吾妻さんに気があるのではないか。彼がライバルだとしたら、そこらの社員など眼中にあるはずがない。オレの彼女いない歴の更新は決まったも同然だった。

「御指名だから仕方ないさ。おい、椎名」

 いきなり話を振られて、オレは身体をビクリとさせた。

「は、はい、何でしょうか」

 ずっと聞き耳を立てていたと気づかれたくはない。初めて聞いたようなふりをして返事をすると、吾妻さんは「今度、おまえの歓迎会を総務のおネエ様方がやってくれるってさ、有難く思えよな」と言ったあと「で、幹事は任せるから店探しておけよ」と付け加えた。

「自分の歓迎会で幹事やるんですか?」

「つべこべ言わずにやれ、わかったな」

 すると、オレを気の毒そうに見ていた榎並さんがこちらに近づいて、耳元で囁いた。

「あれでもキミのことが気に入ってるんだ。信頼しているから注文が多いんだよ、悪く思わないでね」

「あ、はい。お気遣いありがとうございます」

 榎並さん自身はオレに好意的だとわかるけど、何を根拠に「吾妻はキミを気に入っている」などと慰めてくれるのか。

 吾妻さんのようなエリート社員に目をかけられている、本当にそうだとしたら光栄だけど、彼は人使いが荒い、単にそれだけではないかとも思う。何かと雑用を言いつけられるただの『パシリ』なんて、お気に入りとは別物じゃないか。

「椎名、リストが何部か足らんぞ。もう一度取ってこい」

 そら始まった、やっぱりパシリだ。オレはまたしても機械室への猛ダッシュを行う羽目になった。

 プログラマーがこんなにも体力勝負の仕事だったなんてと、トホホな気分で過ごすうちに、昼休みを告げるチャイムが鳴った。

                                ……②に続く