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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

バンカラらぷそでぃ ⑨

    第九章  いよいよ本番……絶体絶命、大ピンチ!

 泣いても笑っても今日が本番、学園祭最終日・コンテスト当日。開始時間は午後一時からだが、どこもかしこも朝からその話題でもちきり。各サークルの連中は気もそぞろで、屋台を出してもタコ焼きどころではない。

 出場者は十二時半までに集合ということで、俺たちは会場となる、あの大教室の隣の教室に向かったが、これがミスコン出場者の控え室とは思えないほど様々な人たちが集まっていて、男の参加者も意外に多く、赤木が話していた食堂のオバちゃんの姿もあった。

 一週間前に抽選で決められていた出順を再度確認のあと、注意事項が言い渡されて、出番の早い者から準備に取り掛かる。

 聖爾たちは出場者二十三組のうちの十七番目で、誠さんと俺の組は二十番目。準備をする余裕があるのはいいが、長時間待つのはけっこう辛いし落ち着かないので、調絃を終えた箏を壁に立てかけてから、俺は会場の様子を覗きに行った。

 この教室は大学主催の講演会などにも使われるせいか、それなりの設備がある。教壇が置かれていたスペースは舞台に早変わり。その両脇にはスポットライトがセットされていて、もちろん天井にも大きなライト、舞台の後ろや左右に黒い幕と、一端のコンテスト会場に見え、なかなか本格的だ。

 最前列の席はスタッフ、その後ろが審査員で、各学部の教授たちから学生協を取り仕切る事務のオジさんまで、公平な審査のために、各サークルとは関わりのない大学関係者が選ばれて座ることになっていた。

 講義中のいつもの位置、後ろの方の席に腰掛けた俺は忙しく走り回る実行委員の連中や、開場早々に観客用の席取りを始めた学生たちの姿をしばらくぼんやりと眺めていた。

 演奏は成功するのか、そして入賞出来るのか。婚約の件は、俺と聖爾、そして誠さんとの関係はどうなってしまうのか……

 いつの間にか俺の周りの席も学生たちで満杯になっていた。いよいよ開始時刻、学園祭実行委員長兼コンテスト実行委員長の挨拶が済むと、司会者の合図と共にエントリーナンバー一番が登場した。

「あ、美佐緒さん。ここにいたんだ」

 振り返ると、俺を探していたらしい聖爾が近寄って来るのが見えた。

「着物が届いたから、中身を確認してみて」

「う、うん」

 衣裳については聖爾に任せきりで、すっかり忘れていた俺は慌てて立ち上がると、彼のあとを追って控え室へ戻ったが、そこにいた見覚えのある人物はなんと御袋で、笑いながら俺を睨む真似をした。

「着付けをして欲しいって、この前ウチにいらしたとき聖爾さんから頼まれてたのよ」

 げげっ、いつの間に。気がつかなかった。

「美佐緒さんも人が悪いわね。聖爾さんが同じ大学にいて、一緒に演奏会に出るって、今までどうして教えてくれなかったの?」

「……演奏会じゃねえよ」

 ミスコン、ミスお笑いコンテストだって。御袋には知られまいと思っていたけれど、着付けをしてもらうとなれば話は別。腕はたしかだし、慣れた相手だから気も楽だ。

「まあまあ、その話はさておいて。これを見てください」

 そう促した聖爾が大きなダンボール箱を開けてみせると、その中には華やかな、色とりどりの生地と様々な小道具が入っていた。それは彼が知り合いの貸衣装屋から借りてきたものだが、滅多に貸し出す機会はないと思われる十二単衣セットだった。とはいっても、十二枚の着物を重ねて着ようものならとうてい身動きがとれないので、実際には三枚ほどで、重ね衿を使って工夫し、たくさんあるように見せかけている。誠さんに用意されたのは束帯だか布袴だか、とにかく二人並べば雛人形のお内裏様、と想像してもらえればいい。なるほど、これなら女装としてのインパクトは強いだろう。

「あらまあ、素敵じゃない」

 そう言ってはしゃぐ御袋は紅梅の色をした着物を俺の肩の辺りにあててみた。

「鬘もつけてお化粧もして、となると、結構手間がかかるわね。早目に顔を洗っておいてちょうだい」

 御袋が今度は誠さんの方を向いてこれからの準備の話を始めると、俺は満足気にたたずんでいる聖爾に向かって訊いた。

「どうして、ここまで親切にしてくれるんだよ? 俺はあんたに……」

 硬派でバンカラな誠さんが好きだ、軟派野郎は及びじゃない、などと言ってしまったではないか。それは聖爾にとって酷い仕打ちだったのではないのか。

 だが、彼は「同好会の仲間同士、協力するのが当然でしょう」と答えた。

「そりゃそうかもしれないけど……」

 それだけ? 本当にそれだけなのか。

「さあ、僕も仕度を始めなきゃ」

 口ごもる俺をよそに、聖爾はいったん行きかけて、こちらに爽やかな笑顔を向けた。

「お気に召してもらえて良かったよ。今回の衣裳のテーマはかぐや姫だからね。スタッフにもそっちの方向で演出してもらえるよう、頼んでおいたから、そのつもりでいて」

「わ、わかった……」

 十五年前の遠いあの日、彼が出会った御転婆で泣き虫のかぐや姫はたった一言の「ありがとう」も言えないままだった。

    ◇    ◇    ◇ 

 控え室には一種異様なムードが漂っていた。皆それぞれ扮装に凝るのはいいが、男共の中には女装というより仮装になっている者が多く、女たちも負けじとばかりに、奇抜な格好で対抗している。ミス・名物美人はミス・仮装大賞かも。以前聖爾が言ったように、これでは振袖程度で太刀打ち出来るはずがない。

 チャイナドレスの女格闘家、あれはゲームのキャラクターのマネだろうか。こちらはフリルがいっぱいついたミニのドレスに魔法の杖。アキバ青柳が泣いて喜ぶ、アニメの美少女ロリコンキャラに違いないとみた。

 ほとんどコスプレ会場と化したその場所で、「ほら、見て見て!」とはしゃぎ声を室内に響き渡らせているのはもちろん桃園恭子、銀ピカに光る衣裳を着て御満悦だ。ボディコンシャス、っていうんだっけ、身体にぴったりとフィットした銀の服は胸元が大きく開いて、谷間を強調するようになっている。ミニスカートから伸びた足にはこれまた銀のブーツ、頭にカタツムリの角みたいな飾りをつけて、その先にはピカピカと赤く光る豆電球。何とも奇妙な格好だが、これぞ宇宙人スタイルだそうだ。箏を演奏するのに、どうして宇宙人なのかは不明。

「アンタの知り合いにコスプレマニアがいるでしょ、宇宙人をイメージした服を貸すように言いなさいよ、って脅されたんだよ」

 赤木と一緒に、控え室の様子を覗きにきたウワサの青柳がそう言ってボヤいた。あの銀ピカ衣裳は青柳の仲間の所有物らしいが、普段使用されている場面は想像したくない。あまりのギラギラぶりに、俺は秋になると御袋がよく作ってくれる、しめじと鮭のホイル焼きを連想してしまった。

「キュートでセクシーな宇宙人コスチュームで今年も優勝いただきよ」

 自信満々に言い切るホイル焼き女、キュートでセクシーは結構だが、演奏は何とかなったんだろうか。いや、人のことを気にしている余裕はない。

 御袋の指示に従って洗顔を済ませた俺は化粧、そして十二単衣を着てから鬘をつけた。豊かな黒髪がふわりと下りて、自分でも平安時代の美女になったような、不思議で、くすぐったい心地だ。豪華な衣裳をまとったかぐや姫が完成すると、赤木たちも、そして先に着付けを終えて凛々しい帝の姿になっている誠さんもホーッとため息をついた。

「ミサオちゃん、最高にキレイ」

 聖爾はどうしただろう? 衣裳提供者にも見てもらいたいとその姿を捜すと、彼もまた銀ピカの服を着ているのが見えた。合奏相手に合わせて宇宙人、というよりは地球防衛軍の隊員みたいな格好になっている。あれで光線銃を持ち、ヘルメットをかぶれば完璧だ。

 俺の視線を受け止めた彼はにっこり笑って手を振ってきたが、その手に飛びかかるようにして動きを止めたホイル焼き女は次に、ギロリとこちらを睨んだ。

「ライバルに手なんか振らないでよ、もう」

「わかった、わかった」

 彼女をなだめる聖爾の表情がとても優しく見えて、俺の胸はズキズキと痛んだ。あれはついこの前まで、俺だけに向けられていたものなのに……

「ほら、もうすぐ出番だって。行きましょう」

 女に背中を押された聖爾の姿はドアの向こうに消えた。今日までの練習期間中、彼と桃園恭子の関係がどう変わったのか、俺はまったく関知していない。ああいう性格の女は苦手だ、自分から遠ざけたい、などと聖爾は話していたけれど、あれでなかなかいいところがあったりして、それでもって愛情を感じてコロッといってしまった。そんな展開が有り得ないとは言い切れなかった。

 あーあ、「ホモなんかやめて女とつき合え」なんて、言わなきゃ良かったのかな……でもそれは俺自身が望んで、彼に告げた言葉じゃないか。何を血迷っているんだ、俺は。ヤツの好意は迷惑だ、ウザい、としか思っていなかったくせに、今さら未練たらしい。

 俺には誠さんがいると諦めて、聖爾がホモからノンケへ方向転換したら、彼女と正式につき合い始めたら、勝負だの婚約解消だのはもうどうでもいいはずだ。何だか虚しくなってきたけど、応援団の部室のために最後まで頑張らなきゃいけない。

「……それでは十九番と二十番の方、会場まで移動をお願いします」

 誘導係の声にハッとした俺は辺りを見回し、壁に立てかけた箏に目をやった。

「あの、すいません。楽器はどうしたら……」

「ああ、それはこちらで運びますので、先に行ってください」

 係の言葉に促された俺たちは控え室を出て会場の前方左側の扉から中へ入った。その扉を客席から隠すように黒い幕が吊るされ、それは舞台の両脇に用意されている。幕の裏に控えて出番を待っていると、エントリーナンバー十七、聖爾たちの番になった。

 舞台の上には立奏台(りっそうだい)と呼ばれる、箏を乗せる台とパイプ椅子が二つ設置されていた。邦楽器を使った音楽のジャンルには何某検校作曲による伝統の古曲、主に宮城道雄が作曲した新曲と呼ばれるものの他にも現代邦楽、略して現邦と総称される曲があって、これはその名の通り、かなり現代的でクラッシックのような感じの音楽であり、現役のプロが作曲する場合もある。

 そしてそれらを発表会などで演奏する際は緋毛氈の上に正座するのではなく、立箏台を使って椅子に腰掛けて行うことが多いが、この立箏台、現邦演奏の時しか使ってはいけない、という取り決めはない。

 向かって右側の立箏台の前にホイル焼きが座り、左のパイプ椅子に聖爾が腰掛けてスタンバイ完了。三曲同好会の代表で、箏と尺八の演奏を行うという主旨の紹介が終わり、拍手が会場中に響いた。

 スポットライトが二人の姿を照らすと、神妙な面持ちをしていた彼女は最初のフレーズを弾き始めた。タン、タカタカタカタン……

 あれ、ちゃんと弾けているじゃないか。さすがに特訓したのかなと思っていると、三番目のフレーズから聖爾の尺八、普通に用いられる八寸管より短くて音域の高い六寸管の音が曲の流れに、軽やかに加わった。

 耳に馴染みのある曲に、会場の観客も聴き入っていたが、しかし、その状態は長くは続かなかった。演奏が進むにつれて、箏の手は難しくなってゆく。乱れ始めた絃方に尺八は何とか合わせようとするが、とうとう止まってしまい、二人の様子を観ていた人々が何事かと騒ぎ出した。

 すると、いきなり立ち上がったホイル焼き女は合図を送り、次の瞬間、前方のスピーカーから大音量の音楽が流れ始めた。

「……なーんちゃってね。さあみんなで踊ろう、サンバ!」

 な、何、この曲? すっげー昔に流行ったマツヤニサンバじゃないかと思っていたら、ホイル焼きのヤツ、舞台の中央前に進み出て胸をプルプル、腰をフリフリ、テープの歌に合わせて歌いながら踊り出した。

「一緒に踊ろよサンバァー、オ、レィ!」

 オ、レィ、じゃねえよ。何考えてるんだ、みんな引いちゃってるし。衣裳は奇抜だけれどサンバの格好じゃないし、その前は邦楽の演奏とあって、そのつもりで聴いていた人たちにとっては白ける展開でしかない。せっかくのお色気作戦も一部のスケベどもにはウケたが、大半の観客には不評、大いに的をはずしてしまったようだ。

 聖爾はどうしたのかと見ると、澄ました顔をして椅子に座ったまま、まるで他人事。演奏が行き詰った時はこの踊りで誤魔化すという手筈になっていたようだが、それにしたってお粗末すぎる。やっぱり春の海では荷が重かった、無茶なチャレンジだった、なんて、そんなことは最初からわかっていたのに。

「……はい、どうもありがとうございました」

 さっさと引っ込めと言わんばかりの司会のアナウンスに追い立てられるように、銀色の二人組は右側の幕の方へ立ち去った。

 会場のざわめきはまだ静まりそうにないが、時間も迫っているので次の十八番が舞台に上がった。情熱的なフラメンコダンスを披露する十八番、これほどの芸達者が揃っている中で、俺たちは果たして入賞出来るのか?

 俺の緊張や焦りは誠さんにも伝わったらしく、彼自身も顔を引きつらせながら、それでも「絶対に成功するから」と励ましてきた。

「……うん」

 出会った時から想いを寄せていた人が傍にいる。すごく幸せなはずなのに、心の隅に何かが引っ掛かる。その存在を打ち消そうと、強くかぶりを振っても面影は消えない。

「いよいよ出番だね」

 ふいに後ろから話しかけられて、俺の心臓は止まりそうになった。振り返ると、さっき向こう側に追い出された聖爾が防衛軍ファッションのまま、尺八も持ったままでそこにいたのだが、その顔を見た途端、ホッとして嬉しくなったのが正直な気持ちだった。

「戻り早くないか」

「君たちの演奏が気になっちゃって。あれ、箏はどこにあるの?」

「さっき係の人が運んでくれて、そっちの方に置いてあるはずだけど」

「もしかしてライトの傍かな、熱で絃が伸びると音が変わってくるからね」

 そう聞かされて急に心配になった俺だが、幕で区切られたこの狭いスペース、十二単衣姿ではそう簡単に移動出来ないので、聖爾と誠さんが幕の裏をごそごそと移動し、舞台の脇に置かれた箏を見に行ってくれた。

「……げ、絃が切れてる!」

 戻ってきた二人の顔色は青ざめていた。十三本のうち、一と七、巾の絃が切れて、箏柱が床に散乱していたらしい。

 熱さで切れたのか? だが、三味と違って、糸が太くて丈夫な箏の絃は滅多に切れることはない。それに、その切り口は鋭利な刃物でスパッと切られたようになっていて、これはどうみても誰かの故意の仕業と考えるのが妥当だと聖爾は述べた。では、いったい誰が? 俺は目の前が真っ暗になってしまった。

 出番直前や演奏中のトラブルに備えて、演奏会では替え三味と呼ばれる代わりの三味を用意しておくのが常識だし、余裕があれば箏もそうするけれど、今回はミスコン、そこまで考えていなかったのは仕方がない。

 聖爾がこんなにも難しい表情をするのを見たのは初めてだった。彼は何やら考えた挙句、「美佐緒さん、春の海弾ける?」と訊いた。

「えっ、す、少しぐらいなら何とか」

「今から新しい箏を用意する時間はないけど、さっき僕たちが使ったやつなら向こうに置いてある。でも、六段の本調子に調絃し直す余裕はない、それでもいいかな」

「俺はいいけど、尺八は?」

 やっと六段をマスターした誠さんに超有名で超難しい曲が初見で吹けるはずはない。聖爾は誠さんの方へ向き直った。

「僕がスクリーンの裏で吹くから、君は吹いているマネをしてくれないか。口パクの要領だよ。せっかく六段を練習したのに残念だけど、この際仕方がないだろう」

「わかりました、お願いします」

「予備のタケは控え室にある。急いで取ってくるから何とか踏ん張ってね」

 手にしていた六寸管を誠さんに手渡し、その場にいたスタッフに何やら耳打ちした聖爾はそのまま扉の向こうに飛び出して行った。

「……間に合うのかな」

 ぽつりとつぶやく誠さん、今の俺たちには信じるしかなかった。

                                ……⑩に続く