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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

純情一直線 ⑨

    第九章  闇討ちか!

 その日を境に、加賀美先輩は遠回しなアプローチをするようになった。

 いきなり親しげにして、僕の機嫌を損ねては逆効果だと考えた結果だろうけど、足の裏を掻くのに、靴底を掻いているような感じでもどかしい。

 反対に小次郎は僕に近づかなくなった。部活中は必要最小限なことしか話さないし、校舎の廊下で会っても無言で通り過ぎるだけ。

 会えば祖父の話やら道場の様子、その他いろいろな話題を持ち出していた、あれだけおしゃべりな男がいったいどうしてしまったのか。もしかして……

 彼は僕を好きだと認めた。けれども、男同士という不毛で未来のない関係に、これ以上のめり込みたくないと思い、僕を避けているのかもしれない。

 小次郎に避けられている、そう自覚したとたん、悲しみとも怒りともつかない思いが僕の心を覆った。それは絶望にも似た感情だった。見捨てられた感じがした。

 なぜだろう。がさつで品がなくて、いちいち突っかかるムカつく野郎なんて、好みであるわけがない。ずっとそう思っていたんじゃないのか。

 いがみ合っていた当初よりは打ち解けて友達っぽくなったけれど、加賀美・真辺カップルに対するあてつけに彼の想いを利用したことや、欲求不満解消の道具にしたのは悪かったけど、僕自身が失恋したように感じるのはおかしいだろう。

 えっ、失恋って? そんなまさか……

 地稽古を終えて面を取った小次郎の顔を思わず盗み見る。

 僕は、本当は──

 額に流れる汗を拭う、その横顔はいくらか憂いを帯びていた。

 赤茶けた髪は相変わらずだけど、やんちゃな雰囲気は薄れ、出会った頃よりもずっと大人びた表情になっていた。

 僕は、本当は──

 小次郎が──

「武蔵、ちょっといいかな?」

「は、はい」

 ふいに呼ばれてギクリとする。

 加賀美先輩は以前のように僕を武蔵と呼ぶようになっていたが、これもアプローチの一環で、尚且つ小次郎に対抗しているつもりらしい。

「練習試合当日に一年は中等部の連中と先に行って、防具を下ろすとか、そういった準備を手伝って欲しいって言われたんだけど」

「ああ、その話なら、昨日の帰りに先生から聞きましたが」

「えっ、そうだったの?」

 先輩は初めて聞いたような表情をした。

「なんだ、先生も人が悪いな。そう言っておいてくれればいいのに」

 うわー、なんてしらじらしい言い草だ。昨日、顧問の先生から「連絡ついでに、一年たちに伝えておくよ」と言われていたのを僕が知らないとでも思っていたのか。

「それならいいけど、まあ、とにかくキミが一年のリーダーみたいなもんだから、みんなをまとめてくれるかな」

「わかりました」

 けっきょくどうってことはない連絡事項で、何かにかこつけて僕に接近したがっているのはバレバレだけど、そんな素振りを目にしながらも真辺が沈黙を守っているのが不気味といえば不気味で、僕は思わずヤツの様子をチラッと窺ってしまった。

 えっ? 何なんだ、今の顔。

 たしかに今、真辺は僕を見てニヤリと笑った。あれは悪巧みをしている顔だ、加賀美先輩も垣間見たであろう、そのせいで後悔する羽目になった裏の顔。

 可愛いなんて言われているけど、裏にまわって何をやらかしているか、わかったもんじゃない。背筋がゾーッと寒くなった。

 あいつがいったい何を企んでいるのか、不安にかられている間にも練習終了。部員たちはめいめい帰路に着き、僕は何ともいえない居心地の悪さを感じつつも、部室をあとにした。

 正門を出ると、駅へと向かう長髪の後姿を見かけた。

 衣替えまでにはまだ一ヶ月以上あるのに、暑いからと言ってジャケットを脱ぎ、上は白いワイシャツだけで通学している彼の、その背中は今、頑なに何者も寄せつけようとはしない。

 無言の拒絶をされているみたいで足がすくむ。くじけそうになりながらも、それでも僕は勇気をふりしぼり、小走りに近づいた。

「小次郎」

 ビクリ、と背中が反応した。

「一緒に帰ろうよ」

「……あ、ああ」

 口では承知しながらも、小次郎は僕と目を合わさないようにしたまま、前を向いたままだった。

「もうすぐ試合だね。あと一週間ちょっとか」

「…………」

「栄光って、去年試合したときの中等部の連中はそんなに強くなかったから、一年のヤツらはたぶん大したことないけど、二・三年はどうかなぁ」

「…………」

「当日は現地集合にする? それとも、どこかの駅で待ち合わせした方がいいかな。でも一年全員集めるのは大変か」

「…………」

「あ、そうだ。中等部も一緒に準備させろって言われたんだっけ。やっぱ現地集合が確実だよね」

 何をどう言っても、思いつく限りの話題を持ち出しても、小次郎は曖昧に頷くだけ。そんな彼の態度に、とうとう僕の中で何かが弾けた。

 こうなるともう、どうにも止まらない。僕は「どうしたの」と、きつい口調で詰問した。

「どうした、って?」

「何が気に入らないんだよ」

「気に入らないって、俺は別に何も」

「嘘だ」

「嘘なんかついてねえよ」

 前に回り込んで、その顔をじっと見つめると、彼はうろたえて視線をはずした。

「不満があるんだろ? 言ってみろよ」

「だから不満なん……」

「僕を嫌いになったの?」

「きら……」

 一瞬絶句した小次郎はそれから、苦しげに答えた。

「嫌いになるわけねーだろ。ただ……」

「ただ、何?」

「好きになっちゃいけないって、そう思ったから」

 今度は僕が絶句する番だった。

「それはどういう意味?」

「部長と……加賀美部長とつき合ってたんだろ? いくら鈍感な俺でも、それぐらいはわかるさ」

 そこまで言うと、小次郎はうつむいてしまったが、またボソボソと続けた。

「おまえが倒れたとき、部長がすげえムキになって、自分が保健室へ行くから代われ、俺には掃除当番をやれって言った、あのときに気がつくべきだったんだ」

 そんなやりとりがあったのかと、改めて知った。先輩は別れた直後から僕への未練を募らせていたんだ、と。

「中華街で会ったときも変だと思った。あの二年生との関係はよくわかんねえけど、おまえと部長は俺が入部する前にケンカ別れか何かして、そんでもって最近やっと仲直りして、それで……」

 元の鞘に納まったのだろうという、しめくくりの言葉は途切れてしまった。

「おまえも寂しかったんだろうな。それで俺とあんな真似……いいんだ、俺は。ダミーにされようが何だろうが、そういう扱いには慣れてるしよ。でもさ、おまえと部長が仲良くしているのを見たら、どうにもやり切れなくて……こんなにも辛い思いをするぐらいなら、おまえのこと好きにならなければよかった。好きになるべきじゃなかったんだ」

「小次……郎」

 言い訳が喉元まできているのに、あとからあとから苦いものがこみ上げてくるようで、一向に言葉にならない。

「おまえの顔を見たり、声を聞いたりしなければ早く忘れられる、自分の気持ちに早くケリがつけられる、そう思った。だからできるだけ、おまえには近づかないようにした。でも……」

 まるで血を吐くかのような小次郎の告白に胸が強く締めつけられて、僕は思わず胸元に手を当てた。

 違う、それは違うって……

 すると、いったいどういうつもりなのか、小次郎はいきなりニカッと笑った。精一杯の笑顔を作ったようだった。

「そう簡単にはいかない、そんなの無理だって最初からわかってた。だったら我慢なんかしなくたって、ダメ元でいいから俺はおまえを好きでいようって決めたからよ。おまえの方は気にせずに部長と」

「……だからそれは」

 やっと反論しかけたその時、

「よう。そこのキレイな兄ちゃん」

 背後から声がしたかと思うと、齢は二十歳前後か、いかにも不良な感じの男が五人、僕たちの周りを取り囲んだ。

 薄汚れてだらしのない派手なTシャツ、迷彩色のだぼたぼパンツ、季節はずれのタンクトップから伸びた腕にはタトゥー、ジャラジャラ鎖などのファッションに、ブリーチしすぎのツンツンヘアーやら、長すぎる前髪がポイントのジャニーズスタイル、刈り込みをやり過ぎたモヒカン頭等々、不良の見本市会場のようだ。

 こんな連中がキレイな兄ちゃんにいったい何の用があるのかと身構えると、

「何のお話してるのか、オレたちも混ぜてくれよ」

「そうそう。お仲間にして欲しいな」

 彼らのニヤニヤ笑いから察するに、お友達になりましょうという友好的な話ではないらしい。では、非友好的な行為に及ぼうということか。

 緊張感からか冷汗が伝い、背筋がゾクゾクしてきた。試合での緊張感とはまるで違う、イヤな感じだ。

「武蔵、俺と背中合わせになれ」

 じわじわと包囲網を狭めてくる五人の動きに注意を払いながら、小次郎がそう囁いた。

「ただし、手は出すなよ。バレたら部活動停止程度じゃすまないぜ、退学まっしぐらだ」

「わかってるよ」

 かといって、五人がかりで殴られでもした場合、無抵抗のままで、怪我もなく無事でいられるのかの保証はない。

 警察に通報してくれる人でもいたらと思うけれど、こんな時に限って誰も通りかかるどころか猫の子一匹いやしない。しかも、人通りの少ない裏道に誘導されてしまい、状況は絶望的だった。

「おい、チョンマゲ。邪魔だ、どけ」

 五人の中のリーダー格らしいモヒカンが小次郎に向かって言い放ったが、そのセリフによってヤツらの狙いは僕だとわかると、さらに冷汗が噴き出た。

 なんでこんな、見ず知らずの連中に絡まれなきゃならないんだ? 

 キレイな兄ちゃんと呼びかけているのだから、女に間違われていないのは明白つまり、レイプとかそういったことが目的ではない。顔はともかく、男子校の制服を着ているのだからして、女には間違えようもないし。

 そこらの高校生が大金を持っているとも考えにくいけれど『はした金』程度の金でもいいという、いわば恐喝目的なのだとしたら、小次郎も対象に含まれるはずだ。なぜ僕だけがターゲットなのか? 

「チョンマゲだと? 俺をコケにするたぁ、いい度胸じゃねーか」

 すかさず言い返す小次郎の背中が熱くなっているのがわかる。僕に注意しておきながら、自分が先に攻撃してしまいそうな勢いだ。

「小次郎」

「心配すんな。俺だって退学になりたかねーよ。そうなったら……」

 おまえと会えなくなる、と言いたいのだとわかると、胸がキュンとなった。僕だって会えなくなるのはイヤだ。

 僕は、本当は──

 小次郎が──

 好き──

 こんな時にコクッてどうする、って、喉元まで出かかっていた言葉はモヒカンの先制攻撃によって吹き飛んでしまった。

「おら、死ねやぁっ!」

 ところがどっこい、だてに剣道をやっているわけじゃない。いきなり繰り出されたパンチをすかさずかわす小次郎と僕の息はぴったり合っていた。

 モヒカンが突き出した腕は空を切り、勢い余ってよろけたリーダーを見て、残りの四人がいきり立った。

「この野郎、ナメたマネしやがって!」

「二人ともやっちまえっ!」

 五対二と分が悪い上に、こちらから攻撃をしかけるわけにはいかない。圧倒的に不利な状況だ。

「大丈夫、おまえは俺が守る」

「そんな、だって」

「なんたって俺の……常聖のエースだもんな。試合前だってのに、おまえに怪我なんかさせられるかよ」

「僕はよくても、小次郎が怪我をしたらどうするんだよ? 期待の先鋒が欠けたら試合にならないんだよ!」

「わかってるって。ま、俺様は不死身だからよ、平気、平気」

 いつぞやのように、ニヤリと不敵な笑いを浮かべているのが手にとるようにわかる。

 この状況において、なおも強気の小次郎に対して、手下の四人組が一斉に飛びかかってきた。

 電車内でアゴ髭男をビビらせた迫力に加えて、腕っぷしには自信があるという、彼本来の強さを発揮できれば、こんな程度のヤツらは敵ではないとわかるけれど、守り中心の戦いで、しかも僕に怪我をさせまいとしながら戦う小次郎が苦戦するのは当然のこと。

 大柄のタトゥー男から重量パンチを、マッチョな迷彩色男からは渾身のキックを次々に浴びせられて、さすがの長身もとうとう吹っ飛んでしまい、白いシャツはみるみるうちに血と泥に染まった。

「小次郎っ!」

 駆け寄ろうとする僕の腕はツンツンヘアー男に捕らえられてしまった。

「おらおら、立てよ、コラ」

「こっちもさっさとやっちまおうぜ」

「おう。こいつをぶっ潰すってのが目的だからな。早いとこケリつけるか」

 僕をぶっ潰すのが目的だった? それって計画的犯行? 

「見れば見るほど美形じゃねーか。キレイな顔に傷をつけるのは惜しいけれどな」

 ツンツンが舌なめずりをすると、モヒカンが呆れたように、

「バカやろう。いくら美形だって、そいつは男だぜ」

「そーなんだよな。女だったらみんなで回して、たっぷり楽しむのによ。残念だな」

「つまんねえこと言ってないで、とっととやれよ」

 剣道の腕前は達人レベルでも、竹刀がなければただの非力なチビ。どんなにあがいてみても、僕にはこいつらに勝てる力はない。万事休すだった。

 その時、

「てめえら、その汚ねえ手を離せ!」

 小次郎が吠えた。

 残りの三人に殴られても蹴られても、再びゆらりと立ち上がってくる。

「何だぁ、そのチョンマゲ野郎、まだ生きてたのか」

「おい、おまえら。チンタラしていないで、とどめ刺しちまえよ」

 小次郎が殺される! 

 誰か、助けて! 

 僕の祈りが天に届いたのか、

「おい、何か聞こえなかったか?」

 そんな声と共に、数人の大人の男性らしき足音が近づいてきた。

「誰か来たぞ、ずらかれ!」

 モヒカンが合図するや否や、五人は蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。

「小次郎、大丈夫?」

「ああ。それより俺たちも逃げるぞ」

「えっ?」

「いいから、早く!」

 駆け寄った僕の手を取ると、小次郎は駅に向かって、怪我人とは思えないほどの速さで走り始めた。

 発車間際の列車に滑り込むと、他の乗客たちに血まみれの姿を見られないように、車両の隅に立って顔を隠した小次郎は「いいか、武蔵。俺の怪我はチャリでこけたとか何とか言って誤魔化してくれ」と念を押した。

「そんな、誤魔化すなんて」

「いくらこっちが被害者でも、騒ぎが公になれば試合は中止だ。これ以上問題を大きくするわけにはいかないだろ」

「それはそうだけど」

「向こうが悪いってわかりゃ、さすがに退学は免れるかもしれないけど、剣道部の将来にどう影響するのかも読めないし、もし廃部にでもなったら、スポーツ推薦で入学した俺たちはどうなる?」

「廃部……」

 最悪の事態になるのだけは避けたい。僕は「うん」と不承不承に頷いた。

 ふう、と疲れきった表情で息をついた小次郎の髪は乱れ、顔や腕には青痣ができていた。あちらこちらが破れたワイシャツと、そこからのぞく傷口には赤黒い血がこびりついている。あまりにも悲惨な姿を目にして、思わず涙が出てきた。

「ゴメン、僕のせいで」

「おまえが謝るこたぁねえよ」

 相当痛むだろうに、無理を押して笑ってみせる、そんな様子にますます涙腺が緩み、雫がぽたぽたと落ちる。

「おい武蔵、泣くなよ。だから泣くなって。俺が泣かせたみたいで、きまり悪りィって」

「ゴメン、本当にゴメン」

 やれやれといった顔で、それでも彼は「ま、俺のためにおまえが泣いてくれるなんて、喜んでいいんだよな」と言い、僕は少しだけ救われた気分になった。

「傷、痛む?」

「言っただろ、俺様は不死身だって。これしきの怪我、どうってことねえさ」

 とは言っても、こんな有様の小次郎をそのままアパートに帰すわけにはいかない。僕は母に連絡をとり、菊名駅まで車で迎えにきて欲しいと頼んだ。

 小次郎を見た母は相当驚いた様子だったが、ウチに帰り着くと、すぐさま手当てをしてくれた。

 そこへ何事かと顔を出した祖父は「これはこれは、こっぴどくやられたのう」と言い、「闇討ちに遭ったか」とも付け加えた。

 詳しい事情は説明しなかったけれど、僕らの身に起こったことの察しはついたみたいで小次郎の腕や脚の骨の具合を確かめると──さすがに武道の心得があるだけあって、そういうのはよくわかるらしい──特に異常はないと判断した。

「じゃがな、一応医者にはかかった方がよいぞ。ワシの知り合いを紹介してやろう。なに、心配はいらん。余計な詮索はしないヤツじゃからな」

 そう言って、知り合いだという外科の先生に電話までしてくれた。

 もう一度車を出してもらい、病院への往復を終えたあと、母は「佐久間くん、今夜はウチに泊まったら」と勧めた。

「おお、それがいい。そうしなさい」

 祖父もすっかりその気で同意する。

「お夕飯食べたら、お風呂に入ってゆっくり休むといいわ。防水の絆創膏を貼れば入っていいって先生もおっしゃってたし、大丈夫でしょ。武蔵、一緒に入って、洗うのを手伝ってあげなさいよ」

 スゴイことを平気で命令する母親だ。僕たちは思わず顔を見合わせた。

「えっ、えっと、それは」

 ぶん殴られている時の強気とは打って変わって、菊名駅に降りてからこの方、恐縮しっぱなしの小次郎はおろおろとしていたが、

「じゃあ、そうしようか」

 そう答えた僕は夕食を済ませたあと、自分の部屋に布団を運び込み、ベッドの横に並べて敷いたあとは寝巻きを用意した。寝巻きといっても、僕のものではサイズが違いすぎるので、来客用の浴衣だ。

 さて問題の風呂だけど、今は非常時。洗うのを手伝う必要はなさそうなので、僕は彼が入浴している間、脱衣所に待機し、部屋へ案内したあとは自分が入り、風呂上りの飲み物を用意して自室へ戻った。

「お待たせ。麦茶でも飲もう……あれ?」

 返事がない。中を覗くと、小次郎は敷いた布団の上で死んだように眠っていた。

 僕の前では不死身だ、平気だと強がっていたけれど、その身体には相当の負担がかかったのだと思い、とたんにやるせなさがこみ上げてきた。

「ゴメンね、小次郎」

 僕は小さく呟き、添い寝をするように横になると、軽い寝息を立てている小次郎の、長い睫毛にふちどられた瞼にキスをしてから、そっと頬を寄せて手を握った。

「好き……大好きだから」

 とっくに夢の中の彼には届かないだろうけれど、僕は眠る小次郎に向かって自分の想いを告白し始めた。

「野蛮でがさつで下品で、好みのタイプじゃないなんて思ってたこと、謝らなきゃ。本当は最初から気になるヤツだって、意地悪な態度をとったのはその裏返しだったって、今になってよくわかったよ。保健室に運んでくれたときにキスしたのはそのせいだし、加賀美先輩のことをスッキリ忘れられたのも、おまえがいたから」

 過去を振り返り、気持ちを整理、確認しながら、モノローグは続く。

「優しくて男らしくて、真っ直ぐなおまえにとっくに惹かれていた。なのに僕は頑なに認めようとしなかった。それどころか、おまえの気持ちを逆手に取って、先輩へのあてつけに利用したつもりでいい気になっていた。本当はそうじゃないんだ。おまえが僕を好きな以上に、僕はおまえが好きで、もっと触れ合いたくってベッドに誘ったんだ。いや、ベッドでエッチしたんじゃないけど……」

 独白でしどろもどろになってどうする。僕はこんな自分の不甲斐なさに呆れ、苦笑するしかなかった。

「僕のために戦ってくれた。怪我を負っても立ち上がってくれた。ありがとう、って、明日の朝にちゃんと伝えなきゃいけないね。それから『好きだよ』って気持ちも」

 ううん、と寝言を漏らし、眉根に少し皺を寄せた小次郎が寝返りを打つ。

 二人並んで寝るにはちょっと狭いかもしれない。僕は添い寝をあきらめ、今度は額にキスをすると、灯りを消してから自分のベッドに上った。

「ありがとう、僕の騎士。ゆっくりおやすみ」

                                ……⑩に続く