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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

ロング・ヴァージョン ② ※18禁1🔞

    第二章  スコーピオン ――瞳で酔わせて

 黒い服の男に肩を抱かれるような格好で建樹が連れてこられたのは先程ふらりと入った紫苑というショット・バーで、そうとわかったとたん、彼は足を止めて躊躇した。

 成瀬一耶と名乗ったあの青年を振り捨てるように出てきてしまったのだ。彼がまだ居残っていたとしたら、こんなにもバツの悪いことはない。

 そんな建樹の様子を見て、黒い服の男は眉をひそめた。

「どうかしたのかい?」

「ここは喫茶店じゃなさそうだし、あの……」

「いいから、いいから」

 男はそう言い、強引に建樹の身体を店の中に押し込めた。

 深夜に近いこの時間、店内はさっきよりも閑散としていて、けだるく物憂げな雰囲気が漂っている。

 気がかりだった一耶の姿はなく、ホッとしたような、それでいて肩透かしを食らったような気分になった。

 バーテンダーは黒い服の男と顔見知りらしく、親しげに挨拶を交わしたあと、建樹を見て軽く会釈をした。

「どうした、知り合いか?」

「先程いらっしゃったお客様です」

 彼の返事を聞いた恒星はなるほど、と言ったあと、建樹の方へと向き直った。

「それはどうも、御贔屓に」

 何を意味しているのかわからず、戸惑う建樹に、恒星は自分の隣のストゥールへ座るよう勧めた。

「俺の名前は鷹岡恒星(たかおか こうせい)。一応、この店のオーナーなんでよろしく」

「オーナー?」

 鸚鵡返しに訊くと、

「三代目だけど」

 いくらか自虐気味に答えたあと、恒星はカウンターの中から差し出されたバーボンのボトルを目の前に置き、それをロックで飲み始めた。

「あんたもやるか?」

「いえ、ですからもう……」

「そうだったな」

 恒星はバーテンダーにコーヒーを入れるよう命じると、自分は二杯目のロックに取りかかった。さっきあれだけ飲んでいたのに、鷲津社長に負けず劣らずの底なしだと思っていたら「あの店で一緒だったのは鷲津土建の社長だろ。取引先の接待ってところか」と切り出してきた。

 自分は女たちとさんざん騒いでいながら、こちらのテーブルの様子をしっかりと観察していたらしい。

「そういうわけでは……弊社の元上司との、プライベートな食事におつき合いしただけですから」

「城銀駅前支店の鵜川か、そういや居たな。元上司ってどういうことだ?」

「僕が支店からセンター……事務処理を扱う業務の場所へ異動になったんです」

 鵜川の顔まで知っているのか。出会った時からうすうす感じてはいたが、この鷹岡恒星、相当油断のならない男のようだ。

 余計なことを言ってしまった、これ以上は何も話さないようにしようと、建樹はコーヒーカップを口に運んだ。

 しばしの沈黙が流れる。静まり返ると、天井から吊るされた二つのスピーカーからクール・ジャズが聞こえてきた。

 音量を絞っているので、小声で会話をしているだけでも耳に入らないのだ。聞き覚えのある、このナンバーはたしか……

「そう、たしか『TWILIGHT MOON』だったよな」

 自分のものではない声に答えを導き出されて、恒星と同じことを考えていたとわかり、建樹はドキリとした。

「一九四九年のクール時代の幕開け後に発表されて、五十年代後半に公開された映画『花束より愛の言葉を』でも使われた、テナー・サックス演奏の第一人者、ジョニー・ゴールマンの代表曲……とまあ、俺の解説はいかがかな?」

 こうやって手持ちのうんちくを披露し、女たちの歓心を買っているのだろう。口説きの常套手段だ。

「お見事です」

 建樹がそう言って持ち上げると、ふふん、と恒星は自慢げに笑った。店内に流れるジャズは彼の好みで選曲されていると思われる。

「ジョニー・ゴールマンという男は滅茶苦茶なヤツだったらしいな。サックス奏者としては天才だが、酒と女に溺れて、麻薬に手を出した挙句に四十の若さで燃え尽きちまって。まあ、そういう人生の方が、らしくていいぜ」

 ゴールマンの逸話なら建樹も知っている。舞台で居眠りをした、客に絡んで乱闘騒ぎを起こした、約束の時間を何度も破ったため、メンバーからはずされた云々と、相当破天荒な男だったようだ。

「健康に気を使うミュージシャンなんて薄気味悪いし、ヤツらはハチャメチャぐらいで、ちょうどいい」

 グラスの中身を一気に飲み干しては琥珀色の液体をなみなみと注ぎながら、恒星は言葉を続けた。

「俺もいっそ、ニューヨークでジャズの勉強をしてきますなんて言って、家を出ちまえば良かったかな。その方が絶対、今よりも面白い人生になるのは間違いないだろう」

 浴びるように酒を飲み、派手な女遊びをしての放蕩三昧。

 薄命の天才ミュージシャンに近い生活にも思えるが、それは満たされない気持ちの穴埋めでしかないとでも言いたいのか。

「ハーレムあたりでズドン! と殺られて御陀仏になっても、それはそれでかまいはしない。太く短く生きた、いい人生だったと、笑ってあの世へ行くだけだ」

 どうしてそんな話を初対面の男の前で口にするのか。

 金にものを言わせて、己の思うがままに生きているかに見える、そんな男が垣間見せた胸の内を、彼の抱えているものを聞き出してやればいいのだろうか。

 だが、こういった場面で放つべき気のきいたセリフなんて持ち合わせてはいない。建樹は黙ったままコーヒーを飲み続けたが、こんな危なっかしい男にと思いながらも、次第に引き寄せられ、心が釘づけになっているのがわかった。

 タバコに火をつけた恒星の手元から、紫煙がライトをめがけて立ち昇り、やがて溶けるように消える。

 煙の行方をぼんやりと見ていた建樹はそれが抱き止められた時の匂いだと気づいた。

 何という種類なのか、タバコを吸わない彼にはわからないが、その匂いと恒星が身につけているムスクの香りはこの場所に訪れた時に漂っていた匂いだった。

 時に傲慢で、時にエロチック。心を惑わす甘美な匂いに、理性という名の箍がはずれそうだ。今、口説かれたりしたら、たやすく応じてしまいそうな自分が怖くなる。

 一耶の告白を冷たく切り捨てたように振舞えばいい。どんなに惹かれても、この男に関わってはいけない、深入りしてはならないと自制心が懸命に歯止めをかけようとしている。そう、今夜はこれで終わりにしろと……

 酔いも醒めたので、そろそろ帰ると告げると、恒星は「可愛い彼女が待っているのか?」などと、からかうような口ぶりで尋ねた。

「えっ?」

「城銀のエリートで、おまけにそれだけイイ男とくれば、さぞかしモテるんだろ?」

 クラブの女たちと遊びまくっていたこの男にそれを言う資格があるのか。不愉快になった建樹は「待っているのは母ですけれど」とだけ答えた。

「そうだろうな」

 今度は何を言い出すのやらと、こちらの反論に同調する恒星を訝しげに見る。

 すると恒星は「あんたからはあっちの匂いがするぜ」と鼻を近づけて匂いを嗅ぐ真似をしてみせ、その態度に建樹は気色ばんだ。

「それはどういう意味ですか?」

「そそられる男の匂いという意味。これ以上野暮なことは訊きっこなしだ。なあ、今夜一晩、俺とつき合ってみないか?」

 この男、やはりバイだったのか。それが目当てで自分を誘ったのだと建樹は納得した。

 何となくそんな気はしていたのだけれど、女に不自由するはずもない男が何を好んでという気持ちもあったから、確証が持てなかったのだ。

 それでも、そう簡単に誘いに乗ってはいけないというプライドと意地が働いて、建樹は相手を嗜めようとした。

「ふざけるのも大概に……」

 だが、恒星が浮かべる妖しい笑みと危険な眼差しに捉えられて、彼はその先の言葉を失くしてしまった。

 恒星は建樹の手をとり、そっと握りしめた。

「俺は無信心なヤツだが、今宵あんたに出会えたことを神に感謝するぜ。忘れられない夜にするって、誓ってもいい」

 当の昔に失くした甘美な囁きを耳にして身体の芯が疼き、理性という武器で打ち勝つことは到底できそうにない。

 戸惑いとためらいはグラスの底に沈めて、今夜だけ……

「忘れられない夜、か。自信たっぷりですね。それじゃあ、お手並みを拝見しましょうか」

「よし、交渉成立だな。あんたの名前、まだ聞いていなかった」

「姫野……建樹」

「いい名前だな。それではまいりましょうか、お姫様」

    ◆    ◆    ◆

 タクシーを呼んだ恒星は運転手に行き先を告げると、後部座席にどかっと身体を埋め、バックミラーには映らぬよう気を配りながら隣に座った建樹の太股の上に手を置いた。

 頬に血が上り、鼓動が激しい。こんな感覚を味わったのは何年ぶりか。大学を卒業して以来だとしたら三年近くになる。

 卒業式の帰り道、その人は建樹に向かってこう告げた。

「真っ当な社会人として生きたいんだ」

 彼の言葉が別れを示すものだと、即座に気づくと「わかった」とだけ答えた建樹は振り返らず、その場を立ち去った。それからはひたすら仕事に生きた。飢えも欲望も身体の奥に封じ込めて、この身に降りかかった苦難にも耐えた。

 そんな彼に言い渡されたのは事実上のリストラ、酷い仕打ちだといつまでも恨むぐらいならば、自分を解放して何もかも忘れるほど夢中になればいい。これはその場限り、一晩だけの戯れなのだから。

 タクシーが到着したのは駅の北口から程近い大型のシティホテルだった。

 運転手に金を渡し、釣りはいらないからと言った恒星はまるでパーティー会場でパートナーをエスコートするように建樹をロビーへと案内し、フロントでのサインを素早く済ませるとエレベーターに向かった。

 ホテルの最上階、七階のスゥイートルームのドアを開けた恒星は窓の向こうに目をやって弁解するように言った。

「どうせならマンハッタンの摩天楼を見せてやりたいところだが、このチンケな街の景色で我慢してくれ」

 どこまでもジャズの世界に酔いしれていたいらしい。建樹は黙って夜景を眺めた。

 三年もこの街に通っていたのに、夜景を見る機会などなかった。マンハッタンとまではいかなくても、ここにはここの美しさがある。

「姫はお気に召してくれたようだな」

 あの力強い腕が再び、後ろから抱きすくめてくる。

 ムスクの香りが漂う胸に身体を預けながら、建樹はベージュのカーテンを引いた。

「先にシャワーを浴びたい方か? 俺はこのままが好みなんだが」

「どちらでもどうぞ」

 熱い唇が触れ合う。

 酒と、タバコの残り香と……舌が建樹の唇を割って入り込み、絡み合うそれは封じ込めていた欲望をさらに強く刺激した。

 ジャケットが、ワイシャツがローズ色の、毛足の短い絨毯の上に滑り落ちる。

 色白で、男にしては華奢な身体を眺めた恒星は「ゾクゾクするぜ。思っていたとおり、いや、想像以上にキレイだな」と舌舐めずりをした。

 建樹をダブルベッドの上に横たえると「いざ、めくるめく歓びの世界へ」などと、芝居がかった、しかも古臭いセリフを口にしながら、恒星は服を脱ぎ始めた。

 ベッドの足元を照らす小さなライトのみの薄暗がりの中に均整のとれた身体が浮かび上がり、それに見とれる暇もなく、浅黒い肌は白い肌と重なり合った。

 もう一度キス、そして唇は頬から顎へ、首筋へと動き、両手の指はそれぞれ突起に触れ、感じやすい部分への丹念な愛撫に、建樹の口から溜め息が漏れた。

「ん……ああ」

 久しぶりに他人の手に触れられたピンク色がふるふると小さく震える。

 左はそのまま、右は唇に取って代わられ、舌先で先端をつついたあと転がされたり、軽く歯を立てられたりと、強い刺激を受け続けた。

「うっ……あっ」

 下へと伸びた右手が下着をずらすと、勃ち上がった先が顔を覗かせ、それを掌で包み込むようにした恒星は「お待ちかねだったみたいだな」と、わざとらしく言った。

「今からしっかりヤッてやるから、その澄ました顔がもっともっと淫らになるところ、よく見せてくれよ」

 言葉通りにギュッとつかまれ、堪えきれなくなった建樹は「はぁっ、ん」と、これまで以上に大きな声を上げた。

 ニヤッと笑ってから、恒星はつかんだものを素早い動きで扱き始めた。

「そんな……あっ、ふぅ」

「いいぜ、その表情だ。そいつが見たかった」

 誰かに与えられる快感から遠のいていたことに加えて、遊び慣れた恒星の行為が建樹に、一人では得られない快楽をもたらしている。

 前を扱く右手、全身を舐め上げる舌、左側をこね回し続ける指と、同時に攻め立てられて、冷たい仮面を脱ぎ捨てた建樹はひたすら悶え、喘いだ。

「はっ、うっ……うぅん」

 もっと感じていたいのにと願う一方で、早く達したいと思う建樹の、その矛盾した気持ちに気づいたのか、恒星は手を止めた。

「イキたいか?」

 何て意地悪な、恨みのこもった視線を送ると、目の前の傲慢な男は愉快そうに笑い、再び彼の手が触れた瞬間、建樹のそれは白い液を噴き出した。

「あっ……」

 不覚にも終わってしまったことに後悔と苛立ちを感じたが、萎れかかったものを手にしたまま、恒星は「ちょっと早かったな」と、またもニヤニヤしながら言った。

「相当溜めていたんだろ、身体によくないから、もうちょい出しておいた方がいい」

 彼は身体を足の方にずらすと、手の中のそれを口に含んだ。

 まさか、そこまでやるとは……自分の股間に埋もれた恒星が舌を使う度、さっきまでとは別の快感が下の辺りから伝わってくる。

「やっ、やめっ、は……ん」

 言葉とは裏腹に、身悶えする建樹はもっとして欲しいとばかりに、黒い髪を激しくつかみ、二度目の液を飲み下した恒星はぺろりと舌を出した。

「おとなしそうな顔に似合わず、この姫はなかなか淫乱だ。そうなると、こっちの方はもっと……なんだろうな。どれだけ楽しませてくれるのか、俺のもビンビンきてるぜ」

 久しぶりに、それも続けざまに達し、建樹は息も絶え絶えである。

 仰向けの、下半身を曝け出した格好のままで動く気力もないが、相手は休む間を与えてはくれなかった。

 再び身体を重ねるようにした恒星は建樹の左足を自分の右肩に乗せた。

 片足を上げての開脚のポーズという、恥ずかしい格好は否でも後ろの部分が露になる。その体勢で彼は秘所への刺激を受け始めた。

 冷たくてぬるりとした感触はゼリー、それともオイルの一種なのか、いつの間に用意していたのかもわからない。

 たっぷりと塗られたお蔭で、人差し指がするりと入り込み、その瞬間、建樹は「あっ」と小さく叫んだ。

「あっ、あっ、ああっ」

 中を掻き回す指は一本から二本に、そして小声は次第に嬌声へと変わる。

 指の動きが激しくなると、建樹は狂ったように首を左右に振った。

「ダ、ダメ、もう……いっ」

 美しく取り澄ましていた男がこんなにも乱れる様を目の当たりにして、恒星は至極満足げな様子で、さらにわざとらしく訊いた。

「どうした? 何が欲しいんだ、自分の口ではっきり言ってみろよ」

 下の部分はまたもや半勃ちになり、指に翻弄され続ける孔は恥ずかしげもなく、卑猥な音を立てている。

 建樹は「い、嫌だ……」と、か細い声で答えるのがやっとだった。

「意地っ張りだな、こいつが欲しくてしょうがないくせに」

 右手の指で孔を弄りながら、恒星は左手で建樹の手をつかむと、そそり立つ自分自身を握らせた。

 一刻も早く、この逞しい灼熱の棒に貫かれてみたい。気を失いそうになるほど、中を激しく擦られたい。

 太くて雄々しい感触の前に、意地もプライドも消え失せた建樹はそう願ったが、さりとて口には出せずにいると「身体の欲求には素直に従った方がいい、無理はしないのが身のためだ」と言い放った恒星は指を抜き、代わりに熱いそれを差し入れてきた。

「さあ、入れてやったぞ」

「…………!」

 声にならない声で、建樹は恒星を迎え入れた。この感覚、身体の奥でずっと欲していながら味わえずにいたものが今、ようやく自分の中にある。

「いい締まり具合だ。さあ、どっぷりと楽しもうか」

 恒星はゆっくりと腰を動かし始め、その動きに合わせるように、いつしか建樹も身体を揺さぶっていた。

 熱く、強く、奥の部分が突かれる度に建樹は「ああんっ!」とはしたない声を上げ、恒星の背中に爪を立てた。

「どうだ、イイだろう? ほら、もっとイヤらしい声を出してみろ」

「ひっ、いっ、そん……な、ダメ」

「そんなんじゃ足りない、もっとだ。ほらほら、もっと!」

 耳元で聞こえる荒い息づかい、恒星の全身から流れる汗が建樹の上に降り注ぐ。

 ダブルベッドはギシギシと軋み、ライトが揺れて、天井がぐるぐると回って見える。

「あっ、あっ、イイ、もう……!」

 二人の放った白いものがそれぞれの身体にべったりと付く。

 こんなにも激しく抱かれるのは初めてだった。狂ったように互いを貪る二人はそれから何度も昇りつめた。

 汗と汚れを落とすためにシャワーを浴びようとすると、浴室の中にまで入ってきては再び交わる。

 ようやく気分が落ち着いたのは明け方近く。ベッドの中で建樹の肩を抱き寄せた恒星は「どうだい、満足したか? 俺のお手並みはなかなかだろ」と訊いた。

 なかなか、どころではない。ここまで精力絶倫な男に出会った試しはなかったが、建樹はあやふやにうなずいただけで、何も答えずにいた。

「なんだなんだ、また元のお澄まし姫に戻っちまったのか。コトの最中は別人だったのにな」

 いくらか厭味を込めて言った恒星はつと、立ち上がるとバスローブを引っ掛けて部屋の隅に置かれた冷蔵庫の前まで進むと、ウィスキーの小瓶を取り出し、備え付けのグラスに注いだ。始終酒を飲みっぱなしの、この男の肝臓はどうなっているのだろう。

 建樹が呆れ顔で見守る中、タバコに火をつけた恒星はふいに「俺の名前さ、コウセイってどういう漢字を書くと思う?」と訊いた。

「さあ……わかりません」

「惑星に対する恒星、太陽みたいに自ら燃えている星のこと」

「それは知っています」

「ところが今までの俺は恒星でも何でもない。親という名の、太陽の光を受けて光っているように見える惑星さ」

 火星も金星も、夜空に輝く惑星たちが光るのは太陽の光が当たっているから。その星自身が燃えて輝いているわけではない。

「親の七光のいわれはここからじゃないのか。俺がそう思っているだけで、本当か嘘か、調べたわけじゃないが」

 親という名の太陽……

 祖父、父のあとを受け継いで、三代目のオーナーになったのだろう。

 紫苑の収益だけではあの高級ナイトクラブで豪遊できるはずはないから、他にも多くの店を経営したり、莫大な財を蓄えたりしている資産家の息子、彼はそういう身分なのかもしれない。

「……だが、これからは違う。惑星じゃない、本物の恒星になってみせる、なんてな」

 身体を起こした建樹の肩を抱き、皮肉な笑みを浮かべて恒星は言った。

「こんな不埒な行為をしながら、もっと不埒な企みをしているってわけだ。ハハハ」

 いきなり肉体関係を持ってしまったとはいえ、さっき会ったばかりの男にどうしてそんな話を聞かせたのか。

 自ら輝きたい、そう願う彼の抱く野望、それがどんなものなのかはわからないが、この野心家の迫力ある姿に圧倒された建樹は得体の知れない恐ろしさを感じて、寒気すらおぼえていた。

 この男にはこれ以上関わらない方がいい。『TWILIGHT MOON』その一曲だけのシングルプレイ、今夜だけの関係で終わらせる。それが自分自身のため……

 カーテンから垣間見える窓の向こうには朝焼けの空、灯りの消えゆく乾いた街が寒々と広がっている。

 まるで都会という名の荒野に彷徨い出たようだ。建樹は唇を噛みしめた。

                                ……③に続く