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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

純情一直線 ②

    第二章  巌流島の決闘

 モスグリーンとマスタードのチェック柄のブレザーに、これまたモスグリーンのズボン、海老茶のネクタイ。新品の制服に身を包んだ新入生たちが意気揚々として正門をくぐり、体育館に入ってくるのを僕は冷めた目で眺めていた。

 今さら入学式だなんて、嬉しくも楽しくもない。中等部入学時に行なったにもかかわらず、改めて式に参加しろという、学校側のお達しのためだが、冬の曇り空のような憂鬱に心が覆われてうんざりする。

 ここ、横浜に位置する私立の男子校、常聖(じょうせい)学園の高等部には僕たち中等部からの持ち上がりが二クラスの他に、入試を経てきた、いわば中途の生徒が四クラス分入学することになっている。

 私立の学校らしく、勉強のできるヤツとスポーツのできるヤツは優遇され、特待生やら奨学金などの制度を駆使して小学生のうちから青田買いされるが、それ以外の、とりあえず入学させてやったという連中は学校にとって、いわゆるカモネギ。ごっそり学費を納めてもらい、学校法人の運営に貢献していただくというわけだ。

 祖父が道場を開いている関係で子供の頃から剣道を習い始め、地区の大会などで個人優勝を重ねていた僕は三年前、スポーツ推薦で中等部に入学し、勉強面でも成績トップを維持、そっちの特待生の資格も獲得している。

 晴れて高等部一年に進級となった今日からは学費ゼロのスーパー特待生となるけど、引き続き剣道部に在籍しなきゃならないってのが条件で、それが憂鬱の要因でもあった。

「新入生の皆さん、御入学おめでとうございます」

 声優並みの美声がマイクを通じて体育館内に響き渡る。あの声だけでノックアウトされちゃいそうだ。

「私は本年度の前期まで生徒会長を務めます加賀美俊輔(かがみ しゅんすけ)と申します。どうかよろしくお見知りおきください」

 壇上に立った加賀美先輩が挨拶を始めると、彼の面にみんなの羨望の眼差しが向けられたのがわかった。あれほど完璧な男がまさかゲイだなんて、誰にも想像つかないだろうな。

 美形・秀才・スポーツ万能と三拍子揃った加賀美先輩の評判の高さといったら当時も今もスゴくて、僕が入学した折は「加賀美の再来」と言われた。

 つまり、彼も剣道によるスポーツ推薦を受けて入学し、高三の今日に至っているというわけで、僕に興味を持ったのも自分と同じコースをたどってきた後輩且つ、サラサラヘアーの美少女まがいという、好みのタイプのアイドル系美少年だったから、らしい。

 部活動は中・高合同で練習するのが基本で、進級しようが何だろうが、卒業するまで先輩後輩の関係がついてまわる。三年生が部を引退する夏休みまでの間、先輩とは顔を合わせなきゃならない。

 ああ、やだやだ。加賀美先輩と真辺がイチャイチャしているのを横目に練習だなんて、そんなの身が入るわけない。

 とはいっても長年の習性からか、放課後になると、僕の足は自然に武道館の方へと向かった。

 武道館は体育館の横に並んで建ち、剣道部と柔道部で半分ずつ使用している。畳を敷いてある方が柔道部、剣道部側は体育館と同じ素材の床だ。

 この建物の一角に部室があり、白の稽古着と袴に──僕のトレードマークだ──着替えを済ませて、防具を手に中へ入ると、壁際にズラリと並んだ人の列に驚かされた。

 彼らはもちろん新入生で、中等部・高等部併せての入部希望者たちだが、優勝・準優勝を独占した昨年度の各大会成績に加えて、加賀美先輩効果で剣道部の人気は赤マル急上昇。生徒会長なんて余計に目立つ役に就いたもんだから、昨年よりも人が多い。

 ギャラリーの数に戸惑いながらも床に防具を置いて準備運動の輪に加わろうとすると、制服姿のままのヤツがほとんどの見学者の中から、藍染の上下を着た男が現れた。

「おい、てめえは一年だろ。なんでこの輪の中に入ってるんだ?」

「はあ?」

 意味不明な問いかけに、僕はその男をまじまじと見た。

 背が高く、浅黒い肌にきりっとした一文字の眉、大きな瞳といった顔立ちはわりあい整っているけど、イケメンという表現が似合わない野生的な風貌だ。

 いや、野生的といえば聞こえはいいが、赤茶けたボサボサの髪を無造作に縛ったヘアースタイルはまるで野武士。二枚目の範疇に入るわりにはモテない、今時流行らないタイプなのはたしかだ。

 さすが何でもありの私学、こんな髪形のヤツでも入学させるんだと妙な感心をしていると、野武士男は「おい、聞いているのか!」と耳元で怒鳴ってきた。

 あー、やかましい。なんなんだこいつ? 

 粗野、野蛮、田舎者、野暮ったい、品がない、暑苦しいなどといった、ヤツを形容するのに適切な言葉が次々に思い浮かんでくる。スマートで上品、都会的な加賀美先輩とは正反対のタイプで、僕の好みでないことだけはハッキリしている。

 ウザいので無視していると、ヤツはムキになって絡んできた。

「今日は見学だけで、練習には参加できないんだろ。せっかく防具を用意してきたのに、なんでてめえだけが……」

 すると、たちまち周りからの反響が巻き起こった。

「おいおい、そこのおまえ、何とぼけてんだよ? もしかして去年の県下中学ナンバーワンの宮里を知らないのか?」

「ちゃんと防具は持ってるんだし、まさか高校から剣道始めるってんじゃないよな?」

「それでいて個人優勝者を知らないなんて、こいつ、きっとモグリだぜ」

 ギャラリーたちが野次を飛ばすと、振り向いた野武士男はそちらを睨みつけた。

「去年? 県下? あいにく俺はよそ者なんでな。神奈川のことはわからねえよ」

「あ、そこ、ちょっと待って」

 入部希望者たちがもめていると見て、慌てて僕たちの間に割って入ったのは剣道部部長でもある加賀美先輩だった。

「キミはたしか、高等部のスポーツ推薦で山梨から来たという」

「佐久間小次郎っス」

 えっ、『サクマコジロウ』だって? 

 そいつは佐々木小次郎を意識しての名前に間違いない。それであの髪形なのかと納得しつつも、あまりの偶然に僕は野武士男をまじまじと見つめてしまった。

 呆気に取られる僕と、佐久間をみんなが見比べる、その理由は僕のフルネームが『ミヤザトムサシ』だから。ムサシだよ、武蔵。呼ばれるたびにウンザリする。

 剣の道を志す者として、伝説の剣豪の名前を戴いたはいいけれど、僕自身のルックスに似合わない、むさ苦しくて濃いめキャラを連想させるせいか、失笑を買ったり、誤解を招いたりといった、これまでの悲喜劇は数知れない。

 加賀美先輩は「そう、佐久間くんだったね。このム……宮里くんは中等部からの進級組で、今から練習に入るんだ。説明不足で悪かった」と申し訳なさそうに謝った。

「そーなんスか」

 佐久間はきまり悪げに頭を掻いた。さっそく練習できると張り切ってきたのに、門前払い状態が気に入らなかったのだろう。

 スポーツ推薦の枠は中等部ばかりでなく、高等部からの中途入学者にも適応される。親元を離れて一人で暮らすことになるため、県外から生徒を入れるのは高等部のみ。その制度によって山梨出身・よそ者のこいつがはるばる横浜まで出てきたって次第だ。

「このあと説明会をやって、推薦で入った人はそこから加わってもらうから、もう少し待っててもらえるかな」

 これから練習風景を見学してもらうのは入部を検討する人たちへのいわばデモンストレーションで、打ち込み稽古、かかり稽古、地稽古と一通りの練習が行われたあと、加賀美先輩が再びみんなの前に立った。

「えー、それでは入部希望の人はこちらの仮入部届を出してください。決定ではありませんし、申し訳ありませんが練習への参加は明日からになりますので、承知しておいてください。防具のある人は持ってきてくださってかまいませんが、持っていない人も貸し出しますので、気軽に参加をお願いします」

 その他こまごました説明のあと、大半の見学者は帰宅、あるいは他の部活動の見学に移動し、佐久間と三名の中学一年生が残ったが、この三人は僕の後輩にあたる中等部推薦入学者で、高等部から入ってきたのは佐久間だけだとわかった。

 剣道部員は現在、総勢三十名ほどで、野球やサッカーには及ばなくても、そこそこの人数が在籍しており、学校内の部活動としては中規模といったところだ。

 そんな三十人と対面する形で四人の自己紹介が始まった。

「……では次、高等部の佐久間くん」

「ウッス」

 またしても今時流行らない、ひと昔前のヤンキーみたいな返事をした佐久間は一歩前に進み出た。

「山梨県出身の佐久間小次郎っス。現住所は川崎市中原区、身長百八十センチ、体重六十三キロ、八月十日生まれの獅子座、血液型はB型。好みのタイプは気の強いヤツっスかね。去年、県の大会で優勝して、この学校の推薦を受けたっス。入部したからにはさっそくレギュラー狙いますんで、先輩方も首洗って待ってろ、ってことで、ヨ・ロ・シ・ク」

──いきなりの挑発的な発言に、ぽかんと口を開けたままの部員一同、しんと静まり返る道場内に不穏な空気が漂い、殺伐とした雰囲気が満ちてくる。

 この一瞬で部の全員を敵に回した佐久間はニヤッと不敵な笑いを浮かべた。恐いもの知らずというか、向かうところ敵なしというか、ともかく大胆なヤツだ。

 場を取り繕うように、ぎこちない空咳をした加賀美先輩は引きつった笑顔で「こ、こちらこそよろしく。活躍を期待しているよ」などと応じた。

 挨拶が済んだところで、この四人を加えての練習が再開されたが、中学で県ナンバーワンという同レベルの実績と、高等部でもレギュラー確実と聞かされたせいか、佐久間は異常なほど僕に敵愾心を燃やし、試合をやらせてくれと言い出した。

「試合って、そんな、いきなり言われても」

 呆れ顔の加賀美先輩に対して、ヤツはなおも食い下がった。

「神奈川トップと山梨トップ、どっちが強いか、富士山を賭けて勝負しようぜ」

 バカだ、こいつ。富士山を賭けるなら、相手は静岡だろうに。きっと勉強面はペケで、スポーツ推薦じゃないと受かる高校がなかったんだろう。

 野球ならともかく、剣道で推薦がある学校なんて、日本中探してもそう多くはないから無理をしてでも神奈川に出てきたのではと、僕は勝手な考えを巡らせた。

「いいじゃないか、加賀美。好きなようにやらせてやれよ」

「そうだよ。おい宮里、ちょっとばかり遊んでやれって」

 高等部の二、三年の先輩たちが面白がって煽る、煽る。入部早々、生意気な態度を取り続ける佐久間が気に入らず、僕に叩きのめせと命じているのだ。

 困った様子の部長と目が合うと、僕は「いいでしょう」と答え、再び手ぬぐいをつけて面を被った。

 挑戦を受けずに済ますなんて、プライドが許さないし、こんな富士山バカに負けたら宮里武蔵の名がすたる。神奈川の名誉を背負った僕は竹刀を持って立ち上がった。

「武蔵と小次郎、まさに巌流島の決闘だな。こりゃあ面白くなってきたぜ」

「佐々木小次郎ってイケメンだったんだろ? モサい佐久間がムサシで、ヤサ男の宮里がコジロウっぽいけどな」

 そんな会話を耳にして、皆考えることは同じだと思った。

 たしかにルックス的にというか、キャラ的にはそのとおりなんだけど、コジロウはムサシに負けてしまうのだから僕がコジロウになるわけにはいかない。絶対に勝たなくちゃ。

 面、胴、小手といった、同じような色合いの防具に、これまた同じような色合いの稽古着と袴をつける剣道では顔を面で覆うせいもあって、試合者同士を区別するため、赤白の紐の目印をつける。

 僕の背中にある胴紐には白い紐が、佐久間には赤の紐がつけられたが、これは三名の審判の持つ旗の色とも一致していて、僕が技を決めれば白い旗が、佐久間が決めたと見れば赤い旗が挙がり、その数によって勝負が決まるのだ。

「では、両者前へ」

 床に記された試合場の開始線に立ち、目の前にいる相手を見やると、ヤツも面がねの隙間から鋭い視線を発射、こちらを射すくめてきた。

 気合は充分だ、互いに一礼をした僕たちは蹲踞(そんきょ)の姿勢からそれぞれに竹刀を中段に構え、審判を買って出た三年生のうちの、主審の旗を合図に対決を開始した。

 まずはお互いに相手の動きを警戒しながらも掛け声で威嚇をしつつ、一足一刀の間合をとる。

 そのうち佐久間が機をみて竹刀を振り上げたので、右胴を打ってくる気だと察した僕は竹刀の左側で応じた。一挙に返して一歩踏み込むと同時に、すかさず正面を打つ。よし、決まった! 

 打ち込んでくる相手の竹刀を迎えて、すぐさま反対側に竹刀を返し打つ。僕の得意な技のひとつ、応じ技の中の返し技だ。

 返し技とは相手の力を利用して、自分の技の強さにするのが特徴だ。打ち込んでくる相手の力が強ければ強いほど、それを返す自分の竹刀のエネルギーとして吸収する。

 佐久間のように、その腕力にモノをいわせて、力で押してくるタイプにはこういった技が効果的だ。ヤツの性格やら見た目からしてそうじゃないかと思っていたら、大当たりだった。剣道は頭脳プレイでもある。

 逆の方向に応じるのではなく、スッと吸い込むようなこの技、腕力ではどうしても相手に劣ってしまう非力な僕にうってつけというわけで、素早い足さばきと、柔軟な手首の動きがポイントというあたりも僕が得意とするところだ。

 伸びきった佐久間の竹刀を避けて後ろへ飛んだところで「白、一本!」の掛け声と共に三人の審判の白い旗が同時に挙がった。

「やったー、さっすが宮里だ。だてに剣豪の名前を貰っちゃいねえよな」

「よっ、常聖の星! 高等部のエース!」

 先輩たちが野次を飛ばし、下級生たちもやんややんやの大喝采。応援席は甲子園球場のような盛り上がりをみせている。

 続いて抜き技の面抜き胴を決め、ひき技で小手が決まり、三本連続で白い旗が挙がったところで僕の勝利が決定した。

「小次郎敗れたり!」

 誰かが冗談混じりに叫ぶ。まさに圧勝だ、佐久間には手も足も出させなかったけど、当然だ。

「ちっくしょー、もう一度勝負しやがれ!」

 悔しげに叫ぶ佐久間の顔に冷たい一瞥をくれた僕は「何回やっても結果は同じ。僕に勝とうなんて百年早いよ」と捨てゼリフをキメてやった。どうだ、思い知ったか。

「この俺が、山梨最強と言われた俺が、あんなチビの、女みたいな顔のヤツに負けるなんて……クソッ!」

 ふん、チビで、女顔で悪かったな。

 剣道は誰かさんみたいに図体がデカけりゃいいってもんじゃない。柔軟で素早い身のこなし、冷静に相手を観察し、的確な判断力をもって技を繰り出すことのできる者が優れた剣士になれるんだ。

 そう、おまえなんか僕の敵じゃない。僕のライバルは全国レベルだ。ギラギラと燃える瞳を向けられると、余計に気持ちが高揚し、優越感に浸る。

 この初日の一件以来、佐久間はことある毎に僕に絡み、練習で顔を合わせると「勝負しろ」と言ってきた。

 地稽古で当たった時なんかはマジになって打ち込んできたけど、軽くかわしてやるとますます悔しがり、そんな様子を見るのも痛快だった。

 さて、剣道部には毎回、練習開始前と終了後に武道館の床のモップがけを行う、掃除当番の規則がある。

 掃除当番は中等部と高等部それぞれの下級生が順番に行ない、特待生であろうがなかろうが平等に回ってくる。この日の当番である僕はもう一人の高一生と、中一生二人の合計四人で、武道館の隅から隅までピカピカに磨き上げた。

 そんなお掃除タイムも一段落し、三人に続いてモップを掃除道具用ロッカーに片づけて行こうとした時、壁を隔てた建物の外から話し声が聞こえてきた。

 この場所の外側は武道館の裏手にあたり、春休みに別れを告げられた体育館の裏にも続いている。つまり、校内で密会をするには絶好のスポットというわけだ。

 つい、聞き耳を立てた僕は声の主に仰天してしまった。加賀美先輩と真辺だ。こんなところに僕がいると知るはずもなく、何やらヒソヒソとやっている。

「……そんなわけないって、さっきから言ってるじゃないか」

 何やらなだめている先輩の声に続いて、真辺の甘ったれた声が聞こえてきた。

「だってぇ、俊輔ったらぁ、信用できないんだもん」

 うわぁ、俊輔だって、大胆。相手は生徒会長兼剣道部部長、そんなふうに呼んだことなんて、僕は一度もなかった。

 それにしてもいったい何をもめているのか、なだめる先輩、だだをこねる真辺、二人の会話は堂々巡りするばかりで埒が明かないみたいだ。

「だいたいー、あんな生意気で可愛くない子のどこが良かったのぉ?」

 それって僕のことか。もめている原因は先輩の過去だったのか。

「もう、信じられなぁーい」

 あーもう、言いたい放題言ってくれるじゃないか。おまえなんかにあれこれ批判されたくないとムカついてくる。

「だからもう、その話はいいだろ」

「えー、ダメぇ。もっとハッキリしてくれなくちゃイヤ!」

「彼とのことは終わったんだ」

 終わった──そのセリフに、頭を殴られたような衝撃が走る。

 そうだ、終わったんだ、僕と加賀美先輩の恋愛は……

「ボクが好きなのはおまえだけ。ほら、いい子だから、おとなしく中へ戻ろうよ」

「だったらぁ、キスしてよぉ」

「えっ? ここで?」

「キスして、ねえ、キスしてぇ」

「しょうがないな、ちょっとだけだよ」

 外の気配が静まり返ると同時に、甘ったるい空気が漂ってきた。

 恐らく表で展開されているであろう、二人のアツアツのキスシーンが否応なしに──こっちはそんな場面なんて想像したくもないのに──脳裏を駆け巡ると、次第に頭の中が真っ白になり全身の血の気が引いていくのがわかった。

 終わったと聞かされたショックもさることながら、真辺と加賀美先輩の関係を認めたくないと思うなんて、僕はまだ先輩のことが好きなんだろうか。

 二人で過ごした時間の重みを感じて、いたたまれなくなる。あの時を忘れるのは絶対に無理なんだろうか。

 ダメだ、とても立っていられない。僕はふらふらしながらその場を離れた。

「よう宮里、やけに早いな。掃除当番か? よっしゃ、今日こそ勝負……」

 貧血から目眩を起こしたのか、がさつな声と共に肩を叩かれたとたん、目の前の景色がグラリと揺れた。

「お、おい、どうした? おい、しっかりしろっ!」

 慌てふためくがさつな声を遠くに聞きながら、僕の身体は崩れるように、彼の腕の中に倒れ込んでいた。

                                ……③に続く