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オリジナルBL小説をお披露目しちゃいます

バンカラらぷそでぃ ①

    第一章  お見合いミッション発動
 ウォイッス! 俺の名前は綾辻美佐緒(あやつじ みさお)。正真正銘、れっきとした男だ。そこんとこ、よーく頭に叩き込んでおいて欲しいんだが、俺に初めて会うヤツの十人中十人、全員が必ず口にする「えっ、女の子だと思った」というセリフ、そいつを聞かされ続けて十八年、さすがに反論する気力も尽きてきた。
 そもそも俺は東京に本社を構える綾辻物産を経営する親父・孝雄と、同じ敷地の離れに住む姑と一緒に自宅で茶道や華道に着付け、そして生田流箏曲といった、お稽古事と呼ばれるものを教える御袋・志乃の『三男』として生まれた『はず』だった。
 それは大学進学を果たした四月、月も半ばを過ぎたある日のこと。兄二人を欠いた、家族三人だけでは広すぎるダイニングの朝食の席で、親父が突然「美佐緒、今度の日曜日に見合いの予定があるから、そのつもりでいなさい」と言い出しやがった。
「……い、今、何て言った?」
 問い返す俺に、御袋が念を押した。
「だからお見合いよ、お見合い」
 割烹旅館さながらの朝食、せっかくの御馳走を前に、苦虫を噛み潰したような顔をする親父とは対照的に、御袋は上機嫌で鼻歌を歌いながら、俺の好物であるシリアルがどっさり入った深皿と牛乳を目の前に置いた。
「見合いって、何で俺が? 大学に入ったばかりで結婚なんて考えられるわけねえし、それって学ニイの間違いだろ」
 一家の期待を背負った優秀な二人の兄のうち、長男の学アニキは東大卒業後、親父の片腕として大阪支社に赴任し、次男の栄治アニキは京大在学中。兄弟揃って遠く関西の地でマンション暮らしをしており、その学ニイはこの前二十四になったところだけれど、三兄弟の中では結婚に一番近い人だ。
「いや、見合いをするのはおまえだ。先方からそう指定された」
「豊城商事の社長さんからお話があったんですってよ」
 豊城商事は綾辻物産と取引のある大得意先で、そこの社長直々に見合い話を持ちかけてきたらしい。
「イギリスに留学していた息子さんが日本に帰国したのよ。こっちの生活にも慣れたから、ぜひお嬢さんと、ですって」
「イギリスねぇ、へえー」
 次の瞬間、俺が吹き出したシリアルは華麗に宙を舞い、イタリア製高級テーブルの上を華やかに彩った。
「まあ、美佐緒さんったら御行儀が悪いこと」
「それどころじゃねーだろ! なんで男と見合いしなきゃなんねーんだよっ? だいたいお嬢さんって誰のことだよ、ああもう!」
 拳を振り上げて力説する息子にはおかまいなく、御袋は至ってマイペースで、眉をひそめながら「そういうお下品な言葉使いをしてはダメって、いつも注意しているでしょ」とたしなめた。
「だったら『ワタクシ、お嬢さんじゃなくってよ』とか何とか言えばいいのかよ? この諸悪の根源めがっ」
 そう、俺の十八年の人生に於いて降りかかった受難はすべて、この御袋のせいだった。
 綾辻家の三男坊──ところが、幸か不幸かって、絶対不幸の部類に当てはまると思うけど、色白で女のような顔立ちに生まれてしまった俺、自慢する気はないが、女だったら結構美人の方だろう。
 そしてそれをいいことに「今度こそ女の子が欲しかった」という御袋のワガママから、美佐緒なんつー、聞いただけでは男か女かわからない名前を拝領する羽目になった。
 すると姑、すなわち親父の母親で俺にとっては祖母にあたる綾辻品子というババア、いや、お婆様がとんでもないクワセモノで、御袋に余計な入れ知恵をした。
「既に世継ぎは授かっている。そんなに美佐緒を女児として扱いたいのならばこの際、おなごとしてのたしなみや、礼儀作法をみっちりと仕込み、綾辻の家の者として恥じないよう、教育いたしましょう」
 要は会社の将来は兄貴たちに任せればよく、俺を自分たちの後継者にしようという魂胆がみえみえの計画だった。
 世継ぎだ、おなごだなんて時代錯誤なことを言うババアと、お嬢様育ちで世間知らずの御袋がタッグを組んでしまったから始末が悪い上に、いくら自分の母親に頭が上がらないとはいえ、なんと親父までもがその意見に賛成しやがった。息子も三人目ともなればもうどうでもいいらしく、好きなようにしろってとこか。
 こうして俺はババアの計画遂行により、ガキの頃からお茶にお花にお箏の稽古、まるで花嫁修業のような毎日を送っていた。
「この末っ子は女として扱ってもいい」という姑のお墨付きを貰って大喜びの御袋は女の子の服をとっかえひっかえ着せて、俺を着せ替え人形・ミサオちゃんに仕立て上げたって寸法だ。まさに格好のおもちゃ。
 髪も長く伸ばして、リボンで結んだりなんかして、その格好で表に出たならば「なんて可愛いお嬢ちゃまなの」と声をかけられる始末。そんな時の御袋の嬉しそうな様子といったらなかった。三男が転じて長女、自慢の娘という存在だったわけだ。
 しかし、成長するにつれ自我に目覚めた息子が女装はもちろん、稽古事の練習の要請にも応じなくなると、このままでは美佐緒がグレてしまうと案じた親父の助言によって、俺は女扱いの呪縛からなんとか逃れたのだが、いやはや、すっかり油断していた。御袋は諦めていなかったのだ、呪縛から逃れたと思ったのは俺の早合点だった。
「あら、諸悪の根源なんてイヤな言い方するのね。すぐそうやって口答えして、きっと聖爾さんもびっくりなさるわ、気をつけなきゃ」
「聖爾さんって……」
「だから、お見合いのお相手の豊城聖爾(ほうじょう せいじ)さん、ゆくゆくは豊城商事のあとを継ぐ御曹司よ。齢は二十二歳で、お金持ちだし頭もいいし、背が高くてとってもハンサムなんですって。そんな素敵な方とお会いできるなんて、なんてラッキーなの。美佐緒さん、くれぐれも嫌われないようにしてね」
 見合いをするのはアンタかよ! 
 御袋のはしゃぎように、どうしたらそこまで脳天気になれるのかと感心するばかりの俺は二の句がつげずにいた。
 それでも何とか気を取り直し、「あのさあ、嫌われるも何も、男同士じゃ見合いが成り立たないし、たとえ女のフリして会ったって正体がバレたらおしまい。そうなったら何て言い訳するんだよ?」と反論すると、親父はさらに気難しい顔をして厳かに言い渡した。
「絶対に気づかれないようにするんだ」
 呆気に取られながら、俺は芝居がかった素振りで話を続ける親父を見守った。
「いいか、おまえと聖爾くんが結婚すれば豊城商事との関係は半永久的に安泰だが、失敗してみろ。怒りを買って取引は中止、会社は倒産。私たち一家は路頭に迷う羽目になる」
 綾辻物産の経営状態はあまりよろしくはなく、豊城商事に見捨てられたら大変なことになるらしい。
「ふん、要は政略結婚ってやつかよ」
「つまり、この見合いには我が綾辻物産の命運がかかっている。四の五の言っている暇はないのだ」
「そんな無茶な! 男が男と結婚だなんて、まかり通ってたまるか!」
「とりあえずは見合いを乗り切って、いざ結婚となったら女になればいい」
 会社を経営する者の風格を備えているとはいえ、どちらかといえば穏やかな風貌の親父が腕組みをしてふんぞり返り、こちらを睨んでいる。その様子がこんなにも恐ろしいと思ったのは生まれて初めてだった。
「男と見破られる前に手術でも何でもやって女になるんだ。戸籍も役所に手をまわして長女として変更する。そのための費用は惜しまないぞ、倒産してしまうよりはマシだからな」
「ちょっと待った、いくら何でも無茶苦茶すぎるぜ。俺に男を捨てろと言うのか? それが可愛い息子に対する親のセリフかよ! 第一、役所がそんな謀略に手を貸すもんか!」
 あまりにもひどい発言に、ブチ切れた俺が食ってかかると、親父は諭すような口ぶりでさらなる脅しをかけた。
「美佐緒よ、よく考えてみなさい。我々一家六人ばかりではない、もしも倒産したら、この綾辻物産で働く全従業員の生活はどうなるのだ? そのための多少の犠牲はやむを得まい。そうだろう?」
「だから俺に犠牲になれ、かよ。人でなし!」
「見合いに応じないなどと言ってみろ。この先おまえは未来永劫、家族や従業員たちに恨まれ、謗られ、その上貧困生活に喘ぐことになる。学費滞納でもちろん大学も退学、将来の保証は何もない。それでもいいのか?」
 なんつー悲観的な展開の未来予告、この調子では到底取りつく島はなさそうだ。
 これから自分を待ち受ける運命に対して暗澹たる思いに囚われる俺、日曜日がくるのが恐かった。
                                ……②に続く