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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

純情一直線 ⑤

    第五章  横浜ラブラブ?デート

 明日の土曜日は高等部三年にとって、新学期初めての統一模試とかで、部活動は休止だと顧問の先生が告げ、この週末は思いがけずオフになった。

「何だ、部活ナシかよ」

 小次郎の呟きを聞き咎めた僕が「休みが嬉しくないの?」と訊くと、彼はわざとらしく落胆のポーズを作ってみせた。

「あの部屋でボケッとしてると虚しくなるからよ。成績ヤベェけど、勉強する気にもなんねーし。おまえんとこのジイさんに、稽古つけてもらいに行こうかな。今度つけてくれるって言ってたしさ」

「えー、やめておいた方がいいよ。絶対後悔するって。それより……」

 僕は今、思いついた企画を口にした。

「横浜を案内してあげようか?」

 恐い都会には出られず、アパートと学校を往復するだけの小次郎、休日は部屋で虚しく過ごしているという彼に対して、横浜観光の案内役を買ってでたというわけで、僕は当人の返事をも聞かずに、待ち合わせの場所と時間をさっさと決めてしまった。

 そして当日、みなとみらい駅の改札に三十分も早く着いた僕は小次郎がいったいどんな服装で登場するのかを期待半分、不安半分で待っていた。

 何しろ制服と稽古着姿しか見ていないのだ、田舎者を自認している彼がこのオシャレな街をトンデモな格好で闊歩することになったらどうしよう。

 前もって指南しておけばよかった、そこまで気がまわらなかった、などと反省しつつ改札口を凝視する。

 まさか、白いラインの入った学校指定のジャージとか、色褪せてくたびれたスエットなんてことはいくら何でもないよな、と思いながらも不安が拭えないでいると、

「あれ、もう来ていたのか? 約束よりメチャクチャ早くねえ?」

 現れたのはシルバーのロゴが入った黒いTシャツとジーンズがキマッている、リュックを肩に掛けた背の高い若い男、もちろん小次郎だった。

「慣れてないから、迷ったらマズイと思って早く出たのによ。もしかして待ち合わせの時間、間違えてた? なあ、おい、ぼんやりしてどうかしたのか?」

「へっ? あ、ああ、ごめん」

 ぼんやりして返事が遅れたのは彼に見とれていたから。それほどまでに、僕は小次郎のカッコよさに心を奪われていた。かろうじて色男の範疇に入っているとは思っていたけど、こんなにもカッコよかったのかなとドキドキしてくる。

 飾り立てているわけではない、シンプルな格好が却ってオシャレに見える。野武士ヘアーもこのファッションならプラス効果に働いているのではないか。

 当の小次郎は白いジャケットを羽織った僕を眩しそうに見た。

「さすが、都会のヤツは着るものが違うな」

「そっちもカッコイイよ」

 照れたように笑う、そんな笑顔もステキだ。

「さてと、それじゃあどこから案内しようかな。まずはランドマークタワーからかな」

 江戸時代末に世界への玄関として開かれた港町は歴史と浪漫、異国情緒にあふれているが、一方で未来型都市を目指した近代的スポットを擁している。ランドマークタワーはそのシンボル・象徴みたいなものだ。

 明治末期の歴史的建造物である赤レンガの倉庫に豪華客船が来航する大桟橋、ウォーターフロントのカフェで一休みしたあとは山下公園内を辿って氷川丸へと、僕たちはデートを楽しむカップルのように美しい街並みを巡った。

 そう、これはまるっきりデートだった。僕はケータイで写真を撮ったり歌を口ずさんだりと、浮かれてはしゃぎまくっていた。

 そんな僕に引きずられ、振り回されている格好の小次郎だったが、ランドマークプラザでは迷子の面倒をみたり、山下公園でゴミをポイ捨てしたヤツにすかさず注意したりといった場面で『彼らしさ』を発揮した。

 そういった場面に居合わせるのはちょっぴり恥ずかしいけれど、間違ったことや曲がったことが嫌いで、困ってる人は見捨てておけない、真っ直ぐな性分を知れば知るほどに、僕は彼の人柄の素晴らしさを再認識した。そして、そんな彼を友達として誇らしく思い、親しい仲になれたことに満足していた。

 公園を出る直前、小次郎がすれ違ったカップルの背中を視線で追うかのように振り向いたので、

「今の人、美人だったね。どうせならこういう場所には彼女と来たかったとか?」

 などとからかい気味に訊くと、彼は頬をうっすらと染めた。

「そ、そんなことねえよ。おまえに案内してもらって、すごく嬉しいって」

「ホントに?」

「と、当然。自分一人じゃ行ってみようって気には絶対ならなかったわけだし……嬉しいってゆーか、感謝してるってゆーか、その」

 口ごもり、たどたどしくしゃべりながら、小次郎は僕をチラチラと見た。

「ずっと山梨にいたら、横浜の街を歩くなんて考えられなかったしな。すげえラッキーっつーか、ハッピーっつーか、おまえと一緒にいられてさぁ」

「えっ?」

「あ、いや、何でも。なあ、中華街ってのはどっちにあるんだ?」

「ここからすぐだよ。せっかくだから晩メシ食べていこうよ、母さんにもそう言って出てきたんだ」

 楽しい時間は瞬く間に過ぎるもの。空は朱色になり、港のあちこちには白銀の光が灯り始めていた。

 やがて僕たちの目の前には赤、黄、緑といった原色が渦巻く異国の街の風景が現れた。軒を連ねた店々から香ばしい匂いが漂い、店先に並べられた蒸篭からは中華まんを蒸かす湯気が立ち昇っている。

 中華粥が美味しい店とか、点心が評判の店等、ガイドブックの類にはあれこれ載っているけれど、これだけ店舗数が多いとなかなか決められるものではない。

 あちらはどう、こちらの店はと覗いている最中に、僕は向こうからやってくる若い男二人組にいち早く気づいた。

 げげっ、あれは加賀美先輩と真辺だ。制服姿のまま二人仲良く並んで歩いている。なんでまた、こんなところで……

「なあ武蔵、やっぱりこの店にしようぜ。値段が手頃だし、炒飯ウマそうだしよ」

 逃げ出したい思いにかられながらも、僕の足は動かない。何も知らない小次郎に逃げる理由を説明できるはずもない。

「おい、武蔵ってば」

 うわっ、近づいてきた。どうしよう? こうなったらどうか見つかりませんように……って、曲がるなと唱えれば唱えるほど、ボーリングの球が曲がってガーターになるように、見つからないでと祈れば祈るほど見つかってしまうもの。

 大勢の人々が行き交う中にありながら、焦る僕と加賀美先輩との視線がバッチリ合ってしまった。

 ああもう、間が悪いったらありゃしない。先輩はギョッとした顔でこちらを見つめ、真辺のヤツも一瞬驚いたみたいだけど、すぐさまニヤニヤ笑いを浮かべた。

 思いがけない人物の登場に、小次郎はぽかんとして先輩たちを見比べている。二人の関係を知らない彼にとって、この組み合わせは意外だったのだろう。

「やあ、奇遇だねぇ」

「あ、ど、どうも」

 わけもなくペコペコする小次郎に、真辺は含み笑いをしながら「なに? 二人揃ってデートなのぉ?」と続けて言い放った。

 無言の僕をチラッと見たあと、小次郎は「デ、デ、デートだなんてそんな、田舎者の俺に武蔵が観光案内してくれてたんっスよ」と答えたが、その素振りときたら、相手のマンションでのお忍び愛をキャッチされた芸能人や、部下のOLとの不倫現場を押さえられたオヤジ並みのうろたえぶりだった。

「そう。楽しそうでいいなぁ。ねぇ、部長」

 意味シンな口ぶりで話を振る真辺に、加賀美先輩は苦虫を噛み潰したような顔で「ああ」とだけ言った。

 態勢を整えた小次郎は「先輩たちも晩メシ食べにここへ?」などと、いくらかズレた質問をした。

「ううん、部の備品を買いに来たんだよ。じゃあ、またねぇ~」

 わざとらしく手をひらひらと振ったあと、真辺は加賀美先輩を追い立てるように、再び歩き始めた。

 そんな後姿を見送りながら「備品って、何買ったのかな」と呟く小次郎、やっぱりこいつはバカだ。剣道部で使う備品が中華街に売ってるかってーの! 

 模試を終えた加賀美先輩を真辺のヤツが校内で待ち受け、ここまで引っ張ってきたのだと予想はつくけれど、よりにもよって僕たちの行く手に現れることはないだろうに。

 それにしても先輩の不愉快そうな反応はどうだろう。僕が小次郎と一緒だったのが気に食わないと思っているのが手に取るようにわかった。

 自分たちこそデートしていたくせに、まったくもって身勝手もはなはだしい。真辺との関係を見せつけておきながら、僕が他の男といるのはムカつくとでも? 

 ムカつくのはこっちの方だ。別れたあとは誰とどうなろうとお互い様、嫉妬するなんてお門違いじゃないか。

「どの店にするって言ったっけ? さ、早く入ろう」

 さっきまでのウキウキ気分はどこへやら、急き立てるように促す僕はよほど不機嫌な表情になっていたのだろう、小次郎は戸惑ったような顔をしながら、店の扉を押した。

 横浜観光案内のしめくくりに、こんな目に遭うなんて、マジでついていない。せっかくの炒飯の美味が半減してしまったのは言うまでもなかった。

                                ……⑥に続く