第十二章 小次郎破れたり
悲痛に落胆、あきらめといった感情に浸りながら、突っ立ったままでぼんやりとしていると、
「あれ、どうしてここに?」
近づいてくる足音にも気づかず、心の準備がまったくできていなかった僕は背後からの声に心臓が止まるほど驚いた。
小次郎が立っている。右腕にはエコバッグがぶら下がっていた。途中で買い物をしてきたようだ。そうか、それで僕より到着が遅くなったんだ。
「ちょ、ちょっと言い忘れたことがあって。大した用件じゃないけど」
大した用件じゃない、なんて、そんなのメールで済ませればいいと思われるんじゃないのか。
自分で自分のヘタな言い訳にツッ込みを入れるが、小次郎は「そうか」とだけ応じたあと、鍵を開けて「とりあえず入れよ」と促した。
室内に上がると、僕はスポーツバッグをテーブルの脇に置き、以前と変わらない光景を眺めた。相変わらず殺風景な部屋だ。
エコバッグの中身を小型の冷蔵庫に入れながら、彼はコーヒーでいいかと訊いた。
「この前のよりは美味いやつ、買ってきてあるからさ」
「あ、ありがとう」
冷蔵庫の上に小さな箱がちょこんと乗せてある。見覚えのあるその箱は何だったのか、思い出した。僕が買ったケーキの箱だ。
あれから何日も経っているのに、まさか食べずに置いてあるはずはないと思いながら見ていると、小次郎の手がぶつかってパサリと床に落ちた。中身は当然空っぽだ。
ということは、彼はケーキを食べ終えたあと、箱をずっと保存していたと?
僕の視線を受け止めた小次郎は「これ、おまえに初めて貰ったものだからさ、食べたあとも惜しくて捨てられねえんだ」と、いくらか恥ずかしげに答えた。
僕があげたケーキの箱……初めてのプレゼント……それを大切に置いてあったなんて。小次郎はこんな僕をそこまで想っていてくれたのか。胸が痛いほどに切なくなる。
「未練がましいってやつだな。ハハ」
「お願いだから未練なんて言葉、使わないでくれる?」
「じゃあ、何て言えばいいんだよ? おまえは部長と……」
「だから違うって!」
二人の視線がまともにぶつかる。僕は思い切って告げた。
「僕が好きなのは小次郎だから」
──しばしの沈黙のあと、小次郎は呆然とした目を僕に向けた。
「なーんちゃってね、なんて言うんじゃねえよな?」
「わざわざ冗談を言いに来るほど暇じゃないよ。ずっと前から好きだった。でも、素直になれなくて……ゴメン」
「あ、謝ることじゃねえだろ」
うろたえた様子の小次郎はやかんがピーッと音をたてたのに飛び上がって驚き、慌ててガスの火を消した。
「加賀美先輩とはたしかにつき合っていた。僕が中等部に入学したときに向こうから声をかけてきたんだ」
中三の三学期初めに、真辺が高等部に転校してきて先輩にアタックを開始、それ以来僕たちの関係はねじれてしまったこと、この三月に先輩の方から別れを持ち出されたことや、最近になってヨリを戻したいと言われたことなどを語る間、小次郎は黙ってコーヒーを淹れていた。
「別れてくれと言われたときは涙まで流したのに、加賀美先輩の言葉を聞いても、僕は以前のようにときめかなかった。未練なんてどこかへ吹き飛んでしまっていた。それがなぜなのかやっとわかった。気がつくのが遅かったんだ」
ほらよと、カップを置く小次郎を改めて見つめる。
「おまえが僕を好きだと思う前から、僕はおまえを好きになっていた」
「武蔵……」
「気が強くて生意気で可愛げがなくて、おまけに意地っ張りで憎たらしくて、素直じゃない超ひねくれ者で」
「そ、そこまで言ってねえし」
「こんな調子だから、今の今まで自分の気持ちを打ち明けられなかった。思わせぶりな態度をとるだけで、ハッキリとしたことが言えなかった。どうしてもっと早くにって、後悔している」
堰を切ったように言葉が溢れてくる。僕はすべてを吐き出すかのように語り続けた。
「それだけじゃない。先輩がヨリを戻してくれと言ってきたとき、断るどころか、そんなつもりもないくせに気を持たせるような返事をしてしまった。それで先輩と真辺の関係に亀裂が入るってわかった上での発言だ」
「もういい」
「もしも僕が面白半分に返事をしなければ、真辺は不良たちをけしかけるなんてバカな真似をしなかったかもしれないし、おまえが怪我をすることもなかったかも。すべては僕の曖昧さのせいだ。こんなにおまえを悩ませて、苦しませて本当に……」
「もういいって!」
小次郎は両腕で僕を抱きしめてきた。
「本当にもういいんだ。何も気にしなくていい」
「でも」
僕の目から溢れた涙を拭い、彼は優しい声で囁いた。
「俺はおまえに惚れてて、おまえも俺が好き。結果オーライじゃねえか」
「小次郎……」
「今の武蔵は素直で可愛いよ。なんて、男に可愛いは禁句か」
「いいよ。嬉しい」
大きな掌で髪を撫でられながら、僕は小次郎の胸に頬を寄せた。
なんて長い道程だったんだろう。遠回りをし続けた僕たちの、お互いの想いはようやく通じ合い、最高に幸せな時間が訪れた。
僕の髪に頬擦りしながら、小次郎は恥ずかしそうな声で告白した。
「じつはさ、ちょっとだけ期待したときもあったんだ。おまえにとって俺はダミーじゃなくて、もしかしたら本気で好きなんじゃないか。脈ありかも、なんて」
「そうだったんだ」
「そんなことを考える一方で、自惚れるなって戒める俺がいて、そのうちに今日の試合で部長に勝てたら、おまえも俺のものになるっていうジンクス、自分で勝手に決めちまってさ」
「ゴメン、僕がもっと早く伝えていれば」
「だから、おまえのせいじゃないって。勝手に賭けて、負けて、勝手に凹んでたんだ。何の根拠もないのにバカだよな」
それから小次郎は軽く頭を下げて、謝罪のポーズをとった。
「俺の方こそ、おまえの気持ちをわかっていなくて悪かった。鈍感なのは一生治りそうもない。許してくれよ」
「キスしてくれたら許すよ」
小次郎が唇を合わせてきた。思えば、彼の方からキスをしてきたのは初めてだった。
ところが、唇をくっつけたまま埒が明かないキスはフレンチから先に進まない。僕は舌で彼の唇をこじあけ、自分からそれを絡めてディープキスに進化させた。
「ん……んん」
どれぐらいの間そうしていたのか、甘ったるくて、とろけそうな感触にくらくらと目眩すらおぼえる。
さあ、キスの次の段階へ。僕たちの興奮のボルテージはぐんぐんと上昇していた。
小次郎はそのまま僕の身体を寝かせようとして、ふと気づいたように抱き上げた。
「どうしたの?」
「ここじゃ背中が痛いから」
「あ、もしかしてこの前、痛かった?」
前回のエッチで上に乗っていた僕は小次郎の背中を気遣うこともなく快楽にのめり込んでいた。何だか申し訳ない気分になる。
「いや、俺はどうってことなかったけど、おまえに痛い思いはさせられねえからな」
とことん優しい小次郎に、僕はまたもや涙ぐみそうになった。
軽々と横抱きにされ、首にしがみつくとベッドの上へ。シングルベッドに二人はちょっとキビシイけれど、狭ければ狭いほど密着するからいいか、とも思う。
身体を重ね、もう一度唇を重ねたあと、僕は小次郎の耳朶を軽く噛み、彼は僕の頬から顎にかけてのラインにキスをはわせた。まるで仔犬か仔猫がじゃれ合っているような仕草だった。
「ねえ、脱がせっこしよう」
僕は小次郎の、小次郎は僕の服を脱がせ、お互いに全裸となる。
「やっぱキレイだなぁ」
小次郎は感心したように、僕の乳首に見惚れていた。小さくてほんのりピンク色。とても男の身体についているものには思えない愛らしさ、という代物だ。
「触って。吸ってみてよ」
恐る恐る手を伸ばした小次郎の指が触れると、まるでそこに電流が流れたような刺激が走る。
優しくつまんだあとはそっと口に含み、舌で転がす小次郎、初めてにしては上手だ。乳首を愛撫されることなど、これまで何度もあったのに、この快感はどうだろう。僕は身体をよじり、甘い溜め息を漏らした。
「は……っん」
彼は唇と指先の両方を使って、二つの乳首を同時に、丹念に刺激し続けた。
竹を割ったような、というか、あっさりした性格のようでいて、エッチではねちっこく攻めるタイプなのかとも思ったけれど、初心者マークをつけた自分のヘボな愛撫に対する僕の反応が嬉しかったから、あとでそんなことを洩らしていた。
そうこうしているうちにお互いの持ち物はすっくとそそり立ち、今にも爆発しそうになっていた。
で、先に暴発したのは小次郎で、
「あっ」
小さく声を上げて済まなそうな顔をした。何もしないうちに発射してしまったことで恐縮しているらしい。
「そんなに気にしないで。すぐに元気になるから大丈夫だって」
小次郎のリードはベッドに運んだところまで。こういった行為でけっきょくイニシアチブを取っているのは僕で、上半身を起こすと小次郎と向かい合わせになり、ティッシュで彼のペニスをササッと拭いたあとはそのままそれを握った。
「ねえ、一人エッチの回数、増えた?」
「えっ? ま、まあ……」
「僕のこと考えながらしてた?」
コクリ、と小次郎は無言で頷き、僕は大満足で掌の中のものを扱き始めた。
暴発の余韻が残っているからか、彼の目つきが再びとろりとしてくるのに時間はかからなかった。
「僕もだよ。この前小次郎とエッチしたときのこと思い出しながらやってた」
「俺のことを、か?」
「そうだよ。あ、もしかして違う人だと思ってた?」
一瞬、言いよどむ小次郎だけど、その反応は仕方ない。彼はついさっきまで僕と加賀美先輩の関係について悩んでいたのだから。
僕が男同士のセックスに手馴れているのもそういう仲だったからだとわかるし、こうしていても先輩の影がちらついて見えるのかもしれない。
僕は小次郎を見つめて訴えた。
「忘れてとは言わないけれど、今の僕には小次郎だけ。それは信じて」
「……もちろん」
「よかった。じゃあこれ、お願い」
恥ずかしそうに戸惑いながらも、小次郎は僕のペニスをゆっくりと扱き、二人はお互いに相手のものを刺激し合うという格好になった。
快感に身を委ねながら、またねっとりとキスを交わす。ほぼ同時に果てた僕たちはそれぞれ相手のペニスを拭いたあと、向かい合わせのまま横になった。
「小次郎」
「何?」
「大好き」
「ホントに今日は可愛くて素直だな。何だか調子が狂うぜ」
期間限定だよと付け加えると、彼は大きな目を細めて笑った。
「あのさ、宮本武蔵と佐々木小次郎がこういう関係だったらどうかな?」
「さあ、あんまり考えたくねえな。そもそも決闘なんかしねえだろ」
「そうだよね。武蔵は小次郎を切っちゃうわけだし」
「まあ、俺も武蔵に切られたっていうか、やられたようなもんだな」
「僕が?」
「硬派でならしていたはずなんだがな。すっかり骨抜きになっちまった」
たしかに、高飛車で恐いもの知らずだった入学当初に比べれば、僕を好きになって、僕とこうした時間を過ごす今の小次郎は丸くなったといえるだろう。
穏やかになるのは人間として成長した証だけれど、真っ直ぐな性格と、正しいことのために戦う姿勢は失ってもらいたくない。それは僕が好きになったこの人の、最大の魅力なのだから。
「まさかな、この俺が男にメロメロだなんてよ~」
「小次郎破れたり!」
「言ったな、こいつ」
小次郎は僕の脇腹をくすぐり始めた。
「わっ、やめてよ。お腹がよじれる」
ふざけ合い、じゃれ合っているうちにまたしても興奮してきた僕たちはキスをしながらしっかりと抱き合った。
それから小次郎は再び僕の乳首を吸い、次に下の場所へ手を伸ばそうとしたが、何に気後れしたのか、動きを止めてしまった。
「どうしたの?」
「あ、いや、その」
やっぱりこちらがイニシアチブを取らないと進まないみたいだ。
ベッドから起き上がった僕はリュックのところまで行くと、表面のポケットから一本のチューブを取り出した。
「その歯磨き粉みたいなのは何?」
「秘密兵器だよ」
これから毎日携帯しようと思ったアレだ。ハンカチやティッシュと共に、欠かさず持ち歩いている僕って……
ベッドの上に戻り、チューブの蓋を開けると透明のジェルを人差し指の先につける。次に、彼に背中を向けて四つんばいになり、お尻を突き出すポーズをとると、
「これをここに……」
割れ目の奥でひっそりと咲きかけた蕾にジェルを塗ってみせたが、これらはすべて小次郎を挑発するためと、今後の展開のため。
目の前で繰り広げられているいやらしいシーンに、小次郎がゴクリと唾を吞み込む音が聞こえた。
「こうやって使うんだ。これ一本でスムーズ・イン、ってわけ」
ジェルは行き渡っているのに、僕はしつこくそれを塗りたくった。はずみで入った、とみせかけて指を中に入れて「あんっ」と声まで上げた。
「やっぱり小次郎が塗って」
「えっ?」
ゼリーのチューブを受け取った小次郎は震える指でそれを僕のアソコに塗った。
彼の指が触れている、それだけで興奮が高まってくる。僕はしどけない仕草で腰を振ってみせた。
「小次郎……入れて」
指が奥へと入って壁に触れると、久しぶりの強い快感が全身に走った。
「あっ、はぁん」
僕は喘ぎながらギュウギュウ締めつけ、その圧力に驚いたらしい小次郎は「すげえ締まるんだな」と感心し、それから中を掻き回すように指を動かした。
「やっ、あっ、ああっ」
イイ、ものすごく。たまらない。首と腰を同時に振って嬌声を上げる。
「そんなにイイのか?」
「うん。だからもっとして! もっと、もっと欲しい」
ますます興奮して乱れる僕を見ているうちに、ついに我慢できなくなったらしい。小次郎はとうとう自分の意思で、自分のペニスを入れてきた。
僕の臀部と彼の下腹が密着し、肌の熱さがじんわりと伝わってくる。襞のひとつひとつが小次郎の存在を歓迎し、熱を放つそれを包み込んでゆく。
「ああんっ」とよがって激しく腰を振ると、そんな僕の動きに合わせて小次郎も腰を使い始めた。
「……うあっ、ああ、すげぇ。こんなのアリかよ」
もちろん、この前もよかったけど、と小次郎は上ずった声で快感を口にした。僕が上に乗るよりも、自分で調節して動かした方がさらに気持ちイイらしい。床下手だった僕の身体がそこまで彼を喜ばせているのかと思うと嬉しくなる。
ぴちゃぴちゃと粘膜の擦れ合ういやらしい音に、ハアハアと彼の激しい息づかいが聞こえ、汗が滴り落ちる。
熱い快楽に身を委ねながらも、僕の欲求はとどまるところを知らず、さらなる満足を求め続け、はしたない声を上げた。
「もっと、もっと奥、小次郎、して」
「あ、ああ。わ、わかった」
小次郎の腰の動きが早くなるにつれ、彼の先端は襞をかき分け、僕の奥を深く、鋭く突いた。
強い刺激が背筋から頭の中まで貫き、身体は激しく震える。気が変になりそうだ。
「イッ、イイ……すご、あっ、やっ」
どういうわけか、ここにきて余裕が出てきたらしい。小次郎は前後の動きを続けながらも、僕の腰を支えていた右手を離し、股間の部分にもってきた。
それから途切れ途切れに「俺……ばっかりイイ思いしちゃ……申し訳ねえ、からな」などと、僕への気遣いを口にした。
「う……後ろだけでも充分……だけど」
「こっちは……イヤなのか?」
ううん、と僕は首を振った。いちばん感じる部分への刺激がイヤなはずはない。
「前もイイ……もっと、して」
ペニスをつかまれ、扱かれて、身体の前後から強い波が押し寄せてくる感じ。
さらに増した快感に僕は喘いだ。頭の中で何かがはじけたようになり、じわじわと涙が溢れてきた。
熱い液が管を駆け登ってくる。
もう、どうにでもしてと、わけのわからない言葉を口走る。
「イ、イッちゃいそう」
「まだ、もう少し……我慢」
「あ、熱い……」
快楽の深淵にはまり込み、霧の中をさまよっているような感覚に襲われる。
「武蔵、む……さ」
「こ……じろ……」
お互いの名前を呼んでいるうちに意識が朦朧としてくる。二人揃ってイッてしまったあと、僕たちはベッドの上に重なって倒れ込んでいた。
嵐のように激しいひと時が去り、ぐったりとしていた僕たちだが、我に返った小次郎が飛び起きていきなり叫んだ。
「今、何時って……えーっ、もうこんな時間かよ! おまえ、家に連絡しなくていいのか?」
ベッドの枕元にある目覚まし時計の針は八時を指している。試合のあと、ちょっと寄り道をしていたという言い訳がそろそろ通じなくなる時刻だ。
あー、気だるい。というか、かったるい。もちろん今から電車に乗って帰る気にはならない。
僕は「あ、じゃあ、小次郎の部屋に泊まるって母さんに電話しておこうかな。明日は日曜日だし、いいでしょ?」と答えた。
「泊まるって、そりゃあ俺はかまわないっつーか、朝までずっと武蔵といられるんだからどっちかっていえば嬉しいけど」
孫の帰宅が遅いだけでも文句を言うのに、外泊するなんてことをだ、あの頑固ジイさんが聞いたらとんでもない展開になるのではと彼は危惧していたのだ。
「大丈夫。あの人、小次郎のこと気に入ってるから」
「そ、そっか」
そうと聞かされても落ち着きのない素振りを続ける小次郎は「でもさ、俺たちのことがバレたら」と不安げに呟いた。
「『貴様ら、男同士で何と不道徳な!』って、バッサリ切られるかもね。ウチには先祖伝来の、家宝の日本刀ってのがあるし」
「ええーっ!」
「死ぬときは一緒だよ、小次郎」
「ええええーっ!」
「なぁんてね」
茶化す僕の傍らで、彼は「寿命が縮まる」とぼやいた。
「僕も小次郎とずっと一緒にいたい。離れたくないよ」
小次郎の指に自分の指を絡めながら、僕は甘えるような口ぶりで続けた。
「毎日でも泊まりたいけれど、せいぜい一ヶ月に一回が限度だし、毎回外泊ってのも具合が悪いし……そうだ、交互に泊まるってのはどう? 次はまた僕の部屋に泊まってよ。この前はすぐ寝ちゃったしさ」
「そ、そりゃいいけど」
母の手料理は魅力的だが、あのジイさんが同じ屋根の下にいるのに、ヤバい行為はできない、というか、気後れがするといったようなことを小次郎は述べた。
「平気、平気。年寄りは寝る時間が早いし、一度寝ちゃったら朝までぐっすりだから、僕の部屋の中の様子どころか、地震があっても起きないよ」
「地震があっても目が覚めないってのは、もっとヤバくねえか?」
「あの人なら大丈夫だよ。瓦礫に埋もれても一ヶ月ぐらい生きていると思う。奇跡の生還とかやらかしそう」
祖父へのおちょくり発言に、やれやれといった視線を向ける小次郎の態度はちょっと大人ぶってて、それが癪に障った僕は矛先を彼に向けた。
「小次郎も似たようなもんじゃない? 震度8クラスの地震がきても起きないよ、きっと。だからこの前だって……」
「この前?」
「全然気づかなかったんだね。僕の部屋に泊まった時にキスしたこと」
サッと顔を赤らめる小次郎、キスよりエッチな行為のあとでも照れてしまうあたり、本当に純情なんだ。
「悪りィ。まったく……」
「なぁんだ。だったら罰として、部活のあとは必ず、武道館の裏でキスするってことにしようかなー」
「そ、そんな」
「もっとスゴいことでもいいよ。お互いにフェラするとか……そうだ、学校内で、どこかに隠れてセックスしちゃおうか?」
「えっ?」
「それなら毎回泊まらなくても欲求不満解消になるでしょ。我ながら名案だ。さて、どこがいいかな?」
何てことを言い出すのやら、それでも僕ならやりかねないと思ったのか、小次郎は冷汗をかき、目を白黒させている。
「僕は小次郎とエッチできるなら、どんな場所もオッケーだよ。あ、でも、部室は汚いからパスだね」
調子に乗って大胆な発言を続ける僕、何を想像したのか、茹でダコ以上に真っ赤になった小次郎はふいに、両手で顔の真ん中を覆った。
「ヤ、ヤベェ。鼻血が出た」
「鼻血? 小次郎ったらまだまだパワーが余ってるわけ? そうか、それで僕と朝まで一緒で嬉しいって言ったんだ。ってことは、エッチもオールナイト?」
「オールナイト……」
またしても鼻血を噴き出す小次郎に、僕はニッコリ笑ってウィンクをしてみせた。
「それじゃあ小次郎クンの希望で、もう一ラウンド始めようか?」
おわり