第七章 『愛あるかぎり』
それにしてもボクの紙袋はどこへいってしまったのかと思っていたら、階段の隅でぺちゃんこになっていた。
山岸とぶつかったはずみで階下に落ち、それを彼が知らずに踏んづけてしまったようだ。海斗を殴って興奮していたから、何も目に入らなかったんだろう。
紙袋には海斗の大好物のマドレーヌが入っていた。もしも河野から貰ったお菓子がマドレーヌでなかったら、彼は食べたりしなかったかもしれない。
「……あーあ」
二次元化してしまったマドレーヌを見て残念がる海斗に、また作り直すからと慰めたボクはあることを思いついた。
「そうだ、もうすぐ誕生日じゃなかったっけ?」
海斗の誕生日は十月十日、旧・体育の日。見事なくらい、彼にぴったりだ。
当日、バースデーケーキ代わりにビッグサイズのマドレーヌを作って持ってくるよと提案したところ、
「それも嬉しいけど……」
十日は平日なので、その次の週末につき合って欲しい場所があるという。
さっそくデートだ。もちろんオッケーしたボクは週末の土曜日、駅前で待ち合わせをした。
今回の服装はボーダーのTシャツにジャケット、チノパン。海斗は彼らしい黒のパーカーにジーンズ。
三割増しでカッコイイと見とれていると、海斗が告げた行き先はなんと、竜崎と行った隣町の繁華街だった。
さらに驚きの告白。あの日、彼はボクたちを尾行していたという。街角でボクが見かけた海斗らしき人物は本人だったのだ。あと一歩で、三流ラブ&サスペンスが実現するところだった。
海斗の追尾決行はボクが竜崎との待ち合わせ場所と時間を漏らしていたからだが、そこからどこへ行くのかはわからない、
パスタの店までは追跡できたものの、映画館付近で見失ってしまい、手前のチケット売り場の辺りでしばらく待っていると、イラついた顔をした竜崎が一人で歩いてくるのを見かけたそうだ。
「そうか。ボクは反対方向の道を走って行ったから会わなかったんだ」
「なるほどな。とにかく、おまえがあいつと一緒にいなかったんで、とりあえずは安心して帰ったけど……」
あの時、二人で何の映画を観たのかが知りたいと、彼は真顔で言った。
「えっ……」
思わず絶句する。
ボクたちがどこの映画館に入ったのかがわからないのだから、観た映画も不明なのは当然だけど……
い、いいのかな。アレだよ、アレ。答えるのについ、躊躇してしまう。
「オレだけ観ていないなんて悔しいし、おまえも途中で出てきたんだろ? 最後まで観たいんじゃないかって思って」
「ま、まあ、それは……ね」
そこまで言うなら教えるしかない。いい刺激にもなるだろうし……って、何を期待しているんだ、ボクは。
隣町に到着、今回は高砂屋の前を素通りして、そのまま映画館街へと向かう。
ジャジャーン、『愛あるかぎり』キターッ。
まだ上映していたんだ。マイナーなくせにけっこうロングランだ。
はたしてツイているのかいないのか、吉と出るのか凶なのか……
看板を見ただけではピンとこないらしい海斗は何の疑いもなく館内に入って行く。さすが、デリカシー欠如の鈍感男。
ボクたちはこの前と同じ位置の後方席を選び、エンジ色の座席に腰かけた。
客の入りも前回と同じぐらいで、コンスタントに流行っている作品だなと、妙なところに感心する。
観客は相変わらず怪しげな男同士のカップルとか、腐女子ふうのおねーさんたちとか様々で、おねーさんのうちの一人がボクたちにチェックを入れていた。いずれ同人誌のネタにされるかもしれない。
キョロキョロと辺りを見回していた海斗は初めて「どういう内容なんだ?」と訊いてきた。
「観てのお楽しみだよ」
とても解説できないボクとしては、そうとしか答えられない。
「ふーん」
納得したのかしていないのか、よくわからない返事をした海斗は映像が映し出されてからもしばらくの間、ボケッとスクリーンを眺めていた。
ちなみにこの作品、日本語吹き替えではない。彼は字幕についていけないのかもしれない。
やがて、懐かしのアンディくんがニックとのカラミを始め、ここに至って海斗はようやく作品の趣旨を理解したようだ。
「……これって、もしかして?」
「そう。こういう内容」
「おまえ、これを竜崎と一緒に観たのか?」
今さら妬かれても困る。
「ボクだって、何も知らずに連れてこられたんだから」
ブスッとおもしろくなさそうな顔をした海斗は睨みつけるように画面を観ていたが、やがて左手を伸ばすと、ボクの右手をつかんできた。
「こういうの、オレ以外のヤツとは二度と一緒に観るなよ」
「わかってるよ」
つかまれた手に指を絡め、頭を左肩に預けると、彼の左胸の動悸が激しくなっているのが伝わってきた。
「拓磨」
「なに?」
「いや、何、でも、ない」
ぎこちないセリフのあと、海斗は辺りを窺うようにした。
前方のカップルがイチャイチャしながら何やら囁き合い、周囲にはお構いなくキスを始めた。彼らだけではない、男同士の大半が怪しげな行為に及んでいる。
ボクは二度目だけれど、海斗にとっては初めての体験。
甘く、いかがわしいムードに飲み込まれた彼の喉仏がゴクリと動いた。初めてのキスの時以上に興奮しているのは間違いない。
「オレ……ちょっとヤバイかも」
ヤバイのは下半身だろうか。確認のために触ったら暴発したりして。
もっとも、人のことは言えない。ボクの方もマックスに達しそう。ビンビンに張り詰めてしまい、もはや自分の思い通りにはならなくなっていた。
この昂ぶりを早く何とかして欲しい、それだけで頭が一杯になってきたボクは絡めた指に力を込めた。
「……あとでどこか、行く?」
「えっ?」
海斗が弾かれたようにこちらを見た。ちょっと、恥ずかしくなるじゃないか。
「あのさ、もう一度言わせる気? お願いだから恥をかかせないでよ」
「あ、ああ、わりィ」
海斗は彼らしくもなくうろたえ、空調が行き届いた館内は暑くもないのに、やたらと汗を拭いていた。
こうして興奮しっぱなしの映画上映終了後、ボクたちは勢いに任せて、映画館から一番近いラブホテルになだれ込んだ。
夕陽を浴びて黄昏色に染まる建物のドアをくぐると、海斗はダブルベッドの上にボクの身体を横たえた。
「拓磨……やっと、だ」
「海……斗」
それ以上はどちらも何も言えず、海斗はボクに覆いかぶさり、今までで一番激しいキスをした。何度も舌を絡め、息が詰まるほどに求め合う。ざらつく舌の感触がボクの口腔に広がった。
飽きるほどのキスのあと、海斗はボクを抱きしめ、耳元で「好きだ」と囁いた。
「あん、ああ……」
耳朶を軽く噛まれる。その快感にボクは身をよじった。
耳朶から首筋へ、唇を這わせながらも海斗の手はボクのシャツに伸びる。ボクも彼のTシャツに手をかける。こんな時間がもどかしい。
ボクたちは互いの服を剥ぎ取り、互いの上半身を晒した。
彼の引き締まった身体は惚れ惚れするほどカッコよくて、そんな姿に見惚れていると、海斗の方も欲情を剥き出しにした目つきでボクを眺めた。
「すっげー白い……キレイすぎて、たまらなくそそられる。このピンクも」
肌を合わせながら、彼はボクの胸の突起を親指と人差し指で挟み、くりくりとこね回した。
「あっ、あっ、やっ」
「ここ、イイんだ」
「ん……ん、ん」
突起がめちゃくちゃ感じる部分だというのは学習済み。その刺激に耐えられずに、ボクは自分でも驚くほど大きな声を上げていた。
それでも我慢しなきゃならない映画館内と違い、遠慮なく声を出してもいいというのはとても気が楽だ。
㊟(映画館内はエッチをする場所ではありません)
次に海斗はピンクの小粒を口に含んできた。こね回したせいで敏感になった部分に舌がまとわりつく。
「あっ……すっごく、イイ……」
ボクの喘ぎを耳にして張り切る彼はさらに、軽く歯を立てたり、舌の先で表面を撫でたりした。
「もっと、もっと、して」
大好きな人が相手だから、なおさら感じているんだと思う。
海斗は喘ぎまくって既にくたくたのボクのボトムとトランクスを脱がせにかかった。露わになった下半身、あそこはビンビン、しっかり上を向いている。
その様子を目の当たりにした海斗も自分の股間に手をやったけれど、すぐに顔をしかめた。
「うわっ、引っかかって痛ぇ。ここまで元気になる前に脱いでおけばよかった」
身体を起こしてジッパーを下ろすのを手伝うと、厚いデニムの生地から解放された海斗の宝刀は元気ハツラツ、下着の生地を突き上げていた。
「脱がせてくれるか?」
彼の要求に従ってボクサーブリーフを下ろすと、現れたのは立派なイチモツ、そんじょそこらではお目にかかれない代物で、目の当たりにしただけでドキドキする。
それからボクたちはベッドの上に向かい合って座り、お互いに相手のモノに触れたり、扱いたり。そんなことをしていたら同時にイッてしまった。
「あらら……」
白くてとろりとした液体が太股の表面を伝い、シーツの上に流れ落ちそうになるのを慌ててティッシュで始末する。
もちろん、これだけで終わるはずもなければ満足できるはずもない。
「もう一回な」
海斗はいくらか萎えて半立ち状態になってしまったボクのモノをつかむと、ゆっくりと扱き始めた。
我が分身はわずかな刺激で復活。彼が手のひらで円を描くようにして愛撫したとたん、刺激を受けた部分は充血して天を仰ぎ、先端から透明な液を吹き出した。
「やっ、あっ……ああ」
海斗は次に身体を前屈させると、掌の中のモノを大胆にも口にくわえ、細長いアイスキャンディーを食べるようにペロペロと舐め始めた。
彼の舌に包み込まれる、暖かくて柔らかい感触。あまりの心地よさに頭の中は真っ白で、ボクは何を言っているのかわからないようなうわ言を繰り返した。
「だ、だから、もうやめ、イッちゃうからぁぁ……」
このアイスキャンディー、ちょっとお行儀が悪くて、我慢できずにピュッとクリームを吹き出した。
「ゴ、ゴメン」
海斗の口内はたちまち白い液で溢れたため、早く吐き出してと言ったんだけど、彼はそれをゴクリと飲み込んだ。
「ええーっ、そんなことまでしなくてもいいのに」
「いいって、拓磨のだから。さすがに美味くはねーけど」
それでは選手交代。ボクが海斗のモノをくわえる番だ。
イチモツと呼ぶのに相応しい、彼のモノはボクのよりも一回りぐらい大きくて、口の中がいっぱいになったけど、大好きな人のために頑張ってみる。
しばらく笠の部分を舐めたあと、ボクの舌が先端の割れ目に入ると、海斗は「うっ」と呻き、うっとりとした顔つきになった。
ここってかなり感じる部分だ。サービス、サービス。
「あっ、は……すげ……え」
ところが彼はなぜか、フェラを中断してくれと頼んできたので、ボクは股間に埋めていた顔を上げた。
海斗曰く、ここでイッちゃうと復活に時間がかかる。口もいいけど、早くボクの中を味わいたい。そういうリクエストだった。
いよいよロスト・バックヴァージン、覚悟はとっくにできている。
うん、と小さくうなずいて、その胸にもたれかかるようにすると、海斗はキスをしながら、後ろの部分をまさぐり始めた。
最後の砦にいよいよ挑戦。ところが初めて使おうとしているその場所は開かずの扉、海斗のモノはおろか、人差し指すらも簡単に通らせてはもらえない。
「いっ、痛っ!」
我慢していたけれど、とうとうネを上げてしまったボクを見て、海斗は「もうやめておいた方がいいか」と呟き、半ばあきらめようとした。
「あっ、そうだ」
出かける時まで覚えていたのに、存在をすっかり忘れていた。どうしてもっと早く気づかなかったのか、さっきの苦労は何だったんだろう。
ボクは飛び跳ねるように起きると、ジャケットのポケットからあるものを引っ張り出した。
「そのチューブ、何?」
「この前、バスケ部の部室に竜崎が落として忘れていったやつ」
「竜崎が?」
「あのとき、ネクタイとか、いろんなものを慌ててポケットに放り込んだだろ。それが混ざっていたのに気がつかなくて、そのまま持って帰っちゃったんだ」
家に置きっぱなしにして、家族に見つかったら大変だから持ち歩いていると、ボクはヘタな言い訳をした。
まさか、今日のこの展開を期待して持ってきたなんて、口が裂けても言えるはずないけど……
海斗はそこまで気がまわらず、ボクの演技にも当然気づいていない。竜崎の置き土産を差し出すと、それを手にとってまじまじと眺めた。彼が鈍感で助かった。
「これがゼリーってやつか。初めて見た。塗ればいいのか?」
「そう、アソコに」
ぬるっとして冷たい感触、それを周囲にすり込むようにしたあとは優しくマッサージ。ボクも、ボクの括約筋たちも緊張がほぐれ、頑なだった扉が少しずつ開いた。
その開かれた場所に指がスムーズ・インすると内側が反応、ボクは思わず「ああっ」と声を上げた。
すると海斗は中に入れた人差し指で触れる範囲の壁をぐいぐいと押し、さらに引っ掻くようにした。
「この辺りが感じるのか」
ボクの反応を見ながら、見当をつけた彼はスポット攻撃をしかけ、その指の動きに合わせてボクは悶えた。
「あうっ、ふっ、う……ん」
人差し指の応援に中指も加わって、ボクの中を激しく乱すもんだからたまらない。
「はっ、あっ、あんっ」
自分がこんな痴態を演じているなんて、正気ではとても正視できないだろう。
嬌声を上げ、全裸で乱れるボクの姿に、海斗の興奮は最高潮。もう我慢できないとばかりに、彼は自分のモノをボクの後ろに押し当て、高ぶった声で訊いた。
「入れていいか?」
あの映画で見たアンディのようなポーズをとると、指に代わって雄々しいイチモツくんが中を押し広げながら入ってきた。
「くっ、きつっ……」
異物感っていうんだっけ、内臓を圧迫するような感覚があってちょっと苦しいけれど、ボクの中に取り込まれた海斗の陶然とした表情を見ていたら、多少のことは気にならなくなっていた。
「……こんなのってアリかよ」
彼は熱に浮かされたかのように、恥ずかしいセリフを次々と口にした。
「みんなが夢中になる理由がわかった、キツイけど、すっげーイイ。もっと動いてもいいか?」
ゆっくりと腰を動かし始めた海斗、彼のモノに擦られる感触は痛みから快感へと次第に変化した。
「あっ、そこ!」
海斗の先端がスポットに命中。ボクの声が歓喜に満ちると、彼はますます張り切って中を突いてきた。
お互いの腰の動きが激しくなり、息づかいは百メートル全力疾走のあとみたいにハアハアと荒い。二人分の汗が滝のように、シーツの上に流れ落ちる。
もっとイカせてくれという、ボクの欲求に応じようと頑張る海斗、張り切りすぎて腰を悪くしたら大変だけど、コトの最中にはそこまで考えが及ばない。
ダブルベッドがギシギシと悲鳴をあげ、ボクのアソコからピチャピチャと淫らな音が聞こえて、いやらしい気分をさらに煽って盛り上げる。
頭の中で銀の花火がスパークして発狂しそう。ボクは無我夢中になり、海斗の背中にしがみついて、つい爪を立ててしまった。痛かっただろうな。
「ひっ、あっ、海斗っ!」
「拓磨、オレもう、イッちゃいそう。あっ、クソッ、ダメだ……」
海斗はボクの中で、ボク自身も同時に果てた。生温かい感触が肌を伝う。
ボクたちは抱き合ったまま何度もキスをした。
「嬉しい……」
「オレも」
幸せ気分マックスでキスを続けていると、海斗は速攻で回復した。復活には時間がかかるなんて大嘘だ。
そのあと、なんだかんだで、三回も続けてヤッてしまったボクたち。若さって素晴らしい。
で、出しまくってスッキリサッパリのはずが、まだ物足りないのか、海斗はベッドの上に座った格好でボクを自分の太腿の上に乗せ、背後から前へ手を回してきた。
右手はまたしても突起をくりくり、左手はボクのモノをつかんでいる。
「あん、また」
「だって気持ちイイだろ?」
「それはそうだけど」
ボクをおもちゃにしながら、彼は「ずっとこうしていたい」とのたまった。
すっかり色惚けになってるけど、これじゃまるで、オナニーを知ったチンパンジー。いきなりここまで溺れるものなのか。
「どうしよう。オレ、拓磨のいない夜なんて耐えられねーよ」
男は誰でもスケベな生き物だが、あまりにも極端だ。
今夜は互いに、相手の家に泊まると連絡を入れているからいいようなものの、いくらなんでも、毎晩外泊するわけにはいかない。
こうなったら例の体育倉庫を利用するとか、いざとなったら屋上で、などと「ヤることしか頭にない」恥ずかしい意見を提案する海斗に、ボクは諭すように言ってやった。
「あのさ、何事もほどほどだから。宿題もやらなきゃだし、テスト勉強だって」
「イヤなこと思い出させてくれるなよ」
ブーたれつつも、臀部に当たるその固さで、彼のモノが何度目かの復活を遂げているのがわかる。
そのままボクの中に入ってきたので、括約筋に力を込めてやった。とうとう第四ラウンド開始だ。
「うっ、すげー。何度入れてもイイや」
「これが味わいたかったら、勉強もしっかりやること」
「うぃース」
なんだかバカップルの会話みたい。トホホな気分だけど、それでもやっぱり幸せ……かな。
END